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第82話 ノルマンディウム上陸作戦 2

 涙を流しながら笑っていると同じ部隊の私の友人——エリーが奥からやってくる。


 彼女は私と同じスーパーで働いていた同僚の一人だ。今回の募集にあたって私たちは一緒に志願したのだ。


「あぁ! アルトリア! 生きてたのね!」


「え、エリー……。私、殺しちゃった……この子を……」


「そう……。でも戦争なんだから仕方ないよ」


 そう言う私を彼女は優しく慰めてくれる。彼女の優しさに心から感謝し、あることを思い出した私は彼女に恐る恐る尋ねる。


「ね、ねぇエリー。ロンとミランダは……?」


「…………」


 そう聞く私にエリーは押し黙る。ロンとミランダもまた私たちの同僚だ。そしてロンは私のボーイフレンドでもある。


「落ち着いて聞いてね……。ミランダは生きてるんだけど……」


 『ミランダは』前置きに私の背筋を嫌な汗が走る。この先に続く言葉は予想できる。だがその予測を脳は拒絶する。


「ロンは……ロナルドは……。さっき死んだわ、敵の手榴弾で……」


 私の願いと裏腹に予想通りだったその言葉に全身の血管は氷水を流しているかのように冷たくなって、心臓は締め付けられ、口は声に成り切れなかった酸素を吐き出しパクパクと動く。


