第73話 地上での戦い
「クソッ、ミアが撃たれた! あいつをこっちまで引き寄せるぞ!」
銃弾が頬を掠める中、中隊の新人であるミアが撃たれ倒れる。
あぁ、また補充しなくてはな……と冷静に考えながら仲間が動かなくなったミアを遮蔽まで引きずるのを横目に敵が籠っている服屋に制圧射撃を加える。
中隊付きの衛生兵のアンソンが彼女を診ているが、表情から察するにダメだろう。
そんないつもの光景に誰もが舌打ちをする中、中隊長が通信手の背中の通信機に向かって声を荒げている。
「こちら第三中隊、地点D-08に砲撃支援求む! 繰り返す、地点D-08に砲撃支援求む!」
『了解。これより支援砲撃を開始する』
その無線から数秒後に轟音と共に通りの向かいにあった服屋が土煙に包まれる。
砲兵は戦場の女神という言葉があるが、いつ見てもつくづくそう思う。ただ戦場の女神は浮気性だ。
敵に砲兵がいればこちらが今ごろ目の前の脚だけになって飛ばされてきた敵みたいにバラバラにされていた。
先に砲兵を先制攻撃で叩いてくれたヴァルキリー大隊には感謝だ。
そして我らの中佐殿のおかげで随分と苦労せず目標までたどり着けそうだ。彼女のおかげで我々はピンポイントでの支援砲撃が使えるのだ。
今までのように砲兵を事前にありったけぶっ放す準備砲撃のために使うのではなく、局地的な戦闘支援のために使うという新たな運用法のおかげで我々はたった十数人の犠牲でいれるのだ。
だがしかしこのような運用をするのは我々の戦闘団だけだ。今頃他の戦場ではバッタバッタと歩兵が死んでいるのだろう。
まぁ、歩兵なんてそんなものである。可哀そうなんて微塵も思わない。ただ、自分たちは恵まれているんだなと思うだけだ。
「よし、あの服屋は吹き飛んだな。これより前進する! アンソン、ミアはどうだ?」
「ダメですね。まだ生きていますが時間の問題でしょう」
「わかった。慈悲の一撃を与えてやれ」
中隊長がそう言うとアンソンは腰の拳銃を抜き、ミアに向ける。
「ま……まって……ゴホッ……私、まだ大丈夫……だから……」
涙を浮かべてミアは彼に懇願するが、彼は微塵の躊躇もなく引き金を引く。
パンッという軽い銃声の後、ミアの呼吸は完全に止まり、開ききった瞳孔で空を見上げる。
どうせ死ぬ負傷兵にわざわざ使う薬品なんてないのだ。それにここで下手に生かしてやると後で苦しむのはミア自身だ。
今まで私達は腐るほど見てきた。結局最後は殺してくれと懇願する負傷兵を……。
「よし、終わったな。行くぞ、目標まであと少しだ。前進する」
「「「「了解!」」」」
そして私たちは銃火の中、目標である対戦車砲に向かって前進する。
「第三小隊、脇道に入って敵の裏を取れ。第二小隊はあの広場を殲滅しろ。残りは俺についてこの通りを前進だ」
「「「「了解!」」」」
私は自分の小隊員を率いて脇道に入る。
「第四分隊、先行しろ。第三分隊は後方警戒」
「「了解」」
MP20を構えながら、大通りよりも少し暗い道を前進していく。
私たちは基本的に塹壕戦では塹壕内の制圧を任され、市街戦ではこのような狭い通路を進んだり、建物内の制圧を任されている。
故に我々第三小隊は近距離戦に特化した部隊で短機関銃を装備している者が多い上に散弾銃を装備している者までいる。
路地を確認しながら前進していると発砲音が鳴り響き先行していた第四分隊の何人かが倒れる。
「クソッ! 散開! 散開! どこから撃たれた!?」
「あのレンガのアパートの三階です!」
「……ッ! 確認した、第三、第四分隊はあのアパートを殲滅しろ! その他はアイツらがアパートに入るまで援護だ! 窓に向かってありったけ撃ち込んでやれ!」
