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苦手な方はご注意ください。

黒騎士様に花束を

作者: 河原田 甚兵衛

戦場での死者数の平均人数は両軍合わせて約1500人。

帝国と王国の人口が3ヶ月に一度大量消失していく中で、自分が人口減少にどれほど貢献しているのだろうか。

とは言え、俺の場合は特殊だが…


王国は純貴族連合とでも呼ぶべきか。

王権より賜った貴族位というものにしがみつく老獪達と、自身の力を発揮して貴族位に相応しい実績を得ようとする寵児とがそれぞれ争っている。

帝国の連合軍と戦っている最中にもだ。


若きカリスマ、時の人物であるアウグスト・レル・ハーデンは腐敗した貴族達の一刻も早い処罰と帝国への戦線継続のための情報戦へと向けて部隊を結成した。

王国特殊陸戦部隊:レイシャー 通称黒騎士部隊。

レイシャーはその独特な黒い鎧と貴族を殺す貴族としての侮蔑を込めて黒騎士(聖騎士からは最も遠い存在)と呼ばれている。

アウグストはそこまで織り込み済みで部隊を結成しているはずだ。

でなければ誰がわざわざ色を変えた鎧で目立たせるものか…


行きすぎた領主の蛮行、自分達を上位貴族と自称しては失策を繰り返し、平民を害する名ばかり貴族。違法な奴隷取引をする商人。

行きすぎた善政は逆に圧迫感を与え、治世に影響するが、こういった明らかに侮蔑すべき行為を排他しようとするアウグストの改革は俺の肌に合った。

だからこそ、黒騎士隊所属となれたのだろう。


「肥えた豚共の粛清も大凡終息が見えた。故に我らにも自軍ではなく帝国軍を撃つべき機会が設けられた。王国より西へ向かい、レルガスの街で防衛線を張る。本体は王国に残るため防衛隊隊長を任命する。そうだな。お前を任命しよう。」


黒騎士隊総隊長であるパリフ・ミラノフが俺の両肩に手をついて宣言する。


「私…ですか?恐れながら陸上部隊において遊撃隊にいた私に防衛の任は不向きかと思いますが。」


「それでもだ。それにお前にはレイシャー300人の総指揮をとってもらうだけだ。聖騎士やノンカラー併せた1200人を前にすればお前らはミルクの中の一滴の珈琲のようなものだ。あまり気負う必要はない。」


西部戦線は東部のそれと比べると比較的激化しずらい。

これは西部の主要都市であるレルガスの街が戦略的価値があまり無いからだと言える。

王国から遠く整備されていない道、特産品は珍しい黒と青の薔薇。

挟撃の態勢をとりたい帝国からすれば必要ではないか?と考える人物もいるが、そのために兵力を分散すれば東部戦線を制圧され敗戦が予想される。

つまり、東部戦線を維持するのと西部戦線を攻略するのでは価値が前者に傾くのだろう。

そう思えば楽では無いが肩の荷もおりる。

それに、我々レイシャーに全軍を指揮するような事もなかろう。


「承知致しました。我らレイシャー隊300名を率いてレルガスへと馳せ参じます。」



レルガスへ到着したのは任を受けた8日後。

既に到着していた聖騎士隊やノンカラーの兵士達とは別に拠点をはり、兵士達を休ませる。

幸運なのは天候に恵まれた事だろう。

長旅の割に疲弊度合いは低く見える。

俺たちが到着したのを確認すると聖騎士隊の兵士の一人が俺の方に近づいてくる。

聖騎士からは嫌われているのは自覚している。

嫌味の一つでも頂いておこう。


「レイシャー隊の部隊長のアベル殿ですね。到着も早々に失礼します。自分は聖騎士第二騎兵輸送部隊のジェラルドと申します。総隊長殿から仰せつかりまして、各部隊長殿を案内させていただいております。お疲れの所、申し訳ありませんが本陣へとご案内させていただきます。」


これには驚いた。

聖騎士隊が俺たちレイシャーにこのような対応をとるとは到底信じられなかった。

そして同時に嫌な予感がした。

嫌われ者ならいっそ楽だが、このような対応をみると総隊長殿は俺らを正しい形で戦力と見なしている。

つまり、比較的穏やかな西部戦線で何かが起こっているという事だ。

ジェラルドに案内され本陣へ到着する。

本陣の前には2名の聖騎士隊が構えており、こちらは予想通りこちらを侮蔑が込められた視線で刺してくる。

俺は兜を被ったまま声を張り上げる。


「レイシャー部隊300名、只今到着致しました。自分は部隊長を任されております、アベルと申します。」


「貴様!卑しい黒騎士隊の癖に何を大仰に騒ぎ立てるか。家名も名乗らず兜も外さないとは、総隊長殿に失礼ではないか!さっさとその汚らわしい甲冑と共に自身の陣営へ戻るがよい。」


