第弐章番外編2:聖誕祭の奇跡
——太平暦1723年 4月8日 C-03地区後方拠点
今日は聖誕祭。つまりこの世界の神々が誕生した日であるとされており、この世界では祝日とされている。
しかし戦場では休日なんてものは新年の二日間だけしかない。
本来であれば家族で集まり、この記念すべき一日を祝いながら共に過ごすというのが風習である。
しかしサルヴィアのいる戦場にはそんな暖かな空気は微塵もない。
せめて前世で言うクリスマスくらい休ませてほしいと思わなくもないが、サルヴィアが前世で勤めていた会社もそういえばクリスマスも仕事だったなぁ……と思わず苦笑する。
そんな風に前世の思い出、と言ってもいい思い出ではないが。それに思いをはせていると基地内に警報が鳴り響く。どうやら敵さんは今日も休ませてくれないらしい。
うんざりしながらもサルヴィアは自分の機体の元へ走る。
整備員がSf109のエンジンを回し、唸りをあげてエンジンが始動する。
すでに目を覚ましている機体に飛び乗り、サルヴィアは誘導員の指示に従って滑走路へと機体を進める。
格納庫の近くにいたのかクレマチス中尉はすでに離陸を終え、遅れてきたストレリチア伍長も機体に乗りサルヴィアと同じように離陸許可が下りるのを待っている。
『こちら管制塔。滑走路にいる二機、離陸せよ』
その無線を合図にサルヴィアとストレリチア伍長は離陸する。
とりあえず今上空に上がっている者だけで臨時の編隊を組み、管制塔に敵の情報を聞く。
「こちらただいま離陸した者だが、敵の情報が欲しい。敵機は何機なんだ?」
『こちら管制塔。敵機は一機のみだ。繰り返す敵機は一機』
「それは本当なのか? レーダーの故障じゃないのか?」
『いや、本当に一機だ。早期警戒レーダーでも一機、前線の観測員による肉眼での観測でも一機だったらしい』
敵の目的は何なのだろうか? 強行偵察? あるいは懲罰部隊か何かだろうか?
サルヴィアが思索を巡らせていると突如として知らない周波数から戦域全体に暗号化されていない無線が放たれる。
『こちら舩坂重工所属、月光01。我に戦闘の意志なし、繰り返す。我に戦闘の意志なし』
そんな謎の無線をまき散らす敵機を確認しクレマチス中尉は管制塔に支持を仰ぐ。
『クレマチス中尉より管制塔。相手はあのように言っているが、どうする? 指示を願う』
『管制塔よりクレマチス中尉。貴官の臨時コールサインはアントン01だ。これから目的不明の敵機と交信をはかってくれ』
『こちらアントン01。了解した、オーバー』
アントンという臨時のコールサインを割り当てられたクレマチス中尉は月光01と名乗る目的不明機と交信する。
『こちらアントン01。月光01の応答を求める、繰り返す。月光01の応答を求める』
『こちら月光01。私達に交戦の意志はない。私は短期間の停戦交渉の使者としてきた、繰り返す。我に戦闘の意志なし、短期間の停戦交渉を望む』
『アントン01より司令部。ああ言っているがどうすればいい? 指示を乞う』
『こちら司令部。我々で月光01と話す。それまで月光01の背後につき不審な動きをし次第撃墜せよ』
なんとも言えない緊張感と期待が戦域を支配する。そんな静寂の中司令部の人間が月光01に無線で呼びかける。
『こちらR&HインダストリーC-03地区戦域司令部。月光01貴機の要求は停戦交渉であっているな? 単独による交渉であれば捕虜として貴官を丁重に扱うことを約束するので正直に話してほしい。』
『月光01よりR&HインダストリーC-03地区戦域司令部、丁寧な返答に感謝する。そしてこれは私の独断専行ではない。我々舩坂重工業からの申し出だ、繰り返す。我の独断専行にあらず。舩坂重工本部による申し出なり。停戦期間はたった今から明後日の15:00を考慮している』
『……了解した。これよりR&Hインダストリー本社に連絡する。しばし待機されたし』
その後十数分後再び司令部より広域無線が入る。
『こちらR&HインダストリーC-03地区戦域司令部。我々R&Hインダストリーは今回の舩坂重工業の停戦交渉に応じる、繰り返す。我々は舩坂重工業の停戦交渉に応じる』
その時歴史が動いた。たった一日ちょっとではあるが神の聖誕祭という事を理由に企業間戦争が一時中断となったのだ。
ある者は喜んで大声を上げある者は恐る恐る塹壕を飛び出し、多くの死者が眠る戦場の真ん中でつい先ほどまで敵としていがみ合っていたものと抱擁を交わし、またある者はお互いの使い古したナイフなんかを交換した。
サルヴィアも飛行場に着陸したのち自分の部屋にある代用コーヒーやチョコレートなどの嗜好品を持ってストレリチア伍長と一緒に前線まで車で行く。
サルヴィア達が前線に到着するころにはつい先ほどまでは敵味方に分かたれていた者たちが一緒にサッカーや野球をしたり、互いの糧食を交換し食べあい戦闘糧食の不味さに愚痴を言い合って笑っていたりと。
つい先ほどまで戦場だったとは思えないような光景が広がっておりサルヴィアは驚きながらもストレリチア伍長に話しかける。
「伍長、これは……なんというか、すごいな」
「えぇ、これは……奇跡です!」
「伍長も何かお土産を持ってきたのか?」
「えぇ、私は一応、糧食と楽しみにとっておいた本物のコーヒー豆を少し持ってきました!」
「……おい、そのコーヒー豆、真面目に私にくれないか? チョコレートを代わりにやるぞ」
「流石に中尉と言えどダメです。これは舩坂重工側の人へのお土産なんですから」
それを聞いたサルヴィアは冗談めかしてわざとらしく肩をがっくりと落とし、残念そうにアピールする。
それを見たストレリチア伍長はフフッと笑い、そんな彼女をサルヴィアは「次の模擬戦では覚悟しておくことだな、伍長」とニヤリと笑いながら小突く。
そして二人は土産物をもって人の集まっているところへと向かう。
ある者は腕相撲大会をしており、またある者は肩を組んで互いの酒を交換しラッパ飲みをしている。雰囲気はさながら前世のハロウィンの東京のようだった。
ちなみにサルヴィアの持っていった代用コーヒーとチョコレートは舩坂重工業産の乾パンとべっこう飴に。ストレリチア伍長の戦闘糧食と本物のコーヒー豆は舩坂産の戦闘糧食と緑茶の茶葉になって帰ってきた。
その後宿舎に帰って二人でべっこう飴をあてに緑茶を飲んだのは言うまでもない。
——その日、世界で戦死者が一人も出なかった。
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以上、稲荷狐満でした!