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因果応報

作者: 香口深衣

 私は罪を犯した。


 いつまでも一緒だと思っていた。

 そんな保証はどこにもないのに…

 何故か確信めいた自信があったのだ。




 だけど、それはある日突然に終わりを告げた。








 気づいた時には冷たくなっていた。


 慌てて抱き上げたが、既に心臓の鼓動は聞こえなかった。


 大切でなかった訳ではない。だけど、色々なことで後回しにしていたのは確かだ。君なら大丈夫だろうと思い込んでいた。

 君だって大切な家族なのに。後悔しても、もう遅いのだ。全てがもう遅かった。


 家に来たときのことを考えれば、緊張気味で私を見つめていた君の綺麗なルビー色を思い出す。

 ふわふわな真っ白な毛並みも美しい。だけど、君はなかなか触らしてくれず、私は時々無理矢理に撫でていたなと苦笑いする。


 おやつを出せば喜んでいたね。おもちゃをあげればすぐに壊してしまっていたなと笑みになる。

 だけど今こぼれるのは涙ばかりだった。

 最近は家族が増えて、そちらにばかり気を取られてしまっていた。君とは最低限の関わりしか持たなかった。最期に話しかけたのはいつだったか…


 そんなある日、これはと思うおもちゃをネットで見つけた。最近かまっていないなと思って、君のためにと購入した。君の喜ぶ顔を想像したら心が温かくなった。

 それは来週届くはずだった。


 涙が止まらず、心が苦しかった。君を見るのも辛くて、箱にしまった。向こう側でお腹が空かないように、ご飯を置いた。花よりも野菜が好きだった君のために、野菜も買ってきた。それ以外はずっと泣いていた。


 気づくといつの間にか眠っていたらしい。

 夢は心を落ち着かせてくれた。なんだか心が温かくなるような夢だったと思う。


 だけど、夢から覚めれば現実に引き戻された。

 心はぽっかりと穴が空いたようで、もう戻らないのだと保冷剤を入れ替えながら君を見て思う。

 今にも動き出しそうな、生きた時と同じ姿の君は美しいままだ。


 そんな君に見送られて家を出れば、私は変わらぬ日常を送る。仕事に向かい、仕事をして、上司のくだらない話に付き合う。


「このニュース見たか?」


 昼休みに同僚に声をかけられて、スマホを見せられる。


「連続殺人犯だってさ。無差別みたいだぜ。…これ、この近くだろ。怖いよな。」


「ああ、そうだな。」


 そんなことどうだって良かった。


「こういうやつは、バチが当たれば良いんだよ。苦しめば良いって思うぜ。ほんと」


「...」


「殺された人の家族とか友達とか辛いだろうな。犯人はそう言うこと考えないのかなぁ?」


「そうなんじゃないか。」


「自分には家族とかいないのかね?」


「さぁ…」


 その後も同僚はどうでもいい話を色々していった。そのどれもが自分にはどうでも良かった。


 仕事がいつもより長く感じた。


 残してきた片割れが心配だ。


 君と一緒にやって来たエメラルドグリーンが美しかった彼。

 そんな彼もいつの間にか年を取っていた。毛並みは乱れて、色もよく見れば落ちていた。


 今更だと思った。


 今更気が付いて、今更生活を改善したところでもう遅い。君を死なせた罪は消えない。


 それでも、彼には長く生きて欲しい。そう思ったんだ。


 だからこそ、色んなものを買った。ご飯を見直して、大好きなおやつも買った。今日届くはずだ。


 仕事中もそわそわして、集中できなかった。

 こんな日は滅多にない。

 自分で言うのもなんだが、真面目で仕事はキチンとこなすタイプだ。同僚や先輩の尻拭いだって何度やって来たことか。

 だからこそ、会社では若くても役職も付いている。けれど、役職が付けば仕事は忙しくなった。


 それに合わせて家のことが疎かになった。ストレスも異常な程にたまっていた。

 そう考えれば、そんな中でもちゃんと世話をしていたと思う。だけど、そうじゃないんだ。そう言うことではない。


 また、心がモヤモヤして頭がぐるぐると無駄に回った。


 終業のチャイムが鳴り、私は急いで帰り支度をした。

 普段から通る暗い小道には警察がいた。制服を着てる人もいれば、私服の警官もいた。

 そんな道を足早に歩けば、赤く光る警棒を持った男に声をかけられる。


「ちょっと良いかな?」


「…」


「この辺りで連続殺人があってね。」


「はい、ニュースで見ました。」


「そう、それで聞きたいんだけど、君はいつもここを通っているのかい?」


「はい、駅までこの道が近いので。」


「それは毎日?」


「いえ、仕事がある日だけです。」


「じゃあ、平日ってことで良いかな?」


「はい。」


 早く帰りたいのに、男はなかなか解放してくれない。スマホを取り出して何かに目を通している。


「昨日もここを通った?」


「ええ、仕事でしたから。」


「このくらいの時間?」


「そうですね。終業時間がこのくらいなので。」


「一人で?」


「ええ…あのすみませんが、急いでいるのでもう良いですか?必要なら名前も電話番号も教えますので。」


「あ、ああ。すまないね。そうしたら、ここに記入してくれるかい?」


 言われて渡されたバインダーに目を通して名前や住所を記載する。とにかく急いでいたので、走り書きになっていたと思うが、男は特になにも言わずに私を解放した。


 急いで歩く道の脇には花束やお菓子などが供えられていた。普段なら気にならないのに、今日はそれがやけに目についた。その一つに、動物のぬいぐるみがたくさん置かれた一角があった。きっとその子は動物が好きだったのだろう。


 そうか。と、思った。


 私にとって大切だった君のように、この子も誰かにとっては大切な人だった。それを奪う権利なんて誰にもないのだ。


 そう思ったら初めて胸が痛んだ。


 でも、今は残された彼の元に行かなければいけない。君がいなくなって寂しがっているだろう。鳴いても返事がない部屋は寂しく冷たいだろう。一刻も早く帰って、温かくしてあげなきゃいけない。それが今の私の使命なのだ。


 彼に目一杯の愛情を注ぎたいのだ。たくさん話しかけて、たくさん遊んで、楽しいって思って欲しい。この家に来て良かったって思って欲しい。



 片付けるのはその後でも遅くない。

 汚れた物は捨てればいいんだ。

 綺麗なものだけ取っておこう。


 だから、私は家に急いだ。


 鍵を開けて扉を開ける。

 電気をつけて何年振りかと思う挨拶をした。


「ただいま!」


「………」

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