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第23話 サルフィリアの盾作戦 2

——太平暦1723年 3月28日 C-03地区上空


 敵味方合わせて百機以上もの戦闘機が入り乱れる乱戦が繰り広げられる。空という蒼いキャンバスには戦闘機の白い軌跡が何本も絡み、まるで毛糸玉のようになっている。そんな大混戦の中サルヴィアは淡々と生き残るべく機体を駆る。


 他の小隊と違って僚機はストレリチア伍長の一機しかいないが二機であれば思いのほか互いをカバーしあえる。それにストレリチア伍長もある程度空戦に慣れ、サルヴィアも安心して背中を任せられる。


 サルヴィアは敵機を一機撃墜し格闘戦になるべくならないよう離脱する。しかし敵機に背後をとられ、敵の放つ曳光弾が機体を掠め、前方に飛んでいく。

 撃墜されぬよう回避機動をとりながらストレリチア伍長に無線で呼びかける。


「エンジェル05、背後をとられた。カバーを頼めるか?」


『了解! お任せください! ————敵機撃墜』


「助かった。……最近腕を上げたな」


『い、いえ! そんなことないありません。自分なんてまだまだです!』


 謙虚な部下の態度に思わずサルヴィアは満足げに笑う。

 人間のすばらしさの最たるものは成長するところだ。そして部下が成長していく様を見るのは何とも気持ちの良いものである。


 気分が乗ってきたサルヴィアは再度無線でストレリチア伍長に呼びかける。


「伍長、ちょっと暴れるが、ついてこれそうか?」


『はい、大丈夫です! 援護はお任せください!』


 ストレリチア伍長の頼りがいのある返事を聞き、サルヴィアは一気に操縦桿を倒し、味方の背後についている二機の敵機に狙いをつける。


 友軍機を追うことに夢中になっている敵機の側面上方から降下し機銃掃射を浴びせる。一機は黒煙を吹きながらくるくると木から落ちる木の葉のように墜落していく。

 もう一機はサルヴィアに気づき機首をサルヴィアのいる方向に向ける。


 相手が機銃を撃ってくるがそれを躱し、サルヴィアは敵機の腹の下に潜る形で離脱し、すぐに操縦桿を目一杯引く。サルヴィアを見失い旋回しようとしていた敵機を照準器に収め、発射トリガーを一秒ほど引き絞る。


 放った弾丸は無防備な敵の翼に突き刺さっていき、敵機はすぐに火だるまとなってあっけなく墜ちていく。どうやら翼内の燃料タンクに引火したようだ。

 敵機はそのまま火の尾を曳きながら下に広がる雲の海に消えていった。


 追われていた友軍機の無事を確認していると、その友軍機からの無線が入る。


『こちらピクシー03。助かった、これが終わったらうちの隊長からくすねた本物のコーヒーでもおごらせてくれ』


「こちらエンジェル04。代用コーヒーには飽き飽きしていたんだ。楽しみにしておく」


 帰ってからの楽しみが一つできたなと頬をほころばせ、サルヴィアは上昇しながら次の獲物を探す。

 獲物を探していると三機で連携し二機を連続して墜とした敵小隊を見つける。


「エンジェル05、あの敵小隊が見えるか? 十時の方向だ。」


『……今確認しました、次はあれですか?』


 不安そうな声でストレリチア伍長が聞いてくる。彼女が無理そうなら自分一人でやるしかなくなるわけだが、有能な部下を失うのも、自分が死ぬものサルヴィアとしてはごめんである。そう考え、他の獲物に切り替えようと考えを改める。


「あぁ、そのつもりだが無理そうか? 無理なら他の獲物を探すが」


『い、いえ。大丈夫ですッ! 頑張ります!』


「……。まぁ、無理はするなよ。——じゃあ行くぞ」


 少々頼りない返事だが、いけると言っているんだ、それに彼女はあくまでカバー役。主に敵を墜としに行くのはサルヴィア自身だ、大丈夫だろう。


 サルヴィアはストレリチア伍長に少々の不安を覚えながらも機体を動かし、敵小隊の斜め上方に位置どる。どうやらまだ敵はこちらの存在に気づいていないようだ。

 操縦桿を倒しサルヴィアは降下を始める。


 そして矢じりのような隊形の後方にいる敵に狙いを定める。照準器に敵機体が丸々収まるくらいまで近づいたところで敵のパイロットと目が合う。

 やはり若い、いや幼い。だいたい十四歳くらいだろうか。


 一瞬撃つのをためらいそうになるが、サルヴィアは容赦なくトリガーを引く。

 放った弾は敵のコックピットに吸い込まれていきキャノピーを突き破る。そしてキャノピーは内側から真っ赤に染まる。


 つい先ほどまで十四歳くらいの少女を乗せていた敵機は少女だったタンパク質を抱えたままコントロールを失いゆっくりと地面に向かって飛んでいく。

 そんな憐れな敵を尻目にサルヴィアは敵小隊を突っ切り、すぐさま上昇旋回をする。


 そして再度敵小隊を見るとストレリチア伍長が残りの二機のうち一機に機銃の弾を浴びせ、サルヴィアと同じように離脱するのが目に入る。伍長に撃たれた敵機は炎に包まれ、空中でバラバラになっていきながら眼下の雲海に飲まれていった。


