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第68話 子供たちの戦場

——太平暦1724年 7月24日


 大隊が編隊を組んだことを見てサルヴィアは無線機に話しかける。


「今から簡単に作戦概要を話す。我々に課せられた任務はベルギエン上空に展開しているフランツェス帝国の航空隊を叩くことだ。制空権を確保した後は地上支援にまわる。質問は?」


 サルヴィアの問いかけにストレリチア中尉が質問する。


『敵の編成はもう判明しているのでしょうか?』


「大まかに攻撃機と戦闘機の編成としか分かっていない」


 残念ながら早期警戒レーダーが最初に攻撃を受けた為、残念ながら敵の詳細な情報はつかめていない。


 ただ攻撃を受けた地上部隊による敵攻撃機がいるという漠然とした情報があるだけである。


「ちなみにだが戦況は芳しくない。奇襲を仕掛けられて、地上部隊は何とか食い止めている。しかし防衛線が食い破られるのも時間の問題だ。そして奴らもまた元インダストリーの人間だ我々の戦術は知られていると思え」


『『『『了解!』』』』


 できることならヴィルベルヴィントを導入したいところではあるが、巨体による鈍重さと、専用の基地からの距離も相まってヴィルベルヴィントの到着はあと数日かかるとのことであった。


 故にサルヴィア達、第666戦術特別大隊が緊急出撃となったのである。


 参謀本部が自由に動かすことが出来るのは第666大隊とヴィルベルヴィントだけである。


 それ以外の部隊はそれぞれ陸・海・空の軍に割り当てられているため柔軟な作戦行動はできないのであった。



——フランツェス・ライデンシャフト国境付近 ベルギエン地方上空


 眼下では地上部隊が必死で抵抗している。しかし大通りは完全に制圧されており、防衛線はいずれ食い破られるであろう。


「ブリュンヒルデ01よりランドグリーズ01。下の大通りの敵が見えるか? あいつらに爆弾を喰らわせてやれ」


『了解!』


 前を見れば大まかに見積もって一キロほど離れた所に敵航空機の編隊が見える。


 レーダーが機能していないため正確な距離、敵機の数は分からない。


「敵機だ。総員戦闘準備。戦闘機はブリュンヒルデ隊とスルーズ隊で仕留めるぞ。攻撃機がいたらフリスト隊に任せる」


『『『『了解!』』』』


「各機散開!」


 そうして第666大隊は全機が散開する。


 レーダーが機能していないためどこに敵機がいるか目視で確認しなくてはならない。


 そして前方の敵が囮という可能性が高いのだ。第一、あんなに間の空いた編隊を組むのあり得ない。


 おそらく練度が低いと見せかけるつもりなのであろう。


 サルヴィア達はそれぞれ上下左右から挟み込むかのようにして接敵する。


 その時大隊員の声が無線機越しに聞こえる。


『こちらスルーズ07! 敵は新型です! 見たことの無い戦闘機だ!』


 本来であればフランツェス帝国はインダストリーから独立して建国されたためSf109を使用しているはずなのだ。


 しかし敵が使っているのはコックピットがかなり尾翼に近い位置に配置されている独特な戦闘機である。


 それでいて翼が大きい。これは舩坂の戦闘機もそうだが、翼の面積が大きい戦闘機は格闘性能が高い。


 故にサルヴィアは大隊員に警告する。


「各機格闘戦は極力控えろ! 舩坂との時のように戦うんだ!」


『『『『了解!』』』』


 サルヴィアは敵の大隊長と思しき敵機と戦闘をするが確かに格闘性能が高い。


 舩坂の戦闘機ほどではないにしろ、それに近い程の格闘性能はあるだろう。しかし翼面積を大きくしたためかロールの性能はあまり良いとは言えない。


 おそらくこの戦闘機はインダストリーで開発されていたという格闘性能重視の戦闘機であろう。


 しかし結果として採用試験にはKw190が勝ち残りこの戦闘機はお蔵入りとなったはずなのだ。


 フランツェス帝国の地域にはまったくと言っていい程航空機が配備されていなかった。それはインダストリーと舩坂重工の支配地域の境界線から離れていたためでもある。


 たった数週間で戦闘機の数はライデンシャフトに匹敵するほどそろえることはできない。だから戦闘機の質で勝負することとしたのだろう。


 しかし建国から一か月も経たないうちに新型機を製造、配備するというのは流石はインダストリーの一大航空機製造工場があっただけのことはある。


 何とも恐ろしい生産力である。しかしフランツェス帝国の工業地帯を占領すればその生産力はライデンシャフトの物となる。


 だが工業地帯まで到達するのに時間がかかればかかるほど敵は兵器を揃え、ライデンシャフトに不利になって行く。


 だから対フランツェス戦は早期決着がカギとなるのだ。


 そんなことを考えながらサルヴィアはバレルロールで敵機の背後にようやくついて機銃を放つ。


 30ミリと20ミリという大口径弾の嵐を受けた敵機は瞬時にスクラップにされ墜ちて行く。


「こちらブリュンヒルデ01。ようやく一機撃墜だ。今回の敵機はなかなか手ごわいぞ各員気を引き締めろ」


 そんなサルヴィアの警告に返ってきた返事は意外なものだった。


『こちらブリュンヒルデ03、もう三機撃墜しました』


『同じくブリュンヒルデ04、三機墜としました』


「なんだと?」


 この手ごわい相手に部下たちはなかなかの戦果を挙げているようだ。


 自分の知らぬ間に部下たちの方が空戦の腕が上がったのかとサルヴィアは首を傾げる。


