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第19話 二回目の威力偵察 1

——太平暦1723年 1月2日 第144戦術戦闘飛行中隊司令部


 クレマチス中尉が前に立ち、それ以外の面々が皆神妙な面持ちで小隊ごとに並んでいる。これから新生第144戦術戦闘飛行中隊の初陣となる作戦のブリーフィングが始まるのだ。

 しかしサルヴィアにとってはブリーフィングなんてどうでもいい。今はいかにして今回の死から逃れるかということだけが頭の中を占めていた。


「我々に与えられた任務は敵の戦域司令部があると思われる地点の強行偵察任務だ。皆分かっていると思うが今回の任務はただの偵察ではなく強行偵察だ、それも敵の司令部があるかもしれない地域である。本当に司令部があるのならば激しい迎撃が予想される」


 前回とまったく同じ文言をクレマチス中尉が話す。周りには緊張がはしっているのがわかる。しかし今回の任務はそこそこ厳しいくせに敵司令部は見つからないという骨折り損で終わるのだ。ここで敵の司令部なんかありませんと言ってもいいが信じる者は誰もいないだろうし、戦闘に消極的だと疑われるかもしれない。


 つまりサルヴィアにとっては今回の任務はただ死にに行くようなものなのだ。

 故に彼女がすべきことは第一に生き残ること、第二にフィサリス、シティスの二人を死なせないこと、第三に小隊の被害を抑えることである。


 無駄骨を折らねばならない割にはやることが重いとサルヴィア心の中でため息をつく。そうしてサルヴィアが思索にふけっているうちにクレマチス中尉のブリーフィングが終わる。


「我々は塹壕陣地及び、砲兵陣地を超え敵司令部予測地点のあたりを周回し、すぐさま帰還する。敵地に突っ込むことになるんだ、もしも隊からはぐれたりした者がいても見捨てて任務を遂行する。はぐれないように気をつけろ。ではこれより出撃する」



「「はっ!」」


 斯くしてサルヴィアにとっては二度目となる威力偵察任務が幕を開ける。



 前回同様、敵迎撃機と接敵するまでは特にこれといった抵抗もなく敵塹壕陣地が見えるところまで飛んできた。

 一応前回と同じようにストレリチア伍長に個人用無線を入れる。


「こちらポーン04。ポーン06、調子はどうだ?」


『こちらポーン06。大丈夫です』


「そうか、あまり無理はするな。とにかく生き残ることだけ考えろ、敵機に遭遇したも無理に墜とそうとしなくてもいい。とにかく初陣は生き残ることだけ考えろ」


 サルヴィアは前回と同じ文言を繰り返す、ここまで来たということはもうじき敵機が来るはずだ。

 幸いなことに敵が来る方向は分かっている。前回よりも早く敵を見つけ無線機に向かって叫ぶ。


「方位九十敵迎撃機と思しき機影を確認!」


『こちらポーン01。私も確認した。にしてもあれを見つけられるとはポーン04は随分と目がいいな』


「ええ、ブルーベリーが好物なんです」


『? ブルーベリーが目の良さに効くかは聞いたことないが、まあいい。各員注意してかかれ!』


「「了解!」」


 前回よりも早めに敵を発見するといったアドバンテージを得た状態で戦闘が始まる。

 まずはヘッドオンで敵をある程度仕留めるべく第144戦術戦闘飛行中隊は敵編隊に向かい突撃していく。


 敵中隊長はクレマチス中尉に任せるとして、自分は敵小隊の小隊長と思われる位置にいる敵機を狙う。できれば部下にも敵を相手してほしいものだがシィプレ伍長はともかくストレリチア伍長にはいささか荷が重いだろう。


 敵に向かう最中サルヴィアはもう一度ストレリチア伍長に釘を刺しておく。


「ポーン06、あまり無理して敵を仕留めようとしなくてもいい。とにかく生き残れ」


『りょ、了解!』


 ちょっと頼りないストレリチア伍長の返答を確認しサルヴィアは小隊長らしき敵機を完全に狙う。

 射程ギリギリで一連射しすぐに機体を捻り、逆宙返りの要領で敵編隊の背後につく。


 自分の小隊長が撃墜された上、サルヴィアを見失い混乱状態の敵の残った小隊に機関銃の弾を打ち込みさらにもう一機叩き墜とす。残りの一機もやろうと思ったが、その敵は茫然としているのか真っ直ぐ直線的に飛んでいる。