『こちらエンジェル05。敵機撃墜。少尉も撃墜お見事です!』


「伍長、まだ敵は残っている。それにあいつはおそらく小隊長だ、私がやろう」


『了解しました。援護はお任せください』


 その一言を聞き安心してサルヴィアは敵機に狙いをつける。さすがにこちらに気づいたらしく機首をこちらに向け突っ込んでくる。残念なことにサルヴィアは未だ旋回途中、確実に背後はとられることだろう。


「伍長、奴に背後をとられると思うが私が言うまで援護はしなくていい。いざというときの切り札として待機しておいてくれ。——ッ!」


 無線を言い終わると同時に敵が発砲する。有効射程ギリギリで撃ってくるあたり部下を皆殺しにされ冷静さを欠いているのだろう。

 しかし奴もなかなか上手い。射程ギリギリでもかなり正確なねらいだった。


 雷神ほどのエースではないがそれ相応に腕が立つ敵だと思い、ようやく骨のある敵機に出会えたとサルヴィアの口角は無自覚のうちに吊り上がる。


 まずは小手調べにマーガレット教官の使っていた釣り上げ戦法を試すが急な上昇には途中でついてくるのを止める。そしてサルヴィアがそのまま敵の背後についても舩坂重工産の戦闘機らしい軽快な動きであっさりと背後を取り返される。


 サルヴィアは意識の中で今対峙している敵の警戒レベルを上げる。しかしまだ切り札のストレリチア伍長を使うほどではない。彼女の奇襲は雷神クラスのエースが来た時のために取っておきたい。


 そして何より、——腕の立つ敵とは可能な限り一対一で命のやり取りがしたい。

 どちらかというとそっちが本音ではあるがサルヴィアは自分がこの狂った世界に適しているとは認めたくなく、最初のような言い訳で自分を納得させる。


 敵は背後、旋回戦ではまずかなわず、急上昇についてこない冷静さも持っている。

 であればと、サルヴィアは回避機動をとりながら緩やかに上昇しつつバレない程度に減速を始める。


 敵はサルヴィアの減速に気づかぬままぐんぐんと距離を縮めてくる。距離が縮むにつれ敵の弾が命中する確率は高くなる。サルヴィア当たってしまわぬよう徐々に回避機動を大きくしていきギリギリで躱す。


 そしてキャノピーについている後方確認用の鏡越しに相手の顔がはっきりわかる程度まで距離が縮まると、サルヴィアは一気にスロットルレバーと操縦桿を引き急減速しながら機首を上げ、すぐに操縦桿を押し倒し機体を水平にする。——サルヴィアお得意のコブラ機動だ。


 敵はサルヴィアの急な動きについてこれずあっさりとサルヴィアの前に躍り出る。そしてそんなチャンスを失わないうちにサルヴィアは発射トリガーを引き絞る。

 放たれた弾丸は敵の機体の尾部を吹き飛ばし、敵機はクルリクルリと墜ちていく。


 さすがは二〇ミリ機関砲といったところか、きれいに当たれば敵の機体をバラバラに解体できる。前世のゲームでは主にジェット機、それもミサイルがあるため機銃なんて使わなかった。「意外と機銃の方が面白いな」とサルヴィアはひとりごちる。


『お見事です! 少尉のあの動きはやられる側にとっては魔法にしか見えませんから流石に相手も落ちましたね!』


「伍長。あれは魔法じゃない、詐欺さ」


 前世のゲームでお気に入りだった名言をノリノリ気分でサルヴィアは使う。


『……? 詐欺ですか……?』


「……伍長。気にするな」


『はい、了解しました』


 どうやらうまく決まってなかったらしい少々恥ずかしいがサルヴィアは気にしないよう言い聞かせて周囲を見渡す。

 残り少なくなった敵機が撤退していく。どうやら空ではこちらが勝利したようだ。


 ようやく終わったと横に置いていた結束手榴弾を見ながらアルミニウム製の背もたれにもたれかかっているとクレマチス中尉から中隊全員に向けた無線が入る。


『どうやら空では我々R&Hインダストリーが勝利を収めたらしい』


 その無線を聞き中隊員の歓声がいくつか上がる。


『がしかしこちらも被害は出た中隊からもフィサリス少尉の隊の新人が一人死んだ。確かに損害は一機だがあまり私としては喜べない』


 あの乱戦で一機しか損害を出していないのはすごいことだと思うが確かにあまり喜ぶ気になれないのはサルヴィアも同じだった。


『そしてたった今司令部に確認したところエンジェル04考案の地上攻撃を許可するとのことだ。機体にダメージがある者は基地に帰還せよ。誰か戻らねばならないやつはいるか?』


 クレマチス中尉のその質問にフィサリスとその僚機、シティスの僚機一機が答え、三人は基地に帰還することとなった。


『では残りの者で地上攻撃を行う。全機、地面とキスしないよう注意しろ!』


 クレマチス中尉の警告に「ファーストキスが地面とだなんていやね」とカトレア少尉が軽口をたたき、皆笑いながら眼下の雲の海へと突っ込んでいく。


——その時、この世界で初めてとなる航空機による爆撃が始まろうとしていた。

読んでいただきありがとうございました。

評価、ブックマーク登録なんかもしていただけると大変うれしいです。

以上、稲荷狐満でした!

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