なんとも心地よい言葉だろうか。

先ほどのジェラルドの敬うような言葉の方が俺には堪える。


「馬鹿者共!レイシャー隊の事は知っておろう。貴族をはじめとした自軍へと刃を向けるために黒騎士隊は家名を名乗ることを許されず、その姿も同部隊の者の一部にしか見せられんのだ。それにアベル殿の逸話は知っているだろう。我らと共に戦うに相応しい御仁だ。アベル殿が剣を持って敵を屠ろうと言うのに貴様らは弁舌で自軍を貶める気か。聖騎士隊の恥共が。それにこれは総隊長殿直々の命である。今すぐアベル殿を通さぬか!」


俺の体躯に隠れていたジェラルドが声を上げると、二人の聖騎士は目に見えて驚き慌てて本陣へと道を開けた。

この様を見るにジェラルドは聖騎士隊の中でもかなりの権限をもっている上流貴族であることが分かる。

そして、俺の不安は募る。

それほどの男が信じてやまない総隊長殿が我々の力を求めていることに。


本陣に入ると俺でも知っている顔ぶれ達。

聖騎士隊総隊長アンドリュー・ガーランド

一般騎士ノンカラー大隊長イアン・マッケンジー

そして、俺が知り得る中で最も優秀で苛烈、アウグストの左腕と呼ばれる参謀家:カレル・オーギュントが地図の上の駒を動かしながら呻いていた。

カレルは本陣へと足を踏み入れた俺を確認すると片手を上げて出迎えた。


「やぁ。黒騎士隊の部隊長殿。君が来るのを首を長くして待っていたんだよ。補給部隊や騎馬輸送部隊への作戦命令の統合は終わったんだが、肝心の防衛線の要である歩兵・戦闘騎馬部隊とはまだだったんだ。まぁ、かけてくれたまえ」


ジェラルドが引いた椅子に座ると聖騎士隊のアンドリューが小さく舌打ちをする。

「兜を外さなぬ不作法、誠であったか。裏切者かもわからぬ者と手を組まなければならないのが此度の戦の最も大きな不安要素であるな」


するとカレルがそれを手で制すると静かに口を開く。

「やめないか、アンドリュー。今回の戦いで黒騎士隊が重要な役割を担っているのは君なら理解できるだろう?…いやぁ、すまなかったね。早速だが君ら黒騎士隊の作戦を伝えよう。」

カレルは机に広げられた王国西部の拡大地図を指でなぞり、その作戦の概要を話した。


「この本陣より西へ数刻、ハイミーの峠がある。峠の中腹にて帝国兵1000名への強襲作戦を行う。この強襲作戦を黒騎士隊に担ってもらいたい。」


「300対1000では余りにも戦力差があります。とても勝て得る作戦とは思えませんが」


「勿論だ。強襲後、機を見て反転・撤退をしてもらう。潰走したと思った帝国軍は君達を追ってくるはずだ。峠から抜け出したら左右へ展開。峠から出てきた帝国兵は王国軍1200名の布陣と相手をすることになる。彼らは反転しようにも後ろから迫って来る自軍の兵とぶつかってしまう。これを機に敵の指揮官を討ち、帝国の戦力を削ぐのが狙いだ。」


カレルは一息に言葉を羅列すると一つため息をつき、銀色の束ねた長髪を揺らして深々と椅子に体を預ける。


「なんと壮大な作戦。平原へと出てきた帝国兵は我ら聖騎士隊が圧倒しましょう。」

アンドリューがカレルの作戦に力強く頷くと声をあげた。

そこにおべっか担ぎなどの算段は見られず、心の底からカレルの作戦を素晴らしいと思っているのだろう。

かくいう俺もそうだ。

カレルの作戦は成功率が高く、リスクも少ない作戦だと思う。

ただ、それは聖騎士隊やノンカラーに限って言えばだ。

俺らレイシャーにとってはかなり危険な作戦だ。

恐らく戦死者は部隊の半数に登るのではなかろうか。

作戦行動に異議を出すものは居らず作戦会議は進んでいく。


「黒騎士隊のアベル部隊長、君は異議を申し立てなくて良いのかな?」


会議も大詰めというところでカレルが尋ねてくる。

青色の瞳で射抜くように。


「…今回の作戦、我々レイシャー隊は作戦の要であり、最も危険な作戦行動を取ります。そのためにもカレル総隊長と細かい作戦を含めお時間をいただければと思います。」


「貴様ぁ!オーギュント殿はお忙しい身、兜も外さぬ不作法ものと一緒にさせろなどと言うのは、不作法が過ぎるぞ。まさか帝国のスパイではあるまいな?」


「よさないか、アンドリュー。アベル部隊長の言うことも最もだ。聖騎士隊を含めた1200名の兵士達のためにも黒騎士隊との細かい連携は不可欠だ。それに副官のジェラルドもつける。心配は無用だ。」


