第26話 空軍大学へ
——太平暦1723年 9月1日 R&Hインダストリー空軍大学
皆さんお元気ですか? 私は元気です。
何故こんなに機嫌がいいのかよくわかってないでしょう。なんせつい最近までは戦場にいて毎日地獄でしたから。
ですが今はもうそんなところにはいないのです。
私には今——人生二度目のキャンパスライフが始まろうとしているのです。
では皆さん、そろそろ新入生代表としての演説があるので失礼します。
サルヴィアは心の中で前世にいた頃の知人に語り掛け自身の名前が呼ばれると壇上へと向かった。
「ではこれより新入生代表サルヴィア中尉による演説を開始します」
司会進行役がそう言い、壇上から降りる。
「秋の光が差し込み木々は美しく色づこうとしています。このような中本日R&Hインダストリー・シュタイン・シュタット空軍大学へ入学できることを心よりうれしく思います。我々は————」
周りが全員十五歳以上という中で自分一人だけ十一歳、それも新入生代表として壇上に上がるというのは実に視線をいろいろな意味で集めたが気にしない。
会社で誰も聞いてくれてないであろう中、プレゼンするよりも精神衛生上良い。
そうして無事に演説を終えサルヴィアは壇上から降り、自分が元居た席に戻る。
そのまま入学式は進行していきその後のガイダンスなんかも無事に終わる。
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昼食前にすべての行事は終わり早くも本日は自由時間となった。さすがは軍隊というところであろうか、無駄が一切なかったためにおかげで午後は首都観光に当てられる。
すこしオシャレなカフェテリアを見つけサルヴィアはそこのテラス席に座る。
こんなにオシャレでいい雰囲気だというのに客は少ない。というかサルヴィア以外に一人しかいない。
静かに食事ができるのは良いことだそう思いながらもチラリと自分以外の客を見る。相手もこちらを見ていたらしく、目が合い少し気まずいと思ったところで気が付く。——立派な肩の階級章に。
そしてサルヴィアは理解する。ここは客が居ないんじゃない。高級将校用の食事場として暗黙の了解で皆が入らないのだという事に。
それに気づき急いで立ち上がり、自分より圧倒的に階級が上と思しき女性に敬礼をして立ち去ろうとしてところで声がかけられる。
「貴官の空軍大学での演説、見事だったぞ」
あんまり話したくはないが話しかけられた以上返さねばならない。
「はっ! ありがとうございます!」
「そう固くならなくてもいい、貴官さえよければちょうど私の前の席が空いている、よければ昼食でもいかがかね? 此処のソーセージは絶品だぞ」
あまり気乗りはしないが断るわけにはいかない、それに自分を売り込むチャンスかもしれないのだ。ぜひご一緒させていただこう。
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて同伴に預からせていただきます」
「あぁ、遠慮はしなくていい。それと自己紹介が遅れたな、私はミリア・ユニヴァジテート・ブーゲンビリア少将だ。よろしく、サルヴィア中尉」
「はっ! お初にお目にかかります。少々閣下殿!」
「貴官は何というか、歳の割に随分と大人じみているな。奴から聞いた通りだ」
奴? 誰だろうか? クレマチス中尉とかだろうか?
