第59話 形無しの条約
敵攻撃機の迎撃をしていると、護衛の戦闘機に妨害され、一機の攻撃機の市街地への侵入を許してしまう。
そして逃した敵機はR&Hインダストリーの攻撃機の積載爆弾量の倍の量ほどの爆弾を道路や軍事施設ではなく民間施設に投下していく。
あたりの道路はもうすでに穴だらけになっており、これ以上攻撃をする必要はない。にもかかわらず敵が爆撃を止め、撤退せずに民間施設を爆撃するのはなぜか。
答えはいたって単純。民間施設に被害が及べば市民の混乱はまぬがれない。そしてその対応のために軍部はある程度人員を割かなくてはならない。
警察機関に任せてもいいが、戦争をしているのは企業であり、軍部がその収集にあたらなくては戦闘後に市民の反発を引き起こす事であろう。
現に下を見てみると、軍用車両や、基地の消防車なんかが逃げ惑う人々の誘導や、消火にあたっている。
完全に敵の思う通りになってしまっている。敵攻撃機も戦闘機も残り少ない。本来ならばここで撤退するはずなのだが、それにもかかわらず敵は一切撤退する気はないらしく、未だ爆撃を続けている。
それどころか被弾した敵機は脱出することなく地上の施設に自ら突っ込んでいく。
一見狂った行動にも見えるが皆分かっているのだろう。これだけ民間人を殺しておいて脱出しても生きて帰ることはできないと。
さんざん条約違反を犯しているのだ。民間人に捕まったらリンチ、軍人に捕まっても絶対に銃殺刑はまぬがれない。
パイロットたちも分かっているのだ。自分たちが何を犯しているのかを、なにをさせられているのかを。故に脱出するのではなく、自ら死を選ぶのだ。
R&Hインダストリーが戦術爆撃を編み出した一方、舩坂重工業は戦略爆撃というものを確立させてしまったのだ。
まさに地獄の様相を呈している戦場を前にサルヴィアは苦い顔をしながら敵機を叩き墜としていく。
低空を飛行し、下に潜られないようにしている攻撃機にサルヴィアは後部銃座からの射撃を回避しながら一瞬の隙をついて発射トリガーを引く。
放たれた30ミリ機関砲の弾は後部銃座に座るむき出しの銃手に命中し、必死で機関銃をやたらめったらに撃っていた彼女の上半身は一瞬ではじけ飛び、血煙をあげる。
そして攻撃機は燃料タンクに引火し、火だるまになってビルに突っ込み、搭載していた爆弾が炸裂。ビルは真っ二つに折れて地上にいた市民を瓦礫で覆う。
『少佐殿! 市民が!』
大隊の中で最も正義感が強いであろうストレリチア中尉が悲鳴のような声をあげる。
しかし、かといって撃墜しないわけにもいかない。撃墜しなければ奴らは腹に抱えた爆弾をより広範囲にばら撒き、被害を拡大させようとするのだ。
「私も分かっている。だがしかしやるしかないのだ、やるしかないんだよ中尉」
『で、ですが他に何かいい方法が——』
「ない。……残念だがな。悔しいが諦めて敵機を墜とせ。さらに被害が拡大するぞ」
『でもこのままじゃ——』
「くどい! 冷静になれブリュンヒルデ02! 目の前の敵機を墜とさなくては敵は住宅密集地にも爆弾を落とすぞ! そこにはここ以上の市民が住んでいる。私達は選ばされているのだ。——誰を救い、誰を殺すか。どれほどまでの被害を許容できるかをな」
『——ッ!』
「私だってできることなら皆を救いたい。だがな、今は被害を最小限に食い止めなくてはならないんだ。今は目の前の敵機を墜とすことに、今自分ができる最大限のことをしろ。いいな?」
『……了解ッ』
嗚咽交じりの返事が無線機から返ってくる。
彼女は優しい、自分の部下にしてはもったいないくらいに、戦場に出すにはあまりにも惜しい程に。
こんな狂った世界でなければ、殺しが平然と行われる世界でなければ、前世の平和な日本であれば彼女はどうしていたのだろうか?
