第74話 狂気
第113歩兵大隊から入ってきた無線にサルヴィアは思わず口角が吊り上がる。
「ブリュンヒルデ01より大隊各位。地上部隊が町役場を制圧した。あとは残敵掃討だけだそうだ」
『なかなか地上部隊もやりますね』
「そうだな02。我々も負けておれん。とっとと蚊トンボを叩き墜として我々も追撃に移るぞ!」
『『『『了解!』』』』
背嚢撃ち、つまり逃げる敵の背中を打つのが一番楽で楽しいものだ。残敵掃討という言葉がどれほど素晴らしいか。戦場に身を置くものなら誰もがその言葉に酔いしれる。
だが、曲がりなりにもサルヴィアはまだ常識人だ。確かに少しの楽しさを覚えないこともないが、やはり罪悪感に近いものだってある。
しかしサルヴィア以外の人間は違うのだ。ずっと戦場に身を置いてきて、殺し以外を知らない。だからその雰囲気に合わせるのが普通だ。
指揮官として部隊の雰囲気には合わせなくてはならない。だから楽しんでいるのだ、楽しんでいるふりをしているのだ……。
グチャグチャになった価値観と倫理観の中サルヴィアは目の前の敵機を叩き墜とす。
やはり練度が著しく低い。だが、この部隊は思想教育をしっかり受けているのか再三の降伏勧告に応答はなかった。
だから仕方なく、弾薬がもったいないからとなぶり殺すように15ミリ弾だけで撃墜していく。
撃たれた敵は瞬時にスクラップになるわけではなく、焼夷徹甲弾が燃料タンクにあたったのか、火だるまになりながら墜ちて行く。
脱出しないところを見るにキャノピーが歪んでしまったのだろうか?
次の瞬間サルヴィアの眼に驚くべき光景が飛び込んでくる。
火だるまになりながら敵機は地上の歩兵部隊の方に突っ込んでいったのだから。
「なっ!? まぐれか……? それとも……」
残念ながらサルヴィアの悪い予感は的中する。
『こちらスルーズ08! 奴ら少し被弾すると地上に突っ込んでいきます!』
自爆攻撃。前世の記憶で知っている、窮地に追いやられた日本軍が取った戦法だと。
まだフランツェス帝国のパイロットたちは被弾してから自爆攻撃に移るようであるが、これが自爆攻撃のための出撃、『特攻』のようになるのは明白だ。
かつての日本軍が『生きて虜囚の辱めを受けず』というスローガンのもと捕虜になるくらいなら敵を道ずれに死を選んだように、フランツェスの人間は今まったく同じことをしている。
おそらく原因はベルギエン制空戦の時サルヴィアが敵の一個大隊を丸ごと降伏させたためであろう。
きっとその事実を知ったフランツェス帝国の軍上層部は焦って思想教育を施したのだ。
『ライデンシャフト共和国の捕虜となったら拷問の末に殺される。奴らは悪魔だ』
と。まさか自分の選択がこうも裏目に出てしまうとは思っていなかったサルヴィアは思わず天を仰ぐ。
されど見えるのはどこまでも深い青い空だけだ。どうするべきかの答えなんて到底そこにあるはずもない。
戦場では答えは見出していくしかない。故にサルヴィアは前を向いて無線機越しに大隊員に命令を下す。
「ブリュンヒルデ01より大隊各位! ……っ。木端微塵になるまで敵に撃ち込んでやれ!」
『『『『了解!』』』』
「いいか! パイロットを殺せ! 残念だが彼女らは投降はしない、容赦はするな。こっちに被害が出る」
そう言ってサルヴィアは惜しみなく20ミリ、30ミリを打ち込んでいく。
これだけ打ち込めば流石に空中でバラバラになる。
サルヴィアとしては敵パイロットであれ助けられるのであれば助けてやりたい。だが向こうが降伏に応じないなら打つ手なしだ。
結果、この制空戦において敵は撤退することも、降伏することもなく全員が空に散っていった。
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すべてが終わった後の町で私は中佐殿と歩く。
チラリをあたりを見渡せばいたるところに家を失って路頭に迷う人々、瓦礫を片付けている者、遺体の前で蹲って涙を流す者、様々なものがいる。
だが彼らは我々の平和を邪魔する者だ。多少可哀そうに見えないこともないが、こうなってしかるべき者たちだ。
そんな敵たちにすらも中佐殿は憐みの眼を向けていらっしゃる。まるで海のように広いお心を持っていらっしゃる、感心せざるを得ない。
「中佐、何故わざわざこのような町に? 別に来る必要はなかったのでは?」
「あぁ。まぁ確かに基地から車を回してくるまでの町ではない。だがな中尉、私は見なくてはならないんだ。自分で創った地獄なんだからな……」
「? 中佐殿が必要だとおっしゃるのでしたら必要なんでしょう。私もしっかり見ておきます」
正直、中佐殿の意向は分からない。だがひとつわかることがある、中佐殿についていけば間違うことはないという事だ。
私は別にライデンシャフト共和国のために戦っているわけではない。私は中佐殿の夢のために戦っているのだ。
昔の私が今の私を見たらなんと思うだろうか? あの時の生きる理由を見出せていなかった時の孤児院の私が……。
そう思いながら空を見上げていると何かが横を通り過ぎていく。
それを追って中佐殿を見ると十歳くらいの子供が中佐殿に抱き着いている。どうしたのだろうか? だが、何かがおかしい。
その違和感に私はすぐに気づく。
中佐殿の腹部がじんわりと赤く染まっていくのだから。
中佐殿は抱き着かれたのではない、刺されたのだ、刃物で。
「あ、ああ……あああ……! お前……貴様! このガキ!」
腰のホルスターに収めている拳銃を抜き取り、躊躇いなく子供の脳天に撃ち込み中身を街路にぶちまける。
辺りの民間人が悲鳴をあげながら逃げ惑う中、私は必死で中佐殿の止血を行う。
「あぁ……中佐っ! なんで……!? クソッ! 血が、止まらない!?」
「中……尉。きっと……もう私は……ダメだ……」
「そんなこと言わないでください! まだ諦めちゃだめです!」
「私の……止、血は……もう……いい。そんなこと……より、私を刺した……子供を……見せろ……」
何故そんなどうでもいいことを頼むのだろう? 止血したらもしかしたら助かるかもしれないのに……。
「中尉……! ゲホッ、早く、見せろ……!」
「は、はい!」
こんな死地にあって中佐を刺した子供の顔を気にする理由は分からないが、最期の力を振り絞って命令されたら答えるしかない。
血の滴る死体の頭を乱雑に掴んで中佐殿の顔の前に持ってくる。
「これです、こいつが中佐殿を刺しました……!」
「なるほど……了解した……ありが……と……」
それだけ言い残して中佐殿は息を引き取る。
あぁ、私はこれから何を目的に生きていけばいいのだろうか……? また私は独りで……なんの目的もなく生きていかなくてはならない……。
目の前が真っ暗になるような絶望の中、次に私を包んだのは激しい怒りだ。
拳銃を握りしめて頭から血を流して虚空を見つめている男の子の死体に向かって構え引き金を引く。
「クソ、クソクソクソクソ……クソッ!!」
弾がなくなり、いくら引いても反応しない引き金を誰もいなくなった町の中で私はいつまでも引き続けた……。