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王子様の夏休み 1

シリーズ完結編になります。


最初の話から前編後編では終わらない長さになってしまいましたが、最後までよろしくお付き合いくださいませ。

 暑い。

 むしろ熱い。

 太陽が暴力的なまでの熱でもって脆弱な膚をジリジリと焦がす。

 清乃は日陰に入って、膝上三センチから下を露出したまま来たことに対する後悔の念と両膝とを抱えて座った。


「日本の夏は暑いな! うちとは空気が違う」

 サングラスに膝丈の海パン、半袖シャツの前を開けた青年が額に滲む汗をぬぐう。

 顔の上半分を覆ったくらいでは、その美形オーラは隠せない。

「ジメジメしてるでしょ。潮風べったべた」

 海水浴客がチラチラとユリウスの均整の取れた長身を見ている。

 あんなイケメンの彼女って、とついでに視線を向けられるのを感じて、清乃は麦藁帽子を目深にした。

 白いパーカーの袖で手の甲まで隠した彼女の肌は、サーフパンツを穿いた脚しか見えない。


 金髪イケメンの彼女は日本人っぽい。

(言われてるんだろうなあ)

 違うし。日本人だけど。彼女じゃない。

 その証拠に、ふたりきりではない。

【浮き輪借りて来たー!】

【泳ぎに行こうぜー!】

 ほら来た。グループの他のメンバー。

 きゃっきゃとはしゃぐ外国人集団を、周囲が遠巻きにしている。

 都会からの便がいい有名な海水浴場を避けて正解だった。

 こんな目立つ集団を人混みのなかに放り込んで問題が起きないわけがない。

 そう思って、地元の人間が多い、ある程度閑散としたビーチを調べておいたのだ。

 

 海の家はあるが、芋洗いというほどの人出はない。

 派手めな若者が多いが、地元の中高生らしきグループも多い。小さい子連れのファミリー層も少なくない。

 喧嘩を売られたら喜んで買いそうな外国人グループは、それと同時に騎士道精神に富んでいる。

 こういうところでなら、周りに気を遣って遊んでくれそうだと思ったのだ。


「キミ、日本人だよね? あのひとたち、友達?」

 あ。誠吾。

 逆ナン、されてるわけではないな。

 水着のおねーさんズに声を掛けられてキョドっているが、おまえ絶対ダシにされているだけだ。

 彼女たちの目当ては、長身の外国人。チビな男子高生はお呼びじゃない。

「えっあっはい。外国から遊びに来てて」

「へーかっこいい。キミも帰国子女とかなの? 一緒に遊ばない?」

 焦っている。憐れな奴め。

「ごめんなさい。またこんどアソンデ」

 自他共認める第二のフェリクス、オスカーが誠吾の後ろから口を挟む。

 日本語は片言だが、十代とは思えないこなれた笑顔に、おねーさんたちが頬を赤らめる。


「キヨー! ユリウスー!」

 見られている。

 普通にしていても目立つのに、大声を出すな。お馬鹿なダム。

 え、なにあのもっさい()

