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第67話 挙げすぎた戦果

——太平暦1724年 7月23日


 ブリーフィングルームに各中隊長と副官であるストレリチア中尉を集めて、サルヴィアは今回の作戦説明を行う。


「今回はシックザール上空の制空権の確保及び地上支援任務だ」


 サルヴィアの『シックザール』という言葉にフィサリスとシティスが反応する。


「シックザールなんて懐かしいね」


「私としては士官候補生時代を思い出すから嫌なとこね」


 シックザールはサルヴィア達がいた士官候補生学校がある街である。といっても士官候補生時代はめったに外出はできなかったためあまりシックザールの街については知らない。


 しかしサルヴィアが転生した街はシックザールであり、全く思い入れがないかといえばそうではない。実質こちらの世界での故郷みたいなところである。


 そんな街を攻めなくてはならないのは気が引けるが、これも仕事なのだ致し方ない。


「それと今回は少し特別な任務もある」


「なんでしょうか?」


「新型兵器の護衛だそうだ。エメリアノヴァ少将をすっ飛ばしてエミリア中将から直接の命令だ。かなり重要な任務だと思われる」


「具体的にはどんな兵器か判明しているのでしょうか?」


「残念ながら私にも伝えられていない。ただ、大型兵器だとのことだ」


「なるほどね。新しい攻撃機かなにかかしらね」


 おそらくは攻撃機規模ではないだろうなとサルヴィアは考える。


 確かに攻撃機にも護衛は要るがわざわざ大隊に直に命令が下っているのだ。攻撃機以上の大型機、つまりは爆撃機が出来たのだろう。


——サルヴィアはそう考えていた。



——が、違った。


「なんだこれは……」


 空に浮かぶ超大型兵器を前にサルヴィアは唖然とする。


 全幅500メートルはあるであろう超大型機。もはや爆撃機の域を越したそれは空に浮かんでいるのが不思議なほどである。


 爆撃機というよりは空飛ぶ戦艦という方がいいであろうその機体の翼には合計十基の二重反転ペラの超大型エンジン、胴体部にはこれでもかというくらいの防御機銃が備えられている。


 まるで小学生が考えた『僕の考えた最強兵器』みたいなぶっ飛んだ設計である。


『どうだ? 流石に驚いただろう、少佐?』


 どこかで聞いたことのある、嫌な声にサルヴィアは思わず身震いする。


「……リーピッシュ博士ですか」


 リーピッシュ博士——リーヴェンブルク技術工廠で嫌になるほど世話になった人物だ。


 独創的な発想をする良い意味でも悪い意味でも天才気質の博士である。


『私が考案した最強の超兵器F-1123——ヒンメルモナークの一番機『ヴィルベルヴィント』だ!』


 やはり小学生のような発想である。だが実際にそれを実用化させるというのは流石と言わざるを得ない。


 しかしRe203の件でいろいろとあったサルヴィアとしては確認しなくてはならない。


「博士、こいつはちゃんと飛べるんですか? エンジンが停止した後にそのまま地面に突っ込むなんてものではありませんよね?」


『もちろんだとも! 先のRe203の改良案から作られた大型エンジンだ。試験では満載状態で高度10,000までは行けたんだ。それと『こいつ』じゃない。『ヴィルベルヴィント』だ!』


「はいはいわかりました。ヴィルベルヴィントですね……。そんなことより敵機です。我々が迎撃に出ます」


『理論上20ミリ程度であれば耐えられるから護衛などは要らないんだが、頼むよ少佐』


 正直護衛というのはかなり縛られるためサルヴィアとしてはあまり好きではない。しかし仕事に好きも嫌いも無いのだ。


「敵は二個中隊だ。ブリュンヒルデとスルーズで迎撃に向かう。フリスト隊とランドグリーズ隊はヴィルベルヴィントの直掩にあたれ」


『『『『了解!』』』』


 そうしてシックザール近郊での空戦が幕を開ける。


 両部隊とも正面からの戦闘、しかし666大隊の面々は射程ギリギリで散開し、一気に敵の背後を取り、次から次に敵機を墜としていく。


 この時点で勝負ついたと言ってもいいだろう。敵は大まかに数えるだけでも七機近くは撃墜されている一方で666大隊は一機も墜とされないどころか被弾すらしていないのである。


 機体性能、パイロットの技量そのどちらでも勝っている666大隊が決着をつけるのは早かった。


 ものの二、三分で決着は付きかける。


 そんな中フィサリスの叫ぶような無線が入る。


『敵機直上! 数は三個中隊!』


「クソッ! こっちは囮か……!」


 サルヴィア達が焦り、誰しもがヤバいと思っている中、余裕そうなリーピッシュ博士の声が無線機から聞こえる。


『諸君、安心したまえ。……あぁ、ヴィルベルヴィントの上にはくれぐれも出るんじゃないぞ』


 博士がそう言った途端ヴィルベルヴィントから恐ろしいまでに濃密な対空砲火が放たれる。


 ヴィルベルヴィントの上空は対空砲の炸裂で黒煙に染まり、それを抜けてくる敵機を逃すまいとシャワーのような対空機銃の嵐で次から次に敵機が落ちて行く。


『ハッハッハッ! 見たかね、これがヴィルベルヴィントの力だ!』


 上機嫌なリーピッシュ博士の笑い声は響くが、それ以外の声は無線から聞こえてこない。


 なにせこんなヤバいものを目の当たりにしているのだから。これが敵の手に渡っていたら、リーピッシュ博士がインダストリー側についていたらと考えるとぞっとする。


 たった一機の航空機が敵戦闘機三個中隊相手に一方的な戦闘をしているのだ。航空戦の概念を変えかねない恐ろしい超兵器だ。


 そしてそんなヴィルベルヴィントの本来の役目はまだ終えていない。


 敵機を蹴散らしながらシックザール上空まで悠々と飛行し、機体の後部が開き大量の爆弾が投下されていく。


 ヴィルベルヴィントは航空要塞ではない。戦略爆撃機なのだ。


 某スターなウォーズの『死の星』もかくやと言わんばかりの超兵器。


 圧倒的な巨体から投下される爆弾の量は尋常ではない。たった一機で二次大戦の東京大空襲を行えるんじゃないだろうか?


