第21話 愚か者の処分
Sf109 メーヴェから降りるとサルヴィアは皆の命を危険にさらした愚か者がいるであろう仮設中隊指揮所へと向かう。
指揮所にはひと悶着あったのだろう、ピリついた空気の中に先に帰還した面々が座っている。
フィサリスとシティスが今にも泣きそうな顔でサルヴィアの生還を喜ぶ。どうやらかなりサルヴィアのことを心配してくれていたみたいだ。
しかしサルヴィアは「また後でね」と軽く二人をおさえ、クレマチス中尉が来るまでシィプレ伍長と二人きりにしてもらう。
シィプレ伍長とサルヴィア以外が出ていき指揮所に二人きりとなったとき、サルヴィアはなるべく感情を抑え、淡々と口を開く。
「今日貴様は何をした? 言ってみろ」
「敵を一機撃墜しました」
ふてくされさも自分は悪くありませんといった様子で答えるシィプレ伍長に対し、サルヴィアは腰のホルスターに入れている士官用の拳銃で撃ち殺してやろうと思う。
そもそも士官が拳銃を携行するのは護身用という側面もあるが、主に命令に背く下士官をその場で銃殺刑に処すためである。
しかしこの場でこのうぬぼれの脳みそをこの場にまき散らしてもいいが、中隊指揮所の掃除が面倒であるし、何より中隊長であるクレマチス中尉がいるのだ。
シィプレ伍長の処遇はクレマチス中尉が決めるのが妥当だろう。
そして何より自分にも何らかの処罰があると考えるべきであろう。
流石に銃殺刑というのはないと思うが、勲章の剥奪、もしくは降格であろうか。考えるだけでため息が出てくる。
サルヴィアが堪忍袋の緒が切れないように全力で耐えている中、クレマチス中尉が扉を開けて入ってくる。それに続いて他の中隊メンバーも入ってくる。
サルヴィアもシィプレ伍長も姿勢を正しクレマチス中尉に対して敬礼する。
軽く敬礼を返したクレマチス中尉は重々しく口を開く。
「楽にしろ。……今回貴様ら二人が犯した罪をまずは言う」
「「はっ」」
やはりシィプレ伍長だけでなくサルヴィアにも罰があるらしい、いくら覚悟していたとはいえ、部下のせいで自分の出世阻まれるというのは何とも気分が悪い。
「まずはサルヴィア少尉。貴官は自身の部下の暴走を止められなかった。これが貴官の罪だ」
「本当に申し訳ありませんでした!」
「そしてシィプレ伍長。貴官の先の行動は抗命罪となる。自分だけ死に急ぐならまだしも、貴官の行動は中隊全員の命を危険にさらした」
「はっ、大変申し訳ありませんでした」
いまいち反省の色が感じられない謝罪だ。未だに自分が正しいと、出自がいいからと考えているのだろう。
まさかこんな部下を持つ羽目になるとはくじ運は最悪だな。とサルヴィアは心の中で大きなため息をつく。
そしてクレマチス中尉は一度佇まいを正して
「では続いて処分について通達する。サルヴィア少尉は本来であれば降格処分かつ勲章剝奪となるのだろうが、今回の件に関してはサルヴィア少尉は小隊指揮に関して初めてであったこと、そして中隊長である私にも責任があるとして不問とする。ただ中隊員としての罰は受けてもらう」
「はっ!」
「罰の内容はライフルを持ってのハイポート、滑走路十往復だ。滑走路はだいたい一キロほどある。なかなかにきついと思うが私も責任をもって一緒に走る。共に頑張ろう」
そうにこやかにクレマチス中尉はサルヴィアに対して語りかける。甘い判断にも思えるがサルヴィアがまだ新任少尉であることを考慮してくれた上、自分にも責任があると罪を被ってくれたのだ、これほどまでに理想的な上司はそういないだろう。
「過分な配慮、ありがとうございます!」
先ほどのにこやかな雰囲気を拭い去り、クレマチス中尉はシィプレ伍長に向き直る。
「シィプレ伍長は本来であれば銃殺刑または無期もしくは禁錮十年以上だが、まだ私は上にこのことを申し出てはいない。そこでだ、今回の処罰はサルヴィア少尉に任せようと考えている。これに反論がある者はいるか?」
ほとんどの中隊員に異論はないようだ、——シィプレ伍長を除いては。
「何で私だけ処罰があるのですか⁉ サルヴィア少尉が新任であることを理由に不問なら、私だって新任ですよ⁉」
何故こいつは自分がかなり優遇されていることに気づかないのだろうか、本来であれば銃殺刑すらありえたというのに……。
そう考え、サルヴィアは救いようのない愚かな部下に心の底から失望する。
「確かに貴官も新任だ。だが犯した罪が大きすぎるんだ、中隊長である私としては銃殺刑でもいいんじゃないかと思う。しかしサルヴィア少尉の教育もかねてシィプレ伍長の処遇はサルヴィア少尉に決定してもらう」
なるほど。つまりは自分に士官として部下を処罰する責任の重さを体験させると同時に中隊員のシィプレ伍長への処罰を少しでも軽くしようというわけか。
そう考え、サルヴィアはクレマチス中尉の聡明さに感心する。
しかし自分としてもこの愚か者には銃殺刑が適当なんじゃないかとも思う。しかし自分だって赦免されているのであまり厳しい処罰は下せない。
