第肆章番外編 パンケーキ攻防戦
——新任到着の一週間ほど前
「ようやくアグレッサーとの演習も終わったし、今日は街で何か美味しいものでも食べに行かない?」
仲のいい大隊の仲間——マリアン、アリーナと三人で談話室で話しながら私、ストレリチアは都会での休日に想いをはせる。
オシャレな街並み、可愛い洋服、美味しい食べ物……、ここには前線には決してないものが揃っている。
三人でお喋りに花を咲かせていると、ふとこの場にはいないフィリアとロベルタのことを考え心に影が差す。
私たちはいつも五人だったのに今日一緒に出掛けるのは三人。
なぜ彼女たちは死ななければならなかったのか、私がもう少し強ければ彼女たちは死ななかったのだろうか?
目を閉じればフィリアの最期の言葉が思い出される。戦場には美しいものも高潔さも何もなかった。
無線機越しに聞こえたフィリアの最期の声は、ただ目の前の死を恐れ、叫び散らす声だった。
よく本で読んだりするような綺麗な死に方ではなかった。そこにあったのは純粋な死とそれにおびえる少女だけだった。
ロベルタに至っては最期の声すら聞けなかった。おそらくはコックピットを撃たれたのだろう、彼女は誰も知らないところで死んでいた。
「……チア、……ストレリチア」
「えっ、あ、あぁ。何?」
アリーナから呼びかけられてようやく我に返る。正直フィリアとロベルタの死はトラウマだ。
時々このようについ考えこんで彼女たちのことを考えてしまう事がある。
「フィリアとロベルタのことを考えてたの?」
「……まぁ、うん」
「私が思うに二人のためにも今日はしっかり楽しむ方がいいと思う。私だったら自分が死んだ後に自分のことを引きずってほしくないから……」
マリアンはいつもらしく落ち着いた風に話す。
しかしその顔からは二人のことを悲しんでいることが如実にわかる。
「そうだよ! マリアンの言う通りだよ、今日は思いっきり楽しもう?」
「……うん、そうだね。……今日は二人の分も楽しもうか」
そうして私たちは数少ない私服を着て街へと繰り出す。
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立ち並ぶ高層ビル、R&Hインダストリー参謀本部ビルもかくやと言わんばかりの巨大なデパート、前線の地上部隊も真っ青になるほどの群衆。
私の育った孤児院があるドルフ・シュタットでは考えられない程の都会っぷり。
私もそうだがアリーナとマリアンの二人も田舎育ちという事もあり三人でストリートのど真ん中で茫然とする。
「こ、これが都会……」
「私もこんなにすごいとは想定していなかった……」
「それに人多すぎじゃない……?」
田舎育ちの三娘を道行く大人たちは奇妙で微笑ましい者でも見るかのように見ては行き去っていく。
スクランブル交差点ではぐれそうになりながらも私達三人は無事に水族館行きの電車に乗り込む。
メーヴェのコックピットよりも狭い満員電車で三人固まっておどおどしながらも無事に水族館前の駅に着く。
今日は平日という事もあり人はそんなにはいない。これなら三人でゆっくり見て回れるだろう。
——そう考えていた私が甘かった。
事件はイルカのショーを見終えて、ペンギンのコーナーを見ている時に起こった。
「あなた方はあのフィリアノス要塞攻防戦で先鋒を務めた英雄部隊の方々ですよね?」
「え?」
「第201特別大隊のパイロットさんですよね?」
「えぇ、まぁ」
「やっぱり! 私こういうものでして」
そう言って女性は名刺を差し出してくる。
名刺にはシュタインシュタット新聞社と書かれている。どうやら突撃取材に来たようだ。
今日は折角の休日、戦場のことは忘れて一日を満喫したいところだというのに取材されるのは困るという事で取材を拒否する。
「あの、今日は折角の休日なので取材は軍部に許可を取ってその後に正式にするという事でお願いします」
「いや、そこを何とかお願いしますよ。こっちも仕事なんです」
「いや、ですから。私達は今日初めての休日なんですよ。休みの日くらい休ませてください」
そう言って私たちはペンギンたちに後ろ髪をひかれる気分ながらも水族館を後にする。
電車に乗って逃げるように都心の方へと向かう。相変らず息が詰まるような窮屈さの満員っぷりだったが何とか中央駅で降り、複雑すぎる駅構内の地図とにらめっこしながらなんとか外に出る。
