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Bloodchain  作者: 三井紘
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古都

空に堂々と鎮座する太陽はどんな者にも等しくその光を照らす。会社へ出勤するサラリーマンに、塾へ向かう学生に。庭を走り回る犬にも、塀の上で伸びをする猫にも。そしてそれは昨日幼馴染みに散々飲まされた挙句、集合時間に遅刻しかけた俺にも等しく照り付ける。

「ねっむい、それとあっつい…」

 京都駅から出て数歩。俺は既に疲労困憊だった。

「大丈夫かよ、そんなんじゃ一日もたねぇぞ」

「あぁいや、大丈夫。多分そのうち元に戻る…」

 ただでさえ朝は血圧が上がりにくいと言うのに、まさか昨晩あんなに飲まされるとは思ってもいなかった。更に今日はそんな俺に追い打ちを掛けるが如く記録的猛暑。弱り目に祟り目とはこのことだ。だがこんな所でへばってもいられない。せっかくの京都、堪能せねば。

 ローテンションな俺、心配する虎太郎と拓、プレッツェル菓子を咥える碧羽の四人は、集合場所である宿泊施設に向かうため京都駅からタクシーに乗り込んだ。


 志乃月の親睦旅行は緩い。参加自由なのは恐らく他校と同じだが、そこからが驚くほど緩い。

 まず親睦と銘打っているのに親睦を深め合うイベントが存在しない。次にスケジュールが存在しない。そしてルールは一応並みにあるのだが、先輩曰く「初日と最終日に時間通り宿にいること。後は犯罪でも犯さない限りオールオッケー」とのこと。

 正直入学してすぐにオリエンテーション等で交友関係をある程度結んでいるので、今更親睦イベントなんて寒いことやらされないのは嬉しいが、それにしたって緩い、ともすれば雑とさえ言われかねないこんな規則では問題を起こさないかこちらが心配になってくる。だが志乃月がこの企画を始めてから二十年、一度も問題は起きていないのだそう。理由は何とも単純で、問題を起こしたら即刻帰宅&八単位剥奪すると言う旨の誓約書を全員が書かされているからだ。

 一見思考停止のパワープレーにも思えるこの誓約書。しかし常套なら停学と書くところを、あえて単位剥奪と言う罰を提示しているあたりそうも断じられない。停学と言うのは学生にとって、特に俺達のような一年にはどうにも現実味を感じないのだ。そこに見えるけど実際には存在しない3Dホログラムみたいな空虚ささえ感じる。でも八単位剥奪と具体的な数字を提示されると急に言葉に中身が詰まる。重くなるのだ。だから守る自信のない者は自ずと説明会から席を立ち、後には問題を起こさない人間のみが残る。つまりこれは篩なのだろう。

 これのお陰で気兼ねなく楽しめているし本当にありがたいのだが、これを考えた奴は多分相当性格が悪いに違いない。少なくとも俺は友達になれる気がしない。


京都駅から南西。桂川を越えた先にある宿泊施設にタクシーで移動した俺達は、割り当てられた部屋へ荷物を置き、大ホールで行われる最初で最後の全体集会に参加した後、翼さんと落ち合うためロビーに集まっていた。

「で今日はどっから回るよ」

 欠伸を一つかきながらスマホをいじる虎太郎が言う。

「何見てるの?」

 そんな虎太郎に拓は首を捻りながら聞いた。

「ん?お前らが行きたいって言った所リストアップして確認してんの」

 虎太郎は俺達にスマホの画面を向ける。向けてきた画面には俺達全員の名前と、それぞれが行きたいと言った場所が地域ごとに分けて記されてあった。

誰が何を言わずともそう言った気遣いが出来てしまう。本人は「なんてことはない」なんて言うが、むしろそう言えてしまうことが虎太郎のモテる何よりの理由なのだろう。

それはそうと行先について確認しているのなら都合がいい。

「ちょっと提案があるんだけど―――」

「ごめーん!待たせちゃった?」

 しかし俺が提案をしようとしたタイミングで人混みの方から高くて可愛らしい声が聞こえてきた。同時に声の聞こえる方に数人の男子が憧れと羨望の眼差しを、そしてその倍近くの女子が疎まし気な眼差しを向けた。

何やら穏やかじゃないと俺は野次馬根性丸出しで可愛い声の主を確認する。そこには額に汗をつけた翼さんが息を切らしながらこっちに向かってきていた。

野次馬どころか俺達は当事者だった。

前々日に飛び入りなんて急だと思っていたが、理由はこれだったか…。

「いいやそんなに待っちゃいねぇよ。それに薬だろ?だったら謝ることもねぇ」

 虎太郎は周りを一瞥してからそう言うと、凄まじい完成度の笑顔を作る。

 さっき気遣いが何よりモテる理由と言ったが訂正。重要なのは顔である。

「ありがとう虎太郎君。それで二人が今和泉君と立川さん?」

「うんそう。僕は今和泉拓。よろしく」

「あたしは立川碧羽。よろしく阿藤さん」

「うんよろしく。あとは…」

 二人に挨拶を済ませた翼さんは穿いていたロングスカートをふわりと広げて俺に向き直ると、にこやかに笑った。

「おはよう弘人君。今日からよろしくね?」

「「「「「弘人君!?」」」」」

「は―――じゃなかった。あぁ、よろしく翼さん」

「「「「「翼さん!?」」」」」

 微笑む翼さんはやっぱり今日も可愛い。しかもその顔には昨日感じた違和感のようなものは見られない。それは不安や(しがらみ)なんか気にならないほど今日が楽しみだと言う気持ちの表れだろうか。もしそうなら一層気合を入れなければ。

