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第65話 大義名分

『ライデンシャフト共和国連邦がR&Hインダストリーに宣戦を布告しました。繰り返します。ライデンシャフト共和国連邦がR&Hインダストリーに宣戦を布告。現在R&Hインダストリー支配地域とライデンシャフト共和国支配地域の境界線では激しい戦闘が繰り広げられているとのことです』


 ついに始まった戦争にサルヴィアは苦い顔をする。


『ライデンシャフト共和国による急襲で戦局は共和国側が優勢とのことです』


「こちら側が優勢か……。まぁ、戦力の半数以上が共和国側に流れた上にバルトロメイ海峡は完全に海上封鎖されているしな」


 前世でのバルト海の出口であるスカゲラク海峡に位置する海峡であるバルトロメイ海峡は完全に共和国が封鎖している。


 故にR&Hインダストリーは完全に資源を輸入するための海路を断たれ、じきに石油すら底をつくだろう。


 その上に初戦からこちら側が優勢。間違いなくこの戦いは共和国が勝利するだろう。


 しかし勝てば共和国は大きく力をつけることとなる。そうすれば周辺国が警戒するのは目に見えている。


 早いうちに目を摘み取ろうと宣戦布告される可能性もある。


「完全に詰みか……」


 かなりの確率でライデンシャフト共和国は連戦を強いられるという事にサルヴィアはため息をつく。


『総員出撃用意。繰り返す、総員出撃用意』


 出撃の放送にサルヴィアはため息をつきながらパイロットスーツに着替える。



 サルヴィア、シティス、フィサリス、グロリオサの四名だけでブリーフィングを行う。


 今回はあえてストレリチア中尉はこの場に呼んでいない。


「あー、皆も知っての通りライデンシャフト共和国がR&Hインダストリーに宣戦布告した。宣戦布告と同時に我が軍は攻撃を仕掛けこちらが優勢との事だ」


「今回は余裕そうね。相手はこっちの半分にも満たないらしいじゃない?」


 意気揚々と言うシティスにサルヴィアは淡々と返す。


「その通りだ。おそらくこの戦いは勝ち戦だ」


「でも油断は禁物だよね。敵も死に物狂いで向かってくるんじゃないかな?」


「フィサリスの言う通りでもある。おそらく敵は玉砕覚悟で戦いを挑んでくる。このことは中隊員に伝えておいてくれ」


「「「了解」」」


「それと……グロリオサ大尉……」


「な、何でしょうか……?」


 恐る恐る聞いてくるグロリオサ大尉にサルヴィアは申し訳ないと思いながらも包み隠さずこれからさせることになるであろう仕事を伝える。


「今回の爆撃ではおそらくインダストリーの民間人にも被害が出る。……それでも爆撃を敢行してくれ」


「……わかりました」


 重々しくではあるが任務を引き受ける彼女はまさに軍人の鏡だ。


 そんな彼女にこんな汚れ仕事を頼まなくてはならないという事にサルヴィアは自己嫌悪の念を抱く。


「汚れ仕事を頼んですまないな……」


「これも仕事ですから仕方ありません」


「では各中隊でブリーフィングをした後出撃する。解散」



「こちらHQ。そろそろ作戦空域だ。周囲の警戒を厳とせよ」


「ブリュンヒルデ01了解」


 普段聞きなれたHQの担当官とは異なる声に「いつもの彼女はインダストリー側についたか」と少し寂しく思いながらサルヴィアは無線に返答する。


 周辺警戒をしながらサルヴィアはストレリチア中尉に秘匿回線で話しかける。


「ブリュンヒルデ02。貴官はライデンシャフトについてどう思う?」


「少佐殿の理想である平和に最も近い国だと思います。ですが急にどうなされたのですか?」


 彼女はライデンシャフト共和国こそが真なる平和への近道であると疑っていない。


 トラントの戦いの後に彼女はサルヴィアの「平和な国を創る」という夢に賛同してくれた。


 故にサルヴィアはこれから味わう事となる地獄を思いストレリチア中尉に心の中で謝罪する。「こんな地獄付き合わせてすまない」と。


 苦虫を噛み潰す思いでいると無線が入ってくる。


『前方に敵機! 中隊規模!』


 当たり前ではあるが敵はサルヴィアたちと同じSf109だ。


「総員戦闘用意! 昨日までの味方だからと言って躊躇うなよ!」


『『『『了解!』』』』


「エンゲ——」


 「エンゲージ!」と言おうとしたところで広域無線が入る。


『この反逆者どもめ!』


 かつて味方だった敵からの無線にサルヴィアは何も言わない。何も言えない。


『一人でも多く道連れにしてやる《《穢れた戦乙女》》どもめ!』


