1.理不尽な社会
努力を続ければ、カッコいい大人になれると、本気で信じていた。
勉強を頑張れば、良い学校に。
運動を続ければ、健康を保ち。
必死になれば、乗り越えられない物なんてない。
そうやって何事にも手を抜かず、全力で人生を走り続けて26年目の夏。
俺は、人生のどん底とも言える立場にいた。
「いらっしゃいませ~」
生気のない挨拶をレジからする店員。
今年26歳になるフリーターだ。
世間体から見て、26歳となれば、新卒から会社に入社した人間はそれなりの給料をもらい、結婚もして家庭をもってもおかしくない年齢だ。
しかし俺は、そんな煌びやかな未来とはかけ離れた生活を送っている。
コンビニ店員のバイトを初めて早1年と半年。
給料は夜勤バイトでもそれほど裕福な物とは言えず、安いアパートの一室借りるだけで半分以上、家賃と厚生年金なる物で取られていく。
つまり、貯金もほとんどゼロな状態だ。
いつまでもこんな所で働いていたとしても、俺の未来なんて真っ暗闇になるのは目に見えている。
「すいませ~ん。 これくださ~い」
夜中の2時を過ぎた時間。
都会であれば別にお客が来てもおかしくはないのだが、レジに缶ビール3本ほど持ってきたお客は明らかに未成年者な顔立ちをしていた。
「申し訳ありませんお客様。 こちらをご購入される際には身分証明書となる物を提示させてもらうのですが、免許証などはお持ちですか?」
「え? あぁ、今はない」
悪気もない表情でキッパリと言い放った。
「それでは申し訳ありませんが、店のルールで免許証を提示させてもらえない場合はこちらの商品をお売りする事が出来ない事になっておりまして」
「あぁーそういうのいいから。 見たらわかるじゃん? オレどう見ても成人してるっしょ?」
・・・どう見ても子供にしか見えんのよ。
「申し訳ありません。 規則ですので、身分証明が出来なければお売りする事が出来かねます」
「チッ、うっざ。 マジでそういうの良いから売れよ。 こっちはちゃんと金持ってんだよ!」
ドンッ! っと明らかに中学生くらいの子供は苛立ちからレジ台を強く叩きつけて怒声を出し始めた。
あぁ、また始まった。
この辺りの近辺は柄の悪い連中がよく集まる為、こういった人間が真夜中によく徘徊してくる。
俺がバイトを初めて3か月目くらいですでに50件以上はこの対応に追われ、それから数える事もしなくなった。
それからは体に馴染んだ迅速な対応で警察に通報。
その後、やはり見た目通り中学生だった事が発覚して子供は警察に連れていかれた。
◆ ◇ ◆ ◇
勤務時間が終了したのは昼過ぎだった。
交替で来るはずだった同僚が寝坊して遅刻したせいで残業を強いられたからだ。
「やぁ、お疲れ様! 優希くん!」
「あ、店長。 お疲れ様です」
タイムカードを切り、普段着に着替え終えた直後にコンビニの店長が重い足取りで近寄ってきた。
気の良さそうな表情でかなりふくよかな身体をしている店長は他の同僚達から 子豚 と呼ばれている。
本来なら怒られてもおかしくはないネーミングセンスなのだが、店長は別に気にしていない様子だ。
「ごめんね~優希くん。 こんな時間まで残業させてしまって」
「別に構いませんよ。 まぁ、そろそろ別のバイトの人を雇った方が良いとは思いますが・・」
現在、レジの前で大欠伸をしながら勤務中にスマホを手にしているのが遅刻をしてきた同僚。
俺の4つ年上の三十路男だ。
やる気のない挨拶に、だらしない制服の着こなし。
更には髪も金髪にピアスをしているときた。
俺が人生の中で一番苦手とするタイプだ。
ああいう男は今まで苦労も努力もしてこずに流されるがままに生きてきたのだろう。
だから簡単に遅刻なんて事ができる。
「その事なんだけどね~。 バイトは別の人を雇う事になったんだよ」
「あ、そうなんですか?」
やっぱりな。
早かれ遅かれこうなる運命は目に見えていた。
「来月からは私がバイトとして勤務する事になるから~」
「そうですかそうですか。 店長がバイトとして・・・は?」
俺は完全に思考を停止させて、ヘラヘラと笑みを浮かべる店長を見る。
「実はここを経営しているオーナーがあの子の親御さんと仲が良いみたいでね~。 あの子をこのコンビニの店長に昇格させて私をバイトとして雇う事になったらしくてね」
「ま、待ってください! なんですかその無茶苦茶な話!」
店長には今年大学生になる娘さんがいると入社して間もない時に聞いた事がある。
前職で責任を全部負わされ退職してからも昼夜問わずに働いて娘さんの学費と家族を養う為に努力してきた。
それは普段の仕事の風景を見てきたからこそ分かる。
それなのに、何故なんの努力もしていないアイツよりも、努力をしてきた店長が降格されなければならないんだッ?!
「まぁまぁ、落ち着いて優希くん」
「これが落ち着いていられますかッ?! こんなふざけた話。 俺、ちょっと本店に連絡して抗議をッ!」
「優希くん」
普段、温厚な店長から想像できない低い声が聞こえ、俺は思わず肩をすくめた。
「いいんだ。 これは、上からの決定事項だから」
「~~~~ッ!? でもッ!!」
「いいかい優希くん。 よく覚えておきなさい」
この後の店長の言葉を、俺は決して忘れられないだろう。
「社会とは、こういうものなんだよ」