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第71話 混成部隊

——太平暦1724年 8月10日 参謀本部


 サルヴィアは先の戦いにおける教訓を活かすべく、綺麗にしわを伸ばし、埃一つない軍服にその少佐という階級にしては幼い身体を包んである部屋の前に来ていた。


 目の前にそびえるのは立派な扉。


 本来であればサルヴィアとエメリアノヴァ少将の間の人間であるエーリカ大佐を通すべきであるが、エーリカ大佐は現在ベルファスト王国との外交大使の仕事に邁進している。


 故にサルヴィアは直接エメリアノヴァ少将に電文を送り、アポイントを取って今こうしてエミリア中将の執務室の前に立っているのだ。


 以前エミリア中将の部屋にアポなしで突撃した時と違い、今回はしっかりと規定通りの入室要領をこなして入室する。


「サルヴィア少佐。今回はどんな要件だ? まぁ、私も貴官に直接話があったから、貴官を呼び出す手間が減って助かったが……」


 いきなり想定外のことにサルヴィアは表情には出さないが内心たじろぐ。


 確かにここ最近戦場で遭遇した幼すぎるパイロットは可能な限り捕虜として基地に誘導しているが、別にこれは禁じられている事ではない。


 むしろ敵の戦力を戦わずして減らしている上、敵航空機の鹵獲までできるという一石二鳥の戦術なのだ。


 そして最近やらかしたことといえばせいぜい以前のエミリア中将の執務室前での騒ぎくらいである。そしてそれは結果として不問とされた。


 つまりサルヴィアとしては思い当たる節が無いのである。


 胃に大穴が開く感覚を味わいながら冷静を装ってサルヴィアは口を開く。


「はっ、今回は先の戦闘における戦訓から新たな戦闘単位の提唱に参りました。こちらを……」


 そう言ってサルヴィアは書類鞄に入れていた書類を手渡す。


「ほう、新たな戦闘単位……なるほど『戦場における機動部隊』か。実に気になる題名だ。説明したまえ」


 最初の感触はかなり好感触である。プレゼンにおいて最初の段階である程度相手の興味を引くかはかなり大切なことである。なにせ話というのは聞いてもらわねば意味がないのだから。


 そんな好感触にまず第一関門は突破したとサルヴィアは胸を撫でおろしながら説明に移る。


「はっ。今回小官が提唱いたしますのは参謀本部直属の陸上部隊についてです」


「士官候補生学校で習ったと思うが、陸は広く広範囲に兵を敷かなくてはならない。故に小規模な戦闘単位ではあまり戦力にならない。そうだろう?」


「はい。おっしゃる通りです。現在、地上兵力というのは広範囲に展開するのが常識となっております。そして今後ともその根底は変わらないでしょう」


 確かにエミリア中将が言うように今、この世界における陸上戦は大勢の人間を横に並べて塹壕に立てこもらせて戦うというのが主流ではある。


 しかし国家が出来て、民間人を巻き込み市街地でも戦闘が行われるようになった今、その常識は時代遅れになるのは火を見るよりも明らかだ。


 分かり易くいうなればとにかく数で殴り敵を摩耗させる第一次世界大戦のような戦術が現在のスタンダードである。


 しかし今後は近代戦のような要所を——点を、狙うという事も必要になるという事である。


「ふむ、では貴官の言う参謀本部直属の陸上部隊というのを編成したとして、それで大多数の地上部隊を相手に戦線を維持するというのは不可能ではないかね? 師団規模ならまだしも、貴官の書類を見る限り一個増強大隊規模とのことだが? それも一個歩兵大隊に一個装甲中隊、一個砲兵中隊という混じりけのある編成だが?」


 エミリア中将の言葉に続けてエメリアノヴァ少将が許可を求めて発言する。


「これが純粋に歩兵だけ、もしくは機甲部隊だけで構成されているならわかるが、様々な兵科をまとめると指揮系統が狂うぞ」


「確かにその地上部隊一個増強大隊で戦線を支えるというのは不可能でしょう。しかし参謀直下の地上部隊には戦線を維持させるというようなことはさせません。言うなれば、面を支える『盾』としての地上部隊ではなく、敵の弱点を突く『矛』の役割を担わせます」


 その発言にエミリア中将、エメリアノヴァ少将はまず一つは納得したといった表情を浮かべる。


 しかしまだ完全に納得が言った様子ではない。そこでサルヴィアはさらに畳みかける。


「それに両閣下がご指摘されたように様々な兵科を混ぜるのはおそらく世界初の試みとなるでしょう。しかし混成部隊が混乱するのは『指揮する者が地上にいたから』であります」


 サルヴィアのその発言の意図を気づいたエミリア中将はまるで虚数の存在を確認した時のピタゴラスのように、在り得ないものを見たと言わんばかりにサルヴィアに問いかける。


「つまり……! 貴官が地上部隊の指揮も撮るという事かね!?」


 空を専門で戦う飛行大隊の指揮官が地上部隊の指揮も執る。これはきっとこの世界だけではなく、前世でも例のないことだろう。


 しかし第一次世界大戦と第二次世界大戦の中間、いわば第一・五次世界大戦のような戦争の形態を呈するこの世界では必要なのだ、参謀直轄の第666大隊のように自由に動ける陸と空の合同部隊が。


 故にサルヴィアは平然とした様子で述べる。


「はい、その通りです。小官は先の戦闘で思うように動かせない地上部隊へもどかしさを覚えました。広場に展開している対空陣地があるがために思うように動けなかったのです。結果地上部隊に支援を求め、対空陣地を制圧させました。そしてその時の地上部隊の規模は一個歩兵中隊。それだけで対空陣地は制圧できたのです」


