第86話 パリ・ド・メテオール市街戦 1
——太平暦1724年 9月10日
私もであるが、同期達の中でも比較的小柄であった私の親友でありライバルであるサルヴィアが演台の上に立ち、その小さな体に似つかわしくない程威厳のある演説を行う。
正直、未だに彼女のことを好敵手とするのはおこがましい気もするが、以前そのことを打ち明けた所、
「シティスは私の立派なライバルだ。君が居ないと張り合いがないからこれからもライバルとしていてくれ」
と、彼女に言われて以来、私は黒き天使サルヴィア・フォン・ヴァルキュリアのライバルという事に誇りを持って戦ってきた。
そしてきっと今回の戦いもそうなることであろう。
演台の上に堂々と立ち、流れるように彼女の口から紡がれる勇ましい言葉は私たちを鼓舞し、戦場へと駆り立てる。
微かに燻る対抗心と、彼女の横で戦えるという誇りを胸に私は今回の戦場である帝都へ向かう。
——シティス大尉の手記より抜粋
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「諸君! 今日我々は敵の心臓を突きに行く! 我々こそが敵の息の根を止める尖兵となるのだ!」
「「「「おぉー!!」」」」
多少は補充要員が来たとはいえ、今だ隊列に穴がある定員割れの部隊でありながら、ヨルムンガンド戦闘団の士気はまさに天を衝く勢いだ。
「今回の我々の目標は敵帝都、パリ・ド・メテオールにある! 諸君らも知っての通り、ベルファストのお友達もいる。彼らも共に戦ってくれるが、上層部からはあまり頼りすぎるなとの命令が出ている。……まぁ、大切な友達にカッコつけたいわけだな」
サルヴィアの冗談めかした説明に皆が笑うが、サルヴィアとしては全くもって笑えない。
なんせ上からの『あまりベルファストを頼りすぎるな』という言葉には『今回のフランツェス戦の後の権益のために』という上の句が付くからだ。
上層部はこの期に及んで欲が出てきたらしく、フランツェス帝国全領土の併合を目論んでいる上に、エメリアノヴァ少将曰く、エミリア中将はベルファストに主要な港湾都市を渡さないつもりだという。
これが意味するのは、ベルファスト王国が対ライデンシャフト戦において橋頭堡を築けないようにしたいという目論見が滲み出ている。
つまり、ライデンシャフト共和国はベルファスト王国を次の仮想敵に定めたという可能性が濃厚という事だ。
折角できた同盟国を敵に回すのは愚の骨頂と言えるが、ライデンシャフトの上層部は世界を敵に回した国の末路というものを知らない。
第一次世界大戦の同盟国然り、第二次世界大戦の枢軸国然り、世界を敵に回せば遅かれ早かれ滅亡するのが世の常というものだ。
それに加えて、今のライデンシャフト共和国はフランツェス帝国、R&Hインダストリー相手に完全に優位に立ちつつある。これがライデンシャフト上層部を増長させているのだ。
しかし、一介の中佐風情が政治に口を出しても相手にしてもらえるわけなく、エミリア中将に世界を敵に回した末に待つ未来を説明しに行っても、
『我々はベルファストとことを構えるつもりはない。それとも貴官はベルファストを敵として見ているという事かね?』
と、しらを切られ、追い返されるだけだった。
着々と近づく破滅の足音に内心喚き散らしたい思いではあるが、そんなことをすれば部隊の士気がガタ落ちするのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、サルヴィアは勝ち戦に挑む将官を演じ、部下たちを勢いづかせる。
「いいか、我々は敵陣を切り開き、陣中深く突き刺さる矛だ! この場にいる一人一人が一騎当千の精兵だ! ヨルムンガンド戦闘団の一員であることを誇りに思い、奴らに我々の恐ろしさを刻み込め!」
「「「「うおぉーっ!!」」」」
