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断章 あの戦争の真実 2

 かつてあったあの戦争——企業間戦争。


 それはこの世界の在り方を変えた戦争であり、大きく歴史が動いた瞬間でもあった。


 この世界の多くの人間がその戦争を昔のことのように語るが、しかしてそれは数年前の出来事である。


 多くの人間が忘れかけている……いや、忘れたがっている。


 この番組はかの戦争を風化させないために第三者の目線からあの戦争の真実に迫っていくものである。


 あの戦争は今では考えられないが、エンターテイメントのための見世物の戦争であった。


 多くの民間人がテレビの前で戦争に熱狂し、多くの英雄譚が誕生した。


 しかしある日、戦争はエンターテイメントの枠を逸脱することとなる。


 太平暦1724年6月13日。


 それはいつも通りの戦闘になるはずだった。



「こんにちは。シュタインズ・タイムスのシュナイダー・アクテです」


「本日はよろしくお願いします。私は——」


 彼女が名を名乗ろうとしたとき警報が鳴り響く。——スクランブルだ。


 警報が鳴った瞬間基地内が一気に慌ただしくなる。部屋の外からの様々な者が駆ける音をマイクは拾っていた。


「行かなくて良いのですか?」


「行きたいのはやまやまなんですが、あいにく前の戦闘で軽く負傷してしまいまして……」


「なるほど。お怪我のほどは大丈夫なのですか?」


「えぇ。後一週間で復帰していいとのことです」


「それは……良かった、といった方がいいのでしょうか?」


「私にとっては喜ばしいことです。平和な国を創るために戦えるのですから」


「大変すばらしい志ですね。……では早速ですがインタビューに入らせてもらいます」


「了解しました」


「私は今あの戦い——『トラント沖海戦』のことについて追っているのですが……」


 トラント沖……そう聞いた彼女の表情に影が差す。しばしの間を置いた後、彼女は静かに語り始める。


「トラント沖海戦ですか……あの戦いのことは今でも鮮明に覚えていますし、死ぬ間際まで忘れないでしょう。……あれは1724年6月13日のことでした。あの日私は母と一緒にテレビであの戦いを観戦していました。数に勝る舩坂の航空隊をインダストリーの航空隊が打ち負かしたのを見て、母と二人歓声を上げたのを覚えています。特に黒い塗装の飛行大隊はあの戦場に在って美しく、それでいてどこか恐ろしく、まさに戦場を支配する死神のように、戦乙女のように私の目には映りました」


「第666戦術特別飛行大隊——ヴァルキリー大隊ですね?」


「えぇ。あの美しい舞のような戦闘機動に目を奪われている時、急にトラント軍港を映したカメラが切り替わり、軍港目指して飛行する大型機、まぁ攻撃機ですね。それを見て私は『今回は結果的にはインダストリーの負けか』と思いました。しかし攻撃機は一部を残して軍港の上空を通り過ぎていきました。……そして」


 一瞬彼女の口が歪む。しかし彼女の口はまたゆっくりと言葉を紡いでいく。


「私たちの住む街に、民間施設に爆撃を始めました。はじめは何が起こったのか理解できませんでした。不安になった幼い私は母の顔を見ました。しかし母も私と同じように何が起きたのか理解できないといった様子でした」


「あれは企業支配体制が出来上がって初の民間への攻撃でしたからね、そうなるのも頷けます」


「そうですね。あの時誰もが唖然としたはずです。実況の人間も言葉が出ないといった様子でしたから。そして何が起きたかわからないうちに私は強い衝撃と轟音のもとに意識を失いました。……次に私が見た光景は半分が消し飛んだ私たちのアパートメントと、汚れて所々出血している自分の手と、手足があらぬ方向に曲がり、息絶えた母の姿でした。私を救助した消防士によると偶然瓦礫に隙間があってそのおかげで私は助かったとのことでした」


「それは……お辛かったでしょう」


「はい、あの時私はあまりのショックに涙すら出ませんでした。ただ茫然と母だった物のそばにへたり込んでいました。……だいたい数時間ぐらいたった後になって急に母が死んだ実感が湧き、私は冷たくなった母を揺すりながら泣きじゃくりました。その時私はある人物に声を掛けられたのです。……誰だと思います?」


