第46話 フィリアノス要塞攻略戦 4
斜め上方から敵機に機銃掃射を浴びせかけ離脱する。サルヴィア少佐のように凄腕なら格闘戦もできるのかもしれないけれど、運動性能は舩坂産の戦闘機の方が上。
私たちのアドバンテージは火力とエンジン性能。
このアドバンテージに気づけなかったり、忘れてしまった者から死んでいく。この大空と言う世界は美しい反面、恐ろしく残酷だ。そんな世界で私は生きて飛んでいる。
決して私に実力があって生きているとかではない。少佐殿のおかげで生きれているのだ。あと、少しの運だろうか。私達第201特別大隊は今のところ死人は出ていない。異常だと言える。これも少佐殿の指揮の賜物だろう。
ただ今回の作戦は分からない。援軍は何故だかまだ来ないし、事前の説明と違い敵も多い。おそらく大隊の名簿から誰かしら消えることだろう。それは名も知らぬ他の仲間かもしれないし、友人のフィリア、……もしかしたら私かもしれない。
そんなことを考えていると無線機からフィリアの声が響く。
『ブリュンヒルデ02! ブレイク! ブレイク!』
その声に弾かれたように私は操縦桿を倒す。横目に敵の曳光弾がすり抜けていくのが見える。とっさに後ろを向くとニヤリと笑う敵パイロットと目が合う。
あぁ、ここが死に場所か。と思っていると敵機のコックピットが内側から朱に染まり敵はクルクルと墜ちていく。
『おい、ブリュンヒルデ02。大丈夫か?』
「え? あ、あぁ。はい、大丈夫です少佐」
『そうか、長期戦で疲れているのは分かる。だがあと少しの辛抱だ、気をしっかり保て』
「りょ、了解!」
また……、また少佐殿に助けていただいた。彼女が居なければ今頃私は何回死んでいるのだろうか? 今の私は十五歳、と言っても孤児のため、一月一日が誕生日となっているため約十五歳と言うのが正しいだろうが、
それに対してサルヴィア少佐はまだ十二歳だというのにこの落ち着き様、この練度、そして精神年齢の高さ、どれをとっても異常だ。だがそんな少佐殿に私は何度も命を救われている。
自分の方が年上なのにもかかわらず、少佐殿のお力になれない悔しさと、この歳で並みの少佐クラスよりも素晴らしい上官っぷりを見せるサルヴィア少佐への畏敬の念が私の心を満たし、何とも言えない複雑な心境になる。
「少佐、ありがとうございました。助かりました」
『あぁ、気にするな。私と貴官は僚機だろう? それに、おかげで私のスコアはまた一つ伸びた。……はぁ、私の身長もスコアと共に伸びてくれると良いのだがなぁ』
失態を犯した私を助けておきながら、私が気にしないようにフォローを入れ、大隊の士気を保つようにジョークまで挟むという余裕っぷり。
これほどまでに頼もしい上官がこの世にいるだろうか、いや、いないだろう。
私は自分の幸運をたいして信じていない神に感謝する。と言っても形がない神よりも神にふさわしい方がいるのだ。自分でも呆れるほどに私は少佐殿を尊敬している。もはや崇拝しているといってもいい。
そんな少佐殿のお役に立てるよう、私は気を引き締め、操縦桿を握り直し、次の獲物を探す。
友軍機の背後を追うのに必死な敵機を見つけ、そちらに機首を向ける。相手は完全にこちらに気づいておらず、照準器の中に敵機が収まると同時に私は機銃の発射トリガーを引き、敵機を墜とす。
「こちらブリュンヒルデ02。敵機撃墜」
『私も見ていたが見事だった。敵を見定める目を手に入れたな少尉』
「あっ、ありがとうございます!」
『だがまだ私の今日の撃墜スコアを超えてはいないな。これは今日のコーヒーを手にするものは誰も居ないんじゃないか?』
『こちらランドグリーズ01、私たちを忘れてもらっては困ります! 少佐のブリュンヒルデ隊とスルーズ隊のおかげで敵に隙が出来ました。これより爆撃を敢行します!』
『ブリュンヒルデ01了解。貴官らの活躍には期待しているが無理はするなよ』
『了解! ……ランドグリーズ各員! 行くぞ!』
『『了解!』』
グロリオサ中尉の掛け声とともにランドグリーズ隊が少なくなった敵機の合間を縫って急降下していく。しかし、敵も地上用の機関銃や、榴弾砲、対戦車砲なんかを無理やり上に向けて撃っている。
そして運悪く、ランドグリーズ隊の内の一機が大砲から放たれた弾に当たりはじけ飛ぶ。
しかし、残ったランドグリーズ隊は爆弾を投下、見事に滑走路に大穴を開ける。流石は五〇〇キロ爆弾だ、今までの二五〇キロ爆弾とはわけが違う。
その上、まだランドグリーズ隊は翼下にあと二発二五〇キロ爆弾を残している。そしてそれぞれ飛行場と要塞上部の対空陣地及び砲兵陣地に投下、見事命中させる。
『ブリュンヒルデ01よりランドグリーズ隊。よくやってくれた。後は私たちが片を付ける。被害が大きい者は帰還し、残りは塹壕陣地の歩兵に機銃掃射でも浴びせてやれ』
『了解! 中隊各員、これから余力のあるものでランドグリーズ11の弔い合戦だ。奴らをひき肉に変えてやるぞ!』
『『了解!』』
そうして被弾し帰還する者を除いたランドグリーズ隊は塹壕に籠る生身の人間に対し機銃掃射を行い、塹壕を血煙で赤く染める。
何度見ても歩兵への機銃掃射はあまり心地いいものではない。しかし以前そのことについて当時まだ少尉だったサルヴィア少佐に抗議したことがある。
そしてそこで本当はサルヴィア少佐も望んでこんな残酷な機銃掃射をしているわけではないと知った。味方を、大切な友人を、守るためにこのようなことをなされているのだと。
眼下で行われている残虐行為に目を背けるように私はフィリアに無線をかける。
「こちらブリュンヒルデ02。04、今日の私の撃墜数は五機だよ」
『私は三機。また負けたわ、でも残念ながら二人とも少佐には及ばなかったみたいね』
少しの優越感と、作戦を終えた気のゆるみから思わず頬が緩む。やはり持つべきは友人だ。こんな地獄の中でも笑顔にさせてくれるのだから。
そうやって気が緩んでいるところに少佐の叫びが響く。
『ブリュンヒルデ04! 回避しろ!』
『えっ?』
フィリアの気の抜けた返事とほぼ同時にフィリアの機体に曳光弾が突き刺さっていき、あっという間に火だるまになる。
『クソッ! 04! 脱出しろ!』
『あっ、開かないッ! キャノピーが歪んで開かない! 熱い熱い熱い! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! まだ、まだ死にたくないぃ!』
「フィリア! 脱出して! 早く!」
『02! 回避しろ! 貴官も狙われている!』
少佐の二度目の叫びに私は操縦桿を捻り何とか回避する。機体を掠める曳光弾を横目に私は必死にフィリアに呼びかける。
「早く! 脱出して! 早く!」
しかし帰ってくるのはフィリアの悲鳴だけだった。
『開かないのッ! 開け! このっ! 開いてッ、開いてよ! 嫌だ、嫌——』
フィリアの機体は炎に包まれたまま地面に吸い込まれ、爆炎とともに散った。
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