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第62話 意味なき軍法会議

「これよりサルヴィア少佐の独断専行に関する軍法会議を始める」


 裁判長を務めるエミリア中将が淡々と軍法会議の幕開けを宣言する。


 誰しもが思っているだろう。この裁判は形式的なものでしかないと。なにせ裁判長はサルヴィアの直系の上司であるエミリア中将で、弁護人は直属の上司であるエメリアノヴァ少将なのだから。


 しかしある者はこうも思うだろう。これは急進派であるエミリア派と保守派との派閥争いの一ページだと。


 以前から企業内にはそのような派閥はあったが、先のトラント沖海戦にて急進派は発言力を得た。


 サルヴィアとしては派閥争いに巻き込まれるのは御免こうむりたいが、どうせ巻き込まれるなら勝ちたいというもの。


 それに急進派の思想はまさにサルヴィアの平和な国を創るという理想の第一歩である現体制の打破というものだった。


 それにしても軍法会議とは思えない雰囲気である。


 判事は全員がエミリア派、傍聴席にいるのも半数以上がエミリア派で、脚を組んで葉巻を吸ったり、横の者と話していたり、まさに退屈な出来レースを見ているような雰囲気である。


 それに対する保守派の人間は明らかにイライラしている者、苦虫を嚙み潰したような顔で裁判を見る者、諦めてただ裁判を傍観している者、様々だ。


「では原告であるローズ・フォン・コーゼット少将はサルヴィア少佐の罪状を読み給え」


「……はっ。被告サルヴィア少佐は先のトラント沖海戦において被告サルヴィア少佐は独断で敵艦隊への攻撃を実行。結果としてR&Hインダストリー空軍から戦闘機三機、攻撃機二機の損害を出したものである」


「とのことだが、何か異論はあるかね、少佐?」


「いいえ」


「よろしい。では弁護人であるヴァレリア・ミハイロヴナ・エメリアノヴァ少将、発言を許可する」


「はっ。先の戦いにおいてサルヴィア少佐の類まれな判断による艦隊攻撃が無ければ、敵艦隊の艦砲射撃により民間、軍事両施設はこれ以上の被害を受けていたと思われ、現に敵艦隊が撤退する際にようやく海軍は到着したとのことです」


 その言葉に傍聴席にいる海軍少将が少し苦い顔をする。


「その上、敵戦艦六隻撃沈、巡洋艦二十三隻撃沈、その他補助艦艇多数撃沈という大戦果を挙げています。それに対してこちらの損害は戦闘機三機、攻撃機二機という軽微なものでした。以上のことよりサルヴィア少佐の判断は正しく、結果を伴ったものだと考えられます」


