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黄泉平坂の彼女

作者: 如月いさみ

その噂はまことしやかに流れていた。


高校と住宅街の間にある広く長い坂道。

平坂という変哲のない名前の坂。

夕刻の陽が沈むその一瞬に坂の上から振り返ると死にゆく人が見えるという。


且つて…黄泉比良坂と言われていた。


神蔵巳湖斗はタブレット授業を受けながら隣の席に座る親友に横から小突かれ顔を向けた。

「何?浅見?」


授業中になんだよ、という表情で見られ浅見武士は罰が悪そうに笑って

「いや、今日から『彩りの星』公開だろ?」

と咳払いをして

「俺は有栖川美玖のファンだ」

お前は翼美里のファンだ

とビシッと指をさして『行かない手はないだろ』と言外に告げた。


巳湖斗は顔を顰めると

「いや、俺は別に」

どちらもファンじゃないし

と言いかけたが

「行ってくれ~」

と武士に泣きつかれて溜息を零し立ち上がった。


周囲を見るとちゃんと聞いているのは一握りの生徒だけで他の生徒は席にいないかゲームをしている。


映画を見に行っても問題はないだろう。

いや、問題はあるが…見つからないだろう。


武士は巳湖斗が行く気になったのに笑顔で

「おっしゃ」

と小声で喜び、タブレットを立ち上げたまま鞄に入れると教室を抜け出し徒歩10分程度のところにある映画館へと向かった。


時刻は午後2時。

三回目の上映に間に合う時間であった。



黄泉比良坂の彼女



映画の上映時間は2時間半。

開始時刻は午後2時45分からの一回入れ替え制であった。


映画館に着くと直ぐに座席チケットを購入し二回目の上映が終わるのを待った。

と言っても5分程で直ぐに出入り口が開き平日の午後ということで20名ほどの男女がパラパラと出てきた。


巳湖斗と武士は館内の中央の席に座りタブレットを鞄から出した。

授業中に抜け出してきたのだが…2時半には終了し15分の休憩の後に4コマ目の授業が始まる。


巳湖斗は息を吐き出すと

「休憩時間に入ったから電源消そうか」

と言い

「4コマ目は自習だったよな?」

と告げた。


武士はそれに

「ああ、ラッキーだよな」

と笑って電源を落とした。


巳湖斗は苦笑しながら

「知っていたからだろ」

と言いながら、館内の照明が落ちるのと同時に始まった映画に目を向けた。


彩りの星は幼い頃に運命の出会いをした男女が親の事情で別れる時に一つの丘で再会を誓い出会って愛を育む恋愛映画であった。


有栖川美玖は主演の少女を演じ、その少女の友達を翼美里が演じていた。

少年は辰見政次で親友たちも彼が所属するアイドルグループのWAOWAOのメンバーたちであった。


ただ、アイドル映画と言われているが高校になって再び運命の二人が丘の上から一番星を見つけるシーンは切なく美しいと話題となっている。

その最後の夕闇の中で背を向け、星を指差す有栖川美玖の後姿は正に夜の訪れとともに消えりそうでエンドロールが終わっても暫く見つめている人が多いと好評であった。


武士も暫く見つめ続け不意に

「なぁ、俺達もアイドルグループになれるんじゃねぇ?」

と巳湖斗を見た。


巳湖斗は鼻筋の通った整った顔立ちをしており、武士もまた目がぱっちりとしたアイドル系の顔立ちであった。


つまり、どちらも顔は良かったのだ。

が、巳湖斗は冷静に

「俺は無理」

とすぱんと返した。

「愛想笑い出来ない」


武士はそれに

「それは分かってる」

とさっぱり答えた。


映画が終わって二人が外へ出ると陽はかなり西傾き空も町も赤く染まり始めていた。

巳湖斗は高校の横手を抜けて坂を上った先に家がある。

武士は映画館の近くである。


巳湖斗は映画館の前で手を上げると

「じゃあ、また明日」

と足を踏み出しかけた。


武士は笑って

「ああ」

と答え

「あ、坂の上で振り向くなよー」

と呼びかけた。


巳湖斗は苦笑しながら

「都市伝説―」

と手を振りながら一人帰宅の途についた。


高校まで戻りその前から坂道…平坂を上っていく。

何時もの帰り道である。

空は目の前の東の空から夜が駆け寄り、西の空も建物の合間へ陽が落ちていくのに合わせてその支配を広げていた。


巳湖斗はあと一歩というところで身体を伸ばすと

「何が坂の上で振り返るな、だよな」