 すぐに誰かが墜としてくれることだろう。それにどうやら自分も敵機に背後をとられたようだ。チラリと敵の放った曳光弾が視界の隅に映る。

 敵に背後をとられたことを悟ったサルヴィアは急減速し、機首を急速に上げ下げしてコブラ機動もどきで敵の背後につき発射トリガーを引き絞る。


 敵機が一機丸々照準器に収まるほどの至近距離で発砲したため撃った弾のほとんどは敵に次々と突き刺さっていき、敵機は火だるまになってくるくると墜ちていった。


 少し自分にも余裕ができた為、小隊員の様子を確認する。シィプレ伍長は敵機を追っている。何とか撃墜できそうな様子だ。

 ストレリチア伍長はたった今敵機を撃墜し喜んでいるのかボーっと真っ直ぐに飛んでいる。


 あれではカモだと思いサルヴィアはすぐさまストレリチア伍長の援護に向かう。

 案の定敵機がストレリチア伍長の背後につく。前回同様間に合うか間に合わないかギリギリだ、しかし何とか間に合い横から機銃を撃ちこんでいく。


 ストレリチア伍長の後ろについていた敵機は黒煙を吐きながら墜ちていく。ギリギリセーフだ。彼女ら部下にはこんなところで死んでもらっては困るのだ。彼女らが死ねばサルヴィアは初陣で部下を失った無能のレッテルを貼られる。そして彼女たちはまだ成長の途中だ、もしかすると未来のエースかもしれないのだ。


 それにいざというときに肉の盾がいなければ死ぬのは自分だ。それゆえにサルヴィアは彼女たち部下をそう簡単に見捨てるわけにはいかないのだ。

 サルヴィアは未だボーっと飛んでいるストレリチア伍長に無線を飛ばす。


「こちらポーン04。ポーン06無事か?」


『は、はい。大丈夫です』


「そうか、ならぼさっとするな。とりあえず動き続けろ、直線的な動きをする奴はカモにされるぞ」


『りょっ、了解! ありがとうございます!』


 別に助けたのはほかでもないサルヴィア自身のためであったが感謝されるというのは往々にして気分がいいものだ。ニヤリと口角を上げ、サルヴィアは前回と同じセリフを吐き出す。


「気にするな。礼を言う余裕があったら生き残る努力をしろ」


 これで少しは部下を大切にする上官であるとストレリチア伍長は思ってくれるだろう。まぁ、勘違いなわけであるが。


 サルヴィアだけで四機を撃墜し、ストレリチア伍長とシィプレ伍長がそれぞれ一機墜としているため小隊だけで六機、つまり敵中隊の半数を撃墜しているということになる。


 一方でこちらはフィサリスとシティスの小隊から一機ずつ撃墜された。他にもカトレア少尉が少々被弾したようだがどうやら掠った程度で大丈夫なようだ。

 そしてそのまま第144戦術戦闘飛行中隊は与えられている偵察任務をこなす。


 結果はサルヴィアの知る結果と同じく敵司令部を見つけることはできず、骨折り損となってしまった。

 何の成果も得られぬまま中隊は帰路につく。つまり今回撃墜されたフィサリスとシティスの部下は犬死だったということになる。


 情報部ももう少し正確な情報をよこしてくれていれば彼女ら二人は死なずに済んだのかもしれない。ただ、死んでしまったものは仕方ない。一週間後には新しい補充要員が来ることだろう。


 サルヴィアが今考えるべきは死んでただのタンパク質の塊となった彼女たちのことではない。この先遭遇する敵機のことだ。

 サルヴィアの記憶が正しければストレリチア伍長が太陽の方向からくると言っていた。


 チラリと太陽を見てみると確かに太陽を背後にしている機影が何とか見える。高度はあちらが有利、格闘性能も向こうに利がある。こちらが勝っているのはエンジン性能と人数くらいだろう。


 ここからずっと太陽を背にして追跡するということは相手の腕はなかなかに良いということがわかる。

 一応クレマチス中尉に個人用回線で無線を飛ばす。


「こちらポーン04。太陽の方向に敵機です、相手はこちらが気づいていないと思っているようなので、まだ回避運動はとらないほうがいいかと思われます」


『な⁉ つけられていたのか⁉』


「はい。おそらく相手の目的はこちらの拠点を突き詰めることかと思われます」


『なら生かしてはおけないな……。よし、分かった。よく見つけてくれたな、お手柄だポーン04』


 そう言うとクレマチス中尉は中隊全員に向けて無線を飛ばす。


『こちらポーン01、私がよしというまで動くな。』



『どうかしたんですか中尉?』


 不審に思ったカトレア少尉が質問する。それに対し淡々とクレマチス中尉は返答する。


『我々は敵につけられている。方角は太陽の方だ、奴はどうやらこちらが気付いているとは思っていないらしい。私が合図したら一斉に散開しろ、各員墜とされないように気をつけろよ』


「「了解!」」


 斯くしてサルヴィアは前回死んだポイントの攻略に取り掛かる。

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