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第18話 威力偵察

——太平暦1723年 1月2日 第144戦術戦闘飛行中隊司令部


 クレマチス中尉が前に立ち、それ以外の面々が皆神妙な面持ちで小隊ごとに並んでいる。これから新生第144戦術戦闘飛行中隊の初陣となる作戦のブリーフィングが始まるのだ。

 クレマチス中尉が一度佇まいを正して口を開く。


「我々に与えられた任務は敵の戦域司令部があると思われる地点の強行偵察任務だ。皆分かっていると思うが今回の任務はただの偵察ではなく強行偵察だ、それも敵の司令部があるかもしれない地域である。本当に司令部があるのならば激しい迎撃が予想される」


 これから行う任務が厳しいものであると改めて実感させられ、誰かのつばを飲み込む音が聞こえる。

 これから死ぬかもしれないという任務に行かされるのだ、緊張するのは人として当たり前のことだろう。そんな緊張した中隊をよそにクレマチス中尉は説明を続ける。


「我々は塹壕陣地及び、砲兵陣地を超え敵司令部予測地点のあたりを周回し、すぐさま帰還する。敵地に突っ込むことになるんだ、もしも隊からはぐれたりした者がいても見捨てて任務を遂行する。はぐれないように気をつけろ。ではこれより出撃する」


「「はっ!」」



 なんでこんなところにいるのだろう? そう私、——ストレリチアは心の中でぼやく。

 自分は赤子の頃に孤児院の前に捨てられていたらしい。

 自分を捨てていった親が私と一緒に置いていった名前とそれに込められた意味が書かれた紙によるとストレリチアという名前には『輝かしい未来』『万能』という意味があるらしい。


 何とも皮肉な名前だ、輝かしい未来にとは真逆の戦場に自分はいる。

 同輩のシィプレは航空学校卒業、これからしばらくしたら士官候補生学校に入り、士官としてキャリアを歩んでいくのだろう。


 一方私は適性検査に合格してしまったがためにパイロットとして入隊義務が課せられ従軍、シィプレとは違いそのまま士官候補生学校にに入れるわけでもない。


 上官、つまりサルヴィア少尉の推薦でもあれば入れるのだろうが、万能という名前の意味に反して自分は空戦の腕は普通以下だ。

 すなわちこれから一兵卒として戦場で使いつぶされていくという悲しき未来が自分には待っているのだ。——使いつぶされる以前に今日死ぬかもしれないのだが……。


 今日の任務は強行偵察任務、中隊長のクレマチス中尉が言うには激しい迎撃が予想されるようだ。これから自分たちに待ち受ける過酷な運命を想像し、思わずつばを飲み込んだ。


 そんなこんなで私達第144戦術戦闘飛行中隊は飛んでいる。まだ敵の迎撃には遭っていないが眼前には地平線まで続く敵の塹壕陣地、その奥には砲兵陣地と思しきものが見える。もうじき敵の迎撃に遭うことだろう。


 そんなことを考えていたらサルヴィア小隊長から個人用無線が入る。


『こちらポーン04。ポーン06、調子はどうだ?』

 

 今回の任務における私たちのコールサインはポーン、意味はまんま駒だ。嫌な気しかしない。


「こちらポーン06。大丈夫です」


『そうか、あまり無理はするな。とにかく生き残ることだけ考えろ、敵機に遭遇したら無理に墜とそうとしなくてもいいとにかく初陣は生き残ることだけ考えろ』


 サルヴィア小隊長は軍人にしては珍しく、私のような一兵卒として生きていく者に対しても命を大切にするようにとおっしゃってくださる。

 孤児院付属航空学校の時は下士官組はキャリア組の肉の盾となるようにとさんざん言われたものだった。


 だから士官はみんな下士官を人とは見ていないのだろうと思っていた。故にサルヴィア小隊長と初めて会ったとき上官とは知らずに声をかけ、その後自分の直属の上司だと分かったときは失礼を働いたために殺されるんじゃないかと思った。


 確かにサルヴィア小隊長だけでなくフィサリス少尉、シティス少尉は士官にしては若すぎる。いや、幼すぎる。きっと誰しもこの人たちが自分よりも上官になると言われたら冗談かと思うだろう。


 しかし三人とも幼年学校を飛ばして士官候補生学校を卒業している特別な人たちらしい。それに加え、サルヴィア小隊長は卒業試験で十二機相手に一機で生き残り、あまつさえ相手を五機も撃墜し、史上最年少で騎士鉄星形勲章を授与されている。


 そんなすごい方と聞いていたからさぞ戦いに飢え、人の死に何の感情も抱かないような人間かと思っていた。

 しかし初めてお会いした時の第一印象は「まるでお人形さんのように可愛らしい女の子だなぁ」だった。ただちょっと感情が読み取りにくい人だなとも思ったが、しかし予想していた鬼のような人ではなかった。


