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第12話 簡単な仕事 1

——シックザール近郊前線A-05地区、上空 12月24日


 何故、こんなところに自分はいるのだろうか?

 練習機とは異なり計器類が増えたコックピットの中でサルヴィアの自意識は自問自答を繰り返す。こんなはずじゃなかったのに。と。


「ガル04よりヘッドクォーター。繰り返す、ガル04よりヘッドクォーター。応答願う」


 増えた計器類にあたふたしながらも司令部へ無線を飛ばす。

 横を見れば遠くに見える塹壕陣地。地平線まで続いている。

 砲兵陣地とはあれだろうか? かなり密集している。あそこを爆撃したら気持ちいいだろうが、残念ながら今乗っている機体『Sf109 メーヴェ』は爆装していない。


 それにこの世界において地上における航空機の近接航空支援というのは未だに確立されていないようで、せいぜい偵察、弾着観測、ちょっとした戦闘機による空戦しかない。


 今回の任務は敵砲兵陣地の偵察、および弾着観測。この区域では未だ敵航空機の目撃報告がなく、我々第113訓練飛行中隊の卒業実地試験に最適だとのことで我々はここを飛んでいる。ちなみに自分はこの空域のA-05という空域の担当となっている。


《ガル04、こちらはヘッドクォーター。感度良好、作戦を続行せよ》


 今まではさんざんであった。ほとんど詐欺まがいの勧誘で士官候補生学校に入校させられ、辞めるならば銃殺刑、逃げても百発百中のスナイパーに頭をぶち抜かれるというクソみたいな状況。


 だが幸いにも実地研修は敵機のいないとされる安全な空域。後は偵察して、砲兵の弾着観測をして実地研修はフィニッシュだ。最後のテストがこれだけで、あとは士官になれる。一兵卒として前線で使いつぶされるよりははるかにましだろう。


「ガル04了解。任務空域に到達。支持を乞う」


《ヘッドクォーター了解。所定の任務を遂行せよ》


「ガル04了解。前方に敵砲兵陣地を認む」


《ヘッドクォーター了解。当該地域に割り当てられている砲兵大隊のコールサインはグラント06。繰り返す、グラント06だ。当空域管制からの別命もしくは敵砲兵陣地の壊滅まで弾着観測任務に従事せよ。オーバー》


 無機質で感情を感じさせないヘッドクォーターからの無線が終わる。

 眼下に見えるは塹壕陣地、その後ろには砲兵陣地がある。

 正直あんな泥臭そうなところに配属されなくてほんとによかったと思う。あんな泥と汗にまみれた塹壕よりも多少狭くとも大空に解き放たれたコックピットの方が幾分マシだ。


《ガル04、こちら陸軍第16軍砲兵大隊、コールサインはグラント06、応答願う》


「グラント06、こちらガル04。感度良好。こちらはすでに敵砲兵陣地を認む、これより諸元を送る。確認されたし」


《グラント06了解。……これより初弾を発砲する。弾着観測を求む》


 その無線が終わるとしばらくして敵砲兵陣地付近に弾着する。初弾にてこの精度、流石である。これだけの練度を誇る砲兵がいるのだ地上の連中はさぞ頼もしいだろう。


「ガル04了解。……弾着確認、至近弾と認む。誤差は十メートル以内。

効力射を行われたし」


《グラント06了解。これより効力射を行う》


 そして味方陣地から一気に砲撃が始まる。あっという間に敵砲兵陣地は土煙に包まれる。それが晴れるころにはほとんど壊滅していた。

 あそこにも自分と同じくらいの子供がいたのかも知れないと考えると少し心が痛まないでもないが、そんな考えを吹き飛ばすほどの圧巻の光景である。


 砲撃が終わるころ、敵砲兵陣地の壊滅を待っていたと言わんばかりに味方の機甲部隊が前進する。微かに残った砲兵の水平射撃で何台かこちらの戦車が被害を受けているが、もはや焼け石に水だろう。


 これを一般市民は暖房の効いた温かい部屋のテレビで見るのだ。いいご身分なことだ。

 だが確かにこの圧巻の光景は見ごたえがあるのも事実。何よりこれを生で見ている自分自身がこんなにも興奮しているのだ。さぞ視聴率はいいことだろう。


《グラント06よりガル04、砲撃の効果を求む》


「ガル04了解。砲撃の効果を認む。敵砲兵陣地は壊滅。現在機甲部隊が前進中」


《グラント06よりガル04、協力感謝する。オーバー》


 ふぅ、一つ仕事は終わった。後は適地を軽く偵察して砲兵隊のうち漏らしがないか確認せねば。にしても機甲部隊が塹壕陣地を乗り越え敵を蹂躙する様は圧巻だ。

 そして機甲部隊が耕した後を歩兵が前進していくとは、なかなかによく考えられた戦術だ。


 だがしかし今日とったこの地域も一週間後にはまた奪い返されてしまうのだろう。これだけ一方的に押し込んでもまた押し返されるというのだから不思議だ。

 まぁ、すぐに戦争が終わってしまったら困るという企業側の思惑もあるのだろうが、いい加減勝って相手の株を奪いたいとは思わないのだろうか?