戦場に舞うパイロット——サルヴィアとしてではなく、かつて生きていた普通の二十代後半の大人としてあまりにも若い彼女のことを考える。
優しく、未だ若い彼女は大衆の娯楽のために自らの手を汚し、人を殺して生きている。そんな彼女は今、無垢な一般市民を救えないという事を嘆き悲しんでいる。
やはりこの世界は狂っている。こんなことをするのは本来大人でいいのだ。彼女だけではない。この戦場に出ている多くのパイロットがいまだ未成年なのだ。
そして本来手を汚すはずもなかった少年少女たちの手を汚させているのは他でもない大人たちだ。
企業の上層部は自分の私腹を肥やすために、市民は自分は戦場に出ないだけマシなんだと自分を慰めるために見世物の殺し合いをさせる。
行き場のない怒りにサルヴィアは唇を噛み締めながら最後の敵を墜とす。
墜ちていく敵機の後部銃座についていたまだ十四歳ほどの少女は何かを叫びながら機体と共に民間人が集まっている広場に突っ込んでいき、爆炎に包まれる。
「……ブリュンヒルデ01よりHQ。敵機を殲滅した」
『ご苦労だったヴァルキリー隊。被害を報告せよ』
「うちの大隊からは二機被害が出た。だがまだ戦闘は可能だ」
『了解した。では帰還——』
突如としていくつもの爆音が響き、街から黒煙が立ち上る。
『なんだ!? 敵機は殲滅したのだろう!? ブリュンヒルデ01、至急状況を知らせよ!』
「わからない! 突如として市中でいくつもの爆発が起きた!」
皆が何が起きたかわからず困惑している最中、敵艦隊を観測していた観測隊から無線が入る。
『こちら第三海上観測所! 敵艦隊が発砲! 繰り返す、敵艦隊が発砲! 敵の狙いはトラント軍港!』
『なっ!? 艦砲による地上攻撃は正確な射撃はできないことから条約で禁止されているはずだ!』
HQの言う通り地上への艦砲射撃は条約で禁じられている。艦砲射撃と聞きサルヴィアはたいして驚かない。
なにせ奴らは民間施設への攻撃すらしたではないか。条約なんて奴らにとって意味を成すものでもない。せいぜい守るべきマナー程度にしか思っていないことだろう。
「……HQ、奴らはもう正気ではない。条約なんてないものだと思って行動すべきだ。私は直ちに艦隊を攻撃することを進言する」
『今上に確認する! 少し待って——』
「そんな時間はない! これより我々は敵艦隊に攻撃を仕掛ける! 責任は私が負う!」
『……了解した。責任は私も負おう。……作戦地域に展開する全軍に告げる。敵艦隊を攻撃せよ! 友軍艦隊もすぐにそちらに向かう。それまで奴らを喰い止めろ!』
HQの命令に生き残っているすべての機体が機首を艦隊のいる方向へと向ける。
これで自分も本部にいるあの上級士官も晴れて独断行動をした者のレッテルを貼られることとなる。
しかし、これで後世『あの局面で動かなかった愚か者』として罵られることはないだろう。
最低限自分の名誉を守る行動をとってサルヴィアは一度頭をリセットして考え直す。
対艦攻撃ができるのはフリスト隊とランドグリーズ隊だけである。後は他の大隊の攻撃機に頼るしか無い。
「当該空域に展開している攻撃機中隊はいくつだ?」
『ヴァルキリー大隊の攻撃機中隊を含めて、だいたい一個大隊ほどだ』
「なるほど、ではその全機をランドグリーズ隊に臨時編入させることはできるか? おそらくうちの中隊が地上攻撃では最も経験がある」
『HQ了解。全攻撃機をランドグリーズ隊の指揮下に臨時編入する』
その無線に散開していた攻撃機たちが一斉にランドグリーズ隊のもとへと集まってくる。
「制空部隊で敵艦までの道を切り開く、隙を見て攻撃しろ。できるな、グロリオサ大尉?」
『お任せください!』
「よろしい。ランドグリーズ隊は戦艦や重巡洋艦を、その他の戦闘攻撃機は揚陸艦などの補助艦艇を攻撃しろ!」
『『『『了解!』』』』
未だ砲撃音が鳴りやまぬ中、炎に包まれる街を尻目にサルヴィア達は敵艦隊に向かう。
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