 絶対思われてる。清乃は好きでここにいるわけじゃないのに。

 清乃はますます帽子を深く被って、周囲の視線から逃げた。

 子どもの監視役なのだから、このくらいが普通のはずだ。

 だってほら、そこら辺を歩く幼児連れのお母さんも、こんな感じじゃないか。

「……ユリウス、ちょっとあのおねーさんたちに声掛けて遊んでおいでよ。荷物はあたしが見てるから」

 視線を散らしたい。

 ユリウスが動けば、周囲の視線も動くはずだ。

「何を言ってる。せっかくキヨと遊びに来たのに」

「それなら屋内にしようよ。涼みながら楽しめるところに連れてってあげるよ」

 微妙にいかがわしい言い回しになってしまった。ナンパ男みたいな台詞だ。

「海がいい。夏なんだから、海に行くしかないだろう」

 くそ。

 引きこもりの女子大生を、こんな陽の下に連れ出しやがって。

 竜の子のくせに。竜の子(ドラキュラ)ならドラキュラらしく、太陽光浴びたら灰になってしまえ。


 とまあ、不満は多々あるが、それを差し引いても美味しいバイトである。

 清乃は引き続き日光を避けながら、ボーっと監視員役を続けた。

 これは仕事だと思えば、強い陽射しくらいは我慢するしかない。




 怒涛のアッシュデール訪問が終わってからも、ユリウスからの連絡頻度は変わらなかった。

 時差があるから、連絡手段は基本メール。これは大体どうでもいいが楽しい雑談だから、気づいたときに返信する。

 たまにタイミングを見て電話。そんなときには少し込み入った話をするためだったりすることが多いから、正直気が重い。

 魔女とかジェニファーとか魔女とか亡霊とか。清乃の特異体質による変異具合はどうだとか。

 自覚症状はなく、日常生活に支障は出ておりません。

 アッシュデールの超能力研究所から定期的に送られてくるアンケートと同じ返事をする。

 二度ばかり、王子様直々に超能力テストのキットを持って清乃を訪ねて来ている。

 採血もユリウスがしたのだ。当然かもしれないが、下手くそだった。痛い、次はプロを寄越せと言ったのに、二回目も彼がやって来た。

 ユリウスは学校があるからと、二度とも午後に来て翌朝起きてすぐ帰って行った。

 慌ただしい訪問である。滞在時間よりも、移動時間のほうがだいぶ長い。


 うちの子をよろしく、とダヴィドから電話があった。

 よろしくってなんだ。年頃の王子様を女の一人暮らしの家に寄越すな、ホテルを取ってやれ。という趣旨の文句をオブラートに包んで奏上してみたが無駄だった。

 今更何言ってんの、と美声で笑われてイラあッとした。

 大丈夫大丈夫。うちの子が何かしたら、検査結果ですぐ分かるから。そしたらもう行かせないって言ってあるから。

 ってアホか。事後じゃなく未然に防ぐ方法を考えろ。

 アッシュデールで警戒していた意味。あれは一体なんだったんだ。

 清乃の部屋に泊まると主張し、やって来てすぐに我が物顔で掃除を始める王子様。こんなものどうしようもない、と開き直って、彼女はオムライスの材料を買いにスーパーに走ったのだった。

 清乃は特に面喰いではないつもりだったが、美貌の王子様に可愛らしくにっこり笑顔を見せられると、仕方ないなあとなってしまう。

 好物を用意してやり、美味しそうに食べる姿を見て癒されたくなる。

 たまには外に食べに行くかと出かけた先で友人にばったり遭遇し、気まずい思いをしながら紹介したこともあった。

 前に言ってた迷子の外国人。日本が気に入ってまた遊びに来たんだって。

 ユリウスは最初、完璧な紳士として振る舞って日本の女子大生をたじろがせた。しばらくしてなんか間違ってる、と気づいたらしく、懐っこい弟にキャラ変して歳上の女の心を鷲掴みにしてしまったのだった。

 清乃はそれを、彼の隣でトンカツをもぐもぐしながら見ていた。


 そういったことがあったのが、五月と六月。

 清乃からは少しずつ超能力のカケラらしきものの気配はなくなってきている。

 次は二ヶ月後かな。八月にまた来るよ、と言ってユリウスは梅雨入りした日本を去って行った。

 清乃とユリウスの関係は特に変わったわけでもなし、これまでどおり友人としての付き合いが続いているというわけだ。



 七月初旬、ユリウスからメールで電話予告があり、今度はなんだ、と思いながら、清乃は約束の時刻に携帯が鳴るのを待った。

 約束の時刻ぴったりに受電、もしもし、と言う清乃の耳に、明るい声が飛び込んできた。

「キヨ? 元気? 日本は暑い?」

「暑いよ。早くも夏バテ気味」

 清乃は毎日汗をかきながら自転車に乗り、大学とアルバイト先に通っている。日除の帽子が必須な季節である。

「じゃあ海行こう海」

「やだ」

 条件反射で拒否すると、電話の向こうでユリウスが黙った。

「………………」

「海なんて日光浴びるために行くようなところでしょ。あっついじゃん。水に入りたいなら、屋根付きプールにしよう」

 断り方が冷た過ぎたか、とフォローのつもりで代替案を提示すると、すぐに彼は機嫌を持ち直した。

「プールはこっちにもある。海がいい。日本は島国だから、どこからでも海に行けるんだろう。行きたい」


 アッシュデールは内陸国である。

 ユリウスにとっての海水浴は一大イベントなのだろう。

 だが島国だから、と言っても、清乃が住むアパートから最寄りの海水浴場まで、どの交通手段を使っても三時間はかかる。

 二泊程度で北海道に行って、札幌とー函館とー富良野とー旭山動物園、あっ網走監獄見てみたかったんだよね、と言うようなものである。

 世界地図上では近く見えても、それなりの距離があるのだ。

「日帰りだと大変だよ。うちの実家なら海に近いから、誠吾に言ってよ。親にも泊めてくれって頼んでおくから」

 両親にとってのユリウスは、息子の無料英会話教室の先生である。大歓迎するはずだ。


「それも楽しそうだけど、八人も行ったら迷惑だろう」

「……八人。てまさか」

「みんなも行きたいって言ってる。ドラゴンチームとルカス。八月頭に卒業式があるから、初の親抜きバカンスに日本に行こう、キヨとセイに会いたい、って」

 卒業旅行か。清乃も行ったな。大学入学前の春休み、国内で一泊だけだったけど、学校行事でない友達との初旅行にはしゃいだのは二年前の春だ。

「楽しそうだね。海は嫌だけど、顔だけ出そうか。成田からの移動を手伝うくらいならできるよ。どこに泊まる予定?」

 どうせ高級ホテルだ。なんと言っても一国の王子様とその側近候補が泊まるホテルだ。陰からこっそりSPが張ってそう。

 それも清乃が行きたくない理由のひとつである。

「ちょっと父に代わるから待って」

 何故。

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