 それでいて自分が入隊義務で従軍しているということを尋ね、「貴官の義務に対する態度には敬意を示そう」とまでおっしゃってくださった。

 実力も並外れているうえに優しさも兼ね備えている上官に恵まれたのは本当に不幸中の幸いだったと思う。


……それにしても先任たちだけで構成される第一小隊は綺麗な編隊を組んでいる。

 それに対し私たちの第二、第三、第四小隊はそれほど綺麗な編隊を組めていない。その中でも私は特にひどいんじゃないかと思う。


 そんなことをボーっと考えていたらサルヴィア小隊長の『エンゲージ!』という無線とともにサルヴィア小隊長は急制動をとる。

 訳も分からずとりあえずサルヴィア小隊長の後ろを頑張ってついていくが途中で見失ってしまう。


 おそらくは敵と接敵したのだろう。このままでは撃墜されてしまうから訳も分からないまま回避機動をやたらめったらにとる。そのうち周りの状況がつかめてきて明らかに私達R&Hインダストリーの航空機ではなく舩坂重工業の航空機と思しき深緑色の機体が目に入る。相手も初めてなのか随分と直線的に飛んでいる。


 そんな相手の背後につき照準器に敵機を収め機銃の発射トリガーを引き絞る。何発か当たったところで相手もこちらに気づきようやく回避機動をとる。しかし弾のあたりどころが悪かったのかあまり回避機動をとれていない。


 ほとんど死に掛けの敵を撃つのはためらわれるがとりあえずトリガーを引く。

 今度は綺麗に命中して敵機は黒煙を吐きながらくるくると墜ちていく。私の自意識は初めての戦闘で一機墜とせたという喜びと、人を一人殺したという自己嫌悪の狭間でフラフラとさまよう。


 そうやって惚けているとパチッパチッという音で意識を現実に叩き戻される。

 そして目にするのは前に向かって飛んでいく曳光弾。自分は発射トリガーを引いていない。ということは自分の後ろに撃った者がいるということである。そして先ほどの異音は弾が跳弾した音だろう。


 ふとキャノピーに備え付けられた鏡を見ると照準器越しに後ろについている敵機のパイロットと目が合った気がした。あぁ、ここで死ぬんだと思い思わず目をつぶる。

 しかし何秒か経っても撃たれない。何事かと思い目を開け後ろを見ると敵機はおらず、敵機がいたであろう所には黒煙のみが残されていた。


 そんな光景を茫然と見ていると無線機からサルヴィア小隊長の声が響く。


『こちらポーン04。ポーン06無事か?』


「は、はい。大丈夫です」


『そうか、ならぼさっとするなとりあえず動き続けろ直線的な動きをする奴はカモにされるぞ』

 

「りょっ、了解! ありがとうございます!」


『気にするな。礼を言う余裕があったら生き残る努力をしろ』


 どうやら小隊長に助けられたようだ。とりあえず言われた通り回避機動をとり続ける。そうして五分ほど経った後今度はクレマチス中尉から全員に無線が入る。


『こちらポーン01。ポーン06はいつまで回避しているんだ?』


「へっ?」


『もう戦闘は終わった、編隊を組みなおせ』


 無線機越しに先任たちの笑い声が聞こえ少し恥ずかしさを覚える。しかし先任たち以外に笑う余裕のある者はいないようだ。

 部隊は偵察任務を終える。結果から言うと敵の司令部はなかった。残念ながら今回は無駄骨だったということだ。


 斯くして私たちは再度編隊を組みながら帰還する。

 チラリとあたりを見てみると中隊の数が何機か減っている気がする。うちの小隊からは犠牲者は出ていないがフィサリス少尉、シティス少尉の隊から一機づつ減っている。


 やはり初陣から厳しい任務、自分が生き残れているのはほんの少しの奇跡とサルヴィア小隊長のおかげに違いない。そう思いながら空を見上げる。相変らず冬場の太陽はまぶしい。


 太陽を見ていると黒い点の様なものが見える。

 すぐにわかった、敵機だ。ここまで追ってきたのだ。この情報を伝えるべく無線機に向かって叫ぶ。


「太陽の方向! 敵機です!」


 そう叫んで間もなくサルヴィア小隊長の機体に何発もの曳光弾が突き刺さっていき、小隊長はクルリクルリと、最年少で騎士鉄星形勲章を授与された天才にしてはあっけなく墜ちていく。


 命の恩人であるサルヴィア小隊長を目の前で墜とされ我を失った私は旋回している敵機に喰らいつき旋回戦を始める。

——舩坂重工の戦闘機は運動性能が桁違いなのも忘れて。


 圧倒的な運動性能を持つ舩坂産の敵機に格闘戦を挑んだ私はあっという間に背後をとられ蜂の巣にされる。


 火だるまになりながら墜ちていく機体の中で最期に私が思ったのは熱いということと、なんでこんなことになったのだろう? といういたって普通の考えだった。

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