士気は最高潮。装備も十分。練度も比類なき程に高い。もう十分だと判断し、サルヴィアは演説の締めにかかる。
「帝都を墜とした暁に、勝利と共にまた諸君らと顔を合わせることを楽しみにしている! 以上、解散!」
各々上官の下に集結し、迅速に戦闘準備に取り掛かる様はまさに精鋭のそれ。故に、所々でもたもたしている新人が目につくが致し方ない。
この場にいる精鋭たちでさえ、はじめはそんな新人だったのだから。
人というものは学習し、成長する。それが人間の最も素晴らしい点である。まだ新人であろう彼らもいずれ精鋭に育つことを期待しつつ、サルヴィアもパイロットスーツに着替えるべく更衣室へと向かう。
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上空で以前に比べて少し乱れている編隊を見ながらサルヴィアは部隊に新しく配属となった新任達に告げる。
「新任諸君。着任早々戦闘になることは同情する。しかし、諸君らとてライデンシャフト軍人。それ相応の働きをすることを期待している。……だが決して無理だけはするな。今回は生き残ることが諸君らの最優先任務だ」
『『『『了解!』』』』
サルヴィアのような異常者を除いて、基本的に人間というのは死んでしまったらそこですべておしまいとなる。
死という失敗は次の糧にはできないのだ。故に新任達がまず優先しなければならないことは自分自身の命、その次に任務と戦果だ。
軍人としては甘ったれた考えなのかもしれない。しかし、その甘ったれた考えというものが部隊を強くするのであればサルヴィアは幾らでもそのような侮辱を受けるつもりでいた。
『いやぁ、アンタら新任はいきなり戦場にぶち込まれることを感謝した方が良いわよ。だって、ねぇ……? あの新任歓迎会を受けずに済むんだから』
シティスのその言葉に先任たちから大いに笑いが起こる。
サルヴィア自身、先刻真面目なことを言ったばっかりに冗談を挟みあぐねていたために、このような緊張で張り詰めた時のジョークというのはかなりありがたい。
サルヴィアも少し笑みを浮かべながらシティスのジョークに乗っかる。
「あぁ、安心してくれ。ちゃんと皆の分の新任歓迎会はするからな」
しかし帰って来たのは唾を飲みこむ音と、沈黙のみ。少しは笑ってもらえると思っていただけに少し焦りながら弁解する。
「あ……、いや、冗談だ。冗談だぞ? 皆の想像する新任歓迎会ではなく、ちゃんとした歓迎会をするからな?」
『……はぁ、また雪山に連れていかれるのかと、冷汗で背中が気持ち悪いのですが……』
『えぇ、グロリオサ大尉のおっしゃる通りです。私も思わず生唾を飲みましたよ』
グロリオサ大尉とストレリチア中尉が心底安心した風に言うのを聞いて、そこまで新任歓迎会が嫌われていたのだとサルヴィアは苦笑いする。
そんな二人とは対照的にまだ新任歓迎会を経験したことが無いガブリエラ大尉が疑問を呈す。
『えーっと。その新任歓迎会ってのは歓迎会じゃないの……?』
『えぇ、そうよ。でもグロリオサだけ中隊長クラスであれを経験していないのは不公平ね。……えー、大隊長、グロリオサ大尉の新任歓迎会を提案します』
シティスのなかなかに残酷な提案にサルヴィアも折角だからともう少し意地悪をする。
「了解した。この戦いが終わったらみんなで新任歓迎会にいこう。それでいいな?」
『大隊長! 先程の提案を取り消します! ……ほ、ほら、帝都が見えてきた……!』
シティスのこれほどまでの可愛らしい焦りっぷりは珍しく、やはりまだ皆子供なのだなと改めて実感する。
しかし戦場はもう見えてきた。気持ちを切り替えサルヴィアは大隊長として口を開く。
「大隊各位、傾注! これから激しい敵の抵抗があると思われる。諸君。気を引き締めてかかれ! そして死ぬなよ。……では行動開始!」
そうしてパリ・ド・メテオール市街戦の幕は開けていく。