第85話 ローアン航空戦 3
数多の無人機と友軍機が入り乱れる中、サルヴィアとユーリカは他の機体とは次元の違うドッグファイトを繰り広げる。
サルヴィアはRe203のプッシャー式の特徴を、ユーリカは生身の身体ではないという特徴を最大限に活かして空に二本の異質な飛行機雲を描いていく。
純粋な巴戦では分が悪いと判断したサルヴィアは機体を捻り、シザースへと持ち込む。
もつれ合うように互いの背を追っては追われをを繰り返し、明確な殺意の下にかつては仲間だった二人は殺し合いに興じる。
Gを無視した動きができる分、ユーリカ機はサルヴィアの背後をとり、時折機関銃を放ってくる。それをサルヴィアは機体を捻ってギリギリのところで回避する。
射撃時にはどうしても隙というものが生じる。そんな一瞬の隙をついてサルヴィアも何度か機銃のトリガーを引き絞るが、横合いから飛んでくる無人機が盾になって放たれた弾は無人機に吸い込まれていく。
しかし前回のフルールでの戦いの時のようなキレが今回のユーリカ機にはない。
なんせビルとビルの間を縫うように飛ぶという曲芸飛行じみた空戦機動をせずとも何度か背後をとることに成功している上に、無人機が盾になっていなければ撃墜できたであろう場面が何度かあったのだ。
明らかに前回より弱体化しているユーリカに疑問を抱いていると、この場に似つかわしくない声が無線機から響く。
『サルヴィア中佐、無人機はどんな形をしているかね?』
「——っ! リーピッシュ博士!? 今は貴方に構っている暇はないんです! 知的好奇心を満たしたいのでしたら博士自身が戦場に出ればいい!」
リーピッシュ博士。サルヴィアに言わせてみれば、確かに天才であるが、頭のネジが何本か外れているイカレ博士だ。
こんな激しい空戦機動のさなかに戦場に場違いで嫌いな人間の声が響いてサルヴィアの機嫌は急降下していく。
しかしそんなサルヴィアをよそに、リーピッシュ博士は声を荒げて再度尋ねてくる。
『いいから報告したまえ! これが貴官らの命を救うかもしれんのだぞ!?』
「……円筒形の物に翼とプロペラが付いてます! コックピットは無し! 以上
!」
その言葉をかなり疑いつつも、この状況を打破できるかもしれないという事にかけてサルヴィアは怒鳴るように無人機の形状を伝える。
『……ふむ、なるほど……やはり彼か……』
「何がわかったんです!? こっちは死にかけているんだ、とっとと教えて下さい!」
もはや怒りを隠すことも忘れてサルヴィアはリーピッシュ博士に問いかける。
大して期待していなかったサルヴィアの予想に反して、帰ってきた答えは実に有益なものであった。
『おそらくそれは私の旧友が開発していたものだ。一人の人間に多数の航空機を操作させるというもので、実験では被験者への過剰なまでの負荷から被験者の精神崩壊という結果で失敗に終わった計画だったのだが……』
「で!? 我々にどうしろと!?」
『一機だけ近くに人間が乗っている機体があるはずだ』
「えぇ、今相手しているのがそうですね! もう人間ではないですけど! コックピットの中には黒い円筒形の何かがあるだけです!」
『なるほどな……精神だけを分離して課題を乗り越えたか……。よろしい! おそらくその機体のパイロットの精神は時間と共に限界を迎えるはずだ。徐々に弱っていくはず。その隙をつきたまえ』
「隙は付いても、無人機が邪魔してくるんですが!?」
『いや、周りの機体もすべてそのパイロットが操作している。故に限界が来れば周りの機体も動きが緩慢になったり、中には操縦不能となって墜ちるものも出てくるはずだ。時間を稼げずとも、相手の精神力をとにかく削りたまえ!』
「なるほど、……了解! せいぜい何とかしてみますよ!」
リーピッシュ博士は戦場に居ないがために無茶なことを言ってくるが、この状況を打破できるのは博士の言う策しかないというもの事実である。
「大隊諸君! 先の無線は聞いていたな!? もう少しだ、もう少し耐えてくれ! 下にはクルト少佐の部隊がいる。被弾したら遠慮なく機体を捨てろ!」
『『『『了解!』』』』
