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第79話 ソンム・ド・フルール河畔の戦い2

 新しく配備された突撃銃、StG24を手に対岸の敵に射撃を浴びせる。


 短機関銃に比べ反動は大きいものの、人間工学に基づいた形状は命中精度を高め、新型弾薬のおかげで威力も申し分ない。


 サルヴィア中佐の下ついてからというもの私たちの待遇は素晴らしいものとなった。


 旧式のオンボロ銃ではなく、新型の銃が配備され、防弾チョッキも新品、弾薬も最低限度ではなく十分な量が渡され、死んだ仲間の死体から弾薬をかき集めるという事も銃剣で肉弾戦をする必要もなくなった。


 最高のコンディションで戦争が出来ているという事に口角が上がることを覚えながら小隊長として命令を下す。


「アマンダ! 向こうにグレネードランチャーをお見舞いしてやれ!」


「了解しました!」


 ポンッという軽快な音と共にグレネードが対岸へと飛んでいき着弾と同時に土嚢の裏に隠れていた敵兵が吹き飛ぶ。


 このグレネードランチャーは中佐殿のおかげで試験的に配備された新兵器だがなかなかに素晴らしいものだ。


 土手の上から同じヨルムンガンド戦闘団の装甲中隊が支援砲撃をしてくれるが敵は次から次に湧いてくる。


 このままでは流石にキリがない。そう思っていると空気を裂くような音と共に航空機が機銃掃射して行き、おまけと言わんばかりに爆弾を落としていく。


 完全に敵に穴が開き、タイミングよく架橋車両も橋を架け終えた。まさに好機だ、そんな中、中隊長から命令が下る。


「これより対岸に渡る! 第三小隊は装甲車に随伴し先行、そのほかは援護射撃だ! 中佐殿からの直接の命令だぞ、気張っていけよ!」


「「「「了解!!」」」」


 中佐殿からの直接の命令という言葉に思わず体の血がたぎる。


 かのお方は我々を必要とし、捨て駒としてではなく切り札として扱ってくださる。そんな方に頼られるのだ、我々の士気は天を穿つ勢いとなる。


 私は第三小隊を率いて即席の橋の上を進む。装甲車の装甲に跳弾する音がいくつも響く中、あと少しで対岸に着くと言ってところで小隊員の叫び声が響く。


「二時の方向! 対戦車砲!」


 その叫びのすぐ後、盾にしていた装甲車が大破炎上する。


「装甲車から離れて対岸まで渡り切れ!」


 爆発で耳鳴りがする中、橋頭堡は何としてでも確保しなくてはならないという思いで必死に叫び、走る。


 何人かが撃たれて倒れる中、突撃銃を乱射し必死で対岸まで渡り切り、遮蔽物に隠れる。


「よし! 何とか対岸までついたな。……こちら第三小隊! 対岸に着きました!」


 腰に付けた無線機を乱雑に取ってそれに向かって叫び、中隊長に渡河の成功を報告する。


『了解した、見事だ! 側面から奴らを狩ってやれ!』


「了解! ……皆、銃は失くしてないな!? これからやつらを側面から叩く! 私のケツから離れるなよ!!」



 サルヴィアは実に笑顔だった……それこそ今朝までの苦虫を噛み潰すような思いが嘘だったように。


 サルヴィアを上機嫌にさせたのは二つの事であった。


 まず第一にクルト少佐率いる第113歩兵大隊が対岸に渡れたという事。


 そして第二は封緘書類に書かれていたベルファスト王国のノルマンディウム上陸作戦の開始に伴い新たに作戦目的を変更するといった事であった。


 ノルマンディウム海岸はソンム・ド・フルール河の後方に位置しており、このノルマンディウム上陸作戦、正式名称「背後の短剣作戦」が成功すれば間違いなく敵戦列は瓦解する。


 そしてライデンシャフト共和国がフランツェス帝国軍の大半を西部戦線に釘付けにしている事からかなりの高確率でそれは成功すると考えられる。


 そして新たに与えられた任務は敵戦列の突破及び、上陸するベルファスト王国上陸部隊と合流、その後帝都『パリ・ド・メテオール』への進撃という先の大雑把な作戦とは地と天との差がある物。


「作戦情報が更新された。これより我々は敵戦線を突破し、後方のノルマンディウム海岸に上陸するベルファスト王国軍と合流。その後フランツェス帝国帝都、パリ・ド・メテオールへ進撃する!」


 勝ち戦に臨めるという事に胸を躍らせながらサルヴィアはスロットルをあげ、声高に進撃を宣言する。


『敵帝都って……、というか王国軍が上陸ってとどめを刺しに行くってこと……?』


 まるで信じられないとでもいう風に尋ねてくるガブリエラ大尉にサルヴィアは笑顔で答える。


「そうだよガブリエラ。これから我々は敵の息の根を止めに行く! 無論一番槍は我々だ! 皆、遅れるなよ!」


『『『『おぉー!』』』』


 返事から察するに大隊の士気はまさに最高潮、地上部隊の方もこの激戦だというのになぜか士気は高い。


 正直あの事前の作戦では士気がガタ落ちすると思っていただけに少々意外だった。それはきっと彼らがこの戦闘がかすむような激戦を生き抜いてきたという事の表れだろう。


「クルト少佐。地上部隊はどうなっている?」


『はっ。橋頭堡は完全に確保し、今新たに架けた橋で装甲部隊を対岸に渡らせています。これから残敵の——何? 民間人が武器を持って抵抗している? そんなこといちいち聞いてくるな。殺せ』


