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第69話 戦場における死

『あそこの広場だ! ランドグリーズ11、ブレイク、ブレイク!』


『クソッ! これじゃあ敵地上部隊に近づけないぞ!』


『フリスト09が被弾! パイロットの脱出を確認!』


 サルヴィアは今までの戦闘で感覚が麻痺していたことを思い知る。


 敵は元はといえばインダストリーの軍である。故に対空意識は高いのだ。


 なにせ対空装備の重要性をインダストリーに訴えたのはサルヴィア自身であり、結果トラントの戦いで対空装備の重要性はインダストリー内で確立された。


 そしてフランツェス帝国は一大工業地帯を持っている。地上部隊に随伴できる対空兵器を製造することが出来ることくらい考えておくべきだったのだ。


 幸いにして666大隊が精鋭の集まりだったため被害は三機撃墜、内一機が脱出という軽傷で抑えられた。


 だがしかしこれではいつまでたっても地上部隊を攻撃できない。


 何より街の中心の広場に構えている対空部隊が邪魔でランドグリーズ隊のような鈍重な機体には地上支援ができない。


 地上部隊に自走式対空砲を制圧してほしいところだが、残念ながら陸軍は参謀本部の管轄化ではないため柔軟には動かせない。


 参謀直下にも陸軍が欲しいなと呟きながら別の機体を狙っている対空砲に機銃掃射を浴びせかける。


 敵の自走対空砲はオープントップ。つまり天井が無い。


 砲塔を外した戦車の車体に対空砲を乗せたもののため機銃掃射でも無力化はできる。


 対空砲というのは確かに航空機にとってなかなかに嫌な相手であるが、一度に複数の航空機を狙う事は出来ない。故に飽和攻撃に弱いのである。


「何機かで同時に対空砲を狙え! 飽和攻撃だ!」


『『『『了解!』』』』


 飽和攻撃により何とか敵対空砲を無力化していくが、その間にも何機かが被弾し戦線を離脱したり、撃墜される。


 敵地上部隊に随伴している対空砲は単機だが、広場に展開している対空砲は複数機、飽和攻撃ですら弾幕で跳ねのけてしまう。


 これ以上の被害は看過できないとサルヴィアは地上部隊にダメ元で支援を求める。


「こちらヴァルキリー大隊指揮官サルヴィア少佐だ。地上部隊、敵対空砲の制圧は可能か?」


『こちら陸軍第七師団、第三中隊指揮官のマクシミリアン・フォン・シュルツ大尉です! 現在敵の攻撃を受けて動けません!』


 やはり残念ながら今すぐに動ける部隊というのは無いようである。


「了解した。どこで釘付けにされている?」


『地点F-5、デパートに立てこもっています! デパート前の戦車に釘づけにされてます!——何!? 第三小隊が壊滅!? クソッ! 負傷者を下げろ!』


 F-5地点の通りを見ると確かに敵がデパートを完全に包囲しているのが見える。デパートはほぼ半壊、件の第三中隊が壊滅するのも時間の問題だ。


 だがしかしデパートの近くには広場があり対空陣地に近い。その上デパートと広場の間にはビルが建っており、対空陣地から通りは死角になっている。


 自分の要望を通す前に相手の要望を可能な限り叶えてやるというのは社会の常識である。ギブ・アンド・テイクの精神が大切なのだ。


「確認した。これより地上部隊を片付ける。それまで持ちこたえてくれ。……まずは随伴している対空砲を片付ける。私が囮をやるからフリスト隊はその隙に叩け!」


『『『『了解!』』』』


 サルヴィアが対空砲に向かうと、対空砲はやられまいとこちらを狙う。操縦桿を捻り、対空機銃を回避しながらサルヴィアは無線に叫ぶ。


「今だ! ぶっ壊してやれ! 低空で侵入しろ、ビルを盾にするんだ!」


 数機のKw190が急降下して爆弾を投下する放たれた爆弾は自走式対空砲に命中し大破炎上する。


「よし、対空砲は片付けた! ランドグリーズ隊、通りの敵地上部隊を潰せ!」


『『『『了解!』』』』