「「「「了解!」」」」
やたらめったらに窓に向かって銃撃を浴びせかけ、その隙に第三、第四分隊がアパートにとりつく。
アパート内での銃撃戦が始まったのがわかると、残った全員でアパートの向かいの建物に入って、三階から中に援護射撃を浴びせる。
十字砲火を受けた敵はバタバタと斃れて行く。やはり近距離であれば短機関銃と散弾銃の前にボルトアクションのライフル銃はほとんど無力だ。
『こちら第三分隊。制圧しました』
「よくやった。被害は?」
『二名死亡、一名重症です』
「重症の一名をどうするかは任せる。とりあえず建物を出て、前進だ」
『了解』
その返事のすぐ後に一発の軽い銃声が聞こえてくる。
通りを抜けて目標の町役場前に展開している対戦車砲の側面に出る。
対戦車陣地は今必死で本隊と交戦していてこちらには気づいていない様子だ。
「こちら第三小隊。対戦車砲の側面に出ました。攻撃しますか?」
『やってやれ!』
「了解。……皆行くぞ!」
「「「「了解!」」」」
走って一気に前進し、近づいて短機関銃を乱射する。
予期していない方向からの攻撃に敵は反応できず、次々に撃ち殺されていく。
完全に統制を失った敵は町役場の中に後退していく。だがこれで対戦車砲は完全に制圧した。
「こちら第三小隊! 対戦車砲を制圧!」
『よくやった! ……こちら第三中隊、戦車中隊! 対戦車砲は片付けた、前進してくれ!』
『こちら第48戦車中隊。歩兵隊、感謝する! ……諸君、歩兵部隊がやってくれた。鋼鉄の騎士の雄姿を見せるぞ!』
建物の影に隠れながら援護をしていた戦車中隊が一気に通りを前進してくる。
流石は新型のⅤ号戦車だ。今までのⅣ号に比べてかなり足が速い。
町役場前に展開した戦車中隊は町役場に向かって砲撃を開始する。それに加えて車載機銃による制圧射撃、敵にとっては最悪だろう。
敵からの銃火は止み、あとは建物内を制圧するだけだと思っていると後方からⅤ号のとは別の砲撃音が聞こえ、機銃掃射を浴びせられる。
「クソッたれ! 敵の戦車だ! 中隊長、敵戦車です! 今更来やがりました!」
『了解した。……戦車中隊、うちの小隊が敵戦車にやられている。奴らをスクラップに変えてくれ』
『ようやくお出ましか。任せろ。歩兵は下がれ、町役場内は任せる。諸君、敵の戦車が来たぞ。戦車前進!』
敵戦車に随伴している歩兵に必死で銃火を浴びせながら、町役場内に駆け込む。
チラリと援護に駆けつけてくれた戦車隊を見ると敵からの砲撃を物ともしていない。
敵のⅣ号から放たれた砲弾は正面装甲にはじかれ、跳弾する。
一方でこちら側のⅤ号から放たれた砲弾は敵の正面装甲を穿ち、一台が弾薬庫に引火したのか、激しく火を噴いて沈黙する。
そんな彼らの雄姿を横目に流して役場の中に突入する。
一階に残っている残党を殲滅し、二階に第二、第三分隊をおくって制圧させる。
「小隊長、地下室に市民が」
「何? ……なるほどな、どおりで対戦車砲が多いわけだ」
奴らは市民を守るためにこれほどまでに町役場の守りを固めていたのだ。
少しの罪悪感を抱きながらも少尉について地下室へと向かう。
事前の砲撃で歪んだのか少し開けにくい扉を開けて地下室へと降りる。
薄暗く、じめっとした地下室には女子供が肩を寄せて縮こまっている。そんな怯えた彼女らに出来る限りの笑顔を向けて話しかける。
「あー、皆さん。大丈夫です。私達はあなた方に危害を加えま——」
「小隊長——!」
突如として横からタックルして覆いかぶさってくる少尉に驚いていると轟音と共に私たちは吹き飛ばされる。