カレルが片手でアンドリューを制する、そんな一幕で会議は終了し、本陣にはカレル、ジェラルド、俺が残された。


「して、アベル部隊長。本当のところは作戦の細かい連携などとは嘘だろう?私に何を言いたいのか聞こうか。」


「実はその通りなのです。アンドリュー隊長がいらっしゃると拗れると思いまして…この度の作戦を実行する我らの部隊の士気を落とさないためにも特別な報酬をいただきたいのです。」


俺の提案にカレルは口元を歪めると青い瞳を揺らした。


「そうだな…なんでも好きに申すとよい。私が叶えられる事ならなんでも叶えてみせよう。それが君達黒騎士隊300名全員に対する報酬だ。」


「そのお言葉、ありがたく頂戴致します。」


カレルは夢想主義者でも無ければ、平和主義者でもなく、かといって人が辟易する程のリアリストでもない。

黒騎士隊の死者数と生き残ったという実感を味わった後の心理状態を理解しているからこそ言える言葉だ。つまり、それ程に黒騎士隊の戦死者を見積もっているのだろう。

俺は一礼すると、ジェラルドと共に本陣を跡にした。


「しかし、面白いものですなぁ」


黒騎士隊の拠点へ向かう途中に突然としてジェラルドが呟く。


「一体なにがでしょうか?」

「それですよ!正に今のアベル殿です。オーギュント殿と喋られている貴方は変に声が上ずって聞けるものではありませんでした。オーギュント殿は実力主義を標榜に掲げるお方、緊張のし過ぎはかえって無礼に見えるかもしれませんよ。」


「ジェラルド殿、私のような身がオーギュント様と話せただけでも頑張ったと褒賞を頂きたいものです。」


ジェラルドは口を歪めて大きく笑った。

彼の人の良さにつけ込み、一つ質問をする。


「ところでジェラルド殿。私には此度の作戦、どうもやり過ぎに思えるのです。」


「ええ。実は私もそう思いオーギュント様に尋ねてみたのです。…実は眉唾な話なのですが帝国に"制定者"と名乗る一騎当千の猛者が現れたというのです。奇術と見たこともないような武器を使う黒髪の少年。その制定者を帝国が懐柔し軍の編成に入れていると噂がたったのです。そして、今回の西部攻略作戦に参加するのではないかとね。」


制定者…か。

狂言のようではあるが、カレルがその情報を元に作戦を立てたとなれば全てとは言えないが信憑性はあるのかもしれない。


「それにですな。カレル様にはご兄弟が居られるのです。上の弟君のタイレル様は東方戦線における作戦指揮を取られるカレル様にも引けを取らない麒麟児。下の弟君のベアル様はノンカラーの部隊長を任せらる傑物で、今は東方戦線の秘匿任務にあっているのだとか。カレル様は大変兄弟想いでいらっしゃいますから、此度の戦を早く済ませてしまい二人の弟君がおられる東方戦線へと身を投じたいのでしょう。」


ジェラルドは一呼吸つくうちに喋ると同時に、苦味を含んだ面持ちになり続ける。


「今回の作戦で先陣を駆られるアベル殿には関係のない話でしたね。ご不快でしたか?」


「いや、聞けて安心しました。指揮官殿も人なのだと。明日、レイシャー隊は峠へ向けて出立します。本日は部隊員に心ばかりの休息をいただきます。」


「勿論ですとも!レルガスの若娘たちが黒騎士隊…失礼。レイシャー隊へと食事を持って参ります。英気を養っていただきたい。」


ジェラルドと別れた俺は作戦の概要を頭に叩き込みながら自身の部隊員を説得するために拠点へと戻った。



レルガスの丘には独特な黒と青の薔薇が咲く。

昔一度だけ母と来たことがあった。

5つの頃だったと思う。

その後すぐに母は他界して貧乏貴族の俺達は苦労したものだ。

当時はこの黒と青の薔薇が不気味で母に泣きついたっけか。

「黒騎士隊の部隊長じゃないか」


不意な声に視線を移せば銀髪を揺らして歩くカレルを捉えた。

俺は直ぐに姿勢を正そうとするが、カレルに手で制される。


「レルガスの丘には一度来たかったんだ。月夜に浮かぶ漆黒と蒼の薔薇が美しいと聞いてね。」


「…明日、出立し作戦を成功させます。この丘の薔薇一輪たりとも帝国に踏み荒らせません。そのためにも先陣はお任せください」


「頼りにしているよ。黒騎士隊部隊長殿。さて、見るべきものは見たし僕は失礼するよ。あまり遅くなるとジェラルドに叱られるからね。」


カレルがゆったりと歩みを進めようとするとその進路先に少女が居た。

いつの間に居たのだろうか?

