第28話 第201戦術特別航空大隊
————太平暦1723年 10月21日 空軍大学
授業の終了を告げるチャイムが鳴り響き教官が本日の講義がここまでであることを告げ、サルヴィア含めた学生は敬礼をしたのち解散となる。
皆それぞれ筆記具などを片付け、昼食を摂るべくある者は食堂へ、ある者は郊外へと向かう。
サルヴィアも昼食を摂るべく食堂へ向かう。そんなサルヴィアの背後から声をかけるものが一人いた。
「ねぇ、サルヴィア。今日も食堂に行くの?」
ガブリエラ中尉、サルヴィアと同じ講義をとっている同期であり、サルヴィアにとって空軍大学内の中での数少ない友人の一人だ。
「ん? あぁ、一応次の講義までは時間があるから外で食べようかなとも考えていたんだけどわざわざ一人で外食するのもなんか、ね」
「じゃあさ、私も一緒に行くから外で食べない? この前駅前に良い感じのレストラン見つけてさ。そこで——」
ガブリエラ中尉が話しているのを遮るように校内放送がかかる。
『サルヴィア中尉、サルヴィア中尉。至急ミリア少将の部屋に向かうように。繰り返します。サルヴィア中尉は至急ミリア少将の部屋に向かうように。以上』
どうやらガブリエラ中尉との楽しい昼食はお預けになってしまったようだ。すこし残念ではあるがまたいつか行けばいいか。とサルヴィアはガブリエラ中尉に断りを入れる。
「……申し訳ない。ミリア少将の部屋に行かなきゃいけないみたいだ。ごめんけど駅前のレストランは今度でいいかな?」
「もちろん! それより、早く行った方がいいんじゃない? ミリア少将の部屋に呼ばれるなんてかなり大事なことに違いないよ!」
「そうだね、じゃ、行ってくる」
そう言ってサルヴィアはミリア少将の部屋に速足で向かいながら考える。
自分は何かしてしまったのだろうか? レポートの件はとっくに終わったんじゃなかったのか? と。
ミリア少将の部屋の前に立ち、一度身だしなみを確認する。そして大丈夫だと分かると一回深呼吸して扉をノックする。
中から「入れ」という声が聞こえ扉を開け、サルヴィアは口を開く。
「サルヴィア中尉、ミリア少将閣下の呼び出しに応じ参りました」
「あぁ、入ってくれ」
「はっ!」
ミリア少将の雰囲気からどうやら怒ってはないようだ。それを感じ取りサルヴィアは安堵すると同時にもしかしたら何か自分の出世につながるようなことがあるかもしれないと気を引き締めなおす。
「中尉、そんなに緊張しなくてもいい。楽にしてくれ。」
「はっ!」
自分よりも圧倒的に階級が高い者から楽にしろと言われ素直に楽にできる者がいるだろうか。いや、いない。
故にサルヴィアは形式上休めの姿勢をとる。
「……今日中尉を呼んだのは少し貴官の意見が欲しくてだな、率直に聞こう。貴官は仮に航空機で大隊を組む際どのように組む?」
「……どのように組むか、という事は戦闘機大隊のみではないという仮定で考えてもよろしいのでしょうか?」
「あぁ。具体的には貴官が提唱した爆撃機と攻撃機、そして戦闘機、偵察機などだな。大隊の総機数は約五十機ほどにしてくれ」
「了解しました。少々お時間をいただいてもよろしいですか?」
「もちろん、じっくり考えてくれたまえ」
今のR&Hインダストリーにおける航空機の編成は航空大隊が最大、つまりどれほど多くても五十機程度という事になる。しかしそれでは指揮系統が分散し単一目標に対する攻撃の際に機種、役割の違いから混乱が生じかねない。
まずは大隊以上の部隊単位——航空師団がいる。そして一個航空師団は三個飛行大隊と一個支援小隊から構成し、一個航空大隊は三個航空中隊と一個支援小隊、一個航空中隊は四個飛行小隊十六機で構成しよう。
しかしそれでは汎用性に欠けてしまう。……そこを補うために特別な部隊が必要かもしれない。
よし、それでいこう。
「小官が考えるに一個航空大隊は三個航空中隊と一個支援小隊、一個航空中隊は四個飛行小隊十六機で構成するのがよろしいかと思います、つまり一個小隊を四機編成にいたします」
「ん? 今までは一個航空大隊は四個中隊、計四十八機だったがそれを先ほど言ったように変えるメリットは?」