「……ちょっとわかりませんね」


「ストレリチア大尉殿です。当時は中尉でしたがね」


「ヴァルキリー隊のナンバーツーですか!」


「そうです。大尉殿は私に少し困ったような、でも優しい顔で私にチョコをくれました。しかし大尉殿が軍人だと分かったとたんに私は怒鳴りつけました。『返して! わたしのお母さんを返して!』ってね」


「そうなのですか。今では考えられないエピソードですね」


「えぇ。今でも時々当時のことを大尉殿にからかわれます。そしてそれだけではありません。取り乱している私に次に声を掛けたのは当時少佐だったサルヴィア中佐殿でした」


「なんとなく予想はしていましたが、サルヴィア中佐と直接お話をなされたとは実にすごいことですね」


「えぇ。当時の私はあまり詳しくなかったのですが、当時からヴァルキリー隊はかなり有名でしたからね。中佐殿は私にお金を握らせてこう言い放ちました。『お嬢ちゃん、これでご飯を買うんだ。残酷なことを言うが、君は生きなくてはならない。そしてこれが私ができる最低限のことだ』と。この言葉は今でも一言一句違わず覚えています。あれは実に……なんというか……印象に残るものでしたから」


「どのように印象に残ったのでしょう?」


「あのように言う中佐殿はまるで天使のような優しさに溢れていて、どこか悲しそうな表情をしておられましたから。それを見た私は天使と勘違いして母を返してほしいと、自分はどうなってもいいからと懇願しました」


「サルヴィア中佐はそれに対して何と答えたのですか?」


「『私は天使なんかではない。君たちを守れなかった、出来損ないの軍人だよ』と寂しそうに答えられました。中佐殿も軍人だと分かった私は近くにあった石を投げつけて、この街から出ていけと叫びました」


「ではサルヴィア中佐の額の傷はもしかして……」


「はい、その時の物です。この部隊に配属された際に当時のことを謝罪しに行ったのですがその時中佐殿は前髪をあげてこうおっしゃりました。『この傷は私への戒めだ』と。あの程度の傷はレーザー治療で簡単に痕は消せます。ですがあえてしないのだと中佐殿は語りました」


「あの傷にはそんな意味があったのですね」


「そうなんです。当時、挨拶に行ったときには殺されるんじゃないかとひやひやした物ですよ」


「でしょうね。サルヴィア中佐と言えば冷酷な死の戦乙女という事で有名ですからね」


「フフッ、そうですね。民間人は皆そう思っていますよね」


「どういう事でしょう?」


「秘密です。サルヴィア中佐に直接インタビューする機会があったら分かりますよ」


「そうですか……。ではその時を楽しみにいたします。……ちなみに何故貴女は軍に入られたのですか? 今までお話を聞いているところ軍に対して憎しみを抱いていらっしゃったようですが」


「あの後、両親が離婚して父もいない私は孤児院に送られました。そこであの時の真実を知ったのです。インダストリーの軍は舩坂の市街地攻撃を止めようと必死で戦っていたという事、そしてすべて舩坂が悪いという事を」


「なるほど。しかし当時の企業の孤児院では戦争を美化して教えていたと聞いていますが……?」


「確かにそうかもしれません。ですがあの戦いに、私からすべてを奪った戦いに興味を抱いた私は子供ながらいろいろと調べました。映像記録を見てみたり、当時の新聞を読んだり、幸いインダストリー直営の孤児院でしたので『栄光ある戦いの記録を見たい』と言えば豊富な記録を漁りたい放題でした」


「記者としては何とも羨ましいですね。今では当時のプロパガンダ映像や、戦争を美化して記録したものはかなり貴重ですからね」


「そうですね、今ではそのほとんどが抹消されましたからね。……おや、もうこんな時間ですか。すいません私は軍医に呼ばれているのでそろそろ行かなくては」


「そうでしたか、これはご多忙な中時間を割いていただきありがとうございました」


「いえいえ、気になさらないでください。では。…………おや、そう言えば自己紹介がまだでした。改めまして、私は第666戦術特別飛行大隊、指揮小隊所属のアニー・マグノリア少尉です」


 そう言ってアニー・マグノリア少尉は部屋を出ていった。


シュタインズ・タイムス——『あの戦争の真実』より

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