第36話 展示飛行
——太平暦1724年 2月1日 シュタイン・シュタット演習場
「大尉、本当にたった二ヶ月で訓練は終わったのかね?」
ミリア少将がサルヴィアに尋ねる。未だに疑っている点はあるようだ。
「はい。小官は彼女らが実戦に耐え得るものだと確信しております。それにアグレッサー部隊との演習もあり、当初想定していたよりも高い練度を誇っております」
「そうか、ならば今からその高い練度とやらを見せてもらおう」
「了解いたしました。まずお見せするのは大隊全員での編隊飛行です」
サルヴィアがそう言うと、左側から大隊が綺麗な編隊を組んで侵入してくる。
我が大隊ながら実に綿密で綺麗な編隊だ。とサルヴィアは頬をほころばせる。
「編隊は実に綺麗だな。かなり近くに寄ってほとんど崩れない。素晴らしい。しかし大尉、我々はパレード大隊を欲しているのではないぞ。確かに綺麗に編隊を組めるというのは練度の高さを示す指標足りえるがもっと実戦的なものを見せてほしい」
「了解しました。では、少将閣下、あちらにトラックを用意しております。双眼鏡でご覧になってください」
「あぁ、……見えた。だがあのトラックがなんだ? まさかあれに爆弾を当てるとかではないだろうな? 一番最初に爆弾を試験運用した試験飛行隊の者ですら五メートル四方の的で命中率は三割ほどだ、あのトラックの小ささであれば一発当たればいい方だ」
「そうですか……、では今から第三中隊による模擬爆弾の急降下爆撃を行います」
サルヴィアはそう言った後無線機越しに「攻撃開始」と命令する。
第三中隊はグロリオサ中尉の一番機を筆頭に次々急降下していく。急降下時の独特なエンジン音とともに機体は降下していき、やがて適正高度より低い位置で爆弾を投下する。
ヒューッという風切り音とともに十六発の爆弾は落下していき、トラックが土煙で覆われる。
「か、かなり至近弾だったようだが、いつもあんな調子なのかね?」
「はい。いつも通りです。では、結果を見に行きましょう」
そう言ってサルヴィアは車を手配する。ミリア少将とサルヴィアはそれに乗り込み、運転手にトラックの付近まで行くよう指示する。
トラックの近くに車を止め、下車したミリア少将は絶句する。
なにせトラックはぼこぼこにへこみ、原形をとどめておらず、模擬爆弾はトラック本体に十発も突き刺さっており、外れている他六発もかなり近いところに命中しているからだ。
いちばん外れている爆弾でもせいぜいトラックから二メートル程しか離れていない。試験飛行隊よりも桁外れの命中精度である。
「サ、サルヴィア大尉。ほんとにいつもこんな命中精度なのか?」
「はい。いつも通りです」
「だ、だが貴官の大隊は戦闘機中隊も有していたな? そちらの方はどうなのかね?」
「そちらの件に関しましては先のアグレッサー部隊との演習記録映像が残っております。ご覧になられますか?」
「あ、あぁ。頼む」
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——同年同日 同所・映写室
プロジェクターから映し出されるのはどれも驚愕の一言しかない映像ばかりだった。私、ミリア・ユニヴァジテート・ブーゲンビリアは軍についてもう十数年になるがこのような空戦は見たことがない。
これがアグレッサー部隊同士の演習であればまだわかる。がしかし、実際は片方、それも優勢な方がまだ編成一か月半ほどの新編大隊なのだ。
いくらハンデとしてアグレッサー部隊が二個中隊で相手しているといっても、これは異常だ。なんせアグレッサー部隊とはエースパイロットのみをかき集めた精鋭中の精鋭なのだから。
それを相手に善戦どころか、勝利すらしてしまう。間違いない、このサルヴィア大尉はかなりの逸材だ。未だかつてたった二ヶ月でこれほどまでに強い大隊を作り上げるものがいただろうか? いや、いない。そしてこの先もいないだろう。
マーガレットの推薦も時からもかなり目はつけていたがまさかこれほどとは……。
これならば、あるいはこの停滞した戦局を動かすカギになるかもしれない。
そうしてミリアはサルヴィアに向き直り口を開く。
「第201戦術特別航空大隊の訓練終了と、実戦配備を認める。よくこの短期間でこれほどまでの精鋭を育て上げた」
「はっ! ありがとうございます!」
「では第201特別大隊は参謀本部直轄の部隊として戦闘に参加してもらう。ちなみに配属はヴァレリア・ミハイロヴナ・エメリアノヴァ少将だ」
「はっ! 了解しました!」
「それと大隊を指揮するにあたり、貴官は少佐へと昇進となる。昇進おめでとう少佐」
「……はっ! ありがとうございます!」
どうやらこの異例の若さ、いや幼さでの少佐への昇進にサルヴィア少佐は微塵も驚いていないようだ。自分の実力は自分が一番分かっているという事だろうか? だが実際に彼女は少佐に見合うだけの才能を持っている。
これで彼女を普通に昇進の適正年齢まで腐らせるのはあまりに愚策。少しは人事部にも凝り固まっていないまともな人間もいるらしい。
出来れば私自身で彼女を指揮下に戦わせてみたかったが致し方ない。私はまだ空軍大学で教鞭をとらねばならないのだ。だがいずれ前線に復帰する日も来るだろう。その時は彼女の大隊を指揮してみたいものだ……。
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自室に帰り一人になったサルヴィアは部屋の周りに誰もいないことを確認すると声に出して叫ぶ。
「何で⁉ もうこの歳で少佐⁉ 若すぎ、というか幼すぎ! 人事部の連中は何考えてんだ⁉ ……あぁでも大隊指揮にあたっての昇進だって言われていたっけ? ならこの特別大隊が編成されることが決まった頃には少佐への昇進も決まっていたのだろうか? いやでも、クレマチス中尉は中尉でも中隊長だったし、たしかその上の大隊長も大尉だったはず。……なら自分は参謀本部直属だから少佐なのか? ますますわからん。……でもとりあえず今は昇進を喜ぶとしよう!」
そうしてサルヴィアは本物のコーヒーとチョコレートを堪能し自身の昇進を一人で祝った。
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