「ぁ……ぁぁ……あぁ……そんなぁ……そんなのって……」


「その……これ。彼の身体から回収できたんだけど……」


 そう言われ手渡されたのは私たちが付き合って一年の時に記念に買ったペアリングだ。決して高価なものではなかったけれど私にとっては大切な宝物の片割れだ。


 そんな彼の指に付いていたであろうペアリングは泥と血で赤黒く染まっており、彼の死が現実なのだと私に容赦なく突きつけてくる。


 彼の指輪を手にした私の涙は魔法のように止まる。そして悲しみと絶望の代わりに押し寄せてきたのは恐ろしいまでの怒りと復讐心。


 私の心のようにどす黒く染まった指輪を自分の指に付けて銃をコッキングし立ち上がり宣言する。


「殺す……全員……フランツェスの奴らを一人残らず根絶やしにしてやる……!」


 そうして私はエリーを置いて塹壕の中を駆ける。憎きフランツェスの奴らを殺すために。


 塹壕を進んでいくと小隊長と数人の友軍がバンカーの入り口の前で突入しあぐねているのが見え、私は声を掛ける。


「どうされたんですか?」


「あぁ、奴らが立てこもっていてな……。海岸に向いた機銃があるから何としてでもここを取らなくてはいけないんだが、海岸で火炎放射器はやられてしまってな……。」


 つまり卑怯にもフランツェスの豚野郎はここに立てこもって機関銃を撃ちまくっているという事だ。


 だが、此処には殺すべきやつらがまとまっているという事になる。ならばやるべきことは一つ。殺せばよい。


「小隊長、一つ発煙手榴弾をいただいてもよろしいですか?」


「あぁ、良いが……。立てこもっている奴らに突入するのは無謀じゃないか? 別の火炎放射器の到着を待った方が——」


「いいえ、そんなことをしている間に海岸では今も同胞が殺されています! ……これを持っておいてください!」


 一方的にライフルを小隊長に押し付け、発煙弾をバンカー内に投げ込む。


 一度深呼吸をして発煙弾が炸裂するボシュッという音と共に腰の拳銃を抜いて一気に姿勢を低くしてバンカー内に潜り込む。


 私が入ってきた足音でやたらめったらにサブマシンガンを乱射する入り口付近の兵士の頭に下から拳銃を突きつけトリガーを引く。


 軽い反動と共にまず一人を屠り、続いて出てきた兵士三人に極力接近して続けざまに三人を殺し、バンカーの最奥に手榴弾を投げ込んで隠れる。


 爆裂音と衝撃がバンカー内を駆け巡り、静かになったところで警戒しながら奥に進む。


 拳銃の装弾数は八発。つまり残りは四発しかない。四人以上敵がいれば私の負けで、それ以下であれば私の勝ちの可能性はある。


 ギリギリのスリルに口が弧を描く中、曲がり角から飛び出す。


 しかしそこにいたのは四肢がもげている死体二人分と、壁にもたれかかる瀕死の少女兵だった。


 かなり警戒していただけに拍子抜けだがこれでこのバンカーは終わりだ。


 私が立ち去ろうとしていると後ろから声がかかる。


「ゴホッ……と、投降します……ゲホッゲホッ……! 投降するから……たすけて……。お願い……!」


 壁にもたれかかる少女兵だ。瀕死ではあるが助けようと思えば確かに命は助けられる。


 一瞬、助けてやろうという思いが脳をよぎるが、すぐに加虐心がその思いを上書きしていく。


「ねぇ。知ってる? 私の彼氏はアンタらフランツェスにさっき殺されたんだ」


 私は彼女に向き直り淡々と尋ねる。


「そ、そう……なんですか……でも……戦争、だから……ゲホッ……!」


「そうだよね……。じゃあ君が死ぬのも、苦しむのも戦争だから仕方ないね」


「ま、待って……! ご、ごめん……なさい……! ゆるし——」


 彼女が許しを請う中私は一発一発丁寧に彼女の残った手足に撃ち込んでいく。


 血の泡を吹きながら悲鳴を上げる彼女の顔は実に傑作だった。出来ることなら写真にしてとっておきたいほどだ。


 笑いながら自分よりも幼い彼女をいたぶって私は最後に彼女に冷たく告げる。


「はいこれ、お土産。礼は要らないよ」


 そう言ってピンを抜いた手榴弾を彼女の服の中に突っ込んでバンカーを出る。


 数秒後奥から籠った爆発音が聞こえ、それが私を笑顔にする。きっと今まで聞いて来たどんな音楽よりもいい音だ。


「バンカーは制圧しました」


 笑顔で小隊長に報告してライフルを返してもらう。小隊長も、今更到着したであろう火炎放射器兵も唖然としている。


 元民間人の女がたった一人でバンカーを制圧したのだ。驚きもするだろう。今日ばかりは親に無理やり習わされた新体操で培われた運動神経に感謝だ。


「あ、あぁ……。ちょうど今、火炎放射器が到着したんだが……必要なかったな。よくやった。……よし、前進するぞ」


 そうして私たちはこの日、大きな犠牲を払いながらもノルマンディウム海岸を制圧した。



 完全にアドレナリンが抜けきった状態でただ戦闘糧食をスプーンでつつく。


 ビーフシチューの缶詰はお世辞にも美味しいとは言えない。そして大きめの肉にスプーンが刺さった時思い出すのだ。——初めて殺した少年にナイフを突き立てる感触を。


 戦闘中の私はどうかしていた。特にバンカーの中で出会った瀕死の少女のあの表情はまぶたの裏に焼き付いている。


 憐れな少女を私は殺したのだ。それもいたぶりながら、楽しんで……。


 思い出した途端、猛烈な吐き気が私を襲い、折角食べたものを地面にぶちまける。


「……大丈夫?」


 焚火の向こうからやってきたエリーが私を心配して声を掛けてくる。


「いいや……。全然……。エリーは平気なの……?」


「いや、私もさっき全部吐いちゃった……」


「そっか……。そう言えば、ミランダは……?」


「行方不明。多分もう……」


 ふとこの場にいるべきもう一人の同僚を思い出して私は尋ねる。しかし返ってきたのは曖昧な答えだけ。


「私たちは二人だけか……」


「そうだね……」


 私達の会話はそれだけで終わった。もう会話する心の余裕なんてなかった。その後はお互い一切話さずマズいレーションをつつくだけで精一杯だった。


 こうしてこの日、私の手は血に染まった。

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