第88話 パリ・ド・メテオール市街戦 3
ランドグリーズ隊とフリスト隊が地上支援に奔走しているのを眺めながらサルヴィアは例の無人機を警戒する。
地上ではあらゆるところで戦闘が行われており、大通りでは大規模な戦闘が行われているのが上空からでも確認できる。
しかし依然として都市の中央を湾曲を描くように流れているソンム川の対岸には渡り切れておらず、大きな橋が掛かっている地点には中州があり、天然の防御要塞と化している。
このような時に超大型航空機、ヒンメルモナークがあればよかったのであろうが、残念ながら一番機のヴィルベルヴィントは先の戦いで撃墜されており、二番機は建造がこの戦いに間に合わなかった。
故にライデンシャフトは従来通りの都市攻略戦を強いられることとなり、制空権はライデンシャフト側が有しているにもかかわらず、これほどまでに苦戦を強いられていた。
その上、地上部隊からの報告によると街全体に張り巡らされた下水道などを利用したゲリラ戦法や、民間人を装った敵兵などもいるらしく、それ相応の被害も出ているとのことであった。
『こちら第48装甲中隊第二小隊! 航空機の支援を要請する! 座標、第一地区B-4! 敵の新型重戦車だ! こちらの攻撃を受け付けな——クソッ! また一両やられた! 早く支援を!』
この最終戦に及んで敵はギリギリ新型戦車の開発を間に合わせたらしく、フランツェスに対し今まではほとんど無敵を誇っていた戦闘団の戦車中隊からも被害が出始めていた。
『こちらフリスト09。ただちに支援に向かう。それまで持ちこたえられたし』
『あぁ! なるべく早く頼む!』
『こちら歩兵大隊第二中隊第三小隊! 中州からの攻撃が激しい! もっと航空機を寄こしてくれ!』
『ランドグリーズ13より第三小隊。座標は?』
『第四地区、地点C-7!』
『了解。これより攻撃を行う。頭を下げておいてくれ』
戦闘団結成以来、これほどまでに入り乱れた無線は無かっただけにサルヴィアとしては焦りを禁じ得ない。
そんな中、さらにサルヴィアのもとに司令部からの無線が飛び込んでくる。
『HQよりヴァルキリー隊。第十六地区で交戦中のベルファスト陸軍第二師団第五歩兵大隊から支援要請。貴隊から支援機は出せるか?』
「こちらブリュンヒルデ01。標的はソフトターゲットか?」
『確認する…………歩兵を主体としたソフトターゲットとのことだ。座標はA-2だ』
「了解。我々指揮小隊が攻撃に向かう。ベルファストの彼らにはもう少し持ちこたえてくれと言ってくれ」
『了解。くれぐれもベルファスト王国軍の前でヘマをするなよ』
「…………あぁ。……小隊全機、私に続け。ベルファストのお友達を助けるぞ」
『『了解』』
機体を捻って降下を開始し、指定された座標へと向かう。
戦争と政治は切っては切り離せない関係にあるとはいえ、戦場にこれほどまでにあからさまに政治事情を持ち込まれると辟易するものである。
しかし、仕事は仕事。私情を持ち込むわけにはいかない。
サルヴィアはフルスロットルでエンジンを噴かせ支援を求めているベルファスト王国軍の待つ地点へと向かう。
制空権も確保できているために目標地点に大した抵抗もなくたどり着いたサルヴィア達ブリュンヒルデ隊は降下し機銃掃射を始める。
敵地上部隊には大した装甲戦力は居らず、歩兵と装甲車を主体とした部隊だったがために機関砲の射撃の下にあっけなく散ってゆく。
『敵地上部隊の被害大。攻撃の効果を認む』
「あぁ。ブリュンヒルデ02は言うまでもないが、03もなかなかに腕をあげたな」
地上攻撃なんぞで戦闘機パイロットとしての腕が測れるのかの言われれば微妙のところではあるが、日本海軍の提督の言葉にもあるように、やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かない。
前世の日本でブラック企業に勤めていたから、サルヴィアは分かるのだ。努力をしても褒められない悲しさを、その結果やる気を失うという事を。
だからこそ、周りから軍隊にしては甘すぎる教育だと言われても彼女は部下を尊重し、褒め、教育することを怠らない。
『あ、ありがとうございます』
ブリュンヒルデ03こと、アザレア少尉は以前のデンファーレ少尉の件からサルヴィアのことを心から慕っているという様子は感じられない。
しかしながら以前までの嫌悪するような態度に比べたら随分とマシになったとも思える。
残念ながらアザレア少尉がサルヴィアを慕ってはいないが、その代わりに彼女の直属の上官であるストレリチア中尉との間には確かな絆を感じることが出来る。
それだけでもサルヴィアとしては十分だった。アザレア少尉は幾度かの戦いを生き残り、着々とエースとして育っているのだ。これ以上を望むのはあまりにも欲深いというものだ。