 無線機の向こうの彼女は、彼女たちは死を覚悟しているのだろう。なにせ第666大隊の恐ろしさを一番知っているのはインダストリーのパイロットたちなのだから。


 せめてもの敬意のためにとサルヴィアは広域無線で話しかける。


「貴官らの覚悟は受け取った。こちらも失礼の無いよう全力で貴官らを墜とそう」


『裏切りの戦乙女なんぞクソくらえ、繰り返す。裏切りの戦乙女なんぞクソくらえ!』


 敬意を込めたこちらからの無線は罵詈雑言のつまった無線になって帰ってきた。


 サルヴィア達は平和のために戦っている。それは確かに正義であり、サルヴィアもそのことを疑ってはいない。


 しかしR&Hインダストリーについていった彼女たちが悪というわけではないというもの理解している。


 正義の対義語は一般的に悪とされているが、実際はそうではない。正義の対義語はもう一方の正義なのだ。


 彼女たちにも信ずるものがあり、大義があるからこそサルヴィアと敵対しているのだ。


 仕方ないと自分に言い聞かせてサルヴィア大隊に無線を飛ばす。


「諸君、かつての仲間だ。丁重に敬意をもって撃墜してやれ」


『『『『了解』』』』


 そうして第666大隊は格闘戦に入る。


 舩坂の戦闘機であれば機動性が良いためあまり積極的に格闘戦はしないが、今回の相手はインダストリーの戦闘機である。


 それに加えて666大隊の大半の機体は先行配備された改良型であり、ソリーデ少尉らによって特別にチューンアップされたものだ。


 それに加えてアグレッサー相手に戦えるだけのエース部隊が普通の戦闘中隊と戦うのだ。結果は見え切っている。


 サルヴィアはただ何も考えず操縦桿を捻り敵の後ろについては機銃を叩き込むという作業を淡々と行う。


『貴様ら裏切り者に災いあれッ——!』


 そう言って墜ちていくかつて仲間だった敵を見るのは胸糞悪い。


 666大隊の中には嗚咽を漏らしながら敵機を墜としている者、「ごめんなさい、ごめんなさい」謝りながら敵を撃つもの、「お前らが悪いんだ!」とまるで自分に言い聞かせるように叫びながら戦うものもいる。


 ふと自分の直属の部下が心配になったサルヴィアはストレリチア中尉に無線越しに尋ねる。


「ブリュンヒルデ02。大丈夫か……?」


「え? 何がです? 別に大丈夫ですが……」


 あぁ、ついに心優しいストレリチア中尉は心を壊してしまったか。とサルヴィアはキャノピー越しに天を仰ぐ。しかし聞かないわけにはいかない。


「元とはいえ、味方殺しは辛いだろう……?」


「? でも、もう敵ですよね?」


 あたかもそれが普通だと言わんばかりにストレリチア中尉は平然と答える。


「き、貴官はこの状況で辛くないのか……?」


「えぇ、特には。だって平和な国を創るという少佐殿の夢を邪魔する者たちではないですか。殺して当然です。……それにしても舩坂の機体と違って機動性がよくないから墜としやすいですね」


 どうやらストレリチア中尉はたいしてこの状況を悲観はしていないようだ。それどころかサルヴィアの理想を盲信して元味方を殺すことに何の疑念も抱いていない。


 頼もしい部下だと喜ぶべきなのか、自分が心優しい少女の心を歪めてしまったと悲観すべきなのかわからず再度天を仰ぐ。


 よく無線を聞いてみるとこの状況を飲みこんでいる者が他にもいることがわかる。


 普段と同じように「一機撃墜!」と喜んでいたり、撃墜数を競い合っている者もいる。何ならそのような人間の方が多いのかもしれない。


 平和という麻薬はここまで人を狂わせるのかとサルヴィアは改めて実感する。


 だがしかし彼女たちは元から狂っていたのかもしれない。なにせ彼女たちは国という括りがなくとも人を殺せるのだから。


 戦場でなければ舩坂の軍人とインダストリー軍人はいたって普通の人間同士の会話をする。聖誕祭での奇跡がいい例だ。


 それが国家という括りが出来てさらに相手を殺すというハードルは低くなった。相手を殺す大義名分ができてしまったのだから。


 こんな状況ではむしろ相手を殺すことに罪悪感や嫌悪感を抱く方が少数派なのかもしれない。


 そんな狂った状況を嘆きながらサルヴィアは前世の社畜時代にやっていたように思考を殺してただ目の前の敵を撃ち墜としていく。


 「サラリーマンというのはいつの時代も辛いものだな」とつぶやきサルヴィアは一機また一機と敵を叩き墜とす。

読んでいただきありがとうございました。

評価、ブックマーク登録なんかもしていただけると大変うれしいです。

以上、稲荷狐満でした!

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