第51話 リーヴェンブルク技術工廠
太平暦1724年 3月20日 リーヴェンブルク技術工廠
「ようこそ、サルヴィア少佐! 貴官の話はよく聞いている。最年少で叙勲したりそのほかにも——」
このリーヴェンブルク技術工廠の主任技術者だというアレクサンドル・リーピッシュ技師の長い話を聞き流しながら、「なぜ自分には休暇が無いのだろうか」とサルヴィアは自意識の中でため息をつく。
「——であるからして、私は君をテストパイロットとして採用したいと上層部に打診したわけだ。分かってくれたかね? サルヴィア少佐」
「あ、あぁ。はい、今後はテストパイロットとしてよろしくお願いします」
「あぁ! 素晴らしい‼ 若いのに意欲旺盛とは。いや、若いからこそかな?」
「え、えぇ。そうかもしれません」
ここまで話を適当に聞いてみた感じどうやらこの無駄に口数が多い博士と自分とは馬が合わないかもしれない。だがしかしこれは仕事だ、致し方ない。
その後まだ何かつらつらと話し続ける博士に連れられ、試作機のあるという格納庫へと向かう。
その格納庫に収められていたのは今まで見てきたプロペラ機とは違い機首ではなく後方にプロペラが付いている機体だった。確かエンテ翼機というのだっただろうか。
「あの、この機体は……、こちらが機首なんですよね?」
「あぁ、そうだとも。エンジンを後方に移し、空間が開いた機首に機銃を集中配備、それと同時に今までの機体ではできなかったような機動も可能にするエンジン配置だ!」
確かにエンジンを後方に移すことで機首にはスペースが開き、わざわざ翼内に機銃を入れる必要がなくなり、機銃の命中精度も向上するだろう。
それに後ろ向きにエンジンが付いているというのはジェット機と同じではないだろうか? これであれば前世での知識がいかんなく発揮できるかもしれない。
そうサルヴィアは考え、なかなかにこの博士は有能なのではないかと思った。……思っていた。
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「エンジン停止! 繰り返す、エンジン停止!」
無理な設計のためにエンジンは止まるわ、先進的過ぎる設計のために整備が困難で整備不良がよく出るわ、この機体を開発した奴は『堅実的設計』という言葉を知らないのか。とサルヴィアは心の中で罵声を浴びせかける。
「サルヴィア少佐! テストは続行する、何とかその状態から復帰したまえ!」
「無理だ! 脱出する!」
「それは許可できない! そんなことより今脱出したら君はプロペラに巻き込まれるぞ」
何たるクソ設計……! 無理に脱出しようものなら後方で未だ惰性で回っているプロペラにミンチにされるというまさに空飛ぶ棺桶という代物。
これを設計した奴はきっとパイロットのことを一切考えず自分の好きなように設計した独りよがりな博士なのだろう。
——そう、そんな博士なのだリーピッシュ博士は。
「クソッ! 博士! ではどうすればいい⁉」
「それを考え、実行するのが君の仕事だろう?」
「よくもまぁこんな空飛ぶ棺桶を作ってくれたな!」
「なんだと!? これは先進的で革新的な戦闘機なのだ! その発言を取り消し給え!」
「その発言は取り消さないが、こちらで何とかやる! せいぜい祈っていてくれ!」
サルヴィアとしてはこのいかれた博士と可能な限り口論して可能なら腰の拳銃でその脳天に風穴開けてやりたい気分ではあるが、今はこの状況から抜け出さねばならない。
まずはエンジンの再始動を試みる。残念ながらエンジンは動いてはくれない。
次に某映画のように叩いてみる。思い切り握りこぶしで叩いてみるがエンジンからの返事はない。
「おい! 今の音は何だねサルヴィア少佐⁉」
「このポンコツを殴れば動くかなとおもってやっただけです」
「殴ったのかね⁉ 私の愛しの戦闘機を⁉ 謝りたまえ! 私と、その機体に!」
エンジンからの返事はなかったが下にいるイカレ博士からのやかましい返事はあった。だが、欲しいのはこれではない。
そして最後に燃料の濃度を調整する。これで何とかならなければ垂直に上昇して失速したところで脱出するという曲芸をしなくてはならないだろう。
燃料の濃度を調節するバルブを回し燃料濃度を調節していく。そして最後の望みをかけてエンジンを再点火する。
エンジンからは轟音が鳴り響き再度プロペラは回り出す。——成功だ。
「エンジンの再点火を確認。繰り返す、エンジンの再点火を確認」
無線機越しに地上の観測要員たちの安堵の声が聞こえる。
「よろしい! では試験を続行したまえサルヴィア少佐」
「お言葉ですが博士、このポンコツは一度着陸し、再度整備と調節を行った方がよいかと思います」
「わかった。……だが! ポンコツとはなんだ⁉ この戦闘機は革新的な——」
また始まったイカレ博士の無駄な言葉を聞き流しサルヴィアは滑走路へと向かう。
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格納庫で整備士達を眺めながら「彼女らも大変だな」と思いながら格納庫脇に座る。
そんな風景を眺めていると一人の整備士が博士と口論している。
「ですから、そのやり方ですと!」
「いや! 私の設計に間違いはない! マニュアル通り整備したまえ!」
どうやら何かあの整備士には改善するべき点が思い当たるらしい。
口論が終わった整備士にサルヴィアは近づき声を掛ける。
「なぁ、先ほどはあのイカレ博士と何を話していたんだ?」
「これはサルヴィア少佐。はい、この戦闘機の設計は確かに革新的なんです。しかし堅実さがない。私はエンジンの燃料供給のあたりを弄るとよくなると思うんですけど、如何せんあの博士は頭が固すぎる」
「なるほど、確かに今回の飛行でも燃料系を弄ったらエンジンが再始動したな」
「やはりそうでしたか……」
どうやらこの整備士はこの優秀なポンコツを改善する策を持っているようだった。
「君、名前は?」
「はっ! ソリーデ・マルティア技術少尉です」
「ではソリーデ少尉、私が許可する。あのポンコツを好きなように弄れ。ただバレないようにしてくれよ」
「いいんでしょうか?」
「下手をすると私はこの優秀なポンコツに殺されかねない。そこであのイカレ博士より冷静な君の判断を尊重する。何かあれば私が責任を取る。存分に弄り給え」
「……了解しました! 整備士の意地にかけてあの機体を何とかします!」
サルヴィアは彼女の思うがままに整備させる。実際あのイカレ博士よりはまともに飛べる航空機にしてくれることだろう。
これで翌日の飛行は少しマシになることだろう。そう願いながらサルヴィアは休息をとるべく自室へと足を向けた。
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