第75話 残酷な事実
気が付くとあたり一面真っ白な部屋に来てかけたいた。
そして目の前には猫背でネイビーブルーの眼鏡をかけた例の男——自称創造神だ。
「やぁ、サルヴィア。自称創造神とはなかなか酷いことを言うね」
どうやら相も変わらずこの心を読む能力は健在のようだ。まったくプライバシーの欠片もない。
「プライバシーも何も、君がそう考えることも、何をするも僕には分かっているからね」
「して、今回は何故ここに呼んだんですか?」
「別に口に出さなくてもいいのに……。まぁそうだね、問い詰めたいことがあってだね」
あの柔和そうな顔が少し険しくなる。これでこいつと会うのは二回目だがこんな表情をするような奴ではなかったはずだ。
「君のお察しの通り僕は少し怒っていてね……。何故、国を創った? いや、どうやって国を創った?」
どうもこうも、ただ普通に上層部に建国を進めただけだ。まぁ、早すぎたのは予想外であったが。
「言い方が悪かったな。どうやってこの物語に干渉した?」
「……は?」
「無自覚か……。この際だからはっきり言っておこう。君は本来であれば舩坂重工業とだけ戦争をしているはずだったんだ。だが君がライデンシャフト共和国を考え付いたせいですべての計画が狂ったんだ」
実に愉快だ。ざまぁない、少なくともこの地獄みたいな世界にぶち込んだこいつを困らせられるというのは実に素晴らしい。
「そうか、君は知らないもんな。僕は君をこの地獄を終わらせるためにこっちに呼んだんだ。それが今やどうだ? 君のせいでこの地獄は長引いた。本来であれば今頃君は普通の生活をしているはずだったんだ……!」
……は? 『本来であれば普通の生活をしていた』? つまり自ら平和を逃してしまったと……?
「そうだ。君はこの地獄を加速させた。僕だってこの地獄を終わらせたかったんだ……!」
この地獄を終わらせるも何も、この地獄を創り出したのはこいつのはずだ。何故創り出した本人が終わらせたがっているのか……?
「この世界を創り出したのは確かに僕だ。だが、世界を創るにしても基盤というものがある。そして僕が選んだのは『戦争が付きまとう』世界の基盤だった」
つまり戦争というのはこいつの意図しないものだったと……?
「そうだよ。君はこの世界の聖典を知っているかい?」
確か聖典には『大闘争とならぬよう適度に争い、己が闘争心を満たし、互いを間引き、繁栄せよ』とあるとフィサリスが教えてくれたはずだ。
「その通りだ。これは僕がこの世界に残せた数少ない言葉の一つだ」
言葉を残せるのならいっそ『戦争をするな、人を殺すな』とでも言えばよかったのではないか? 何故それをしなかったんだろうか?
「さっきも言ったが、この世界の基盤は戦争だ。それはどうしても、僕の力をもってしても歪めることが出来ない。出来なかったんだ。……そして大きくこの世界に干渉できるのは三回だったんだ」
神ですら万能ではないと……。
「そう。ちなみにだが、実は僕はもう三回この世界に干渉したんだ」
つまりこいつはもうこの世界を操作できないというわけか……。
「あぁ。一回目は戦争を止めるように言葉を残したんだ。だがダメだった。いつも何者かがこの言葉を信じるものを潰すんだ。この世界が修正にかかってくる。だから二回目で聖典の言葉を残した、戦争を限定的なものにするために……」
なるほど確かに自分でもそうするはずだ、どうせ戦争を失くせないのであれば限定的に抑えるのが合理的というものだ。
「そして三回目、僕は別の世界から、君たちの住む世界——平和と戦争が調和した世界から何人かこちらに呼ぶことにしたんだ」
それが自分とアメリア・イアハートというわけか……。
「本当はもっと他にもいる。だがそこは君にとってどうでもいいだろ? 重要なのはなぜ君たちかという事かだろ?」
確かに何故自分たちなのだろうか? アメリア・イアハートはまだわかる。だがなんでこんな普通な人間を呼んだ……?
「他の偉人たちは様々点で他を凌駕しているためだ。そして君たちみたいな普通の人間を選んだのはすべてにおいて平均的な、あるいは劣っているような人間を入れるためだ。君たちには可能性が満ちていたからね……」
確かに様々な偉業をなした人物には平凡な人間や、周りに劣っているような人間だっていた。なるほど確かにいろいろな可能性を模索するのは道理だ。
「だが僕はあることを失念していた。可能性というのはプラスにもマイナスにもなり得るという事を……」
……は? まさか……
「そのまさかさ。僕は君を最初普通の人間だと思った。だが初めて彼女と会った時、……こっちでは雷神と呼ばれているんだったか……。そこで君は知ってしまったんだ殺し合いの楽しさを……そして君は『イレギュラー』だった。この世界を変え得る存在だよ……。僕が仮に君に『権能』を、十回死ねるという能力を与えてしまったのが間違いだった」
つまり自分がこの世界を変え得る存在であった上に、この世界を改悪する人間だったと……。
「そうだよ。君はこの世界に戦争というものを刻み込んだ。深く、深く、もう修復不可能なほどに」
では自分が死ねばこの世界は変わるのか……?
「いいや、もう手遅れだ。君が残りの死ねる回数をすべて使って、正真正銘死んだとしてもこの世界はこのままだ。だが、マシにすることはできる。君にすべてがかかっているんだ」
では、もう平和な世界というのは実現し得ないと……。そういう事なのか……。
「その通りだ。だがマシなものに出来るのも君だけだ。君がこの世界を良いものにしようとすればそちらに世界は向く。そしてその逆も然りだ」
つまりこれからは平和を創るために戦うのではなく、地獄をもっとマシにするために戦えと……。
「そうだよ。さあ、もうそろそろ時間だ。頼んだよサルヴィア」
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——太平暦1724年 8月16日
サルヴィアは自分に割り当てられた部屋のベッドで目を覚ます。
「あぁ……。……っ。クソ……! なんでこんなことに……!」
ベッドの上で半身を起こしてサルヴィアは固く握られた拳に涙を流す。
この世界は良いものにはならない。しかしながらマシな物にはできる。そしてそれができるのはサルヴィアだけである。
その事実は幾ら嘆いても変わらない。
だからサルヴィアは涙を拭い立ち上がる。
——せめて悪魔ならマシな悪魔に成り果てよう、と。