そこから路面電車に乗ってアリーナが行きたいと言っていたデパートに向かう。
デパートについてまず驚いたことは品物の多さだ。ちょっとした洋菓子コーナーだけで酒保の品ぞろえを軽く上回ってしまう。
やはり後方の暮らしは随分と恵まれているようだ。
いろいろと歩き回り、可愛らしい洋服店に入り、いろいろな服を試着する。
そして前線勤務で稼いだお金で何着か洋服を買う。買い物が楽しいとは聞いていたがここまで楽しいものだとは思っていなかった。
アリーナはボーイッシュな服を、マリアンは落ち着いた、いかにも優等生というような服を買っていた。ちなみに私は可愛らしい白いワンピースを買った。我ながらいい買い物をしたと思う。
その後ウィンドウショッピングを楽しみ、お昼時になったために私たちは事前に調べていたパンケーキが美味しいというカフェに立ち寄る。
オシャレなBGMの流れる店内で私たちは各々食べたいパンケーキを頼む。
そして頼んだパンケーキが三人分届き一口大に切り分けあったかいうちに食べようとしていた時私たちに声がかかる。
「どうか、一言だけでもお願いします」
どうやら先ほどの記者はここまで追ってきたらしい。これにはサルヴィア少佐殿ですら真っ青なしつこさだろう。
「あの、ですから私たちは今日非番なので……」
「お願いです、あの世紀の大作戦フィリアノス要塞攻防戦で先鋒を務めた英雄部隊の言葉を聞きたいのです!」
記者がその一言を言った途端一気に店内の視線を集める。
そして店内の女子高生や大学生とみられる人々が一気に詰め寄ってきて口々にサインを求めてくる。
「ちょっと、このままじゃパンケーキ食べらんないんだけど!?」
「私もここまで有名になってるとは予想してなかった……!」
このままでは熱々ほかほかのパンケーキは冷たくなってしまう。それだけは何としてでも避けなくてはならない。
ここまでふかふかのパンケーキなんて前線ではきっと一生見ることができないだろうから……!
私は考える、どうすればこのパンケーキを死守できるか。その答えは空中戦で鍛えられた脳が一瞬で導き出してくれる。
「お願いします! せめて一口、一口でいいのでこのパンケーキを熱々の状態で食べさせてください……!」
懇願。心の底からの叫び。
私の声に店内は水を打ったように静まり、BGMだけが延々と流れる。
そしてその隙を逃すまいと、私は未だ湯気が立ち上るパンケーキを口に運ぶ。
生地のほんのりとした甘さに程よく甘いホイップクリームの甘さ。そこにバターの香りが口いっぱいに広がる。
こんなもの前線では絶対に食べられない。あまりのおいしさに涙が出そうになるほどだ。
アリーナとマリアンの二人もパンケーキを口に頬張って唸っている。
そして、パンケーキの後にストレートの紅茶を一口飲む。
茶葉の名前なんかは分からないが、前線で飲む通称『渋いお湯』と呼ばれている紅茶とは比べ物にならない程の豊潤な香りと不快ではないちょどいい渋みが口の中をリセットしてくれる。
そして完全にリセットされた口でまたパンケーキを頬張って、紅茶を飲み、そのサイクルを繰り返す。
そしてつい思っていることが口に出る。
「美味しぃ~」
私の心の底からの感想を聞いて私たちを取り囲む観衆の中から「キャー、可愛いー!」という声が上がる。
つい恥ずかしくて顔が赤くなるがパンケーキの温かさは待ってはくれない。そのまま私たちは周りを気にせずお喋りしながらパンケーキを堪能する。
私たちが普通の女の子らしくスイーツを楽しむ中周りの女子高生なんかが携帯端末『ポーター』で写真を撮ってきていたが気にしない。
普段から私たちの戦闘はテレビで放送されている。故にこんなことにいちいち動じるほどではない。
その後パンケーキを堪能し終えた後、私たちは軽く取材に対応し、ファンたちとツーショットを撮ったり、サインを書いたりした後基地へと帰る。
別に日が暮れるまで遊びまわってもよかったが流石にマスコミに付きまとわれながらというのは疲れる。
こうして私たちのパンケーキ攻防戦は幕を閉じた。
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以上、稲荷狐満でした!