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第77話 親友

「オスカー大尉、戦車中隊は先行して市街戦に移れ! 歩兵大隊は戦車中隊に随伴しろ、上から見る限り敵の砲兵陣地は更地になったぞ」


『『了解!』』


 圧倒的な鉄量の前にダンケルキアの砲兵陣地は周りの街と共に吹き飛んだ。


 残ったのは瓦礫の山と士気が底につくほど落ちたであろう脆弱な防御陣地だけだ。


 高性能なエンジンのために快速な中戦車、Ⅴ号戦車が敵の籠っている塹壕陣地を乗り越えて撤退している敵戦車部隊を駆り立てる。


 その様はまるで逃げる鹿を追い立て、狩る狼のようである。


 そんな戦車中隊が立てた土煙の中を歩兵大隊が前進して塹壕の中の敵兵を、街に逃げ込む敵兵を確実に殲滅していく。


 明らかに勝敗が決したであろう状況を上から眺めながらサルヴィアはニヤリと笑って思わずつぶやく。


「この戦い、勝ったな……」


 サルヴィアが悦に浸っていると不思議そうなストレリチア中尉の声が無線機から響く。


『中佐殿、どうせ街を更地にするのでしたらヴィルベルヴィントを使えばよろしかったのではないでしょうか?』


 ヴィルベルヴィント——空中要塞といってもいい程の巨大な航空機、ヒンメルモナーク級の一番艦だ。


 確かにあれを使えばいいというのはサルヴィアも分かる。だが使わなかったのは理由があるのだ。


「中尉、確かにその通りだが、彼の王国はこれが初めての戦争だ。王国国民に戦争で彼らが十分に戦えるという事をわからせなくてはならない。でなければこの戦争に参加する利点が分かってもらえないからな。だからこそ今回彼らに『花を持たせた』というわけだ。」


『なるほど、少し難しいですがなんとなくわかりました』


「外交というのは確かに難しいものだ。仕方ないさ」


『ガイコウ……?』



 まるで『ガイコウ』というものを知っているかのような口ぶりで私の親友はストレリチア中尉を正す。


 何故そのような口ぶりができる? 私を含めてガイコウというものは聞いたことがない。いったい何なのだろうか?


 そう思った私はサルヴィアに尋ねる。


「ガイコウって何?」


『ん? あぁ、国と国の交際や交渉の事を指す言葉だよ』


 何故彼女はそんなことを知っているんだ? 国なんてそんな概念つい最近までなかったのだ。それともこの場で創った造語だろうか? それにしては普通の言葉を使うかのように彼女は使っていた。


 まだ、そのことについては疑問が残ってはいるが、彼女はベルファスト王国に花を持たせて戦争に加担する利点をわからせるといった。


 この言葉がライデンシャフト共和国の首脳部や、軍の上層部の人間の口から出るならまだわかる。


 だが何故ただの中佐である彼女の口から出てくるのか。


 答えは簡単、おそらくベルファスト王国をこの戦争に引き込むことを考えたのはサルヴィアだからだ。だが一応確認のために私は彼女に尋ねる。


「ねぇサルヴィア、もしかしてベルファスト王国をこの戦争に引き込むことを考案したのって……」


『私だよ』


 あぁ、何という事だ。彼女はベルファスト王国を戦争に引きずりこむことすら考案してしまったのだ。


 やはりこの親友は悪魔だ。ここで生かしていたら世界はより混沌としていくだろう。この場で殺さなくてはならない。


 幸い、彼女の機体は今私の前にある。操縦桿を少し動かして彼女のRe203を照準器の中に収める。


 あとはトリガーを引くだけ、引けば確実に彼女を殺せる。


 確かに彼女は私の親友だったし、今もそうだ。だが、ここでやらねば地獄は加速する。


 照準器越しに彼女の乗るコックピットを睨みながらトリガーに振るえる指を掛ける。


 普段あんなに軽い引き金が恐ろしく重い、彼女を殺せば世界はこれ以上地獄にはならないだろう。だが私は英雄殺しの名を、友人殺しの名を、裏切り者の烙印を背負って生きていけるだろうか?