 地上には爆弾が雨のように降り注ぎ、完全に前線と後方を断絶する。


 眼下を見ればまさに地獄絵図。モーゼのように街という海を完全に割った。爆撃した跡が絨毯でも敷いたかのようにならされているのだ。


『何なんですか……これ……』


『さっきまで街があったはず……』


 まるで信じられないものでも見ているかのように大隊員は少し遅れて口を開く。


 これがあれば戦争はかなりハイペースで終わるなと思う反面、民間人の犠牲者数は加速度的に増えるなとサルヴィアは思い、眉間にしわを寄せる。


『どうだね諸君? このヴィルベルヴィントの圧倒的制圧力は?』


「良い意味でも悪い意味でも破壊的ですね……」


『そうだろうそうだろう。ヒンメルモナークの量産の暁には世界を火の海に沈めることだって可能になるとも!』


 そう答えるリーピッシュ博士は完全に狂ったかのように笑う。


 つい数日前の戦闘で民間人を殺す事を理解し、それが悪だと思えるようになった第666大隊の面々には、この大量虐殺がいかに映るだろうか?


 正直サルヴィアとしても反吐が出るような気分である。


 だがしかしこれも仕事だ。そう割り切ってサルヴィアはHQに無線を飛ばす。


「……こちらヴァルキリー。HQ、どうやら我々の仕事は終わったらしいが……」


『了解。ではヴィルベルヴィントの帰還を護衛せよ』


「了解」


 そうしてサルヴィア達と一機の巨鳥は帰路につく。



——シックザール市街戦翌日


 執務室でラジオを聞きながら書類仕事をするサルヴィアの耳に信じられない言葉が入ってくる。


『フランツェス帝国がライデンシャフト共和国に宣戦を布告、繰り返します。フランツェス帝国が我が国に宣戦布告しました! 現在国境では激しい戦闘が行われており——』


「なっ……!?」


 一瞬脳が理解することを拒む。しかし無理やり脳を働かせラジオからの言葉を咀嚼する。


 フランツェス帝国がライデンシャフト共和国に宣戦布告。それはすなわちライデンシャフト共和国は二正面作戦を強いられるという事である。


「マズい……。マズいマズいマズい……!」


 焦る脳を必死で落ち着かせサルヴィアは手元にある電話に手を伸ばそうとする。その瞬間電話のベルがけたたましく鳴る。


 ワンコールもないうちに受話器を取りサルヴィアは口を開く。


「こちら第666特別大隊、サルヴィア少佐!」


『少佐! ニュースは知っているか!?』


 声の主はちょうどサルヴィアが電話をかけようとしていたエメリアノヴァ少将であった。


「はい! たった今ライデンシャフト共和国がフランツェス帝国に宣戦布告を受けたと聞いたところです」


『なら話は早い。可及的速やかにフランツェスとの国境付近のベルギエンに展開してくれ!』


「了解しました。それと閣下、急ぎ伝えなければならないことが……!」


 今度は言い逃さないようにとサルヴィアは電話を切ろうとするエメリアノヴァ少将を引き留める。


『なんだ!?』


「我々はこれから二正面作戦を強いられます。故にこれ以上敵が増えるのは避けなくてはなりません。グロース・ベルファスト王国に大使を送ってください。かの国とは何としてでも同盟を結ばねばなりません」


『了解した絶対にエミリア閣下に伝えてそうしてもらうようにする。だから貴官は戦闘に専念してくれ』


「了解しました。意見具申を聞いてくださりありがとうございます」


 エメリアノヴァ少将が電話を切ったことがわかるとすぐにサルヴィアは立ち上がり副官の名前を呼ぶ。


「ストレリチア中尉!」


「はっ! 何でしょうか?」


 サルヴィアの執務室の隣にある指揮小隊の執務室につながる扉から五秒と経たずにストレリチア中尉が顔をのぞかせる。


「出撃だ。今回はフランツェスの方だ。大隊各員に通達。急げ!」


「はっ!」


 そう言って勢いよくストレリチア中尉は執務室を飛び出して走ってゆく。そしてしばらくしてストレリチア中尉の声が館内放送から聞こえる。


『第666戦術特別大隊は速やかに出撃用意をして機体に乗り込め、繰り返す。第666戦術特別大隊は速やかに出撃用意をして機体に乗り込め』


 その放送に一気に基地内は慌ただしくなる。


「全く、また敵が増えるとは……。いささか戦果を挙げすぎたか……」


 おそらくフランツェス帝国は早いうちにライデンシャフト共和国の芽を刈り取るつもりなのだろう。


 真に皆が平和を求めるのならばこんなことにはならないはずだが、フランツェス帝国はどうやら国を創ることによる利権に味を占めてしまいこのまま世界が欲しくなってしまったのだろう。


 もしくは隣国が恐ろしいまでの戦果を挙げているから早いうちに潰しておくというつもりか。


 どちらにせよ人類が互いを信用して真の平和に向かうのであれば起こりえないことだ。


「結局人間というものはどこに行っても変わらないものだな」


 そう呟いてサルヴィアは出撃準備に取り掛かる。

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