 サルヴィアの発言にいまいち理解できないエメリアノヴァ少将はサルヴィアに尋ねる。


「では今後もそうすればいいのではないか? 地上部隊に支援を要請すればいいではないか」


 確かにエメリアノヴァ少将の意見も一理ある。しかしあの時もっと柔軟に歩兵部隊が動いていればあの対空陣地に何機かを墜とされることはなかったのだ。


「いいえ、柔軟かつ迅速に動ける地上部隊が要るのです。そしてそれは独立して動かす以上、陸軍そのものをそのまま縮小したようなものが好ましいのです」


 その答えに両者完全に納得がいったというような表情を浮かべ、静かに目をつむったエミリア中将は再度目を見開きサルヴィアに言う。


「なるほどな……。如何せん初の試みのために不安要素はないことはないが、実に先進的な考えだ。……了解した。試験的に部隊編成を認める。貴官が編成したまえ、戦列に加わっている部隊から引き抜いてもらっても構わん。編成までの時間はどのくらい要る?」


 これだ、このエミリア中将の即断即決こそが中将の最大の長所であり、欠点でもある。


 しかし何事にも慎重になりすぎる指揮官程無能なものは無い。『兵は神速を尊ぶ』という言葉があるように軍隊とは素早く動かすことが重要なのである。


 そんな良い上官を持てたことを心中で喜びながらサルヴィアは断言する。


「一週間。それだけあれば十分です」


 サルヴィアの口から紡がれる言葉に両将官は唖然とする。そして今度はエミリア中将に発言の許可を求めることなくエメリアノヴァ少将が声をあげる。


「いくら何でもそれは無茶だ! 少佐、無理なことをできると言うのは愚か者のすることだぞ……!」


「いいえ、大丈夫です少将閣下。新たに新兵から編成せよと申されるのでしたら訓練期間も含めできれば二ヶ月……最低でも一か月は必要でしたが中将閣下は戦線から引き抜いても良いとおっしゃられたのです」


 執務室を何とも言えない沈黙が支配する。


 そしてその沈黙を破ったのはエミリア中将であった。


「よろしい! 貴官には第201特別大隊を全くの新兵からたった二ヶ月で編制した功績があったな。思う存分やってくれたまえ。…………ただ、言ったからには期日以内に編成したまえ。いいな?」


「はっ!」


 最後の一言の威圧感に気圧されそうになるのをこらえてサルヴィアは威勢よく返事をする。


 そんなサルヴィアを見て一度頷くと、つい先ほどまで身に纏っていた威圧感が嘘のように平然とした様子でエミリア中将は口を開く。


「あぁ、そう言えば……。私から貴官へ話があったのだったな」


 その一言にサルヴィアは全身の血が冷たくなっていくのを感じる。


 完全に忘れていたのだ、自分に何かしらの通達があったという事を。——それも特大級の。


 エメリアノヴァ少将からではなく、エミリア中将直々に通達があるのだ。これがどれほど重要な通達か説明は不要なほど明らかである。


 軍法会議から果ては銃殺刑、考え得る候補はかなりある。


 せめて銃殺刑だけはありませんように、と祈りながらサルヴィアはエミリア中将の口から言葉が紡がれるのを待つ。


 そして紡がれた言葉は——


「昇進おめでとう。サルヴィア・フォン・ヴァルキュリア中佐」


「……は? …………は、はっ! あ、ありがとうございます!」


 サルヴィアを動揺させるのに十分なものであった。


「さすがの貴官でも驚くか。私もミドルネームと苗字をもらった時は驚いたものだよ」


「この歳でまた昇進……でありますか……?」


 サルヴィアは少し落ち着きつつある脳で必死に言葉を製造して口から搬出する。


 そんなサルヴィアの問いにエミリア中将、エメリアノヴァ少将、両将官は声をあげて高らかに笑う。


「苗字を貰えた事よりも昇進の方が気になるか……! 流石は『戦場の黒き天使シュヴァルツァー・エンゲル』だ!」


 そう言って笑うエミリア中将の言葉にサルヴィアは苗字を貰ったのだとようやく気付く。


「苗字って貰えるものなのでありましょうか……?」


「あぁ。私としてはミドルネームは『フォン』ではなく貴官に考えさせようかと思っていたのだが……役所の連中は頭が固くてな、いくら英雄とはいえ孤児は孤児、だと。もうインダストリーの役人ではないだろうに……。すまんな中佐」


 サルヴィアの知識が正しければ、前世ではフォンというミドルネームは貴族の称号であったはずである。


 しかしこの世界では孤児が苗字を受ける際に使われるのは何の因果か……。


 そしてそこでようやくサルヴィアは気付く。エミリア中将も元は孤児出身であるという事に。


 エミリア中将のフルネームは『エミリア・フォン・ベルンシュタイン』なのだから。


 そんなサルヴィアの考えに気づいてか、エミリア中将は話始める。


「貴官の考えるように私も元は孤児だ。私としてはフォンというミドルネームは孤児だとすぐに分かるから嫌いでな。だから英雄である貴官には自分で決めてもらいたかったんだが。まぁ、本当は将官に成らねば苗字を貰えないという事から考えるに、どうやら役所にも軽く規則を捻じ曲げるほどには熱狂的な貴官のファンがいるらしい。」


「はぁ、そうなのですか……」


 自分がこの世界ではかなり特別な扱いを受けているというのはサルヴィアとしてもまんざらでもない。



 その後自室に帰ったサルヴィアは普段よりも少し上機嫌でコーヒーを味わいながら新しく編成する混成部隊の書類に筆を走らせる。


 そしてしばし考えたのち、部隊名の欄に記入する。北欧神話に登場する世界蛇の名前を使って、世界を一つに、と願って。


——『ヨルムンガンド戦闘団』と。

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