 力強く噛み締めた歯の間から熱い息が音を立てて漏れる。それと同時に私の視界が歪む。かと思ったら頬を生暖かいものが伝う。


——涙だ。


 私はこの期に及んで彼女を殺すことを躊躇いかけている。だがやらねばならない、人類のために。汚名を被る覚悟も、親友を殺す覚悟もできた。


 トリガーに力を入れかけたところでサルヴィアは振り返って私を見る。


——バレた。バレてしまった。


 サルヴィアはこっちを見つめたまま、私の涙と葛藤で歪んだ瞳を見てどこか悲しそうに、諦めたかのようにニヤリと笑っている。


 結局私はサルヴィアを撃てなかった。私はどれほど半端ものなんだ……? サルヴィアを殺すことも、この地獄を止めることもできなかった……。


 あのすべてを知っているような、見透かしたような濁った瞳にすべてを止められた。


 そんな私の想いを知ってか彼女は私に命令する。


『ブリュンヒルデ01よりフリスト01。下のあの警察署が見えるか? あそこに民間人が武器を持って立てこもっているらしい。地上部隊から爆撃要請が来ている。だがあの程度の小さな警察署ならKw190の爆弾でも十分だろう。やれるな、『フィサリス大尉』?』


 悪魔だ、この私に武器を持っているとはいえ民間人を殺させようとしている。


 おそらく私がこの地獄を嫌っていることも知っている。どうやって知ったかは分からない。なにせこのことは誰にも言っていないのだから。


 彼女には人の心を読む力があるとでも言うのだろうか?

 

 だが、命令は命令。私は唇を血が出んばかりに噛み締めながら急降下して爆弾の投下スイッチを押す。


 切り離された爆弾は無情にも真っ直ぐに警察署に吸い込まれていき、離脱時に後ろに見たそこには瓦礫の山が残っていただけだった。


 中途半端な私に下った罰は押しつぶされんばかりの罪悪感と責任感だった。


 上昇して編隊に戻った私の背後にはぴったりとストレリチア中尉が付いている。


 きっとサルヴィアが秘匿回線で中尉に行ったのだろう。いつでも私を墜とせるようにしておけと。


 結局その後、多くの民間人は徹底抗戦を貫き、花と散っていった。


 正規の軍人の前に、鎌や、手斧、護身用の拳銃、即席の槍で武装した民間人は紙くずも同然だったことだろう。


 基地に帰還して機体から降りた私にサルヴィアは寄ってきて「私の執務室に来てくれ」と一言言って去っていく。


 何かしら話があるのだろう。もしかしたら殺されるのかもしれない。でもそうであっても刺し違えればいい。


 そう覚悟した私は拳銃を懐に隠して彼女の執務室に向かう。


「フィサリス大尉、召喚に応じ参りました」


「中尉」


 ノックして入室の文言を唱えて、扉越しにサルヴィアの声が聞こえたと思うと私の後頭部に何か冷たいものがあてられる。


「大尉殿、懐の物を出してください」


 何故バレたのか……? 私が懲りずにまた殺しに来ることを予期していたのだろうか?


「はぁ、分かった」


 そう言って私は懐の拳銃を中尉に手渡す。


「中尉、フィサリス大尉を拘束しろ」


「了解しました」


 私の手は後ろ手に縛られ、そのまま執務室に入れられる。


「サルヴィア。分かってたなら私を殺せばよかったんじゃない?」


「そんなわけにもいかなかったんだよ。まだまだ私も甘いという事かな」


 そう言ってサルヴィアは私の後ろに控えているストレリチア中尉に退出するように手で促す。


 中尉が出て行ってしばらくしてサルヴィアはゆっくりと語り始める。


「君が僕を殺そうとすることは分かってたよ」


「やっぱり、殺気でバレてたの?」


「……いや、君に殺されたから」


「は?」


 どういうことだ? 私はサルヴィアを殺せていない。だから今、目の前にこうしてサルヴィアは座っている。


 訳が分からないまま私は彼女に尋ねる。


「それは比喩的な意味で?」


「いや、本当に殺された。此処で、入ってきた君に撃たれてね」


「言っている意味が分からないんだけど」


 本当に何を言っているのかわからない。彼女は狂ってしまったのか? それとも私たちが気付いていなかっただけで元から狂っていたのだろうか?