俺には足音も気配も感じられなかった。

少女はカレルと俺の近くに歩み寄ると黒と青の花束を渡してきた。


「聞いたの!ここを守ってくれるって。だから黒騎士様に花束を」


満面の笑みの少女は花束を渡すと走り去って行く。

同時に一陣の風が丘を駆け抜けて青と黒の花びらが舞う。


「青の薔薇は奇跡、黒の薔薇は守護という意味があるらしい。私も君の無事を祈っているよ、色男」


カレルは陣営へと歩みをすすめる。

その背中が小さくなり見えなくなると思わず呟いてしまう。


「…わかっているよ」



本陣を出立して二日、峠へ入る前に帝国軍の物見を確認してから進軍する。

これは帝国軍に奇襲をかけるのを知らしめるためだ。

案の定、物見の兵士は俺たちの姿を確認すると反対側へと消えていった。


「よしっ!レイシャー隊の皆、よく聞け!これより我らの奇襲攻撃を始める。とは言っても相手には筒抜けだ。危険な任務となるだろう。しかし、功をあげたものにはオーギュント様よりどんな願いも叶えていただける。ここが我らの正念場である。俺が先陣を切る。皆、俺に続け。」


レイシャー隊の皆を見ながら声を上げる。

黒色の兜で隠れ、表情は見えないが声を張り上げるだけでも彼らの力になればと思う。

肺に取り込めるだけの空気を吸うと勢いよく、駆け出した。

「レイシャー隊、突撃ぃぃ!」



帝国軍との戦闘は思いの他、善戦したと言って良いだろう。

帝国の指揮官がよほど人材不足とみえる。

未だ後方に見える本隊からの指示が無く、帝国軍は狭い戦場で苦労を強いられている。

俺らの奇襲を見越したため、もう少し対応をしているかとも思ったが、相当に優柔不断なのだろう、陣形も変えずに応対している。

帝国本隊をもうすこし引きつけてから撤退しようと思ったが、ここまで主体性に欠ける指揮官だと乗ってくるかわからない。

このまま優勢に持ち越せば本隊の出番は無くなるかもしれない。

相手が撤退を開始すれば後追いをする必要もないだろう。

それこそ、反転して追い込まれる可能性もある。

このまま優勢を継続する。

均衡が破れたら作戦通り潰走を始めるさ。


多勢に無勢とはこの事で流石に押され始めてきた。

帝国は本隊ではなく中隊規模で指揮を委譲し始め、各部隊長の連携がしっかりしているようである。


「レイシャー隊!退却!退却!」

帝国軍に聴こえるよう、俺の言葉に他の隊員も声を張り上げて反転、撤退を始める。

想定通り帝国軍は追撃を仕掛けてくる。

俺を先頭に部隊は、随分と寂しくなったレイシャー隊は撤退中も数を減らして峠を駆ける。

峠の入り口へと差し掛かり俺は左側より回り込んで本陣へと向かう。

レイシャー隊は部隊再編の必要がある。

それに俺は部隊長としてカレルに峠奇襲作戦の報告もしなければならない。

ノンカラー、聖騎士隊の包囲を抜けて本陣へと戻る。

ノンカラー隊のイアン・マッケンジーが声を張り上げて誘い込まれた帝国軍の殲滅を開始した。


包囲網の左側最奥にカレルのいる本陣がある。

俺は兜姿のままカレルに告げる。

「レイシャー隊部隊長のアベルです。奇襲作戦及び誘導作戦の報告に参りました。」


にこやかな笑顔を携えてカレルが座るように促す。


「ご苦労。首尾は如何程かな?」

「帝国軍の指揮官は奇襲に対応できず、中隊規模での作戦行動に変化、我らレイシャー隊の兵士約180名を犠牲に奴等を誘き出すことに成功しました。」


カレルは何時も使っている深い椅子に体重を預けた。

「そうか…ご苦労。黒騎士隊は充分すぎる程の戦果をだした。部隊を再編してレルガスの街へ戻るといい。急ぎ治療が必要な者は直ぐに治療すると良い。」


カレルはこう言っているが俺としてはこのまま本陣の防衛隊として残りたい気持ちはある。

しかし、レイシャー隊はかなり疲弊している。

誰かを任命してレルガスの街に戻らせる事も出来るが…


「残ってもらう必要はないさ。後はイアンやアンドリューが帝国軍を圧倒するだろう。それに私の護衛にはジェラルドがいる。君たちの作戦が成功した時点で戦いは優勢だ。言い方は悪いがたかだか100名程度の手負いの兵にしてもらう事はないさ」