 低空から侵入するMu87から切り離された爆弾は通りに展開している敵戦車とその周囲の歩兵を吹き飛ばす。


 ランドグリーズ隊の爆撃は正確で、デパートへの被害はない。


「よし、戦車は片付けた。シュルツ大尉、行けるか?」


『感謝します! ——戦乙女が戦車を片付けてくれたぞ! 総員、反撃戦だ!』


 上空からでも一気に歩兵がデパートから飛び出してくるのが見える。


 これで少しはマシになるというもの。しかし未だ地上では激しい戦闘がおこっている。まだ支援を必要としている地上部隊は多くいるだろう。


 いろいろと思案していると嬉しいニュースがサルヴィアの耳に飛び込んでくる。


『こちら第三中隊、シュルツ大尉です! 広場の対空砲は制圧、敵対空砲の鹵獲にも成功しました!』


「素晴らしい! 対空砲の制圧、感謝する! ……諸君、地上部隊が広場の対空陣地を制圧してくれたぞ。これより本格的な地上支援に移るぞ!」


『『『『了解!』』』』



 結果としてベルギエン市街戦は私達の航空支援もあり敵の侵攻を食い止め増援の到着も間に合った。


 しかしその代償は小さくないものだった。


 大隊からは七機の被害が出た。そしてそのうちの一機は私の部下であるデンファーレ・グルーヴ少尉だった。


 私がもう少し警戒していたら、ビルとビルの間に隠れていた自走式対空砲に気づけていたら結果は違ったかもしれない。


 同期の遺体が入った遺体袋を前に泣き崩れるアザレア少尉を見ながら私は唇を血が出んばかりに噛む。


 私が書かなくてはならないのだ、彼女の家族への手紙を。


 どんな面を下げて書けばよいのか、私の責任でデンファーレ少尉は死んだのだ。


 だが今やるべきことは後悔することではない。目の前の残された部下に声を掛け、共に仲間の死を悲しむことだ。


 鉛のように重い脚を動かしてアザレア少尉のそばに行き、声を掛ける。


「少尉、デンファーレ少尉のことはすまないと思っている。私がもう少ししっかりしていれば……」


「ストレリチア中尉はどう思われますか……? デンファーレは平和のために死ねたんですか?」 


 正直彼女の死は犬死だ。完全に戦闘が終わった後に隠れていた敵に墜とされたのだから。


 だが、彼女の死を犬死だと肯定することは上官としてできない。故に私は重い口を開いて言葉を紡がせる。


「……あぁ。彼女は平和のために死んだ。だから——」


「そんな嘘は要りません……! だってあいつは、私の親友は死ななくていいところで死んだじゃないですかッ! 戦闘はもう終わってたんですよ!」


 私だってそんなことは分かっている。だが親友というものを失った彼女に言葉をかけられない。わからない、何といえばいいのか……。


 声にならない言葉を舌先で転がしている私のもとに少佐殿がやってくる。


 きっと優しく聡明な少佐殿は何かいい言葉をかけるのだと思い、少佐殿の口から紡がれる言葉を待つ。


 しかし少佐殿の口から放たれる言葉は氷のように冷たく、剃刀のように鋭かった。


「アザレア少尉、貴官はどんな言葉を求めているのだね? 中尉は言ったはずだ、デンファーレ少尉は平和のために死んだと。それで満足ではないのか? それとも私が言えばいいのか? 彼女は『犬死』だったと」


「なっ!? 少佐殿はデンファーレの死を侮辱するのですか……!」


 立ち上がったアザレア少尉は彼女よりも背の低い少佐殿の前に立ち睨む。


 しかしそんな少尉にひるまず少佐殿は続ける。


「私は別に彼女の死を侮辱してはいない。事実を述べただけだ。戦場には色々な死がある、だがその多くが犬死だ。英雄的な死というのはプロパガンダやおとぎ話の中のものだ。殺したはずの敵に殺される、持っている銃が転んだ拍子に暴発して自分の脳天をぶち抜く、あるいは背後から部下に撃たれる。様々な死がこの戦場にはある。それを覚悟で自ら志願したのではないかね? アザレア・メルキオール少尉」