「はい、まず小隊単位ですが私が前線にいた時、僚機のうち一機を失っておりまして、その際小隊は最後まで補充要員が来ず二機編成だったのですが三機編成でなくても二機もいれば互いを十分に援護できます。そして二機編成を最小単位、分隊とすることで一個小隊でもさらに分隊同士で互いをカバーできると考えております」
「なるほど、小隊の件は確かにわかった。だが一個大隊を構成する内の一個支援小隊とは何をするんだ?」
「支援小隊は主に支援機、つまり偵察機で構成された小隊になります。大隊に先んじて偵察し敵航空部隊を発見することが主な仕事です。ただ、地上支援としての弾着観測任務も行えればなおいいものかと考えております」
「ではあとはそれが戦闘機大隊、爆撃機大隊、攻撃機大隊と機種を変えればいいわけだな?」
「いえ、そこで小官は恐れながら一つ提案がございます」
「む? 何だ? 遠慮はいらん、言ってみろ」
「はっ。戦闘機大隊、爆撃機大隊、攻撃機大隊などではなくさらにもう一つ上の部隊単位——航空師団を提唱いたします」
「航空師団? 何故わざわざ規模を大きくするんだ?」
「はい、今後爆撃機と攻撃機による部隊編成を行う際、機種の違いから指揮に混乱が生じる可能性があります。それに地上支援を行うという事は単一の大型目標を攻撃する機会も出てきます。そこで指揮系統がバラバラであるとさらに指揮に影響が出かねません。故に小官は航空師団を提唱いたします。しかし小官の提案する編成にも欠点がございます」
「ふむ……、汎用性か?」
「はい、おっしゃる通りです。この編成ですとかなり偏った部隊ができます」
「なるほど、続けてくれ」
「そこで、良い意味で器用貧乏な部隊を、どんな任務もこなせるような部隊を作り、各地で転戦させます。そしてこの部隊は自由に動けるというのが強みです。故に既存の指揮系統とは違わせた方がよろしいでしょう」
「つまり別系統の指揮系統を持つ、参謀本部直属なんかの部隊を作るというわけか」
「まさにその通りでございます」
「なるほど、実に面白い。では部隊の規模はどのくらいが妥当かね?」
「はい、ある程度自由度を保ちつつ、一個部隊でも戦闘力が確保できるとしますと、……大隊、一個増強大隊くらいが妥当かと思われます」
「なるほど、素晴らしい意見だ。……よろしい、ではそれを論文にして提出してくれるか? この際、卒業論文はそれでもいい」
「了解しました。期日なんかはありますか?」
「可能な限り早い方が助かるが、どれくらいでまとめられそうかね?」
「そうですね……、一週間ほどいただけますか?」
「一週間でいいのか? まぁ早ければ早いほどいいが……、では一週間以内で仕上げてきてくれ。折角の昼休みにすまなかったな」
「いえ、お気になさらないでください。……では失礼します」
そう言ってサルヴィアはミリア少将の部屋を出る。何とも緊張する時間だった。だがしかし卒業論文の題材も決まった。論文の内容もある程度頭の中で構成はできている。後は文に起こすだけだ。
そう考えサルヴィアは速足で図書館へと向かう。無論、論文を書き上げるためだ。昼食を摂りに行ってもいいが、むしろこの構想が残っているうちに大まかに文にしておきたい。
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——同年 10月27日 同所
予定より一日早くサルヴィアはミリア少将の部屋に書きあがった論文を提出に行く。夢中になりすぎて徹夜してしまう日もあったがそこは若さに物を言わせて何とかした。前世のアラサーのおっさんの身体だったら早々にダウンしていただろう。
入室許可を求め入室し、ミリア少将に出来上がった論文を手渡す。パラパラと簡単に見た後満足げにミリア少将は頷き、サルヴィアに言う。
「ご苦労様だった。パッと見た感じいい出来のようだが、この量を六日で仕上げるのはなかなか大変だっただろう? 徹夜までしたんじゃないのか?」
「はい、夢中になり徹夜する日もありましたがそこは若さでカバーしました」
「ハハハッ! 若さでカバーか、いや、若いというのはいいな。貴官がうらやましい」