多少マシになった部下との関係にささやかな満足感を抱いていると、あまり見慣れない周波数から無線が入る。
『こちら王立陸軍第三大隊第一中隊のアルバート・ベンジャミン大尉! 助かったぞ! 今の航空機はもしや漆黒の天使か?』
「こちらライデンシャフト参謀本部直属部隊ヨルムンガンド戦闘団指揮官のサルヴィア・フォン・ヴァルキュリア中佐だ。ベルファストのお友達が無事なようで何よりだ。……しかし漆黒の天使と呼ばれるのは少々むず痒いな」
中二病じみた二つ名に苦笑いを滲ませながらサルヴィアは初めての異国の人間との無線に興じる。
『我慢してくれ、英雄故の苦悩というものだ。頼んではいなかったが急な援護、改めて感謝するぞ漆黒の天使!』
頼んでいないという言葉が一瞬気にかかったが、サルヴィアはたいして気にせず返事を返す。
「あぁ、二つ名の件は諦めよう。……貴官らの健闘を祈る」
サルヴィアとベルファスト陸軍士官が国家を跨いだ友情を育んでいると、副官であるストレリチア中尉の声でその微笑ましい戦場の一ページは戦場としての顔を覗かせる。
『方位325より何か来ます!』
業務においてはしっかり者の彼女らしからぬ、あまりにもアバウトな報告にサルヴィアは苦笑いしながらその方角を見て——絶句した。
確かに巨大な『何か』が来るのだ。……だがその何かは形を変えながら近づいてくる。
そしてある程度近づいてきてサルヴィアはその正体に気づく。
何かは一つの個ではなかった。無数の何かが作り出した大群だったのだ。
それは前世の小学生の時に国語で習ったある魚の物語に出てくる大群のように、無数の個が巨大な個を形成した物であった。
『なん、ですか……あれ……?』
「分からん……! だが明らかにヤバいのだけは分かる! 大隊各位! ランドグリーズ隊を除く全ての機は私のもとに集まれ! ランドグリーズ隊は直ちに退避! 地上部隊は上空監視を厳とせよ! 対空砲は遠慮なく使え、各自の判断に任せる!」
『『『『了解!』』』』
この冷静さを欠きそうになる状況においても命令に即座に反応し、行動できる第666大隊の練度の高さに感謝しつつ、サルヴィアは司令部に無線で連絡を取る。
「こちらブリュンヒルデ01! 方位325より未確認機多数接近! あの綿密な編隊から無人機の可能性が高い! おそらく我々ライデンシャフト空軍だけでは手に負えん! ベルファストに援護を求めたい!」
そんな必死の訴えに返ってくるのは無機質な司令部の担当官の残酷な返答であった。
『それは許可できない。何としてでもライデンシャフトだけで——』
「それは不可能だ! 繰り返す、それは不可能だ! たかが政治的な意地のために、ちんけな利権のために軍を捨てる気か!? 軍がなくなれば国はあっという間に亡ぶぞ!」
『……ダメだ。許可できない。ライデンシャフト空軍だけで対処する』
「クソったれの司令部に災いあれ! ……ここに参謀本部直属部隊、独断専行権を行使する!」
『おいっ! 待てっ——』
司令部からの無線をブロックし、サルヴィアは広域無線で戦闘地域にいるベルファスト・ライデンシャフト連合軍に呼びかける。
「私はライデンシャフト共和国参謀本部直属部隊ヨルムンガンド戦闘団指揮官、サルヴィア・フォン・ヴァルキュリア中佐だ! 私個人として、漆黒の天使としてではなく一軍人として頼みがある! 私たちに協力してあの大群を仕留めるのに協力してくれ!」
叫ぶサルヴィアに対し、無線機から返ってくるのは沈黙。おそらくは両軍ともに戦後の利権のために積極的に頼ることを禁じられているのだろう。
故にベルファストもライデンシャフトを頼れず、逆もまた然りといった状況で誰も動かないのだ。しかしサルヴィアはなおもめげずに懇願し続ける。
「あれは私たちだけでは手に負えない! 頼む! ベルファスト空軍の皆に協力してもらいたい! これは貴官らベルファスト王国が我々を頼っているのではない。我々が、私が貴官らを頼っているのだ! どうか力を……!」
数秒の沈黙の後、一つの声が無線機から響く。
『こちらベルファスト王立空軍第43飛行中隊。たった今頭の固い政治屋からの無線を切った。これより我が中隊はライデンシャフト空軍と共にあれを潰す』
その声に釣られるようにいくつもの声が次第に上がり始める。
『こちらベルファスト空軍第13飛行大隊。うちは全員が貴官に協力したいとのことだ、中佐。これより貴隊に合流し、指揮権を委譲する。この戦い、絶対に勝つぞ』
戦場にいるであろう全軍が政治的な拘束を自らの手で引きちぎり、サルヴィアのもとに集まる。
願いが通じたという感激に身を震わせながらサルヴィアは全軍に告げる。
「貴官らの協力に心からの感謝を! ベルファスト・ライデンシャフト連合軍、エンゲージ!」
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以上、稲荷狐満でした!