第49話 弔銃
サルヴィアを先頭に第201特別大隊の面々は自分たちを英雄だ、本物の戦乙女だともてはやす声の中、誰も一人として一言も発することなく基地の端、先ほど激戦を繰り広げた方角へ向かう。
あまりの異様な雰囲気に周囲からのもてはやす声は次第に小さくなっていきあたりを静寂が支配する。
そんな中サルヴィアは立ち止まり、それに応じて大隊の面々も一列横隊でサルヴィアの後ろに並ぶ。
斜陽が差し込む黄昏時にサルヴィアはゆっくりと口を開く。
「本日我々は勝利した、だがその勝利の影に多大なる犠牲があったことを忘れてはならない。指揮小隊、フィリア少尉、ロベルタ少尉。第一中隊、アミアン少尉、アリア少尉、カタリア少尉、ベルン少尉、マルティア少尉。第二中隊、ストルゲン少尉。第三中隊、アルヒルデ少尉。……貴官らの犠牲の上に私たちは生きている」
死者は九人、あの激戦、それも雷神率いるエースパイロット部隊との不意遭遇戦を切り抜けた上での損害だ。普通の人間ならばその程度の被害で済んだことを喜ぶのかもしれない、褒めたたえるのかもしれない。
しかし、サルヴィアは唇を血が出んばかりに噛み締め涙を流す、——悔し涙だ。
失われた九人、それはただのパイロットではなかった。皆が皆アグレッサー部隊と対等に渡り合えるほどの猛者であった、そこまで手塩にかけ育て上げてきた大切な部下たちであった。
それを、そんな精鋭たちを、あろうことか初陣で九人も失ったのだ。
涙を飲み、サルヴィアは震える口で再度言葉を編む。
「諸君らは精鋭であった。実際、雷神どもが来る前の損害はほぼ皆無に等しかった。だが戦場は残酷だ、そんな諸君らでさえ簡単に殺してしまった……。私は約束しよう。これから、この残酷な世界において、諸君らに恥じぬ栄光を捧げると」
そう言ってサルヴィアは手を挙げる。それにこたえるかのように各中隊長がライフルを天に向け構える。そしてサルヴィアが手を下すとともに放たれるのは三発の空砲。弔銃。死んでしまった戦友に送る空を切り裂かんばかりの音。
「我々を置いて先に逝った戦友に、姉妹に、総員敬礼!」
サルヴィアの掛け声に合わせ一斉に敬礼する。中には肩を震わせていたり、嗚咽を零している者もいるが誰もそれを咎めない。咎めることはできない。なにせ、自分もそうなのだから。
額に付けた手を下ろし、サルヴィアはその場で回れ右をして残った第201特別大隊の面々に向き直る。
「諸君、今は泣け。今ばかりは私もそしてこの基地の誰もそれを咎めまい。だがしかし明日からは泣くな! 私達にはそれが許されない。神は私たちにこう言うであろう『泣いてる暇があれば戦え』と。そう言われる前に私たちは戦う。神の仕事を奪え! 奴は我々を戦わせることしかできないだけの存在だ! であるならその唯一の仕事すら奪い、奴の存在意義そのものを奪ってやれ!」
「「「「「はっ!」」」」」
この世界では神は絶対不可侵の神聖な存在。このような物言いは決して許されるものではないだろう。しかし、この戦場にいる誰もがこう思っているだろう。「神なんぞクソくらえ」と。
故にあえてサルヴィアは皆の言葉を代弁する。それが残された我々にできる最高の手向けなのだから。
「諸君! これから祝勝会だ! まだ散った我らが戦友たちもヴァルハラには逝っていないだろう、皆がそろっているのだ。今日は大いに飲み、喰い、笑い、そして泣け! 食料は大隊金庫から調達するなり、他の部隊の物におごってもらうなりして集めるぞ! 総員、仕事にかかれ!」
「「「「「了解!」」」」」
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そこからは皆で食料や飲み物を集めた。ある大隊長からは本物のソーセージとソースを、ある者からは前線ではめったに手に入らない炭酸飲料を、そして基地司令からは会場の使用権と、これまた前線めったに手に入らない果物ジュースなんかをもらった。
大隊員の中には有り金をすべてはたいて酒保から大量のチョコレートなんかを買ってきた者もいた。
祝勝会の会場となった簡易食堂には第201特別大隊以外にも多くの者が集まり、中には基地司令や、司令部の人間まで来ていた。
そんな大勢が集まる中、基地司令から開会の演説をするよう言われサルヴィアは椅子に立って口を開く。
「我々は今日、勝利し、フィリアノス要塞を落とした。だがしかしその勝利は我らの同胞の多くの犠牲の上に成り立っていることを忘れてはならない。だがしかし、そんな彼らもまだヴァルハラには逝っていないだろう。だから今日は全員でこの勝利を祝う! 散っていった戦友諸君に、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
ある者は大いに笑い、ある者は大いに泣き、またある者は肩を組み歌った。大いに食べ、大いに飲み、大いに笑い、大いに泣く。
混沌とした状況ではあるがこれでいいのである。それほどまでに今回は多くの仲間が死に、大きな勝利を手にした。
そんな騒がしい中、サルヴィアはストレリチア少尉に歩み寄り声を掛ける。
「少尉、その……フィリア少尉のことは残念だった。私にもう少し力があれば彼女を救えていたのかもしれない。彼女だけではない、他の散っていった仲間たちもあるいは……」
「少佐、お止めください。貴女は責務を果たしました。現にこの場に皆が立てているのは少佐のお力あってこそです。私自身、少佐の警告が無ければフィリアと一緒に墜ちていたのかもしれません」
「それはちが……。いや、そうか、そう思ってくれるのならば私は幾分救われる。相変らず貴官は優しいな」
そう言ってサルヴィアはにっこりとストレリチア少尉に笑いかける。
「わ、私は優しくなんかはありません! そ、そんなことより、少佐殿はちゃんと食べておられますか? 本物のソーセージとかここではめったに食べれない代物ですよ!」
ニコニコと笑いながらソーセージを頬張るストレリチア少尉を見てサルヴィアは彼女の強さを改めて実感する。
「そうだな、折角だ私も食べねばな!」
そうしてフィリアノス要塞攻防戦祝勝会は夜遅くまで続いた。
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