「恐れながら、質問よろしいでしょうか?」
「ん? あぁ、かまわんぞ」
「私のことをご存じでいらっしゃるようですが誰からお聞きになられたのでしょうか?」
「貴官は知らなかったのか……。まぁ、あいつらしいと言えばあいつらしいな。……マーガレットだよ、士官候補生学校での教官だったのだろう?」
「マーガレット少佐でしたか、少佐には随分とお世話になりました」
「ちなみに貴官がこれほど早く空軍大学に入れたのもマーガレットの推薦があったからだ、感謝するんだぞ」
「マーガレット少佐が私をここに推薦したんですか⁉ ……なるほどどうりで特に入学試験もなかったのに進学できたのですね、本当に少佐には世話になりっぱなしですね」
「そうか、……あいつは私がまだ大尉として幼年学校で教官をしていた時の教え子でな。あいつも昔は泣き虫で本当に苦労させられた。そのくせ要領も悪くていつも罰として小銃持たせてグラウンドで走らせていたっけな……。」
「マーガレット少佐にもそのような時代があったのですね。私の中ではなんでも器用にこなす厳しい教官というイメージしかなかったので意外です」
「貴官は幼年学校を飛ばして士官候補生学校に入ったからわからないと思うが、本来士官候補生学校とはそんなに厳しいものではない。幼年学校でかなりシバキ上げているからな。だが貴官らは幼年学校を飛ばすという異例の存在なのだ、だから士官候補生学校でもシバキがあったわけだ。空軍大学ではそのようなシバキはないから安心してくれ」
「なるほどそうだったのですね。それに大学でシバキがないと聞き小官は正直安堵せざるを得ませんね」
「ハハハッ、そうだな。……おっと、貴官の頼んだソーセージが来たようだ。上官がいては食べずらいだろう。私は先に帰らせてもらうよ。……それに会計は私が済ませておく、奢りだ」
「そんな、申し訳ないです! 大丈夫です、支払えるだけの額は持っておりますので!」
「まぁまぁ、そういわずに私にも上官として格好つけさせてくれ」
「そうおっしゃるのでしたら……、ありがとうございます!」
そう言いサルヴィアが敬礼すると軽く敬礼をしてブーゲンビリア少将は立ち去って行った。
その後前線では食べられないような美味なソーセージを食べ、食後のコーヒー、それも本物の風味のあるコーヒーまで堪能させてもらい、サルヴィアは都市観光に向かう。
ここでは前線の地獄が嘘のように人々は平和に暮らしており、ものだって不足していない。なんせスーパーマーケットに行けば本物の紅茶も本物のコーヒーもチョコレートでさえも手に入ってしまう。
我々が地獄を味わいながら見世物の戦争に興じている中、普通の人間はこんなに恵まれた普通の暮らしができているのだと思うと前線帰りのサルヴィアとしては思わないところはない。
そんなことを考えながら街を歩いていると人だかりができているのを発見する。人々が見上げる先にはビルに取り付けられた大型モニターがあり戦争の様子を映し出している。
本物の戦場を味わってきたサルヴィアは知っている。ここでは随分と引きで映しているが近くで見ると凄惨な光景が広がっていることを。
内心あまり良い気ではなかったが自分もモニターをみる。どうやらまた舩坂重工が歩兵突撃を仕掛けているようだ。相変らず人的資源の無駄遣い甚だしいなと思いながら見ていると、地上に向かって航空機中隊が機銃掃射を浴びせる。
間違いない、第144戦術戦闘飛行中隊だ。その後映像は切り替わりインタビューに移る。どうやら生中継ではなかったようだ。
すると見知った顔がモニターにでかでかと映し出される。——クレマチス中尉だ。
『クレマチス中尉、今回の地上攻撃もお見事でした!』
『ありがとうございます。しかしこれは私が考案したものではないのです』
『では、いったいどなたが考案なされたのでしょう?』
『サルヴィア中尉というものが居ましてね、彼女が考案した戦術になります』
『あぁ! 最近史上最年少で柏葉付騎士鉄星形勲章を受章されたことで有名になっていた彼女がですか!』
どうやらサルヴィアは巷では有名らしく、すこしこそばゆい感覚に襲われる。
『できれば、サルヴィア中尉にもインタビューしてみたかったですね。……ところでいま彼女はどちらに?』
『サルヴィア中尉は今空軍大学にいます。あと一週間ほど早ければ彼女にも会えたと思うんですけどね』
『それは何とも残念です、ですがサルヴィア中尉には空軍大学でも頑張っていただきたいですね!』
『ほんとにそうですね』
そしてインタビューは終わりモニターにはまた別の映像が流される。
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サルヴィアは大学から割り当てられたアパートの一室で本物の豆から挽いたコーヒーを啜り、チョコレートを味わいながら食べる。
前線にいた時からは考えられない程の贅沢だ。
そんな優雅な一人暮らしを堪能しながらサルヴィアは戦友のことを考え独り言ちる。
「はぁ、フィサリスとシティスはまだ元気にしているだろうか? ……そうだ、手紙でも書いてみよう。うん、そうしよう」
そう思い立ったサルヴィアは万年筆を手に取りデスクから便箋を取り出して手紙を書き始めた。
——その日、少女の人生二度目の大学生活が始まった。
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以上、稲荷狐満でした!