「承知致しました。それではお言葉に甘えさせていただきます。」

「ああ。ゆっくりすると良い。」


カレルへと一礼してから本陣を出る。

その際にジェラルドから労いの言葉を頂戴して、俺はレイシャー隊を率いてレルガスの街へと向かった。


レルガスの街へ着いたのは翌日の夜だった。

カレルの本陣を出たのがまだ日が高いうちだったからだろう。

部隊員たちを街で休ませて俺はレルガスの丘へと向かった。

ここから戦場は見えない。

あの状況を考えれば既に戦いに勝利して戻っている最中だろう。

周りに誰も居ないことを確認して兜を外す。

薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、澄んだ空気が肺を満たす。

目を閉じれば静寂。

ここに一時の安らぎがある。


そこへ静寂を遮る音があった。

馬の駆ける音が複数。

本隊が戻るにしては飛ばし過ぎである。

非常事態に備えて俺は兜を付け直す。

俺の目が捉えたのはカレルとジェラルド、アンドリューがこちらへ移動してくる様子だった。

彼らは俺に気づくと話せる距離まで近づいてきた。

馬から降りないところを鑑みるに状況は切迫しているようだ。


「一体何があったのです?」

俺の一言に聖騎士隊のアンドリューが息も絶え絶えに応える。

 

「制定者だ。例の男が戦線に出てからと言うものの我らが部隊は悉く敗れ今に至る。最前線にて状況を判断した俺がオーギュント様とジェラルドを連れて撤退したのだ。しかし、オーギュント様の銀髪は目立つ。制定者は自分達を追ってきている。数十人の兵士が一人の、しかもあんな青年に切り伏せられるなど、明らかに人智を超えた力だ。」


「アンドリューの言う通りの状況だ。奴は私を追って来ている。その間にイアンが帝国軍を制圧している筈だ。帝国軍をあらかた片付けたらレルガスへと駆けつけ挟撃できる。しかし、困ったものだ。これで対帝国への作戦を練り直さなければならない。」


アンドリューと打って変わってカレルはどこか平和ボケした口調で話す。

一人の男でそこまで戦線の状況は変わるものなのか。

信じられないが、ジェラルドの切羽詰まった顔を見るに本当の事なのだろう。


「私がここで食い止めましょう。その間に王国へお戻りください。奴らの狙いはレルガスの街でしょう。敗戦となってもオーギュント様のお命があれば再度この地を奪還できるでしょう。」

「しかし、それではお前が」


俺の言葉にアンドリューが言葉を詰まらせる。

とても作戦会議の時に俺を罵った人物とは思えず、隠れた口角が少しだけあがる。


「覚悟の上です。常在戦場を標榜に掲げるのが我らレイシャー、武装もしておりますので急いで王国へ。そしてその制定者を倒す術を持ってこの地を奪還してください。」

「わかった。レイシャー隊部隊長アベル殿。貴殿の忠誠心、嬉しく思う。ここは任せる。アンドリュー・ガーランドの名の下に貴殿の家族に不便はさせぬ。」


馬上から頭を下げるアンドリュー。聖騎士隊の隊長殿から頭を下げられるなんて今後一切ないだろう。


「アベル殿。御武運を」

敬礼をしながら寂しげな笑顔を浮かべるジェラルド。


「すまないね、黒騎士隊部隊長殿。今の私には奴に対抗出来うる策が思い浮かばない。カレル・オーギュントは卑怯者の役立たずと思ってもらって構わない。私の為に命を散らしてほしい。」