 しかしなぜだろう、周りの男子からの視線が痛い。特にお土産売り場で木刀を買って戻ってきた男子。血走った目でこっちを一直線に睨んだ彼は一体木刀をどうするつもりなのだろうか。いややっぱり聞きたくない、お願いだから近づかないで。


***


 お互いに和やかな雰囲気で奢りだなんだと言い合っている二人の姿は、事情を知らない者からしたらイチャついているようにしか見えないだろう。事実さっきまで翼ちゃんを見つめていた男達は、この世の終わりのような顔をしている者と、殺意を漲らしている者に分かれている。特に今さっき警備員に連れて行かれた木刀を持った男。あれは本当にヤバかった。

昨日の夜に翼ちゃんとやり取りしていて事情を知っているものの、内心少しばかりの驚きを抱きつつ俺は憐れな男達から目を切った。

「おっとこれは」

すると視線の先にいた碧羽も同じような顔をして立ち尽くしていた。

 今回俺が考えてきた作戦は、ただ翼ちゃんと弘人を同じグループで行動させるだけの大雑把なものだ。と言うのも若干人見知りのある弘人が初対面の翼ちゃんとこの三日で恋愛関係に発展出来るとは思っていないし、ゆっくり時間を使って二人がくっついてくれれば、碧羽もその間で自分の気持ちに折り合いをつけることが出来るだろうと思ったためだ。だがまさかあの弘人がここまで気を許していたとは。

昨晩翼ちゃんから弘人と会ったと聞いた時、どんなに仲良くなっていても弘人のことだから、敬語でなら普通に話せる程度だろうと思っていた。しかしこれは完全に二人の相性を読み違えたのかもしれない。それとも何か盛り上がるネタでもあったのか?

 だがどっちにしたって今更翼ちゃんに出て行けなんて言えるはずもなく、碧羽には本当に申し訳ないがこのまま続けるしかない。

「なぁ弘人、さっきの提案ってなんだ?この後の予定についてか?」

 俺の言葉に「あぁ」と言って会話を切り上げた弘人は全員に向かって口を開いた。

「そうそうそれなんだけどさ、最初に嵐山行かないか?」

「い、いいよそんなの悪いって。時間があったらくらいに思ってくれたらいいから」

 翼ちゃんは慌てて弘人の提案を止めに入る。だが弘人は苦笑しながら首を横に振って続けた。

「今日はもう時間をいくらか食っちゃってるだろ?だったらいろんなところ回るより嵐山周辺に限定しちゃった方がいいかなって思ってさ」

「本当に?気を使っているようなら別に…」

「いや他意はないよ、だからそんなに気にしないで」

「なら…うんありがとう」

「ねぇ虎太郎、弘人いつもより優しくない?」

「どうだかな」

「……ちょっとあたし外の空気吸ってくるね」

 本当に虫のいい奴だな、俺は。


 ***


「全く本当にあたしってやつは…」

 外に出て空気を吸うと一杯一杯だった頭が少しすっきりした気がした。

 弘人とあたしは結ばれない。そんなことは分かっている。

弘人にいつかあたし以外の恋人が出来る。それも分かっている。

 きっと弘人の幸せのためにも阿藤さんとの仲を応援してあげた方がいいのも分かっている。

分かっている。覚悟していた。なのにどうしてだろう、阿藤さんにどうしても弘人を渡したくない。絶対に結ばれなくても、例え煙たがられても離したくない、離れたくない。

「今だけは」。そう自分に言い聞かせていたのに、いざその時になるとこんなにも弘人に執着している自分がいる。あたしがこんなに独占欲の強い女だったなんて知らなかった。本当に嫌になる。最初は役得なんて思ったけど、こんなに辛くなるんだったら引き受けなかったのに。

ペチン

いや、せっかくみんなで旅行に来られたんだ、あたしがそこに悪い空気を持ち込むのは違うだろう。それにこの旅行だけであの二人の距離がそこまで近づくとは限らない。とりあえず今はあたしの個人的感情は置いておくべきだ。

そうと決まればタクシーでも捕まえに行こう。タクシー券は大学側から出されているのだからこれを活用しない手はない。

あたしは小走りで少し先にある通りに向かった。

「ほっぺ痛い…」



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