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第弐章番外編1:シィプレ伍長の最期

——太平暦1723年 1月3日 C-03地区塹壕陣地


 あぁ、神様なんで私はこんなところにいるのでしょうか? 本来であれば戦闘機パイロットとして空を駆け回っているはずではなんじゃないですか?

 そんな思い描いていた未来とは違い私——カミラ・ミハイロヴナ・シィプレは血と泥と臓物の臭いが漂う塹壕陣地にいた。


 今朝、せめて銃殺刑にならなかっただけマシかと思いながら着任したときはあまりの悪臭に胃の中身をすべて地に吐き出してしまった。そんなこんなで、陣地に小銃を持って見様見真似で構えていると敵の苛烈な砲撃が始まり視界が土煙で覆われてしまった。


 そしてようやく砲撃が終わったかと思ったらピーッという笛の音の後銃剣のついた小銃で敵が突っ込んできた。そんな無防備な人間の波を味方の機関銃がなぎ倒し、バタバタと敵は倒れていくが機関銃の合間を縫って敵は突っ込んでくる。


 横に並んでいる私と同い年くらいの男の子がやるように私も無心で弾を撃ってはボルトを前後させ一発一発撃っていく。


 しかしそんな単発式ライフルでは流石に全員を殺しきることはできずこちらの塹壕に飛び込んできた敵に横の男の子は銃剣で刺され、血の泡を吹きながら絶命していった。そして半狂乱になりながらも今度は私が男の子を刺した奴を銃剣で刺し殺す。


 皮膚を突き破りズブズブと肉を切り裂きながら進む銃剣の気持ち悪い感触に耐えながらも敵の命が完全に途絶えるまで銃剣を突き立てる。そしてその少女はぼそぼそと何かをつぶやきながら呼吸を止める。


 そして完全に瞳孔が開ききった少女と目が合いこの少女を自分の手で殺したのだという実感に襲われ、また胃の中身を地面にぶちまける。


 その後も狂ったように突撃してくる少年少女を撃ち殺していく。そして銃撃をかいくぐって塹壕に飛び込んできたやつを銃剣で時にはシャベルや鉄ヘルメットで刺し殺したり殴り殺したりしているうちに敵の突撃が終わる。


 そして返り血と泥にまみれながら硬くマズい戦闘糧食であるビスケットをかじる。

 パイロットとして華麗な戦闘をしているのではなく血と泥にまみれてこんな栄養価があるのかもわからないひどい食事をしていると両親が知ったらどう思うだろうか?


 自分で言うのもなんだが私の家は地主でかなり裕福なものだった。それに自分は容姿にも恵まれ学力もそれなりによく、倍率の高い首都の航空学校に入学もできた。

 そんなこれから出世すると思われていた自分が塹壕陣地にいる。何とも運命というのは残酷なものである。


 パイロットとしても腕は悪くなかったかと思う。なにせ同期の中では模擬戦の成績も上位の方だった。それなのに今はこのありさまだ、我ながら酷いものだと思わず乾いた笑いが出てしまうほどだ。


 そして敵の突撃が終わりしばらくするとこちらの砲兵陣地から激しい砲撃が始まる。眼前に広がる敵の塹壕陣地があっという間に土煙に覆われ見えなくなってしまう。こちら側に撃ち込まれなければ何とも圧巻の光景である。


 まだ家にいた時も温かい部屋のテレビでこんな光景を見て興奮したものだった。しかし実際に見て体験するとその裏に隠された醜悪な実態も見えるのだ。

 テレビでは銃剣で刺し殺したり砲撃で飛んでくる千切れた脚なんかは映さない。


 ここがこの世の地獄であると分かるのは実際にこの場にいる者だけだろう。

 今頃両親は家で紅茶でも飲みながらテレビでこの戦争を見て楽しんでいるのだろう。なんせ自分だって一年ほど前まではそうだったのだから。


 味方の準備砲撃が終わると味方の機甲部隊が前進していく。中にはぬかるみにハマったところを敵砲兵の直射で撃破される戦車も出ているが、歩兵としては鋼鉄の騎兵隊というのは頼もしい限りである。


 戦車が前進していく中で突撃の笛が鳴り響き、全員で塹壕から飛び出し突っ込んでいく。機関銃の弾が頬を掠め、目の前では味方の一人が有刺鉄線に覆いかぶさるようにして死んでいる。


 申し訳なく思いながらも死体を踏み越えて敵の陣地に突撃する。

 敵の砲兵の放った砲弾が何発も着弾し轟音に包まれる。一発が前を走っていた少年に当たり、バラバラになった少年だったものが私に降り注ぐ。


 しかし止まるわけにはいかない。止まれば機関銃に蜂の巣にされてしまう。

 そのまま走って走って走って相手の塹壕陣地に銃剣を構えながら滑り込み、塹壕に構えていた敵の頭に突き立てる。


 即死したであろう敵から銃剣を抜こうとしていると脇腹に強い衝撃が走り、横に倒されてしまう。

 ふと衝撃のあった方を見ると私と同年代の女の子が半狂乱になりながら私に銃剣を突き立てている。


 自分のはらわたがかき混ぜられる感覚と耐えがたい激痛の中意識が薄れていく。

 そして最期に涙が頬を伝うのを感じながら思っていたことが口から漏れる。


「どうして……わ、たしが、こんな目に……」


——カミラ・ミハイロヴナ・シィプレ伍長、C-03地区敵塹壕陣地内にて殉職。

享年——十三才

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