カレルは俺が制定者に敵うわけがないとわかっているのだろう。

そして、俺が知っている中で最も優秀な男がここまで言ってるのだ。恐らく制定者とはそれ程の男なのだろう。

カレルの言葉に頷くとジェラルドが促して3人は馬で王国へと姿を消していく。

俺は銀髪の後ろ姿に声を掛けられず、それでもカレルの身を案じた。


彼らを見送って数刻後、やつは現れた。

馬を手繰る黒髪の青年は俺に気づくと馬から降りた。


「おっとぉ。黒い騎士か!カッコいいじゃん。お前は王国の強いやつなの?」

軽薄な喋り口である。

しかし、血で汚れた格好から放たれた軽口はどうにも不気味である。

「貴殿が制定者と呼ばれている者か。私は王国特殊陸戦部隊:レイシャー隊部隊長アベルだ。手合わせ願う。」

制定者はこちらの言葉を聞くと口角を歪め、小さく笑う。

「いいねぇ!特殊部隊の隊長ってのがいい!…どれどれ、ステータスオープン!…へぇ!今まで見たやつの中で1番強いじゃん!」


訳の分からない事を呟くとまじまじと虚空を見つめる制定者の青年。

とてもでは無いが王国兵を蹴散らした豪傑には見えない。それどころか、何処か頭に病気でもあるのではなかろうか。


「あれ?あんた名前違うじゃん。へぇ、スキルはなしね。あぁ、それと俺は制定者じゃなくて、転生者ね、転生者。名前は…ってまぁ、経験値になるだけのアンタには関係ないか」


意味のわからない事をぶつぶつ呟いたかと思えば、やつの顔から笑顔が消える。その瞬間

「っ!」

咄嗟の事に身体を反転するように奴の攻撃を避け、そのままの勢いでクレイモアを振る。

転生者は素早い身のこなしで避けると口角を歪めた。


いつだ?奴はいつ俺の目前まで迫って剣を振ったのだと言うのだ。


「へぇー、俺の初撃を躱すなんて流石だね、隊長さん。でもアンタに時間かけられないんだよ。この戦いを平和的に終わらせるには手早く街を落とさないとだからね。それじゃ…死ねっ!」


奴の姿が消える。

必死に左右を確認し、奴の姿を探すが見当たらない。

警戒態勢を緩めず、いつでもクレイモアで迎撃できる体勢をとる。

逃げたのか?まさかな。

奴との実力差は明らかだ。撤退する理由がない。

突風がレルガスの丘の薔薇を揺らがせる。

瞬間、激しい音と共に胸に痛みが広がる。

声を発することも出来ずに視線を下に向ければ俺の身体に突き刺さる短剣。

柄を握り、笑顔の訂正者は剣を引き抜くとこちらを振り返ることなくレルガスの丘をゆったりと歩いていく。

意識が混濁し、やつの姿が徐々に小さく…



………

……

レルガスの丘に銀髪を携えた女性が佇んでいる。

彼女はこちらへ振り向くと目を細める。


「あら、ここまで来てしまったの?しょうがない子ね。宿で待っているように言ったのに」


困ったような声音だが笑顔を絶やさずこちらへとゆったりと歩みを進める。


「母様、こんな所にいては恐ろしい悪霊に呪われてしまいます。はやく帰りましょう」


母は俺を抱き寄せると頭を撫でて話し始めた。


「貴方は優しくて勇敢な子ね。怖いのにここまで来て…でも大丈夫よ。私はここの薔薇が大好き!それにここにいるのは悪霊なんかじゃ無いわ。きっと綺麗な妖精さんよ。貴方が…ベアルが良い子にしてたらきっと妖精さんは会うことが出来るわ。」

「妖精さん?」


「そう妖精さん。お母さんが小さい頃に一度だけ会ったことがあるの。私の白銀の髪が綺麗って褒めてくれてね…私、ここが大好きだわ。綺麗な思い出と綺麗な薔薇を見ることが出来るここが大好き。だから何度でもここに来ちゃうんでしょうね…さぁ、戻りましょう。明日レルガスから帰ったらカレルお兄ちゃんとタイレルお兄ちゃんにレルガスの丘を見たって自慢してあげなさい。きっと2人とも悔しがるはずよ。」


「うん!」


母と手を繋いでレルガスの丘を歩く。

突風が吹き、薔薇の花弁が宙を舞う。

幻想的な光景に笑顔を浮かべる母、そして、俺の視界の奥にはニコリと笑いながら口元で人差し指を立てる少女。


これは俺の記憶だ。

レイシャー隊部隊長アベルではなく、本当の俺、ベアル・オーギュントとしての記憶。

母が生きていた頃の貧乏貴族の三男の懐かしく暖かい記憶。


「思い出した?私達と貴方の出会いの記憶」

冷たげな、しかし何処か艶やかな声が響く。

そして女が現れた。

艶やかな黒髪に、切長の瞳。今まで見たこともないような背筋が凍るような美女が蒼いドレスで語りかける。

彼女の傍らには藍色の髪の黒いワンピース少女がいる。

先日、俺に花束を渡した少女だ。


「私達はこの地に眠る青薔薇と黒薔薇の精霊、ラティア。久しいわね。オーギュント家の三男」


俺を知っている?記憶の少女だと言うのだろうか?

