第72話 ヨルムンガンド戦闘団結成
——太平暦1724年 8月15日 参謀本部・会見室
「諸君、初めまして。私がこの戦闘団の指揮を務めるサルヴィア・フォン・ヴァルキュリア中佐だ」
「中佐殿に、敬礼!」
自分たちの上官だと、かの黒き天使サルヴィアだと話す少女を見て我々第113歩兵大隊の面々は頭に疑問符を浮かべながらも敬礼をする。
演台の上で後ろ手を組んで演説する中佐は本当に自分たちの上官にあたる指揮官なのかと多くの者が疑っているだろう。
確かにヴァルキリー大隊の活躍は類を見ない程のものだ。その指揮官がある程度若いであろうことは予想していた。
しかし、サルヴィア中佐はパッと見る限りまだ十五歳にも満たないであろう少女だ。誰がここまで若いと、いや『幼い』と予想できたであろうか。
なんせ第113大隊の指揮を務める我らが大隊長——クルト少佐の子供くらいの年齢なのだ。
それどころか士官学校卒で中尉である自分と同じ、もしくは幼いまである。
そんな幼すぎる中佐にクルト少佐が『珍しく』従順なのだ。あの猛犬というあだ名がある我らの頼れる少佐が、だ。
「諸君らの武名は聞いている。かのサルフィリアの盾作戦で戦線を支え、フィリアノス要塞攻略戦では甚大な犠牲を出しながらも先陣を切って要塞に攻勢を仕掛けたという事も」
そうだ。我々第113歩兵大隊は構成員が全員孤児出身という事から常に激戦区に配置されてきた。
いわば捨て駒だった。それでも必死に、生き残るために戦い続けてきた我々はいつしか『ヴェアヴォルフ大隊』と呼ばれるまでに至った。
後方でパレードなんかをするマスコット部隊なんかとは違って、我々は戦場に愛され、戦場にしか生き場を見出せない、たたき上げの精鋭部隊なのだ。
そんな我々を中佐はまるで優秀な猟犬でも見るかのような目で見ている。しかし年齢に見合わずその視線に違和感を感じさせないだけの百戦錬磨の風格を漂わせている。
「我々はこれまで様々な地獄を駆けてきた。そしてこれから先もそうなることだろう」
そう話す中佐の瞳を見て確信する。この人は地獄を知っている、と。その未だ幼さの残る瞳はまるで『大人』のような濁りを宿しているのだから。
「私は諸君らが平原で、塹壕で、泥濘で、市街地で、地獄を創り打ち壊すことが出来ると信じている」
イチゴのショートケーキを頬張っている方が似つかわしい小さく可愛らしい口から放たれる言葉は真の地獄を知っている軍人のそれ。
そんな少女の見た目をしている軍人は可愛らしい顔をニヤリと歪めて我々第113歩兵大隊の士官たちに告げる。
「諸君らに私は生きる場を提供してやる。だから私の夢を、人類の夢を、平和な世界を創るという荒唐無稽な夢を実現するために戦え」
その言葉に我々は気づかされる。
——戦争にしか生を知らない壊れた自分たちの力をこの中佐は必要としていると。
——自分たちは誰かに必要とされたかったのだと。
——そして我々はこの方の下でなら捨て駒の生きた弾丸ではなく、誇りある戦士として在れると。
「諸君らのこれからの奮戦に期待する。以上」
この中佐は悪魔的なカリスマを有している。たった数分前と異なり、皆が中佐に対し何の疑いもなく敬礼をするのだ。これを悪魔的と呼ばずして何と呼ぶ。
この先に待ち受ける地獄がどんなものであろうと我々はこの黒い天使に付き従うだろう。
——だって暴力装置でしかない自分たちに誇りを思い出させてくれたのだから。
・
・
・
「さて、早速だが第113歩兵大隊、第48装甲中隊の諸君らの力を見せてもらう」
…………一体私の親友は何を考えているのだろうか? 世界に平和? そんな事できるはずない。
現に私は、私達は見ているじゃないか、平和の名のもとに創られる地獄を、企業支配体制の時の方がマシだったんじゃないかと思わせるほどの地獄を。
だが人間は目の前に広がる地獄からは目を背けて、平和を盲信し、崇拝し、欲している。
これでは企業支配体制の時と何も変わっていない。ただ、戦う理由が神から平和に置き換わっているだけだ。いや、まだ歯止めが効いていた分、前の方がマシだろう。
もし……もしも仮に平和が実現できたとして、一体それまでにどれほどの血が流れるだろうか? どれほどの地獄を創ればよいのだろうか?
