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王子様の夏休み 11

 まだあ? と海からの援軍が周りに集まってくる。

「ユースケまだ言ってないのか。早くしろよ。このコがガキの頃から探しまくってたキヨノちゃんなんだろ」

「学校も家も知ってるのに、何故か会えないマボロシの。実在してたんだな」

「おれユースケの妄想の中のオンナなんだと思ってた」

「おれも」

 高橋の仲間が不穏な話を始めた。

 最近またこいつは清乃を探し始めたという話をしているのか。またというか、もしかしてまだ、なのか。中学のときからずっと?

 まさか。どれだけバカなんだ。

 狂気だ。やっぱり何をされるか分からない。

 清乃は怖くなってユリウスの左腕にしがみついた。

【キヨ。さすがに近すぎ。当たってる。離れて】

【自分がベタベタしてきたくせに。肝心なときに役に立つ気ないの? 威嚇でもなんでもして追い払ってよ】

【今そんな話の流れじゃなくないか?】

 そんな流れだった。怖い話をしていた。

 高橋はふたりを嫌そうに見た。

「おい、ここは日本だぞ。日本語喋れ。話の最中にイチャこくな」

「じゃあ帰ってイチャイチャする。じゃあね」

 立ち上がろうにも、ユリウスを背負ったままでは無理だ。邪魔だどけ。

【えっイチャイチャするのか?】

【しない。慌てるな。どけ】

 ごちゃごちゃ言っているふたりを囲んで、海で遊んでいた連中がゲラゲラ笑う。


「しょーがねえなあ。あんなあ、キヨノちゃん。ユースケの奴、キヨノちゃんに許してもらいたいんだよ」

「おいっ」

「過去の悪業を?」

「あ、アクギョウとか言っちゃうタイプのコなわけね」

「そのアクギョウをキヨノちゃんに許してもらって、結婚したいんだってさ」

 来たばかりのギャラリーが固まった。


「…………おまえアヤちゃんに何をした」

 清乃の低い声に、高橋が怯む。

「何ってそりゃ色々」

「海の藻屑になれ。いや、やっぱりスイカにしよう。ユリウス重い。どけ。世のため人のため、こいつにはここで」

「ストップ、キヨ。最後まで話を聴こう」

 ほら、早く言えよ、と仲間に背中を押された高橋が脚を投げ出す姿勢を改めて、熱い砂の上に正座する。

 あち、ってそれはそうだろうよ。やっぱりバカ。

「子どもができた。アヤと結婚しようと思ってる」

「埋める」

「なんでだよ、キヨ落ち着け。タカハシおめでとう」

「おお。おまえユリウスっつったか。いい奴だな」


 中学の同級生だったアヤちゃんは、背の順で清乃の前に並んでいた子だ。

 大人しくて優しいいい子。高校は違うところに行ったけれど、今でも帰省したときには連絡を取って遊びに行っている。

 中一のときには、高橋に怯えて逃げる清乃をいつも全力で隠してくれた。

 清乃と仲が良かったせいで、杉田はどこだ、と何度も高橋に凄まれて怖がっていたのに。なんで。

「最っ低。アヤちゃん短大出て就職したとこだったのに。なんであんたなんかが」

「キヨ、それは言ったら駄目だ。めでたい話だぞ」

「子どもは黙ってろ」

「なんだ、カレシ歳下なのか。杉田やるな」

「十八。うちの法律では成人(おとな)だよ」

「彼氏じゃねーし。調子乗んなよ」

 イライラが重なって言葉が乱れてきた。

「そうやってキヨちゃんは絶対怒る、ってアヤが泣いてんだよ。キヨちゃんに過去を許してもらって来い、キヨちゃんの許可がないと絶対結婚なんかしないって言うから」

「キヨちゃん言うな。きめえ」

「本性現してきたな。おいイケメンカレシ、こんなんでいいのか」

「まだまだ。キヨはこんなものじゃない」

「根性あんな。杉田おまえすげえ男捕まえたな。あのチビがなあ」

 高橋の記憶にある清乃は、十年も昔のものだ。感慨深そうにされたらムカつく。


「アヤちゃん、成人式で会ったときには何も言ってなかったのに」

