王子様の夏休み 10
昨日ユリウスと買ってきたスイカを、大量の氷と水で朝から冷やしてある。誠吾が家から持参した木刀と、目隠し用の手拭いも用意した。
これがウワサのスイカ割りか! とみんな喜んだが、一瞬で終わってしまった。
全員身体能力が高すぎるのと、武器の扱いに慣れているせいだ。
みなできゃっきゃと騒ぎジョージが一番手を勝ち取ったが、的確な指示出しと正確な太刀筋により、一発目でスイカは真っ二つになった。
全員があっ……となって、ごめん、とジョージは謝ったが、割れたスイカは元に戻らない。
二個目は指示出しは二回のみ、の条件でやってみたが、厳しい制約に本気になったルカスによって、更に見事に等分されてしまった。
俺もやりたかった……と落ち込む六人には、また明日小さめのスイカを三個買ってきてあげると約束した。
半分になったスイカを包丁で切り分けて、みんなで食べた。
久しぶりに夏遊びを満喫している気がする。
【せめて先にキヨがやればよかったんだ】
【知ってた? スイカ割りの起源。昔中国で、頭だけ出して生き埋めにした捕虜を】
【やめろ。なんでキヨはそんな知識ばっかり仕入れてくるんだ】
【鈍いのをからかってくる奴を撃退するためかな。やっぱりこのスイカの赤色が】
【やめろ。悪かった。もう言わないから】
スイカはあっという間になくなった。
「よし。そろそろ行くか」
いざ出陣だ。
ユリウスの力強い声掛けに、清乃はすっくと立ち上がった。
事前に話を聞いていた全員がそれに倣った。
ユリウスが昨日聞いてきたところによると、高橋と地元の友人ふたりは、民宿であと一泊して明日朝には帰るらしい。
今日、長年の因縁に決着をつける必要がある。
今ならこっちの戦力は向こうの倍以上。小細工の必要性も感じないくらいだ。
今日これから奴を叩きのめしてやれれば、清乃は大手を振って故郷に凱旋できる。就職先だって地元で探せる。
【みなさんにご迷惑をおかけするわけにはいかないので、トドメは自分で刺します】
【殺るつもりで行くな。話をするだけだろう】
【そのくらいの覚悟で行くって話】
清乃の決意表明を聞いた面々は、陸からと海からと、二手に分かれて昨日の砂浜に向かった。
今日も快晴、夏休みのビーチはそこそこな賑わいを見せている。
敵はいるだろうかとキョロキョロしなくても、向こうから見つけて寄って来た。
そのための旗印役、ルカス、フェリクス、マシューだ。背が高い順に三人は清乃と一緒に陸側組だ。他はユリウスと誠吾、ロンの七人である。
今日はユリウスに利き手ではなく、前開きシャツの裾を提供してもらった。
唇を引き結んで睨む清乃を見て、高橋は顔をしかめた。
「よう。すげえな。おまえの顔まともに見たの何年振りだ」
「その割りに、すぐキヨだって気づいたんだな」
「ああそれは。ガキの頃から変わってねえし、誠吾と大体同じカオだろ」
変わってるし、そこまで似てないし。
「ふうん。キヨがタカハシの話を聞いてもいいって。オレたちも一緒でいいならだけど」
「オレたちって……」
高橋が巨大な三人を嫌そうに見て、渋々頷いた。
おまえらはあっちで遊んでろ、と友人ふたりを追い払った度胸は認めてやってもいい。地元で数々の伝説を残した不良だけある。
高橋は適当な場所に座って、清乃にもそこ座れと指示してきたから、だいぶ距離を取ってしゃがみ込んだ。いつでも逃げ出せるように、尻は浮かせたままだ。
「そんなとこに座ったら声聞こえねえだろうが!」
怒鳴り声に清乃がパーカーの肩を揺らすと、ユリウスが後ろから背中を支えてくれた。
「大声を出すなら話は聞かない。キヨはキミを怖がっている」
「そんなわけあるかよ。こいつがガキの頃何をしたか」
「ゆーすけさん、ほんとほんと。姉ちゃんゆーすけさんを怖がって子どもの頃から逃げ続けてただけ」
