第76話 ダンケルキア攻略戦
二度目の戦闘をこなしてサルヴィアは執務室でコーヒーを啜る。二度目という事もあって、一度目と異なり被害は抑えることはできた。
しかし戦闘後、一度あの町で殺されたためサルヴィアはあの町には赴かない。代わりに送ったのは治安維持のための憲兵隊。
後方で暇をしていた彼らにとって仕事があるのは願ってもないことだ。
きっと今頃彼らはパルチザンやら民間人の暴動などで職務を全うしていることだろう。
自分を殺したのは子供だった。だから憲兵には一言伝えておいた「子供であろうと容赦するな」と。
憲兵隊がどのような仕事をするかは想像に難くない。未だに法整備が整っていない中で占領地に駐屯するのだ、きっと現地は地獄だろう。
しかし、サルヴィアが今考えるべきはそのようなことではない。
「今回の戦闘はまだ前段作戦に過ぎない……。まずはダンケルキアを取らなくてはな……」
扉がノックされ、聞きなれた声が扉越しに聞こえる。
「ストレリチア中尉です」
「あぁ。入れ」
ストレリチア中尉は隣に人を連れて入ってくる。
「これは! エーリカ大佐……! 失礼しました! ……中尉、エーリカ大佐の分のコーヒーを」
サルヴィアの命令に敬礼して退出していこうとするストレリチア中尉をエーリカ大佐は呼び止めて言う。
「あぁ、中尉。『ゆっくり』淹れてくれたまえ。ゆっくりと、な」
「は、はっ! 大佐殿!」
ゆっくり、つまり人払い。何か二人きりで話したいことがあるという事だ。
きっとなにか今作戦における話であろう。良いニュースか、はたまた悪いニュースか……。
「単刀直入に言おう。中佐、第一フェーズは完了だ」
「という事は……!」
「そうだ。ベルファスト王国はこちらにつく」
第一フェーズ——ベルファスト王国との不可侵条約、もしくは同盟。
それが成功、不可侵条約はもう完了していた。つまり今頃完了という事はベルファスト王国は初めての同盟国となったと言う事だ。
「そこで改めて今回の命令だ」
そう言って渡されるのは最初からエーリカ大佐が持っていた茶封筒。律儀に新たに創られたライデンシャフト共和国の国章のスタンプが押してある。
「拝見いたします」
封筒から取り出された命令書に書かれていたのは——
・
・
・
「諸君、これよりダンケルキア攻略戦に移る! 知っての通りこの都市はフランツェス帝国の兵站の一翼を担っている。奴らの生命線を断ち切ってやるぞ!」
「「「「了解!」」」」
「あぁ、それと。無線に注意を払っておくように」
「「「「……? はっ」」」」
斯くしてサルヴィア達はダンケルキア攻略戦に取り掛かる。
・
・
・
「全機そろったな? まず、沿岸砲を叩く」
『こちらランドグリーズ01。恐れながらそれは愚策かと。何故沿岸砲なのです? まずは敵砲兵を叩くべきでは?』
賢いグロリオサ大尉らしい実にもっともな質問だ。だが今は答えられない、機密事項というものだ。
「すまないな。まだ答えられない。だが悪いようには転ばないと断言しよう」
『……了解』
そうこうしているうちに遠くに敵三個飛行大隊が目に入る。
「諸君、敵さんのお出ましだ。歓迎してやるぞ!」
『『『『了解!』』』』
敵の練度は著しく低い。しかし敵機は圧倒的に多数。そのため今回のサルヴィアは歩兵部隊にある物を随伴させていた。
接敵する前に一気に第666大隊は反転し後退する。
眼下の森の上を通り過ぎ、敵部隊が森に差し掛かったところでサルヴィアは地上部隊に合図する。
「今だ! 頼むぞクルト少佐!」
『了解いたしました!』
クルト少佐の返事の後、森に隠蔽されていた対空砲が一斉に火を噴く。
予期していなかったであろう対空砲火に敵機は次々に墜ちて行く。
「素晴らしい! 敵の自走対空砲を鹵獲しておいた甲斐があったな」
ある程度敵機が少なくなったところでサルヴィアは射撃を中止させる。
「クルト少佐、射撃中止。実に素晴らしい花火だった」
『ハハハッ! これはなかなかに楽しいですな! 戦後は花火師というのもいいかもしれません!』
「その時は私にも貴官の花火を是非見せてくれ。……では対空砲部隊を後ろに下げろ。その地点には敵の砲撃が来る可能性がある。残りは私達でやるから安心しろ」
『了解! ケーニヒス・ヴォルフより対空部隊、後方に後退しろ』
敵航空機はかなり削れた。あとはヴァルキリー大隊の腕の見せ所である。
「よし……諸君! 人狼たちが手を貸してくれたんだ。さっさと片付けて今度は我々戦乙女が手を貸すぞ!」
『『『『了解!』』』』
「偵察機によると沿岸砲付近に対空砲は無いとのことだ。ランドグリーズ隊は我々が敵戦闘機を釘付けにしている間に迂回して沿岸砲を叩け!」
『了解しました』
グロリオサ大尉は未だに何故沿岸砲を先に叩くのかについて不服なようだ。だが仕方ない。これが作戦なのだから。