 頭がショートしかけている私を置いてサルヴィアは続ける。


「僕は一回君に殺されている。その時に君は言ったんだ、僕を殺せばこの地獄は止まるってね。だがはっきり言わせてもらうが、もうこの地獄は止まらない」


 やはり彼女は私の考えを知っていた。それもかなりはっきりと。……そして何と言った? この地獄はサルヴィアを殺しても止まらない?


「まぁ納得できないのも無理ないな。僕はね、死んでも前日の朝に戻るんだよ。信じてもらえないと思うけど」


 言っていることが嘘なら虚言癖の子供の嘘よりも質の低い嘘。だが彼女は私の考えを知っている、そして私が懐に拳銃を忍ばせていたという事も知っていた。


 普通なら腰のホルスターにあることを疑うはずだ。


 これらの事実が彼女のいう事が嘘でないことを証明しているといってもいい。


「ちなみに今日の戦闘中に僕を撃墜しようとしていたことも、結局それが出来なかった事も前回の君が教えてくれたよ」


「……そっか。じゃあ私はこれから銃殺刑?」


 私はサルヴィアを殺すこともできず、結局処刑されてしまうのだ。だが親友の手で殺されるなら別に悪くない。


 そもそも死んでも記憶を持ったまま時を戻せる人間相手に敵うはずがない。


 今更彼女が何故これほどまでに強く、雷神と初めて戦った時も、あの時太陽の方角に敵がいたのかを気づいていたのかに納得がいく。


 彼女はあの場面で死んで、やり直しているのだ。もしかしたら今までも何千、何百とやり直してきたのだろうか?


 敵うはずもない人間を殺そうと計画していた私の愚かさに嗤っているとサルヴィアは淡々と私の処遇を告げる。


「フィサリス。君は教官になれ、士官候補生学校のな」


「なっ!? なんで……! 殺せばいいじゃん!」


 そう言う私に儚い笑みを浮かべてサルヴィアは語りかける。


「君は僕がこの世界に来て初めてできた友人だ。そんな君を殺せるわけない」


「わ、私はサルヴィアを殺そうとしたのに!」


「それでもだよ」


 サルヴィアは何なのだろうか? 悪魔のような一面も、歳不相応な大人びた一面も、年相応の一面も、優しい一面も持ち合わせている。


 私に民間人が立てこもる警察署を爆撃させた人間が何故こんな儚く優しい笑顔をできるのか。


「フィサリス、このことは僕と君、ストレリチア中尉だけの秘密だ。君は戦闘爆撃の腕を買われて士官候補生学校の教官となった。それだけだ」


「いいの!? 私、士官候補生学校に行く前にサルヴィアを殺せるかもしれないんだよ!?」


「いや、断言してもいい。君に僕は殺せない。…………話は以上だ。退出したまえ大尉」


「……っ。はっ。失礼します」


 執務室を出てしばらくすると隣接している指揮小隊の執務室にストレリチア中尉が入ってくる。


「大尉、拘束を解きます」


「あぁ、ありがとう」


 一応礼を言った私に中尉は底冷えするような声で囁く。


「中佐殿の命令で深く追求しませんし、私から危害を加えることも、このことを隊に言いふらすこともしません。でも次、中佐殿を殺そうとしたらその前に私が貴女を殺します。絶対に、なにがあっても、刺し違えてでも貴女を殺します」


 前から分かっていたが彼女はサルヴィアの信奉者だ。きっと彼女にとって私は憎い敵でしかないのだろう。


 そんな彼女に苦笑いしながら「肝に銘じておくよ」とだけ言って私は自室に戻る。


 結局拳銃も没収されたまま私は翌日の送別会に出席して、皆との急な別れを謝罪して、別れの挨拶をし、士官候補生学校への軍用車に乗り込む。


 もし……もしも私がサルヴィアの考えに同調出来ていたら、この地獄を受け入れることが出来ていたら、悪魔になるだけの勇気があったのなら私はまだ彼女と親友でいられたのだろうか?


 だが、もうすべて手遅れだ。私はヴァルキリー大隊にかつて所属していた教官として生きていくしかないのだ。


——でも……もし願いが一つ叶うならまた私とシティス、サルヴィアの三人で仲良くしたかった……。

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