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第54話 新任歓迎会

——太平暦1724年 4月14日


 ここ4日間は実にのんびりとした日々だった。やることと言えば上官として着任したての部下二人に指揮小隊のことについて説明したり、筋力が衰えないように筋トレをしていたくらいだ。


「ストレリチア中尉、この書類はここでいいですか?」


「ん? あぁ、そこでいい」


 私の初めての部下である二人の内の一人、アザレア・メルキオール少尉が書類の置き場について尋ねてくる。


 できるだけ少佐殿のように威厳があるような口調を心がけているが少佐殿ほどに様になっているだろうか?


 アザレア少尉の持ってきた書類が最後の書類で私の今日の仕事は終わってしまった。


 アザレア少尉は書類仕事はできないが、快活でテキパキと行動するタイプ。もう一人のデンファーレ・グルーヴ少尉は寡黙だがかなり仕事ができるタイプである。


 二人とも全くタイプの違う性格の部下たちだがどうやら士官候補生学校時代の同期らしく仲がいい。


 同輩と仲がいいというのは私としては少し羨ましい。


 私の同輩であったシィプレは私とあまり仲良くはなかった。私としては別に嫌いでもなかったが、裕福な家の出の彼女からすると孤児院育ちで仕方なくこの戦場に来た私は好きになれなかったようだ。


 そんな彼女も今や過去の人となってしまった。残念ながら地上勤務に移動となった後、次の日の攻勢で死んでしまったらしい。


 本当は命令違反で銃殺刑だったのだが、当時はまだ少尉であった少佐殿と中隊長のクレマチス中尉の計らいで塹壕配置という減刑を受けたのだ。


 少佐殿の優しいご配慮にもかかわらず、彼女が死んでしまったのは少しいたたまれない。


 そんな三階級特進して少尉となった彼女と私に比べて、アザレア少尉とデンファーレ少尉の仲は良い。きっといいチームになるだろう。


 彼女たちのおかげで私たちの仕事は想像以上に早く終わり、暇となってしまった。


 解散として各自自己研鑽に励んだり、自由に過ごしてもらってもいいのだが、折角だからと私は二人をお茶に誘う。



 談話室でこの前パンケーキを食べに街に行ったときに買ったなかなかに良い茶葉を使って紅茶を入れる。


「中尉、これってなかなか良い茶葉なんじゃないですか?」


「よくわかったなアザレア少尉。これはこの前街に遊びに行ったときに買ったやつだ」 


「私たちにこんなに上等な物をよろしいのですか?」


「あぁ、気にするな。私もまだ飲んだこと無かったから飲みたかっただけだよ」


 三人で紅茶を飲み、彼女らのことについていろいろと聞く。


 わかったことは二人とも孤児院出身ではないこと、デンファーレ少尉はパイロットに憧れを抱いたために、アザレア少尉は貧困にあえぐ家族たちに仕送りをするために志願したとのことだった。


 二人とも私に比べると立派な志望動機だ。私なんか孤児院の適性検査に受かったがために入隊義務が課せられ、仕方なく入隊したというのに……。


 二人のまぶしさに少し劣等感を覚えながらもそれを顔に出さないように気を付ける。


 ちょうどポットとそれぞれのカップの中身が空になった時に放送が鳴る。


『第666戦術特別飛行大隊は第一滑走路に15分以内に集合せよ。繰り返す、第666戦術特別飛行大隊は第一滑走路に15分以内に集合せよ』


「なんでしょうか?」


「わからない、まぁ行ってみればわかるよ」


 そう言って私はティーセットを片付け、部下二人を連れて滑走路へと向かう。



 バタンと輸送機の扉が閉まり訳も分からぬまま私たちはどこかに輸送されていく。


 輸送機のお世辞にも心地いいとは言えないエンジンの振動と騒音の中私たちはこれからどこに行くのだろうかと頭を回す。


 私達もそうだが、新任達も何が何やら分からないといった様子だ。


 そんな中、少佐殿が皆の前に立ってニヤリと笑いながら口を開く。


「諸君、これから私達は楽しい新任歓迎会に向かう。一応確認だが皆揃っているだろうな?」


 新任歓迎会はこの前済ませたはずだ、それなのにまた歓迎会をするというのだろうか? もしかしたら今回は大隊全体での歓迎会なのかもしれない。


 皆がそう思ったのだろう、それぞれ期待に胸を躍らせているのがわかる。


 しかし私は、私たちはここ最近の生活がぬるすぎて忘れていたのだ。


——自分たちが『軍人』であるという事を



 到着したのはどこか見覚えのある演習場。


 見渡す限りの雪山、その中にポツンとある基地。


 そう、ここは——ノルディアン山脈『第一演習場』


 私たちが今の大隊の前身である第201大隊に着任した時にお世話になった演習場だ。


 これから起きる地獄を、『楽しい新任歓迎会』とやらの実態を想像し、私含める第201大隊の時からの古株は皆揃って顔を引きつらせている。


 それに比べて新任達は皆揃って「わぁー、雪だ」「真っ白だー」などと腑抜けたことを言っている。


 彼女たちは知らない。この後に起こることを、私たちが何をしなくてはならないかを。


 一瞬彼女たちに現実を教えてやった方が救いになるかと思ったが、それに釘を刺すように少佐殿は言う。


「大隊各員、傾注。これから楽しい楽しいハイキングを行う。おそらく先任たちは皆これから何をするか分かっていると思うが、新任達の楽しみを奪うことになるからネタバレは避けるように」