部下たちに無理を強いることに唇を噛み締めて命令する。そんな無茶で漠然とした命令にも一言も文句なく従う彼女たちに申し訳なさと感謝を覚えながら、サルヴィアはユーリカ機に喰らいつく。
空戦とはお互いの操縦技術で勝敗が決まるというものではない。
確かに技術は重要ではあるが、極限状態においていかに冷静にいられるかという精神的な強さも必要である。
ましてや、互いの空戦技術や機体性能が拮抗している際にはその重要性は如実に増す。
特に周りの機体もユーリカが一人で操作しているのであればかなりの集中力や精神力をすり減らしているはずである。
故にサルヴィアは広域無線でユーリカ機に語りかける。
「——ッ。……ユーリカ少佐? 前回戦った時よりも……腕が落ちましたね?」
『ハァハァ……ッ! うるさいッ! 私はッ……確実に二年前よりも……、腕は上がっているはず』
「誰が……二年前と……ッ! ……ッ言いましたか? 私は……つい数日前のことを言っているのですがッ?」
互いに息も絶え絶えと言った様子で舌戦を繰り広げる。しかしそんな舌戦において隙を見せたのはユーリカの方であった。
『数日前……? ハァハァ……っ。 そんなわけは……っ』
ユーリカが自問自答を繰り返し始めたと同時に明らかに無人機の動きが鈍る。
やはりリーピッシュ博士の言う通り、ユーリカがすべての無人機を操っており、それは彼女の精神力にかなり依存しているという事がわかる。
『中佐殿! 周りの無人機がかなり鈍りました! 今です仕留めてください!』
「分かっている!」
サルヴィアのそばで露払いをしているストレリチア中尉の呼びかけに荒々しく返して、サルヴィアはスロットルを一気に落とし、操縦桿を一気に引き、コブラ機動で背後のユーリカ機の背をとる。
盾となって無人機が間に入って来れない程ユーリカ機にぴったりとつけてサルヴィアは射撃トリガーを引く。
放たれた機銃弾はユーリカ機をまるでシュレッダーにかけたかのようにバラバラに打ち砕いて行き、コックピットの黒いポッドをも粉砕する。
「よしっ! やったぞ!」
『お見事です中佐殿!』
ユーリカ機が撃墜されると同時に無人機たちは急にコントロールを失い地上に墜ちていく。
『よくやったわ! 今回ばかりは私も覚悟していたところよ。やっぱりアンタは強いわね!』
「あぁ。今回は結構ヤバかった。シティスもよく耐えてくれた。……何機の犠牲が出た?」
『一応二機が落ちたけど二人とも脱出して無事みたいよ』
「そうか。それは良かった」
『こちらフリスト01。無人機が全部墜ちたけど何があったの?』
「私が無人機を操縦している機体を墜とした。ガブリエラ、そちらの状況はどう?」
『フリスト隊からは三機の犠牲が出たよ……。全員低空にいたから脱出はできなかったみたい……』
「そうか……。ランドグリーズ隊は?」
また優秀な人材が失われたことに悔しさを味わいながらランドグリーズ隊のグロリオサ大尉に尋ねる。
『我々の隊は……五機落ちました』
しかし帰って来たのはグロリオサ大尉の悲痛な声であった。
「っ! そうか……すまない……」
第666大隊を構成する各中隊はそれぞれ16機編成だ。つまり三分の一が犠牲になったという事になる。
それに今までランドグリーズ隊からは大きな被害というのはあまり出ていない。故に新人などではなく、第201特別大隊の時からの古株が失われたという事である。
身を裂かれるような思いの中、サルヴィアは涙をこらえる。今最も涙を流したいのはグロリオサ大尉のはずなのだ。
にもかかわらず、彼女はそれを堪えている。——彼女にとって家族のような仲間が五人も死んだにもかかわらずにだ。
不幸中の幸いか、サルヴィアの指揮小隊からは一機の犠牲も出ず、ストレリチア中尉も、アザレア少尉も生き残っている。
そんな些末なことを喜べることに悔しさを覚えながらサルヴィアは本部に無線を飛ばす。
「ブリュンヒルデ01よりHQ。敵航空戦力の殲滅を確認。基地への帰還を要請する」
『こちらHQ。よくやってくれた。残りの地上支援と制空権の維持は後続の第13攻撃機中隊と第3飛行大隊が引き継ぐ』
「了解した。ではこれより帰還する」
斯くして数時間前よりも何機か少ない大隊を率いてサルヴィアは基地へと帰還する。




