第53話 新任たち
歓迎会。ここ最近はマスコミの取材対応、アグレッサー部隊との模擬戦、その他諸々に追われ、私——ストレリチア含め大隊の皆は休暇らしい休暇はとれていなかった。
一番楽しかった思い出と言えば仲のいいグループで都会のスイーツ巡りをしたことくらいだろうか……。
だが前線に比べたらここはまるで天国のようなところだ。
私は田舎のドルフ・シュタットの孤児院出身という事もあり、都会で、それも贅沢にもスイーツ巡りなんかをできたのはなかなか新鮮な経験だった。
だがマスコミというのはいつもどこからか情報をかき集めてきて、休暇中の私たちに突撃取材をかましてくるのだ。
オシャレなカフェでパンケーキを食べていた時に取材班に囲まれた時は流石の私たちもびっくりした。正直深夜のスクランブルよりも驚いた。
しかし今回はもうマスコミを警戒して変装までしなくてもいい。
なんせ軍の敷地には許可なしに立ち入ろうものなら容赦なく射殺されるのだから。
これでマスコミに気を使いながら歓迎会という事にはならないだろう。
少し安心しながら談話室で本物のコーヒーを啜っていると放送がかかる。
『第666戦術特別飛行大隊は第二ブリーフィングルームに集合せよ。繰り返す、第666戦術特別飛行大隊は第二ブリーフィングルームに集合せよ』
私にもついに後輩ができることになる。私にとっての少佐殿のように良き先任でなければならない。
そう気を引き締め意に反して上がる口角を必死で抑え、私はスキップしたい気分でブリーフィングルームへと向かう。
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「皆揃ったな。では各員楽にしてくれ。……新任諸君、私がこの第666戦術特別飛行大隊の大隊指揮を務めるサルヴィア少佐だ。私の若さ……いや、幼さに驚いている者もいるだろう。ちなみに私もこの歳で大隊指揮を任された時は驚いたから君たちの感覚は間違っていない、私が保証しよう」
第201大隊の時からいるメンバーは少佐殿のお決まりの冗談に笑う。しかし新任達は困惑しているのか全く笑わない。
それもそうだ、私たちはフィリアノス要塞攻防戦で先鋒を務め被害を受けながらも生還した大隊なのだ。
大隊のメンバーは百戦錬磨の猛者ぞろいでその猛者をまとめる少佐殿をきっと強面の堅物だと思っていたのだろう。
私だってこの大隊に配属されるとなったらそう想像してビクビクしていることだろう。
しかし予想の真逆で大隊長である少佐殿が想像よりはるかに若く、その上ジョークを言うのだ、さぞや困惑することだろう。
しかし私たちは意外とこんな感じだ、少佐殿がジョークを聞いて笑いながら出撃し、皆で帰還して夕飯を食べて寝る。
そんな毎日を送ってきた。例外と言えばあのフィリアノス要塞攻防戦くらいだろう。それ以外では負傷者は出ることはあっても死者は出ていない。
「おや、新人たちはなかなかに堅物のようだ。私は諸君が思っているほど怖い人間じゃないから安心したまえ」
「あんたが怖くないって言うと余計に不審よ、新任達は私こそが本当に優しい人間だから私を慕うように」
「シティス、私が思うに貴女が一番怖いと思いますね」
「はぁ? あんたがいっつもサルヴィアの前で猫被ってるけど、部下たちにはなかなか厳しいことは知ってるわよ」
シティス中尉が少佐殿の発言に横から口を挟みグロリオサ中尉がそのことについて指摘する。そしてその横でフィサリス中尉は我関せずといった感じなのはいつも通りだ。
しかし、シティス中尉が上官である少佐殿に対してタメ口で話すのはさぞ異常に見えるだろう。新任達は皆ぎょっとした表情をしている。
我々の中では少佐殿の「楽にしたまえ」というのは無礼講を意味する。もちろん少佐殿にタメ口をきけるのは士官候補生学校の同期だというシティス中尉とフィサリス中尉に限るが。
それでも皆の緊張が一気に緩むのは事実だ、こんなことをしているのはきっと私たちくらいだろう。