 全くと言っていい程躊躇いの無いクルト少佐にサルヴィアは思わず苦笑いしてしまう。確かに民間人の殺害はあまり許容できることではないが、これは戦争だ。


 以前シティスに言われた『その優しさはいつか自分を苦しめる』という言葉でクルト少佐を止めそうになるのをやめる。


 戦争において優しさというのは甘い毒のようなものである。確かに情けを掛けた時、己の心は幾分救われるが、次に冷酷な判断を下すとき己の心をよりいっそう苦しめるのだ。


「クルト少佐、制空権は完全に掌握した。航空支援はいつでも可能だ。必要な時に呼んでくれ」


『ありがとうございます! では早速で申し訳ないのですが三号道路に撤退中の敵が密集しているようですのでそちらをお願いいたします』


 確かに三号道路には撤退中の敵が見える。まさに敗走中というありさまで対空砲も配備されていない。


「……了解、確認した。これより攻撃に移る。……指揮小隊、聞いていたな? 機銃掃射を仕掛けるぞ!」


『『了解』』


 隠れているかもしれない対空砲を警戒しながらサルヴィア達は降下して足並みのそろわぬ中撤退している敵歩兵に鉛球を浴びせ、血煙の絨毯を敷いて離脱する。


 離脱中も警戒は怠らない。この瞬間が一番敵戦闘機にとって的なのだ。


 周りを見ているとサルヴィアは雲間に一つの黒点を見つける。敵機は編隊を組んでおらずただこちらに向かってきている。


「この空域は戦闘空域である。民間機ならば応答し、直ちにこの空域から離脱せよ」


 世間知らずの愚かな民間機かもしれないため一応広域無線で警告を掛けるが返答はない。


「返答なしか……。未確認機を敵機と判断——っ! 指揮小隊各機、ブレイク! ブレイク!」


 急に増速してこちらに突っ込んでくる敵機に驚きつつもサルヴィアは小隊に回避命令を出す。


 この急な動きは間違いなくエースパイロットだ。


「こいつはなかなか手ごわい! 皆はしばらくの間手を出すな! ——っ!」


 まるで血を吐くかのように叫びサルヴィアは必死で回避機動をとる。敵はなぜかサルヴィアだけを執拗に狙ってくる。


 いくらサルヴィアの機体が目立つ別機体だとしてもまだアザレア少尉やストレリチア中尉の方が隙があったはずだ。


 何故自分だけを執拗に狙ってくるのかを考えていると広域周波数で無線が入ってくる。


「久しぶり……サルヴィア」


 どこか聞き覚えのある声がサルヴィアの耳を突き抜ける。


「私……ユーリカ少尉だよ。……まぁ、もう少佐だけど」


「なっ!? 何故!?」


 ユーリカ少尉はかつてサルヴィア、シティス、ストレリチア中尉が居た第144中隊のメンバーの一人だ。


 ユーリカ少佐の同輩であるカトレア少尉と共に二人には世話になったが、カトレア少尉は残念ながらトラントでの戦いで戦死していた。


 だが二人の上官であるクレマチス大尉は存命のはずだ、であるのに何故彼女がこの場にいるのか、それも敵として。


 その答えは激しい格闘戦の中無線機から吐き出される。


「私は、戦争を終わらせるためにフランツェスに付いた。あなたたちライデンシャフトが戦争を続けるから……」


 恐ろしい程のGの中であってもユーリカ少佐は一切息を切らさないで話し続ける。


「くっ! な、何故……! ライデンっ……シャフトでもいいじゃないですか!? 何故、よりにもよって……敵にッ!?」


「この世界には世界を治める一人の強い人間……皇帝が要るんだ。だからさ。……それに私はフランツェスに付いたおかげでこの体を手に入れた……! どれだけGをかけても壊れない、たとえ撃ち落されても死なないこの体を……!」


 まるでフィクションみたいなことを話しているが、このGの中平然と会話していることから判断するに彼女の話すことはおそらく本当なのだろう。


 どのようなメカニズムなのかは分からないが、Gをいくらでも掛けられるというのは空戦において恐ろしく有利に働く。


「たとえ死んでも私の予備は幾らでも取ってある。もう生身の身体は無いけれどそれでも……それでも……あぁ……! 私がこの戦争を終わらせるから……! 見てて、カトレア……!」


 ほぼ一方的な話をするユーリカ少尉に違和感を覚える。彼女はこれほどまでに支離滅裂な会話をする人間ではなかった。


 だが、敵になったからには全力で墜とさねばならない。


 頭から違和感を追い出してサルヴィアは思考回路を切り替え操縦桿を倒す。

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