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第50話 第201特別大隊解体

 フィリアノス要塞攻略戦から数週間後、大隊名簿に空きがあるままサルヴィア達は出撃を繰り返しながらも一切の死者も出さず制空戦などをこなしていた。


「少佐、今日も皆無事に帰還できましたね」


「あぁ、毎日の出撃は少々きついが我儘も言ってられない。要塞攻略戦のような任務に駆り出されるよりはマシだな」


「ですね……」


 パイロットスーツのファスナーを緩めながらストレリチア少尉と話しながら宿舎に戻っていると前から見慣れない顔の将校がこちらに向かってくる。

 方の階級章から判断するに大佐のようだ。二人で姿勢を正し、敬礼する。相手の大佐は軽く敬礼を返し、口を開く。


「貴官がサルヴィア少佐だな?」


「はっ、サルヴィア少佐であります。大佐殿、小官に御用でしょうか?」


「私はエーリカ大佐だ。貴官に……、正確には貴官の大隊に用があってな。まずは先のフィリアノス要塞攻略戦、見事だった」


「はっ、ありがとうございます。しかしあの成果は我々だけのものではありません。あの地獄に参加していた全将兵の成果であります」


 あの作戦が無茶で上層部の無能さを言葉の裏に隠して嫌味ったらしく言う。あの作戦は文字通り地獄だった、それも入念な準備があればもっとマシになっていたであろう地獄だ。このくらいの嫌味は許されるだろう。


「実に謙虚だな、あれは第201特別大隊が決め手になったのは事実だ。それはそれとしてあの作戦は確かに無理があった。私としても上の意向を疑ったものだよ」


「そうでありますか、私としてはコメントを控えさせてもらいます。もしかしたら上層の琴線(きんせん)に触るかもしれないので」


「ハハハッ、貴官はなかなかに辛辣だな。……冗談はさておき今日はこれを渡しに来たんだ」


 そう言ってエーリカ大佐はある茶封筒を手渡してくる。ご丁寧にも参謀本部の印が押してある。


「ヴァレリア少将からでしょうか?」


「あぁ、そうだ。自室で一人で見てくれ」


「了解しました」


「ではな、少しは貴官らも息抜きができると良いな」


 そう言ってエーリカ大佐は帰っていく。どうやら本当にこれを渡しに来ただけのようだ。大佐クラスが書類を渡すためだけにやってくる。実に怪しい。



 自室に一人、一度深呼吸をして茶封筒を開封する。大佐クラスがわざわざ届けに来るほどの重要書類、いかなるものかとサルヴィアは警戒する。


 取り出した書類には、

『サルヴィア少佐、以下第201特別大隊各員はシュタイン・シュタット空軍基地に移動するように。また、サルヴィア少佐は到着後ただちに参謀本部ヴァレリア・ミハイロヴナ・エメリアノヴァ少将の元まで出頭するように』

と書いてあった。


 シュタイン・シュタット空軍基地への移動命令はなんとなくわかる。おそらく補充要員などが配属されるのだろう。


 しかし、自分の参謀本部、それもヴァレリア少将のところへの出頭とは何なのだろうか? 特に何かマズいことをした記憶はない。


 サルヴィアは考えに考えるが思い当たる節が一切ない。一度コーヒーを啜りながら自分の行動を振り返っても特に何も思い当たらず、サルヴィアは考えることを止め、眠った。



「諸君、喜べ! 我々は本日シュタイン・シュタット空軍基地に移動となった。私はともかく諸君らには少しばかりの自由時間も与えられるかもしれない。期待しすぎない程度に待っていろ!」


「「「「「いぇーい!」」」」」


 彼女らが歓声を上げるのも無理もない。シュタイン・シュタットはいわば首都のようなところであり、前線では考えられない程の大都会だ。


 死ぬほどマズいレーションと、代用コーヒー、香りの無い渋いだけのお湯と化した紅茶だけしかない前線とは違い、美味い食べ物に、おしゃれなカフェまである。年頃の女子にはたまらない物だろう。


「存分に楽しんでもらってもいいが、あまり羽目を外さないようにしろよ」


「「「「「了解!」」」」」



 第201特別大隊の皆が都会で楽しんでいるなか、サルヴィアはビシリと士官服を着こなし、胃に大穴が開く感覚を味わいながら参謀本部の廊下を歩く。


 『ヴァレリア・ミハイロヴナ・エメリアノヴァ』と書かれた銘板が張り付けられた重厚な木の扉を三回ノックし、サルヴィアは扉を開ける。


「サルヴィア少佐、ヴァレリア・ミハイロヴナ・エメリアノヴァ少将閣下の召還に応じ出頭いたしました!」


「あぁ、遠路はるばるご苦労。それにさきの要塞攻略戦、見事であったぞ」


「はっ! 過分な評価ありがとうございます!」


「本当は茶でも出してもてなしてやりたいのだが、如何せん私も時間が無くてな、単刀直入に話す。……第201特別大隊は解体だ」


「はっ! ……はっ?」


 サルヴィアは思わず聞き返す。それもそうだ、自分が手塩にかけ、ここまで育て上げてきた精鋭たちを急遽取り上げると言われているのだ。


「それに伴い貴官は第201特別大隊指揮官の任を解き、空軍技術工廠にテストパイロットとして配属となる」


「せ、僭越ながら、第201特別大隊は私の手塩にかけた大隊です。急に解体というのはあんまりです!」


「まぁ、そう急ぐな。解体はするがこれは解体という名の休暇だ。いささか貴官らは有名になりすぎた。貴官らが何と呼ばれているか知っているか?」


「いえ、後方のことにはなにぶん疎いもので」


「貴官らは天翔ける戦女神、『ヴァルキリー大隊』と呼ばれ一躍有名になっているんだ」


「なるほど、それが休暇と何の関係が?」


「まぁ、いわばマスコットになってもらう。貴官がテストパイロットとして新型機のテストをしている間、補充要員の訓練及び休暇という事でマスコミの取材なんかに答えてもらうつもりだ。そして新型機のテストが終わり次第貴官は『ヴァルキリー大隊』の指揮官として原隊復帰してもらう」


 なるほど、どうやら上層部は第201特別大隊をプロパガンダ用のマスコットに仕立て上げたいようだ。そして、その後もヴァルキリー大隊として英雄部隊に仕立て上げるつもりらしい。


「なるほど、了解しました」


「貴官の部下たちにはエーリカ大佐を通してこのことは伝えてある。それと訓練にはアグレッサー部隊のマーガレット中佐をあてる。練度が落ちることは決してないだろう。安心し給え。ではサルヴィア少佐、至急リーヴェンブルク技術工廠へ向かえ」


「了解いたしました」


「あぁ、待ってくれ少佐。もう一つ聞きたいことがあった」


「なんでしょうか?」


「特別に番号が割り当てられるそうだ。大隊の部隊番号は何がいい? 300以上で三桁であれば何でもいいぞ」


「ではそうですね……。第666戦術特別航空大隊『ヴァルキリー』でお願いします」


 666……、前世では神を侮辱し、悪魔を崇拝すると言われていた数字だ。ある意味、神に最も見放され、悪魔に最も愛されているサルヴィア達にふさわしい数字だ。


「了解した、第666特別大隊ヴァルキリーか……。いい響きだな。ではもう行ってもいいぞ」


「はっ、了解しました」


 斯くして、サルヴィアはテストパイロットとして技術工廠へと向かう。

読んでいただきありがとうございました。

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