それでも戦場ではしっかりと割り切って戦うのだから我ながらうちの大隊はすごいと思う。
「さて、シティス中尉とグロリオサ中尉の不毛な争いはさておき、本当に優しいのはフィサリス中尉だ。……ただ怒らせると一番怖いから覚悟しておけ」
「ちょっとサルヴィア。私はそんなに怖くないよ!」
大隊の空気感がわかったのか新任達の顔からは緊張はとれ、少し安堵感が浮かぶ。
さすがは少佐殿だ、新任達の緊張を拭い去るというなかなかに難しいことをいとも簡単にやってのける。あれこそが理想の上官というものだろう。
「大隊、傾注。……諸君ともう少しおしゃべりを続けていたいがそろそろ説明に入らせてもらう」
少佐殿の傾注の号令がかかるとともに先ほどまでのぬるい空気感は消し飛び、私達古参組は一斉に不動の姿勢を取る。
「新任諸君らの操縦技術なんかには書類上ではあるが目を通させてもらった。それから判断し君たちの配属は決まった。もう自分の配属される中隊及び小隊は聞いているはずだ。……では各中隊長、自己紹介を。まずは第一中隊から」
「はっ。……私が第一中隊の中隊指揮を務めるシティス中尉だ。中隊のコールサインは『スルーズ』以上」
「私は第二中隊の指揮を務めるフィサリス中尉。我が中隊のコールサインは『フリスト』詳しいことはこの後各小隊の指揮官に聞くように」
「第三中隊の指揮を務めているグロリオサ中尉だ。コールサインは『ランドグリーズ』我が中隊は地上攻撃というかなり重要な役割を担っている気を引き締めるように」
「そして私が指揮小隊、そして大隊の指揮を務めているサルヴィア少佐だ。指揮小隊のコールサインは『ブリュンヒルデ』詳しくはそうだな……。この後ストレリチア少尉に説明してもらうとしよう。初めての部下だ、大切にしろよ少尉。……いや、中尉」
新任二人に私が説明しなくてはならないのは分かった。だが今少佐殿は何とおっしゃったのだろうか? 中尉? 私が?
私が理解せぬまま少佐殿はさらに続ける。
「実は貴官の昇進を上に打診していてだな、今朝その書類が届いたんだ。……これだ」
そう言って少佐殿は持っていたクリップボードに挟んでいた封筒を手渡してくる。
封筒にはR&Hインダストリー人事部の印が押してあり、私の昇進が現実であることを伝えてくれる。
「昇進おめでとう、ストレリチア“中尉”」
「……は、はっ! ありがとうございます!」
皆に拍手で祝われる。少し恥ずかしい気もするが、やはりうれしいためについ笑顔になってしまう。
しかし昇進はうれしいがそれは同時に部下を持つという責任がのしかかってくるという事を意味する。
新しくブリュンヒルデ隊に入ってきた二人は私の後輩ではなく部下になるのだ、彼女たちの命を私が預かるという形になるという事だ。
責任は重大だ、しかしこれは少佐殿が私に中尉としてやっていけると期待してくださっているためでもある。死力を尽くしてその期待には答えなくてはならない。
「昨晩シティス、フィサリス、グロリオサの三人には話したが、彼女たちも昇進だ。今日、たった今から大尉となる。皆、うっかり中尉と呼ばないように」
少佐殿はそう言った後軍帽を脱いで口を開く。
「ではこれから各中隊で説明と中隊員の昇進の通達の後、新任の歓迎会及び昇進祝賀会を開く。第一、第二、第三中隊はそれぞれ第一、二、三ブリーフィングルームを使え。私たち指揮小隊は応接室だ。では解散」
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その後新任達に各種説明を行い、私の昇進祝いと新任達の歓迎を兼ねたパーティーを開いた。
マスコミや、私たちのファンに気にせずに大いに楽しむことができた。その日の夜私が遊び疲れてすぐに眠りに落ちたのは言うまでもない。
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以上、稲荷狐満でした!