「貴方が幼い頃に見たのは私です。もっと正しく言うのなら私たちです。」

私たち?

この少女も精霊なのか。


「ええ。私は黒薔薇の精、レルガスを害するものを排除する意思。この娘は青薔薇の精、レルガスを愛するものを守護する意思。転生者が現れたことで魔力が世界に流れ始めました。それによって私たちは意識体でのみ顕在出来たのです。」

そうか…

それで俺にどうしろと言うのだ?


「この地を守って欲しいのです。私たち精霊の力を、加護を与えます。そのためにもその娘を連れていきなさい。」

この娘を?


「ええ。青薔薇の精である彼女なら貴方を傷つけずに守護を与えてくれます。そうすれば転生者など貴方の足元にも及ばないでしょう。」

あの男を止められるなら願ってもないことだ。

意識をすれば少女と手を繋ぐような感覚を感じる。

これが「連れて行く」と言う事なのだろう。

なにも本当に少女を連れて回る訳ではない。

そして、俺はもう一方の手で黒薔薇の精の手を掴む。


「何をしているのです?オーギュント家の三男。私を連れて行く必要は無いのです。」

君は俺に言ったじゃ無いか。

私との記憶と。

見せてくれたのは君なんだろう?

黒薔薇の優しい精霊、君も併せてラティアなんだろう。

母が愛したレルガスの妖精、君の力も俺に貸してくれないか?