『こちらスルーズ01。敵はカモです。ちなみに私は五機撃墜』


 そう意気揚々とシティスが話す。


 そんなはずはない、大隊で一番腕がいいであろう自分がまだ一機しか墜とせていないのだから。


 そう思いながらサルヴィアは敵機の背後につく。


 おかしい。


 恐ろしい程に回避行動が遅いのである。先ほど撃墜した敵機はもっと俊敏に回避して逆にサルヴィアの背後を取るほどであった。


 それほどの機体性能を有しているはずなのに今背後を取っている敵機は全然と言っていい程サルヴィアの照準器から出ていかない。


 今トリガーを引けばたちまち鉄くずになるだろう。


 少し気になったサルヴィアは15ミリ機関銃だけを放ち、敵の水平尾翼だけにダメージを与え、回避機動が取れないようにする。


 そして回避機動をとれなくなった敵機の横に並んでコックピットをのぞき込む。


 中に乗っていたのは少女。


 確かに自分たちも少女ではあるが、それ以上に幼い。だいたい十歳くらいであろうか?


 世界のパイロットで最も若いだろうと思っていたサルヴィアよりも幼いパイロットは怯えた顔でこちらを見ている。


 いたたまれなくなったサルヴィアはハンドサインで脱出するように言うが、相手はハンドサインを理解できていないようだった。


「何という事だ……この様子では基礎教育すらされていないんじゃないか?」


 おそらくサルヴィアが撃墜した機体は大隊長で、今や統制を失った彼女たちは必死に生き残ろうとしているのだろう。


 がしかし相手はヴァルキリー大隊こと第666大隊。いくら逃げようと思っても逃げることはできない。


 ここでようやく戦闘前の間の開いた編隊の辻褄が合う。


 敵は未熟なパイロットを演じていたのではない。——本当に未熟だったのだ。


「大隊各機、発砲中止。繰り返す。発砲中止」


 そこでサルヴィアはある考えを思いつき大隊に発砲を中止させる。


『こちらブリュンヒルデ02。少佐殿、いかがなされましたか?』


「敵にはおそらくもう戦う気はない。いや戦えない」


 ストレリチア中尉の質問に答えて、サルヴィアは無線を広域無線に切り替える。


「こちらライデンシャフト共和国、参謀本部直属、第666戦術特別大隊ヴァルキリー指揮官、サルヴィア少佐だ」


 サルヴィアはあえてコールサインではなく知名度の高い自分の本名を使う。


「ただちに投降せよ。繰り返す。現在ベルギエン上空で戦闘をしている航空部隊に告げる。ただちに投降せよ。投降すれば命は保証する。基地でも丁重な扱いをするよう私の名に誓って約束しよう」


 少しして幼い少女の声が無線機越しに響く。


『こ、こちらフランツェス空軍のボニーです。と、投降します。だから殺さないで……』


「わかった。じゃあボニー、皆をまとめて私たちの基地に私の部下たちが案内する。おとなしくついてこれるかい?」


 優しく幼子に言い聞かせるようにサルヴィアは話しかける。


『わ、分かりました。ついていきます』


「よし、ではこれからスルーズ隊が君たちを連れていく。いい子にしてついていくんだぞ。……ではスルーズ隊から一個小隊を使って先導させろ。残りは私と共に地上部隊の援護にまわるぞ」


『了解。……じゃあ、第四小隊。彼女たちを送ってあげなさい』


『『『『了解』』』』


 そうして幼い彼女たちはスルーズ隊第四小隊に連れられてライデンシャフトの航空基地へと連れて行かれる。


「はぁ、奴らはパイロットが足りないからと孤児たちを招集して最低限の訓練だけさせて戦線に配置したのか……」


『こちらブリュンヒルデ02。少佐殿、何故彼女たちに降伏を許したのですか?』


「は? そんなの彼女たちが幼いからに決まっているだろ」


『そんなこと言っても私たちも十分幼いと思いますが……。殺してしまってもよかったのでは?』


 確かに自分たちも幼い。だがしかしあれほどまで幼い子を何のためらいもなく殺せるものだろうか? ……いや、殺せるのかもしれない。


 この大隊の中で平和な世界の子供を知っているのは自分だけだ。しかしこの世界では子供は戦争の道具であるのだ。


 自分と部下との価値観の相違に頭を悩ませているとシティスが無線でストレリチア中尉に話しかける。


『アンタには優しさってものが無いわけ? あの子たちは無理やり戦わされていたのよ。それをサルヴィアは見抜いて降伏を促したってわけ。わかった?』


 どうやらこの価値観が異常ではないことを知りサルヴィアは少し安堵する。


『でもサルヴィアこの際だから部下としてではなく同期として言わせてもらうわ』


「な、何だ?」


『アンタは優しすぎよ、その額の傷もトラントで、ある少女につけられたんでしょ? 本来なら自衛という事で撃ち殺してもよかったの。でもアンタは見逃してお金まであげたらしいじゃない。その優しさはいつか自分を苦しめるわよ』


「……わかった」


 過去に親に売られて軍に入ったという過去を持つシティスの言う事はかなりの説得力がある。故に深くサルヴィアの心に突き刺さる。


 何も反論できない。間違いなくこの世界は狂っているというのに……。


 だがしかし今は心を切り替えなくてはならない。まだ作戦中なのだから。


 一度頬を軽くたたきサルヴィアはなるべく普段通りに命令を下す。


「諸君、情けないところを見せたな。すまない。……ではこれより地上支援に向かう。私に続け!」


『『『『了解!』』』』


 そうしてサルヴィア達はベルギエン市街地に機首を向ける。

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