これをサルヴィアが知っていて平和を求めているのなら私は彼女を何と呼べば良いのだろうか?
平和のために戦う戦士? 人々を平和に導く天使? それとも平和の女神?
どれも違う。彼女は……私の親友は————悪魔だ。
人々を平和の名のもとに戦争に駆り立てる《《天使の皮を被った悪魔》》。それ以外に何と呼べばいいのだろうか?
だが私は軍人だ。この国にいる以上平和のために、この国のために戦わねばならない。
だが…………
「——リス、フィサリス」
「え? あぁ、ごめんね。……で、なんだっけ?」
「はぁ……アンタしっかりなさいよ。士官候補生学校の時もそうだったけどアンタってどこか抜けてるわよね」
そう言ってわざとらしく肩をすくめるシティスに私は言う。
「……シティスの方が抜けてるというか、どこかおっちょこちょいだと思うよ」
「なんですって……!? 少なくともアンタよりはマシよ!」
そう言って嚙みついてくるシティスに私はさらに言い返し、サルヴィアはどこか遠巻きに見ている。
士官候補生学校のころと同じだ。唯一違う点があるとするならグロリオサが私とシティスの間に入ってくることだろうか。
私達の間柄は変わっていなくとも私たちの中身は大きく変わっただろう。
私は平和よりも神の方がマシだと思うようになり、シティスは地獄を受け入れ、そしてサルヴィアは諦めの中で必死にもがいているように見える。
おかしいのだ、あのサルヴィアが希望をどこか諦めているという事が。
私は生まれた時から孤児で、シティスは家族に売られた身。そんな中でサルヴィアだけが唯一《《普通の人の目》》をしていた。
そんな彼女に、彼女の瞳に惹かれて私はここまでついて来たのだ。
それが今ではどうだ? サルヴィアが最も希望の無い濁った瞳をしている。
おそらく彼女は知っている、この先に平和なんてないことを、地獄が延々と続くだけだと。
そして気づかないふりをして自分に言い聞かせている——平和はきっとあると。
「総員傾注。……そろそろ作戦説明に移るぞ」
「「「はっ」」」
軍人としての神経が否応なしに反応する。今は考えるのはやめよう、一先ず私たちは今を生きなくてはならないのだから。
「あぁ、楽にしてくれ。……今回私達の目標はこの小さな町だ。ここを取ってこの先の港湾都市ダンケルキアへの橋頭堡とする」
「ダンケルキア、つまりフランツェスを上から攻めるってことね?」
「そうだ。ダンケルキアの後は……まだ秘匿事項だ」
ダンケルキアはフランツェス北部、ベルギエン地方近隣にある港湾都市だ。
ここを取れればフランツェス帝国の補給拠点をライデンシャフト共和国の物とできる。きっと戦線は大きく前進することだろう。
だがサルヴィアの狙いはおそらくダンケルキアではない。彼女の眼はどこか別のところを見ている。
だが、私では何を考えているかまでは分からない。サルヴィアはいつもどこか先を見ている。それが彼女の頼もしいところでもあり、恐ろしいところでもある。
「話を戻すが、今回の鍵は第48装甲中隊となる。頼んだぞ、オスカー大尉」
「はっ、お任せください。Ⅴ号戦車の雄姿をお見せいたします!」
「頼もしい限りだな。期待している。それでこのG-08地点から————」
私達はこれからどうなるのだろうか? 地上部隊の指揮権すら手にしてしまったサルヴィアは私たちをどんな地獄に駆り立てるのだろうか……?
きっとすぐに、いやでもわかるだろう。これまで以上の地獄という物を……。