と笑いながら振り返った。


平坂の両側は木々が茂りその降りる先に学校がある。

その向こうにビルや列車が走る町の景色が広がり、赤い赤い最後の陽光の一光がキラリと巳湖斗の視界に煌めいた。


その坂の途中に一人の少女が坂を下っていくのが見えた。

長い髪に華奢な体つき。


あの後ろ姿。

宵闇の残光の中で夜の闇へと消えていくあの…最後のシーンの。


何故だろう。

何故だろう。

彼女の姿に重なって見えた。


巳湖斗は足を踏み出すと少女に向かって坂道を下った。


「有栖川美玖!!」


声に坂を下っていた少女は足を止めて振り返った。

長い髪が大きく揺れ…巳湖斗は振り向く彼女の手を握りしめて目を見開いた。


「貴方は…誰?」


声と共に彼女はふわりと消え去った。

平坂は且つて黄泉平坂と呼ばれていた。


あの世とこの世を繋ぐ黄泉路の坂。


巳湖斗は握ったはずなのに消えた幻影を見るように自分の手を見つめた。

太陽の最後の一光が消え去ると急速に周囲は闇へと落ち始めた。


巳湖斗は後退り踵を返すと逃げるように走った。


身体がゾワゾワする。

背筋に冷たいものが流れていく。


訳が分からないがあの時わかったのだ。

あの少女が有栖川美玖だと分かったのだ。


巳湖斗は目を閉じると一気に坂を駆け上がり最初の角を左に曲がって住宅街の一角にある自宅へと飛びこみ、その瞬間にヘナヘナと座った。


そこへ奥のリビングダイニングから一人の男性が姿を見せた。

「お帰り…巳湖斗、どうした?」


巳湖斗は男性を見上げ

「火無威叔父さん、あの…今…」

と指を後ろに向けて指した。


火無威はドアの方を見て

「ん?どうした変態がいたのか?」

と聞いた。


巳湖斗は首を振り

「平坂…いた、幽霊」

と震えながら告げた。


火無威は目を細めると巳湖斗の手を掴んで引き上げると

「まさか、逢魔が時に平坂の途中で…振り返ったのか?」

と聞いた。


巳湖斗は震えながら頷き

「そうしたら、坂の途中にあの、あの、有栖川美玖がいて…いや、ちゃんと顔見てないからわからないけど」

分かったんだ

「彼女だって」

それで手を掴んだら消えたんだ

と訴えた。


火無威は大きく息を吐き出し

「とにかく鍵をちゃんと閉めて台所にこい」

と歩き出した。


巳湖斗はリビングダイニングのテーブルに座ると顔を伏せた。

「どうしよう…」


火無威は前に座り

「以前、俺の友人も同じことを言ってたことがあった」

友人が言ってたのはクラスメイトの女の子だった

と告げた。


巳湖斗は驚いて顔を上げた。


火無威は真剣な顔をすると

「けど、翌日その女の子は普通に登校してきて俺もみんなも親友に騙されたって笑ってたんだけど…」

と顔を顰めて視線を伏せた。

「親友は彼女を見るなり悲鳴を上げて…学校から逃げ出してそのまま神隠しにあって今も何処にいるのか」

彼女の方は前日の夜に…亡くなっていた


巳湖斗は震えながら

「どうしよう、俺」

と呟いた。


火無威は立ち上がると周囲を見回し

「取り敢えず明日は学校休め」

と言い

「誰が来ても出るな」

と告げた。


巳湖斗は立ち上がり何度も何度も頷いた。


その時。

インターフォンが鳴り響いた。


『こんばんは…開けて』


且つてその坂はあの世とこの世の境にある黄泉平坂と言われていた。

その坂を上り切るまで振り返ってはならないと言われていた。


特に太陽が沈むその逢魔が時にはあの世とこの世が繋がり…死にゆくものの手を握ったものを死者がその坂を通り迎えに来るという。


『迎えに来たわ…扉を開けて』


テレビでは有栖川美玖が乗った車が事故で大破したと流れていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。


黄泉比良坂の名探偵のホラー版です。

少しでもヒヤリとしていただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 振り返ったらいけない、という系統の話は、ここまでで既に数作投稿されていますが、本作は、その後の処理が大学生らしく理知的で楽しめました。 [一言] 映画の内容は、男女が峠で一目惚れする話では…
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