第58話 時代の転換点
『ブリュンヒルデ03、一機撃墜!』
「よくやった。だが気を抜くなよ」
アザレア少尉の嬉しそうな撃墜報告にサルヴィアは一応釘を刺す。
そうしている間にもサルヴィアは操縦桿を捻り敵機の背後に滑り込んで機銃の発射トリガーを軽く引き絞る。
流石は30ミリという大口径だ、敵機は一瞬で墜ちていく。
敵のパイロットと目が合ったが、少しは腕が良かっただけあって十八歳くらいだった。
ある程度戦場を経験した者でさえも恐ろしい程の若さ。末期の日本軍のパイロットでも驚くほどの平均年齢の低さだ。
やはりこの世界は狂っている。子供が戦争をして、それを誰もおかしいとは思わない。自分が死なないから、血を流すのは他者だからと誰もその異常に声を上げない。
しかし一つ確かなこともある。それはこの狂った世界で自分は生き残り、生かされているという事だ。
そんなことを考えながらサルヴィアは淡々と敵機を墜としていく。第666特別大隊も被害を被ることはなく敵機を墜とし続けていく。
しかし敵の数は膨大。いくら第666大隊が敵を墜とそうともこちらの航空機も墜とされていく。
『ブリュンヒルデ01、背後に敵機!』
「あぁ、分かっている」
そう言ってサルヴィアはスロットルを一気に落とし、操縦桿を引く。Re203はまるで風に舞う花びらのように一回転し背後の敵機をその照準器に収める。
そして二門の機関銃と四門の機関砲が火を噴き、先ほどまで空を飛んでいた敵機を鉄くずに、パイロットをタンパク質の塊に変換する。
ふと周りを見れば黒い機体が敵機を追い立てている。アグレッサー部隊相手に戦えるだけはある。この程度の敵であれば手玉にとれる。
「諸君。随分と墜としたな。ちなみに私はもう九機墜としたぞ」
『私はまだ六機です』
『私は七機』
『私も同じく七機よ』
『今回はランドグリーズ隊の出番はなさそうで残念です』
「グロリオサ大尉、この後おそらくあの艦隊相手に対艦攻撃をしてもらうことになる。思う存分暴れまわってくれ」
『了解! 改良機の力をお見せしましょう』
「諸君、敵機の数は確実に減っていっている。この調子で……おい、奴らが撤退していくぞ」
『私たちの勝利という事でしょうか?』
「いや、何かがおかしい。まだ戦力は拮抗している、そんなはずは……」
そんなサルヴィアをよそにR&Hインダストリー空軍の無線からは「勝利だ」だとか「守り切ったんだ!」なんて歓声が聞こえてくる。
しかしおかしい。こちらが勝ったのであれば何故敵艦隊は未だトラント軍港目指して前進しているのか。
サルヴィアが敵の異常な行動に頭を悩ませていると方面軍本部から無線が入ってくる。
『こちらHQ! 展開中の航空部隊に告げる! ただちに基地上空まで後退せよ! 繰り返す、直ちに引き返してこい!』
基本冷静で、もはや冷淡と言った方がいいまであるHQの人間がこうまでも声を荒げるとはいったい何事なのか。
その疑問にはすぐさま答えが出される。
『基地本部が攻撃を受けている! それどころじゃない、民間施設にも被害が出ている!』
「なっ!? 民間施設だと!? 条約違反だろう!?」
『少佐、確かにその通りだが、奴らは条約を反故しやがった! 後方の民間道路が爆撃を受けた。それだけじゃない、外れた爆弾が民家にもあたっている!』
やはり思った通り敵も地上攻撃を仕掛けてきた。がしかし、兵站を断つためとはいえ、民間道路に爆撃をした挙句流れ弾とはいえ民家にもあたるのはあまりにやりすぎだ。
「こちらブリュンヒルデ01。ただちに引き返す。もうしばらく耐えてくれ」
『了解した。なるべく早く——。おい! 今のはどこにあたった!?』
『第三滑走路です!』
無線の最中にも爆撃され、被害報告に奔走する。司令部の状況はまさにカオスと言ったような有様だ。
「大隊各員、聞いていたな? これよりトラント軍港上空に戻る。急ぐぞ!」
『『『『了解!』』』』
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水平線に黒煙が見える。それと同じくして空中で炸裂する対空砲も見える。これはもうエンターテイメントとしての戦争ではない。民間人が死んでいるのだ、これは純粋な戦争だ。
トラント軍港に近づくにつれ事態の深刻さがはっきりとわかるようになる。
民家があったであろう住宅地は大規模な火災が発生し、街のいたるところから黒煙が上がっている。
もちろん軍事施設からも煙は上がっているが、どちらかと言えば民間施設からの煙の方が多いんじゃなかろうか?