 そう言ってエメリアノヴァ少将は席に着く。


 コーゼット少将は立ち上がり苦い顔で声を荒げる。


「彼女の独断専行が無ければ被害は出なかったかもしれないんだぞ!」


 傍聴席から、判事たちからひそかな笑い声が聞こえる。


 自分のいう事があまりにも無茶なものだと理解しているのだろう。コーゼット少将の顔は諦観と屈辱に歪んでいた。


「お言葉だが、コーゼット少将。貴官はまったくの無傷で戦艦六隻、巡洋艦二十三隻、その他補助艦艇多数を撃沈せしめることができるのかね?」


 意地の悪い——瀕死のネズミをいたぶる猫のような笑みを浮かべてエメリアノヴァ少将はコーゼット少将を追求する。


「あ、ああ……! できたかもしれないだろう!?」


「そうか、では貴官であればあの場でサルヴィア少佐の立場ならどうした?」


「わ、私であれば上の判断を待ち、海軍と共に戦闘にあたっただろう」


「だったら街はきっと焼け野原になった上に、こちらの海軍戦力にも損害が出ていただろうな」


「……っ!」


 完全にコーゼット少将は何も言い返せなくなってしまった。サルヴィアも流石に同情するほどに完膚なきまで論破されてしまった。


 会場のいたるところからクスクスと笑い声が聞こえる。完全にエミリア派の勝利だ。


「では、これよりサルヴィア少佐の判決を伝える。私含め判事五人での議論の結果、サルヴィア少佐は無罪とする」


「こんなのおかしい! だいたいこの場にいるほとんどが急進派の人間じゃないか! こんなの出来レースだ!」


「コーゼット少将、着席したまえ。もう判決は出た、覆ることはない。……では、これにてサルヴィア少佐の軍法会議を閉廷する」


 なにかをわめき続ける憐れなコーゼット少将と屈辱に俯く保守派の人間を置いてエミリア派の人間がぞろぞろと退廷していく。



「エメリアノヴァ閣下、先ほどは弁護のほどありがとうございました」


 エメリアノヴァ少将の執務室でサルヴィアは先程の軍法会議で弁護人を務めてもらったことを感謝する。


「なに、気にするな。……それにしても実に退屈な軍法会議だったな。ほんとR&Hインダストリーは形式的というか無駄なことが好きというか……」


 まるで面倒で無意味な朝礼が終わった後のサラリーマンみたいな顔でエメリアノヴァ少将は愚痴を漏らす。


 それにサルヴィアは肩をすくめて諦めたように言う。


「仕方ありません、ここは軍隊なのですから」


「ほう、その若さで軍隊を語るか。やはり貴官は面白いな」


 そう言って笑う少将の表情は心からは笑っていない。まだ何か話したいことを隠しているような顔、いわば愛想笑いだ。


「……では本題に移ろう。貴官はこの先をどう見る?」


「『どう』とは? お言葉ですが閣下のおっしゃることはあまりにも含意(がんい)が広すぎます」


 情報が少なすぎる中で上司の質問に答えを出すのは地雷を踏みぬく危険性があまりにも高い。故にサルヴィアは条件を絞る。


「では率直に言おう。この先R&Hインダストリーは、企業支配体制はどうなると思う?」


「はっきり申し上げますと、緩やかに崩壊の一途をたどるかと……」


「なかなかに面白い意見だ。うちにもそのような考えの者はいないぞ。続けたまえ」


 おそらくはエミリア派には新たな勢力を作ろうと考えている者はおらず、今あるR&Hインダストリーの基盤を乗っ取る形で理想を築き上げるつもりなのだろう。


「私が推察するに今我々は二つの派閥に割れているものだと思います」


「そうだな」


「一方がこれまでの体制を良しとする保守派、もう一方が改革を求める急進派です。そしてエミリア中将閣下が急進派の実質的なリーダーを務めているものと考えています」


「流石に貴官ほど明晰な者であれば気づくな」


「過分な評価恐れ入ります。……急進派はおそらくこのまま今あるR&Hインダストリーを乗っ取ろうと考えているのではないでしょうか?」


「……貴官には話すが、その通りだ」


「それはおそらく成功するでしょう。ですがその後は崩壊の一途をたどるだけです。先のトラント沖海戦で民間人に犠牲者が出たことで反舩坂重工のデモ活動が活発化しているのはご存じかと思います」


「あぁ、知っている。だがそれがR&Hインダストリーの崩壊にどう関連するんだ?」


「いずれ人々は思うでしょう。『企業支配体制があるから戦争が起こるのだ』と」


「なるほど……見えてきたぞ。つまり遅かれ早かれ今の企業支配体制は民衆によって打ち壊されると。そういう事だな?」


「はい。おっしゃる通りです」


「だが、反発する民衆などは力でねじ伏せてしまえばいいのではないか?」


「それをしますとさらなる反発を生み、民衆の数が軍隊よりも多い以上いずれにせよ企業支配体制は崩壊するでしょう」


「なるほど、確かにそうだな。……では貴官ならばどうする?」


「先手を打ちます」


「先手? 先に民衆を駆逐するつもりか?」


「いいえ。我々こそが民衆の味方だと、新たな陣営を立ち上げるのです」


「新たに企業を立ち上げるのか……。だがいずれその企業も民衆により打倒されるのではないか?」


「企業でしたら企業打倒の波で打倒されることでしょう。ですが立ち上げるのは企業ではありません。——国家です」


「なっ!? それこそ民衆が敵視するものではないか……!」


「民衆の民衆のための民衆による国家を創ります。戦争がない平和な国を目指すのです」


「なるほど。今までの平和が紛い物となった以上、民衆は新たな平和を求めるという事か……」


「おっしゃる通りです」


「了解した。貴官のことはエミリア閣下にも話しておく。きっと閣下もこの話に理解を示してくださるだろう」


「ありがとうございます」


「それにしても、平和な国家とは何とも変な響きだな」


「そうかもしれませんね。ですが小官はそのようなものが存在しうると確信しています」


「その自信がどこから来るのかはわからんが、まずは目の前の敵——舩坂重工をなんとかしなくてはな」


「そうですね」


 その後サルヴィアはエメリアノヴァ少将に促され、普段愛飲しているコーヒーよりも数段良いコーヒーをご馳走になって少将の部屋を後にした。

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