ラティアは少し驚いた顔をすると顔を綻ばせた。

攻撃の意思と自称した冷たい瞳の美女にどこか母の面影を重ねた。

彼女は黒と青の薔薇を差し出すと優しい声で耳を撫ぜる。


「貴方の白銀の髪、お母様譲りでとっても綺麗よ、ベアル。私たちの力を持って行きなさい。黒薔薇と青薔薇の精霊の加護を。」

再び意識が混濁していく。

2人のラティアと融合するような感覚を残して…


レルガスの黒と青の丘を青年がゆったりと歩く。

眼前にレルガスの街を捉えると小さく笑みを零して。

黒い髪の青年は鎧を着込むことはなく、返り血のついた軽装が不気味さを煽る。


「そこまでだ。転生者。」

投げかけられた声に転生者:笹岡匠ササオカ タクミは振り返る。


そこには騎士が居た。

黒い鎧を身につけた白銀の髪の男。

手に持つのは普通の騎士が持つには相応しくない大きなクレイモア。

白銀の髪の黒い騎士と黒い髪の白いシャツの青年。

まさに、正反対の二人が相対した。


「あれ?アンタ…さっきの隊長さんじゃん!死んで無かったんだ。どうりでレベルアップしない訳だ。」

応答すると、同時に駆け出す。

目にも止まらぬ速さで黒い騎士へと接近すると、自身の剣を突き刺す。

高速の突き、彼の秘技であり必殺の"流星一閃"。

彼がこの技で倒せなかった者は未だかつていない。


笹岡匠は転生者である。

彼がこの世の女神と名乗る存在から授かったモノは3つある。

一つ目はオールスキャニング。

人の状態、能力、素性を知ることの出来る万能の目。

二つ目は身体強化。

速度、筋力、脳の処理速度の水準を高める、万能の身体。

三つ目は魔力。

あらゆる事象に干渉することが出来る万能の力の素。

この力がオールスキャニングや身体強化・武具防具の強化を可能にしている。


通常であれば、笹岡の剣がベアルの身体を貫くことは容易である。しかし、剣は黒い鎧を貫けず弾かれ、その勢いで剣を放ってしまう。

「あっ…」

間抜けな声で一呼吸つく前に笹岡の頬を黒い拳が捉える。

強大な力が込められた拳は笹岡の事を左後方へと吹き飛ばした。笹岡はレルガスの丘の薔薇を巻き込みながら勢いよく転がっていく。

「痛い!?痛い痛い痛い…鼻が折れたぁ…」

先ほどまでの余裕は何処へ行ったのか、彼は自分の顔をさすりながら垂れてきた鼻血を拭った。


ベアル・オーギュントに与えられた加護は二つ。

青薔薇の守護の力、魔力帯びる事による身体能力及び武器・防具性能の向上。

黒薔薇の憤怒の力、相手の魔力防壁を突き破る能力。

身体能力の向上は笹岡のそれに比べればたいした物ではない。

にも関わらずベアルは笹岡を圧倒する。

それは、彼の生まれ持っての素養と後天的な努力にとって、身体強化された笹岡は"その程度"の存在に過ぎないことを語っていた。


ベアルは笹岡へと急接近すると、その体躯を勢いのまま回転させる。

回転と同時に担いでいた黒の大剣が大きな弧を描いて笹岡へと迫る。

ベアルを中心に巻き起こる風圧は、"これからどうなるか"を予測して叫んだ笹岡の声をかき消し…レルガスの丘に鮮血が飛び散った。

こうして転生者、笹岡匠はその生涯を閉じた。



終わったか…

急激な倦怠感に思わず膝をつく。

青薔薇の加護があればこそ、この程度で済んでいるのだろう。

そうでなければ急激な負荷で死んでいてもおかしくない。

覚束ない足取りでレルガスの丘へ向かい、休息を取る。

仮眠を打ち破ったのは太陽が顔を照らし、馬群の音が聞こえた頃だった。

恐らくは峠攻略戦で戦っていたイアン率いる大隊が戻ってきたのだろう。

俺は黒の兜で顔を隠して、転生者の首を掲げた。

「制定者は討ち取った!この戦い我々の勝利だ。」



後から聞いたところによると自軍の戦死者は310名に対して帝国軍の被害は戦死者は約600名にのぼり負傷者を合わせると700名にもなるという。

レイシャー隊、その後の包囲戦と同量の戦果を上げているイアン率いるノンカラー大隊は高い評価を得た。

これでノンカラー達の権威が多少なりとも上がったのではなかろうか。

そして、総指揮官だったカレルは撤退こそすれ、相手の主力を討ち取ったとしてその地位を確立した。

今回1番不遇な目に遭ったのはアンドリューだろう。

内情を知ってる者達からすれば、カレルを連れて撤退したのは正しい判断だが、転生者の存在を知らないものからすれば聖騎士隊隊長が逃げ出したと思われたのだろう。

あの戦いに参加しなかった騎士達に誹謗中傷を浴びせられ、聖騎士隊隊長からの除名も求められているという。

しかし、当の本人は"致し方ない。俺は武人の本懐を遂げなかったのだからどんな謗りも受ける。だが、俺はカレル・オーギュントを生かすという王国の未来へ向けて行動したと事実は知っていてほしい"と言ったそうだ。

最もアウグストはアンドリューになにか処罰を与えるつもりは無く、彼はそのまま聖騎士隊隊長としてこれからも武功をあげていくだろう。


「レイシャー隊、アベル。貴殿は訂正者を打ち倒し此度の戦の最大の功労者と言えるだろう。これからも余のために力を貸してほしい。」

俺はアウグストから最大級の賛辞を受け取ることとなる。

彼からの褒美で実はちょっとした事をお願いした。

「レイシャー隊アベルは西方基地副隊長へと任命、そして西方基地隊長はベアル・オーギュントを任命する。ベアルは現在秘匿された任務故、ここには居ないがすぐに駆けつけるだろう。」

アウグストが俺だけに分かるように小さく笑みを浮かべる。

俺の正体を知ってるアウグストだから出来た人事願いである。

本当はベアルとして生きていこうとも考えたが、帝国軍への情報戦として"西を護る黒の騎士"の存在は戦略的に必要との事だ。西方戦線へのコストを下げるための事ともいえる。なんとも抜け目のない男だ。


こうして俺はベアルとしてレルガスの街に駐在する事となった。

着任早々、兄さん達が顔を出したものだがカレル兄さんはアベル隊長が居るなら大丈夫だ!と太鼓判をおし、タイレル兄さんは肩を叩いて激励の言葉を残して行った。


そうして慌ただしく1週間が過ぎた頃、俺はレルガスの丘へと向かった。

月夜が黒薔薇と青い薔薇を照らす中、もうソコには居ない彼女達に語りかける。

「母が愛した土地を守れて良かった。君達への感謝を返す為にも俺がここを護っていこう。君たちの力が無くなった俺にどれ程の事が出来るか分からない。しかし、この命が尽きるまで君たちがオーギュント一家へもたらしてくれた祝福を忘れる事はない。ありがとう、ラティア。」

風が吹き荒れる。

黒と青の花弁が俺を祝福する様に舞い散った。


………

……

可笑しな事を言うのね。彼って…

私たちの祝福が切れることなんて無いのに。

魔力が高まるのを感じる…

これから人の世から色んな種族を巻き込んだ世界になるでしょうね。

私たちが日常的に顕在できる日も遠くないのかもしれない…

そうしたら彼を驚かせてあげなくっちゃ。

きっと目を向いて驚くわ。

彼は特別。

青薔薇と黒薔薇わたしたちを受け入れてくれたのだもの。

だから、彼に私たちの加護を。

"ベアル・オーギュントに祝福を"

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