今回の敵はなりふり構わず爆撃しているといった様子だ。これは流れ弾で民間施設にあたっているんじゃない。
明らかに民間施設を狙っている。何が目的でこんなことをしているのかまるで分らない。
だがしかし今すべきことだけは明白だ。ただ目の前の敵機を叩き墜とすだけ。幸いにも敵戦闘機の数は少ない。後は被害を最小限に抑えるべく迅速に敵攻撃機を撃墜するだけだろう。
「大隊各員、傾注! これよりトラント軍港及び、民間施設を攻撃しているならず者どもを叩き墜とすぞ!」
『『『『了解!』』』』
「ヴァルキリー大隊指揮官よりHQ。今トラント軍港上空に到達した」
『こちらHQ、待ちわびたぞ、ヴァルキリー隊! 敵機数はおよそ二個飛行大隊。しかしその多くが攻撃機だ、被害が拡大する前に撃墜せよ』
「了解」
そう返答するとサルヴィアは操縦桿を横に倒して、逃げ惑う一般市民に機銃掃射をしている攻撃機の背後につく。
敵は見たこともない舩坂の攻撃機。エンジンは単発ではなく二発エンジン。どんな機体性能かもわからない故にあえて機銃は撃たずに様子を見る。
しかし敵機はこちらに気が付いても逃げるだけ。いや、逃げているんじゃない。これでも背後を取ろうとしているのだ。
鈍足な上に機動性も悪い攻撃機。おそらく爆弾搭載量が多いのだろう。
敵機がたいして高性能ではないという事を確認し仕留めようと速度を上げて接近した際に敵のパイロットと目が合う。
しかし敵のパイロットは完全に首をこちらに向けている。そしてその手は何かを掴んでいる。
その異常さに気づいたサルヴィアは機首を上げて回避機動をとる。
その瞬間サルヴィアの機体を曳光弾が掠める。
間一髪のところで回避したサルヴィアはそれが何なのかに気が付く。後部座席に人が乗っており、そいつが機関銃を撃ってきたのだ。
「ブリュンヒルデ01より大隊各員! 後ろにも人が乗っている! 銃座だ!」
『なっ!? こちらフリスト09! 被弾した! 脱出す——』
『何だこの機体は!? 後ろにも機関銃がついてるぞ!』
『こちらスルーズ12! スルーズ11が墜落! スルーズ11がやられた!』
予想だにしなかった後部銃座によって二機が墜落した。第666大隊もそうだが、このままでは被害が一気に拡大する。
そう考えたサルヴィアは無線機に叫ぶ。
「こちらブリュンヒルデ01! 各員攻撃中止! 私が弱点を探る! 皆はそれまで上空で戦闘機の相手をしろ!」
それだけ告げてサルヴィアは敵攻撃機の後部座席の死角を探る。
かなり危険だが一番操縦の腕があるのは自分なのだ。被弾のリスクは一番低い。
バレルロールで回避しながら様々な方向に回り込む。そして敵機の下に潜りこんだ時、射撃がピタリとやむ。
ここが死角だと分かり、サルヴィアは突き上げるように敵攻撃機に機関銃を浴びせかける。
数発は耐えたものの、敵機は30ミリの火力でスクラップに早変わりする。
しかし今までの舩坂産の戦闘機に比べてかなり耐久性は高いようだ。おそらくKw190を配備しているフリスト隊が攻撃機の相手に適任だろう。
「ブリュンヒルデ01より大隊各員! 敵の死角は下方だ! 下に潜れば奴らは撃って来れない! そして攻撃機はなかなかに硬い。よって、私とフリスト隊で攻撃機を仕留める。フリスト隊、Kw190の火力を見せつけてやれ!」
『フリスト01、了解! ……中隊各機! フリスト09の仇だ、皆殺しにしてやれ!!』
『『『『了解!』』』』
一度キレたフィサリスを止められるものは誰もいない。おそらく文字通り敵機を皆殺しにすることだろう。
しかし怒り狂いたくなるのも分かる。なにせ自分の中隊の人間がやられたのだ。戦場で命を預け、共に戦う仲間とはそれこそ家族以上の絆で結ばれている。あまりフリスト09と関わり合いが無かった自分でさえもふつふつと怒りが湧いてきているのだから。
行き場のない怒りを弾丸に載せてサルヴィアは敵機に叩き込む。30ミリ20ミリ15ミリの一斉射撃はそれ相応に堅牢なはずの敵機を着実に削って行き、真っ二つに叩き折る。
しかし市街地上空で戦闘を行っているため墜ちる敵機は民家や、民間施設に墜落し、爆炎が民間人を包む。
エンターテイメントの枠を逸脱した戦争を前にサルヴィアは舌打ちをしながら次の敵機を墜とす。
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以上、稲荷狐満でした!