 どうやら新任達は一気に絶望に突き落とされることになるらしい。


 心の中でアザレア少尉とデンファーレ少尉に謝罪する。


「では各中隊長に地図を渡す、雪山でのおもちゃは輸送機のコンテナの中にある。各員持っていけ。それと指揮小隊は臨時で第一中隊に編入とする。以上」


 そうして私たちはおもちゃ(十キロの背嚢、鉄ヘルメット、弾薬、小銃、計五キロ。総重量十五キロにもなる装備品)を持ってハイキングという名の雪中行軍訓練に向かう。


 流石に装備品を装備する段階で新任達は気が付いたのか顔を青くして「少佐殿は悪魔か……?」「私死ぬんじゃない……?」と口々に不満と不安を漏らす。


 少し顔を青くするシティス大尉の地図を見せてもらったところ、行軍の距離は前回の1.5倍。


 地図上での1.5倍という事は山岳部の距離はどのくらいになるのだろうか? 考えたくもない。


 そうして私たちは行軍を開始する。



 前回よりはあっさりと野営予定地点にたどり着く。


 しかし新任達が初めて雪中行軍をした時の私達みたいになっているところを見るに私たち先任の体力が付いただけのようだ。


 日の暮れる中私は完全に冷たくなった缶詰を食べる。ただでさえ美味しくない糧食がキンキンに冷えているのだ。味覚がおかしくなりそうだ。


 そうして半分シャーベット状になっているスープをスプーンで食べていると飛行機のエンジン音が聞こえる。


 まさかと思って周りを見ると、ある新任数人が焚火をしていた。装備の中にはマッチが入っているのだ、誰しも焚火をせよと言われているかと思うだろう。


 私はスープ缶を投げ捨て、全力で走って行き焚火を蹴飛ばして消火する。


 私に折角の焚火と糧食を蹴飛ばされた新任達は文句を言ってくる。


「ストレリチア中尉! 何するんですか!?」

 

「今はそんなことはいい! とりあえず焚火の跡から離れろ!」 


 そう言って走って逃げる私に新任達は不思議そうな顔をしてついてくる。


 そしてある程度離れた所で先ほどまで焚火があった地点が衝撃音とともに舞い上げられた雪で見えなくなる。


「やっぱり……。今回もか……」


「中尉! 我々は攻撃を受けています! 今すぐに大隊長に行軍中止要請を送った方がよろしいのでは!?」


「違う。これは敵からの攻撃ではない。……もうすぐ無線が入ってくる」


 私がそう言ってすぐにシティス大尉の無線機に無線が入る。相手は言わずもがな少佐殿だ。


『途中まで焚火の明かりが見えていたんだが、誰かがすぐに消したな? いやぁ惜しかった。新任達に少しサプライズをしてやろうと思ったんだが……』


「こちらシティス大尉。サプライズの効果は絶大と認む。新任達は腰を抜かしている。……意地悪な大隊長殿に感謝を」


 少佐殿の無線にシティス大尉は皮肉交じりに返答する。


 今回の行軍では就寝できると思っていたのだが残念ながら今回も徹夜で行軍になるようだ。



 日が完全に登りきったところで私たちはゴール地点にたどり着く。


 前回の1.5倍の距離を走破した後は流石の先任たちもクタクタになっていた。


 新任達はというともはや動く死体といった方がいいくらいに顔に生気がない。


 そんな私たちを前に少佐殿は演台に立ち口を開く。


「やあ諸君、まずはお疲れ様と言ったところか。新任諸君はハイキングを楽しめたかな?」


 少佐殿の問いかけに返事をするものは誰もいない。というか返事をできるほど体力が残っている者は誰もいないと言った方が正しいか。


「ふむ、返事が無いのは残念だが、新任達の顔を見るにハイキングは楽しんでくれたようだな。先任たちはまぁ少しは余裕があるといったところか……」


 確かに新任達に比べて余裕はある。だが死にそうなのには変わりない。


「さてそんな諸君にご褒美だ。雪中行軍恒例の移動式の風呂だ。奥にテント群が見えるだろう? あれがそうだ。……ではこんなクソ寒いとこも嫌だろうから各員好きにしてくれていいぞ。解散」


 解散の声がかかると同時に先任たちは全力疾走で、新任達は躓きながらテントに向かう。


 フラフラとテントの方に向かうアザレア少尉とデンファーレ少尉を見かけ私は二人に駆け寄り声を掛ける。


「ほら、テントまで行くぞ。私の肩に手をかけろ、歩くのもやっとなんだろ?」


「い、いえ、だい……じょうぶです」


「今回は特別だ二人とも今回だけは甘えてもいい」


「では、お言葉に……甘えて……」


 そうして私は二人に肩を貸し三人で風呂へ向かう。


 その日の晩、皆がログハウスのベッドで泥のように眠ったのは言うまでもない。

読んでいただきありがとうございました。

評価、ブックマーク登録なんかもしていただけると大変うれしいです。

以上、稲荷狐満でした!

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