いくら対空砲で敵航空機を削ったとはいえ、まだこちらの倍近くの機数はある。
かつてのフィリアノス要塞攻略戦もかくやと言わんばかりの敵機の数だ。
だがこちらの練度は当時と比べて格段と上がっており、敵の練度はもはやパイロットといっていいのかわからない程お粗末なものである。
そんな『月とスッポン』ではなく『冥王星とスッポン』くらいの力量差で行われる空戦は一方的を通り越してもはやただの虐殺に近い。
第666大隊の面々もそうだがサルヴィアに至っては流れるように敵機をスクラップに変えて行く。
まるで編み物をするときの針のように敵機と敵機の間をすり抜け、まるで死神のように死を叩きつけて行く。
やはり敵機の方が格闘性能は上という事もあり、時折骨のあるパイロットがサルヴィアの背後に付くが、わざわざサルヴィアはドックファイトをするまでもない。
僚機のストレリチア中尉は最初の頃こそ操縦の腕は並み以下であったが、今では大隊の中でもトップクラスのエースパイロットだ。
敵機が背後に付いたと思った途端にたちまち彼女の手によって撃墜されていく。
だが彼女をわざわざ自分のために拘束するのは彼女のスコア的にも少し申し訳ない。そう思ってサルヴィアは彼女に語りかける。
「助かった、中尉。……だがわざわざ私の護衛につかなくとも自由に動き回ってもらっても構わんのだぞ?」
『いえ、私は中佐を守るために居りますので』
正直引くほどの忠誠心に苦笑いしながらサルヴィアは続ける。
「言い方を変えよう。貴官の腕を見せてくれ。正直的に骨が無さ過ぎて楽しくないんだ。先のように私の後ろを取れるパイロットと戦いたいんだ」
『こ、これは失礼しました!』
「いやいや、私のわがままに付き合わせてすまないな。私は一人でも大丈夫だから、アザレア少尉を守ってやれ。上官なんかよりも部下を大切にしろ。優秀な副官に恵まれた私からの助言だ」
『わ、私なんてそんなでもないですよ! ……でもわかりました。よし、少尉。行くぞ、ついてこい!』
『了解!』
少し照れながらストレリチア中尉は謙遜するが、実際サルヴィアは彼女という恐ろしく優秀な副官に恵まれることになった。
もしもまだ少尉だった時、彼女を使い捨てるように使っていたらと考えると今でもゾッとする。
かつての自分にストレリチア中尉を大切にしていたことについて感謝しながらサルヴィアは敵機の背後にピタリとつく。
サルヴィアの殺気に気づいたのか振り返る敵のパイロットは恐ろしく幼い。
恐怖に歪む少女に少しの申し訳なさを覚えながらサルヴィアは機関銃を叩き込む。
30ミリ機関砲のベルトには徹甲弾も混ざっている。それが貫通してパイロット腹部にあたったのか、少女は白目をむいてキャノピーに彼女の中身をまき散らして息絶える。
相も変わらず恐ろしい火力である。それでいて速度、運動性能ともに高水準なのだからこのRe203は実に素晴らしい。——ただ、リーピッシュ博士というイカレ博士のことは未だサルヴィアとしては苦手だ。
確かに彼の頭脳は恐るべきものだ、だが人間として苦手なのだ。
そんなどうでもいいことを考えているとグロリオサ大尉から無線が入ってくる。
『こちらランドグリーズ隊。沿岸砲をすべて破壊しました!』
「よくやってくれた! ……ブリュンヒルデ01よりHQ、沿岸砲の破壊に成功」
『了解した。これより艦砲射撃が始まる。注意せよ』
艦砲射撃という言葉に戦闘団の多くの者から疑問の声が上がる。
それはそうだ、ライデンシャフト共和国海軍はお世辞にも強くはない。今バルトロメイ海峡を海上封鎖している艦隊と、予備兵力しかいない。
つまり艦砲射撃などたかが知れているのだ。誰しもが大したことがないだろうと思っている艦砲射撃にミジンコ程度の期待をしている中サルヴィアは言う。
「諸君、無線の周波数をベルファスト王国公共放送に合わせてみろ」
そう言って周波数を合わせた無線機から大仰な放送が垂れ流される。
『今日、たった今から我々グロース・ベルファスト王国はライデンシャフト共和国側として今回の戦争に参戦いたします。それにあたってこの場で私、ウィンスター・チャールズが国王陛下に代わり宣言します。フランツェス帝国及び、R&Hインダストリーへの宣戦布告と開戦を宣言いたします!』
宣戦布告宣言から数十秒後ダンケルキアの街に恐ろしい量の鉄の雨が降り注ぐ。
十数分砲撃が続き、ようやく止んだ砲撃の後には壊滅的被害を受けたダンケルキアの街が残されていた。
『まさか……!』
驚愕した声色のグロリオサ大尉の言葉にサルヴィアはニヤリと笑いながら答える。
「そうだ大尉。これが狙いだ。……これより攻勢を開始する」
ここに本当の意味でのダンケルキア攻略戦が幕を開ける。