まさかこいつ知らなかったのか。なんだと思っていたのだ。
「……おまえ。そうなのか」
意外そうな顔をするな。怖がられることには慣れているだろうに。
「そうです」
「…………じゃああれ、別の奴のイタズラか。杉田を見たって聞いて、音楽室行ったら黒板にバーカって書いてあった」
「それはあたし」
高橋が反射的にといったふうに拳を握る。
「そこから立ち上がっても話は終わりだ。キヨも挑発するな」
呆れ声のユリウスが後ろから清乃の脇を持って高橋の近くまでずるずると引きずっていった。
そのまま彼は顎を清乃の頭に乗せて、両腕は肩に預けるポーズになった。
くっつくな、とは今は言う気になれない。遠慮なのかなんなのか、パーカー越しの頭と肩以外は密着していない。
彼は今、清乃を護る盾なのだ。
「……昨日からその、後ろの番犬はなんなんだ。そこのデカいにーちゃんたちも」
「あたしの味方。すんごく強い」
そして重い。顎はどけろ。背が縮む。
「……見れば分かる。おまえ国内の大学行ってるって聞いてたけど」
「オレが日本にホームステイしてるときにキヨと知り合ったんだ。彼らはオレの国の友達」
確かにユリウスは、清乃の部屋に居候していた。嘘ではない。
「へー。まあ杉田はガキの頃からアタマ良かったもんな」
「別に良くない。普通にサボらず学校通ってただけ」
「嫌味か」
「分かるのか。思ったよりカシコイな」
「キヨ」
「はい」
大人しく口を噤んだ清乃に、高橋は顔をしかめたまま頭を下げた。
その動作に驚いて腰を浮かしかけるも、ユリウスの腕と顎に阻まれた。
「……悪かった。ガキの頃殴って歯あ折ったのも、中学でしんどい思いさせたのも。俺アホだから、おまえが怖がってるなんて気づかなくて。おちょくってるんだとばっかり」
高橋が謝った。
虐めっ子のクソガキ、絵に描いたような不良の道を歩いていた高橋が、清乃に頭を下げた。
どんな裏があるのだ。油断させて海に放り投げて上から頭を押さえつけるとか。それフツーに死ぬやつ。
清乃は自分の背後から生えている長い腕に縋りついた。
「あたしお金持ってないし、宗教も入る気ないよ」
「なんの話だ」
「キヨ、今その癖は仕舞っておこうか」
何故だ。久しぶりに会って話をしたいなんて、借金の申込みか宗教の勧誘に決まっているではないか。海に沈めるつもりがないなら、そのくらいしか思いつかない。
「……こ、いや、けっ、その、あれだ」
「どれ」
「…………杉田の友達に、アヤっていただろ。同じくらいちっこい奴」
「それが何。アヤちゃんに何かする気なら今すぐ海の藻屑にするぞ。このひとたちが」
清乃に当てにされたフェリクスが、もう飽きたとばかりにダレた態度になる。
【なんか俺たちもう要らない感じだな。ビール買ってくる】
【最後まで付き合え! 海に沈める手伝いしてくれるって言ったじゃん!】
「うお、やっぱすげえな杉田。えーご喋れんのか」
「アヤちゃんが何。早く言ってよ。援軍も飽きて海から出てきちゃったじゃない」
カタリナ率いる部隊が手を振りながら海から上がってくる。
やっほーじゃない。まだ戦の真っ最中だ。何故敵の仲間と遊び始める。アホの子使えない。
「援軍ってなんだよ。戦争でもするつもりか。やっぱ相変わらずなんじゃねえか」
「話によってはまた昔みたいに泣かしてやる。今度は確実にツブすからな」
「おいガイジン、誰が俺にビビってるって?」
「ワタシにはヨクワカラナイ」
「急にカタコトになるな」
【タカハシさん、早く本題を】
マシューがタカハシの横にしゃがんで促す。
「えっ……おい杉田、このひと今なんて」
「あんま調子に乗ってっと売るぞ。とおっしゃってます」
「やめろキヨ。マシューは堅気の人間だ。早く言えと言ってるだけだ」