確かに若さでカバーしたのも大きいがどちらかというと前世の社畜時代のおかげでこのような作業には慣れていたというのも大きい。
「ではこの論文は読ませてもらう。貴官には期待しているぞ、——中尉」
「? はい、ありがとうございます。失礼します」
期待? 何だろうか? それにやけに中尉という点を強調しているようにも感じられる。まぁしかし、これで大学における難関——卒論は終わったのだ。あとは気が楽だ。以前ガブリエラ中尉が言っていたレストランに行くか、何なら彼女も誘おう。
サルヴィアは卒論が早々に終わったという解放感、上官にいい印象を与えることができたんじゃないかという期待、そして論文を書き終えた達成感からいつになく上機嫌だった。
——同年 10月31日 空軍大学 会議室
サルヴィアは絶望していた。なぜなら折角手にしたキャンパスライフをたった二ヶ月ほどで手放さなくてはならなくなったからだ。
「ではサルヴィア中尉。いや、サルヴィア大尉、貴官には明日から第201戦術特別航空大隊の大隊長として指揮してもらう」
「……はっ。了解いたしました」
「特別大隊の編成は貴官に任せる。そして期日は設けない、思う存分悩みぬいてくれ」
「ありがとうございます。エミリア中将」
「では私は執務室に帰る。後は頼んだミリア少将」
「はっ!」
ミリア少将とサルヴィアが敬礼をする中エミリア中将は会議室を出ていく。
そして会議室にはミリア少将とサルヴィアの二人きりとなった。
「遅ればせながら昇進おめでとう、サルヴィア大尉」
「はっ、ありがとうございます」
「実はだな、貴官をエミリア中将に推薦して大尉に繰り上げてもらったんだが、最初は中将もあまりにも早い出世だと認めてもらえなかったんだ。だが論文を渡した翌日急遽貴官の昇進と繰り上げ卒業が認められてな、推薦した私が言うのもなんだが実に驚いたよ」
「ははは、いやぁ、本当にありがとうございます」
有難迷惑とはまさにこのことだ、内心コーヒー豆をダース単位で嚙み潰すような思いに駆られながらもサルヴィアは笑顔を顔に張り付ける。
「喜んでもらえてよかった、推薦した甲斐があるというものだ。マーガレットから聞いていた以上に貴官は素晴らしいな」
「過分な評価をありがとうございます」
「あぁ、それと貴官には副官が付くが誰かつけたいものはいるか? 無論中尉以下だが」
副官と聞いてサルヴィアには二人の顔が思い浮かぶ。フィサリスとシティスだ。しかし彼女たちはどちらかというと副官というより部隊長としてほしい。ならば……。
「そうですね、おそらくまだ士官候補生学校にいると思うのですが、それでもいいですか?」
「ん? まぁいいが、そいつは繰り上げ卒業させて士官とするに値するか?」
「はい、彼女であれば私も安心して背中を任せられます。それに操縦の腕も良いというものではないですが成長速度はかなりいいもので、命令にも従順です」
「そうか、貴官が言うなら間違いないな。……ではその者の名前は?」
「ストレリチア伍長です」
「了解した。ではその者は繰り上げ卒業とし、少尉に昇進させるよう取り計らおう。他にも欲しい人材がいたら連絡してくれ、では部隊編成のほう頑張ってくれ」
「はっ!」
サルヴィアは一人になった会議室で大きなため息をつく、曰く、なんでこうなったのか? と。
しかし幸いなことに人事の方はかなり取り計らってくれるようだ。あと数名くらいなら別の隊から引き抜かせてくれるだろう。
そしてこれから副官となるストレリチア伍長、否。ストレリチア少尉のことを思い出す。彼女が副官であればある程度楽もできるだろう。
あとはフィサリスとシティスだが、彼女たちも引き抜かせてもらおう。それ以外は特別部隊として募集をかけて人を集めていこう。
誰も来なければ来なかったで前線に戻るのを先延ばしにできる。
そしてサルヴィアはもう一度大きなため息をつく。
「ほんと、なんでこんなことになった? ……はぁ」
——その日、少女の始まったばかりのキャンパスライフは唐突に終わりを告げた。
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以上、稲荷狐満でした!