「私は……、私たちは英雄になろうって戦場をかけるパイロットになろうって二人で頑張って来たんです! それなのに、こんなのってあんまりじゃないですか……!」


「そうか……。では一晩時間をやる。それまでに考えてこい。このまま軍に残って犬死するリスクと共に戦うか、家に帰って温かい紅茶でも啜りながらおとぎ話に想いをはせるか……」


 まさかそんなことを少佐殿がおっしゃるとは思っていなかった私はただ茫然と二人を眺める。


 確かに戦場には英雄的な死というのは少ない。ないと言ってもいいだろう。私の親友のフィリアとロベルタも結局は犬死だった。味方を庇ってとか、敵に突っ込んでとか、そんな美しい死に方はしていなかった。


 茫然とする私とアザレア少尉を置いて少佐殿は何事もなかったように執務室へと帰る。


 ようやく我に返った私は少佐殿を追いかけ、ノックもせずに執務室に入る。


「少佐! 何もあんな風に言う必要はないじゃないですか……!」


「中尉、ノックはしたまえ。最低限の礼儀というものはあるんだぞ」


「そんなことは今は聞いてません! 確かにデンファーレ少尉の死は犬死でした。ですが親友のアザレア少尉にあんな風に言う必要は——!」


「中尉。貴官は今まで何を見てきた? 私だって認めたくはないがな、私の部下で誰一人として英雄的な死を遂げたものはいないんだよ……。悔しいがな」


「ですが! ——ッ!」


 反論を述べようとしていた私の口はある物を見て言葉を紡ぐのを止める。


 上下逆なのだ、少佐殿の持つペンが。


 いたって冷静に話す少佐殿は冷静な上官を演じているのだ。


「……少佐、ペン。……逆です」


「——っ!? ハッ……、私も冷静ではないな……。結局は未だに部下の死に慣れることが出来ない未熟者か……」


 ようやく少佐殿の顔に表情が浮かぶ。私には出来ていただろうか? 部下の死を前にしてこれほどまでに冷静に振舞う事が。


 事実デンファーレ少尉が撃墜された時、私は冷静さを欠いてアザレア少尉と共にやたらめったらに対空砲に機銃を放った。


 たまたま撃ち落されなかっただけで、私もアザレア少尉もあの場で犬死していたかもしれないのだ。


 少佐殿は部下の死をおそらく私よりも悲しんでおられる。


 だってこんなに悲しそうに逆さに持ったペンを眺めておられるのだから。


 そして今にも消えてしまいそうな儚く優しい微笑みを浮かべて私に語りかける。


「すまない。私がもう少ししっかりしていれば貴官の部下を失わせずに済んでいたかもしれない。……私の自室の棚から好きな嗜好品を持っていけ、今日はアザレア少尉に寄り添ってやれ」


「…………はっ。ありがとうございます。多大な御心遣い感謝します……」


 私は駄目な上官で駄目な部下だ。アザレア少尉の問いに良い答えを返せず、少佐殿を困らせてしまったのだから。


 悔恨の渦の中に沈む私に少佐殿は続ける。


「私が貴官らのことを気遣っていたことはアザレア少尉には話すな。嫌われ役は私が勤める。貴官は部下に優しく在ってくれ」


「……承知しました」


 そう言って私は執務室を後にする。ドアの向こうからはうっすらと嚙み殺したような嗚咽が聞こえる。


 私は一人しか部下を失っていないが、少佐殿は六人同時に部下を失っているのだ。その悲しみはひとしおだろう。


 その後私は少佐殿の部屋から頂いた本物のコーヒーを飲みながらアザレア少尉とデンファーレ少尉の死を悲しむ。


 少佐殿は自ら嫌われ役をかって出ているという事を話すなとおっしゃっていたが、少佐殿のことを誤解されるのは私としても看過できない。


 アザレア少尉には事の顛末は話した。今は冷静になれず理解できなくともいずれ理解してくれるだろう。


——私たちが真に付いていくべきは『少佐殿』なのだと。

読んでいただきありがとうございました。

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以上、稲荷狐満でした!

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