「ガル04よりヘッドクォーター。繰り返す、ガル04よりヘッドクォーター。応答願う」


《ガル04、こちらヘッドクォーター。どうした?》


「ガル04よりヘッドクォーター。今弾着観測任務を終えた。再度偵察の結果、砲撃の効果は絶大と認む。繰り返す、砲撃の効果は絶大と認む。」


《ヘッドクォーター了解。ガル04は別命あるまで当該空域にて偵察任務に当たれ》


「ガル04了解。偵察任務に従事する。オーバー」


 どうやらまだ飛行場には返してはくれないみたいだ。

 こちらの世界でもサービス残業とは、何とも自分のいる世界はどれもことごとく自分を休ませてはくれないらしい。


 自分には何の利益もない仕事をサルヴィアは淡々とこなす。しかしいくらサービス残業とはいえ仕事に穴があったら責任を負わされるのは間違いなく自分になるであろう。


 故にちゃんと目を凝らし、少なくとも自分の受け持つ区画だけはしっかりと偵察する。いざ、なにかあったときに「自分の担当区画はちゃんと偵察してました」と言えるように。


 そうして目を凝らしているとかなり遠く、低高度に何かを見つける。


……なんだあれは? キャノピーの汚れだろうか? ……いや、いくら拭いても取れない。外についているという可能性もあるが……、あの点動いていないか?

もしかして敵機だろうか?


「ガル04よりヘッドクォーター。繰り返す、ガル04よりヘッドクォーター応答願う」


《こちらヘッドクォーター、どうかしたのか?》


「距離はかなりあるが、方位35、低空に機影らしきものを認む。確認求む」


《ヘッドクォーターよりガル04、当該空域に貴官以外の航空機はいない。繰り返す、当該空域に貴官以外の航空機はいない。》


「……ガル04了解。これより未確認機をボギーとして扱う。オーバー」


……クソったれ! この地域では敵機はいないんじゃなかったのか⁉ おそらくここだけに来やがったのだろう。まったく運の無いことだ。

 あぁ、畜生! なんで自分のとこだけなんだ⁉ まったく、……クソったれの神に災いあれ!


 どんどん近づいてくる。まだ遠いが数は……、一、二、三、四…………

……中隊規模はないか? あれ。

……これはヤバい。たった一機で中隊を相手にすることなんて無茶だ! クソっ! 今日は簡単な仕事になるはずだったのに……!


 サルヴィアは自身のあまりの不幸に驚愕しつつ、必死で無線機の向こうにいる司令部の担当官に呼びかける。


「ガル04よりヘッドクォーター! 繰り返す、ガル04よりヘッドクォーター! 応答願う!」


《こちらヘッドクォーター。どうぞ。》


「ボギーの機数は十二機、中隊規模だ! 即時撤退の許可を求む!」


《こちらヘッドクォーター。撤退は許可できない。繰り返す、撤退は許可できない。情報収集に努め、攻撃があった際は交戦せよ》


「こちらは一機、相手は十二機! 彼我の戦力差があまりに大きい。せめて増援を求む!」


《増援は今、一個飛行中隊がそちらに向かっている。三百以内に到達する、それまで遅滞戦闘に努めよ》


……いまなんと? 三百以内? つまり五分以内ってことか⁉

 十二機相手に一機で五分も耐えろと⁉ 自分は司令部いるからって暢気(のんき)なことぬかしやがって! 


《貴官に戦乙女(ヴァルキリー)の加護があらんことを》


 何が《《戦乙女》》だ! 結局は神頼みか⁉ 


「……あぁ、私に戦乙女のご加護があらんことを」


 クソくらえだ! クソったれの司令部も、クソったれの戦乙女とやらも!

あぁ、司令部とクソみたいな神様に災いあれ……!



 サルヴィアは司令部とこの世界においては絶対不可侵の神に心の中であらん限りの罵声を浴びせかけ、敵機のいる方位へ機首を向ける。


——その日、少女の仕事は簡単なはずだった。

読んでいただきありがとうございました。

評価、ブックマーク登録なんかしていただけると大変うれしいです。

では改めて読んでくれた貴方に心からの感謝を。

以上、稲荷狐満でした!

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