「ああ。この春に仕事であいつの就職先に行ったんだ。見たことあるカオだと思って声掛けて」

 最近の話だ。展開が早すぎる。だからこういうヤカラは嫌いなんだ。

「……そんなの信じない。やだ」

「そんなこと言っても仕方ないだろ。子どもはいつ生まれるんだ」

「来年の三月。だから早く籍入れたいんだって。頼む。杉田からアヤに連絡してやってくれ」


 ふーん、と高橋の背後で興味無さそうに聞いていたフェリクスが、買ってきた缶ビールを高橋に押し付ける。

 さっき奴に見えないところで振ってたやつだ。グッジョブ。

「おめでとう、でいいだろ。キヨもめんどくさいこといわずにカンパイしてやれ」

 フェリクスが清乃にも冷えたビールを渡してきて、自分の缶をプシュ、と開ける。

「えっ何めっちゃいい奴じゃん。昨日睨んですまん。アヤの連れがイカツイのに捕まってんのかと思ってつい」

「まあのめ。ほら、キヨも。はやくあけろ」

 これ以上駄々をこねるわけにはいかない空気になってきた。くそ。なんでこんな奴と。


「うおってめえなんだこれもったいねえな! 何がいい奴だ!」

 次々と溢れ出る白い泡を口で受け止めながら、高橋がわめく。もう乾杯どころではない。

 バカめ。そんなチャラ男がいい奴なわけないだろう。

 騒ぐバカを鼻で嗤って、清乃もプルトップに指を引っ掛けた。

 ぷしゅ。

「こっちもか! バッカじゃないの、やだ何これどうしたらいいの!」

 泡が手首にまで滴り落ちる。啜ってみるが間に合わない。砂にビールを飲ませてどうする。

「飲むしかないだろ。貸せ」

「十代は引っ込んでろ!」


 何これ。

 有耶無耶。勢いで話が終わった。

 清乃は高橋を許さなくてはいけないのか。

 そうしないと友達が泣く? ずるくないか、それ。

 そんなこと言われたら、やったことは取り消せないんだとか、あたしがどれだけ辛い思いをしたと思って、とか、言ったら今度は清乃が悪者になってしまう。

 新しい命を育もうとしている友人を苦しめることになる。

 清乃はヤケになって、ちっとも美味しくないビールの泡を啜り、そのまま一気に缶に残った分まで飲み干した。


「うわ、赤。おまえ弱いなら飲むなよ」

「うるさい陽灼けだ。あたしアヤちゃんに電話するから。おまえは大変な時期の彼女を置いて波乗り旅行とか、バカなことは今すぐやめて帰れ」

「えっいや、アヤが行っていいって」

 清乃が右の拳を握る。


 その小さく弱い拳が十一年振りに行使される前に、高橋はユリウスの手で後ろ向きに引き倒されていた。

「ってめ、なにしやが」

「番犬の仕事」

 真上からいっそ暴力的なまでの美貌ににっこりと見下ろされた高橋の頬が赤くなった。

 が、次の瞬間、彼はうめくことになる。

「ミゾオチ、ジンチュウ、ハナ、だっけ?」

 とん、とん、とん、とテンポよく手刀を入れるユリウスを見守ってから、清乃はビーチサンダルの裏で高橋の膝を踏んでやった。

「妊婦に気ぃ遣わせるな、今すぐ帰れ! 帰って土下座して謝れ! 今すぐ禁煙します、わたしはあなたの奴隷ですって宣言しろ! 結婚の許可はそれからだ!」

「よーし、よく頑張ったぞキヨ。帰ろう。帰ってアヤさんに電話しよう」

 零れたビールのせいで、顎も手も脚もベタベタだ。

 海で洗って帰ろう。むしろ泳いで帰ろう。

「……おい待て杉田。っおい……今度うちにアヤの顔見に」

「おまえんちには絶っ対行かない」

 不機嫌な顔で海に入って行く清乃の肩をユリウスが支えていてくれる。

 そんなに酔ってない、と思ったけれど、よしよし、と頭を撫でられたら泣きたくなる。

 ぐす、と鳴る鼻をビール臭い手で押さえて、真っ赤になった顔を隠しながらふたりで海を泳いで別荘に帰った。

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