そう悩みぬいた末サルヴィアはシィプレ伍長への処罰を決定する。
「僭越ながら小官としては銃殺刑はやりすぎかと思います。ですので前線の塹壕勤務なんかはどうでしょうか? パイロットですが小銃くらいは使えますし、戦力を無駄にすることもありません」
我ながら残酷な案だとサルヴィアは思う。なんせ戦線の塹壕勤務なんて実質死刑と変わりない。何なら苦しんで死ぬ可能性がある分余計に酷いだろう。
しかし救いようのない愚か者につける薬は死という劇薬しかないのだ。
「……。戦力を無駄にせずそれでいて罰にもなる。中隊長である私としてはこれでいいと思うが何か異論はあるか?」
誰も異論はないようだ。シティスとフィサリスは顔を引きつらせているものの納得してくれているようで、先任たちは苦笑いを浮かべている。
そんな中クレマチス中尉はサルヴィアを見てニヤリと笑い、口を開く。
「ではこの処罰で決定する。シィプレ伍長は明日から前線の塹壕勤務だ、今日中に身辺整理及び荷造りを済ませるように。では解散!」
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——太平暦1723年 1月2日 C-03地区後方拠点・滑走路 17:45
小銃を抱えてサルヴィアとクレマチス中尉が並んで滑走路の端を走る。
そんな中クレマチス中尉が息も切らさずサルヴィアに話しかける。
「少尉、貴官もなかなか鬼だな」
「失礼ながら、何のことでしょう?」
「大丈夫だ、ここには私達しかいないから部下に聞かれることもないだろう。今回のシィプレ伍長に対する処罰はなかなかだと思う。お前もワルだな」
クレマチス中尉はそう言い、笑う。
「ええ、正直あのバカにはつける薬がありません。彼女を止められなかった私に責任はありますが、彼女が隊にいれば中隊全員の命がいくつあっても足りません」
「そうだな。確か奴はミドルネームがあるほどには裕福な家の出身だろう? 無線でもそうだったが奴は調子に乗りすぎていたんじゃないかと私は思う。あのようなつけあがった奴は中隊全員を危険にさらすからな」
「私も同感です」
「だがまさか塹壕勤務とは、ハハッ少尉もなかなかに鬼畜だな」
「そうかもしれません」
互いに悪い笑いをしながら滑走路の端を走る。
どうやらクレマチス中尉もなかなかに鬼畜な考えを持っているらしく、これは怒らせてはいけないとサルヴィアは思いながら残りの一往復を走る。
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——太平暦1723年 1月4日 C-03地区後方拠点
ストレリチア伍長こと私は悲しい知らせと一枚の書類を手に小隊長であるサルヴィア少尉の元へと向かう。
サルヴィア少尉の部屋の扉を三回ノックし中から返事があるのを確認して扉を開ける。
「ストレリチア伍長はサルヴィア少尉に書類を届けに参りました」
「あぁ。シィプレ伍長が戦死したのだろう?」
どうやら先に聞いていたようだ、やはり元とはいえ部下が死んだというのは悲しいのだろうか? サルヴィア少尉は先程から窓に向かって設置された机に向かって座り下を向いている。
「はい……。残念ながらシィプレ伍長は昨日の歩兵突撃にて戦死したとのことです」
「そうか、それは実に残念だ」
そう淡々とサルヴィア少尉は話す。
「せっかく少尉が銃殺刑ではなく塹壕送りで済ませたのに……少尉が一番残念ですよね、死の運命から救った部下が翌日に死ぬというのは」
「ん、あぁ。そうだな。…………ストレリチア伍長、これを郵便部署まで頼む。シィプレ伍長のご家族にあてた手紙だ」
わざわざ戦死した者の遺族に手紙を書くなんてやはりこの方はお優しい方なのだろう。少々感情が読めない人ではあるが……。
「承知しました。責任をもって届けさせていただきます」
「よろしく頼む。では他には何もないか?」
「はい大丈夫です。では失礼します」
そう言って私はサルヴィア少尉の部屋を後にする。そして改めて実感する、自分が良い上官に恵まれたんだなと。
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ストレリチア伍長が出ていった部屋でサルヴィアは一人笑う。
「塹壕送りが優しい配慮か……、どちらかと言えば銃殺刑よりも残酷な処分じゃなかろうか? 間違いなく死ぬし、よしんば生き残ってもPTSD不可避だ。まぁすぐに死ぬだろうと思って遺族への手紙を送り出した当日に書いておいてよかった。さて本来遺族への手紙を書く時間が余ったんだ、コーヒーでも飲んで休むとしよう。ただ、本物のコーヒーであればなおのこと良かったんだが……」
そうニヤリと笑いサルヴィアは代用コーヒーの準備を始めた。
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以上、稲荷狐満でした!