耳鳴りと朦朧とした意識の中、私は上に覆いかぶさる少尉をどける。
しかし退けた少尉はまるで糸の切れた人形のように地面に斃れたまま動かない。
半身を起こした私に曹長が何か叫んでいるが、残念ながら耳鳴りのせいで上手く聞こえない。
もやがかかったような意識を必死に働かせ周りを見る。
皆が銃で応戦している……。だがここには民間人しか……。
「——ちょう! ——隊長! 小隊長! 奴ら民間人の服を着ていました! 敵です! 銃を!」
ようやく働きだした頭がようやく状況を理解する。
奴らは民間人の服を着て紛れていたのだ。おそらく私は手榴弾で吹き飛ばされた。少尉が庇ってくれたから生きてはいるが。
「クソッ! こちら第三小隊! 役場の地下室で交戦中!」
それだけ言って自分も物陰から短機関銃を撃ち、腰にぶら下げた手榴弾を握る。
子供もいたことから判断するに、正真正銘の民間人もこの地下室にはいる。だがしかし、やるしかない。部隊の無用な犠牲は抑えなくてはならないのだから。
苦虫を噛み潰す思いで叫び、手榴弾のピンを抜く。
「グレネードいくぞ!」
そう言って物陰から少し身を乗り出して手榴弾を投げる。
投げる最中、チラリと目に入る——泣け叫びながら母親にすがる子供と、それを庇うように覆いかぶさる母親が。
だが無情にも私が投げた手榴弾は二人の近くにおちる。
破片が飛んでくる恐れがあるため遮蔽物に隠れる。隠れて数秒後、爆音とともに銃声が止む。
完全に銃撃が止んだことを確認し、私たちは恐る恐る遮蔽物を出て、生き残りを殺すべく進む。
ついさっきまで親子がいた所にはもう何も残っていない。ただ、少し離れた所に小さな千切れた手が転がっている。
「……っ。敵の生き残りは殺せ。民間人で生き残りがいたら救助しろ」
「「「「了解」」」」
息絶えたであろう民間人の服を着て銃を持った死体を足で転がして生死を確認する。
そうやって確認していると隊員の誰かが声をあげる。
「こいつ虫の息ですが生きてます!」
そう言う隊員の下に行くとそこには左足と左手が吹き飛んでいるものの、辛うじて生きている敵兵を見つける。
随分と良い制服を着ていることから判断するに物陰で隠れていた敵の将校だろう。
私はしゃがみこんでゼェゼェと息をしている兵士に語りかける。
「おい……お前たちのせいで民間人が死んだぞ」
「だ……から……なんだ……? こいつら……は、ゴホッゲホッ……く、国のために……平和のために……死、ねた……んだ」
性根が腐りきっている。いや、周りにあてられて腐らされたのかもしれない。だがこいつは生きる価値のない人間だ。
そう思い、良いことを思いついた私はニヤリと笑って部下に命令する。
「こいつを止血しろ」
「な、なんでですか?」
「あぁ。私は助けろと言っているんじゃない。《《延命》》しろ。……それと鎮痛剤だけは使うなよ」
ようやく理解したのか部下はニヤッと笑って敬礼で無言の了承を示す。
町役場から出て私は空を見上げる。
空にはいくつもの飛行機雲が毛糸玉のように絡み合っていて今でも制空戦が行われていることが見て取れる。
それにしても今回は敵砲兵が航空攻撃によって壊滅していたうえ、砲兵中隊の支援のおかげで随分と被害を抑えることが出来た。
自分たちが使い捨ての部隊として扱われていないという事実を噛み締めて空に微笑む。
——私達も生きていていいんだ、と。
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以上、稲荷狐満でした!