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Bloodchain  作者: 三井紘
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HelloWorld

翌朝、警察署で目覚めた俺には事情聴取が待っていた。

 「あの結界は?」「なぜあそこで倒れていた?」「昨日のテロとの関係は?」。近年稀にみる大規模テロの後始末に追われる警察官からの聴取は乱暴そのもので、既に擦り切れかけていた俺の精神をご丁寧にも一日かけて全てかき集め、取り去っていった。

 もしかしたら俺が全て素直に話していたら…いや、仮に素直に話したとしてあんな出来事誰が信じるのか。きっとただ徒に話を長引かせていただけだろう。結果が変わらないならどうだっていいことだ。

しかしそんな憂鬱に沈む俺に…正確には隣の部屋で同じく聴取を受けていたらしい七瀬と俺に対し、東京まで送り届けるという話がやってきたのはその日の夜のことだった。

 つい数時間前までの犯罪者のような扱いから急にそんな話が持ち上がるものだから困惑もしたが、それよりも俺が疑問に思ったのは「七瀬を東京に」と言う点だった。

 封印されていたらしい七瀬にはそもそも住所と呼べる場所はなく、強いて言うならここ京都こそが彼女の地元に当たる。だから東京は七瀬にとって縁もゆかりもない地のはずなのだ。

 夜中、車の中で再会を果たした時にそのことを聞いてみると、七瀬もよく分からないのだと言う。ただ唯一分かっていることとして現住所が俺と同じになっているらしかった。

「あなたの個人情報と私の戸籍の偽造。このタイミングです、やったのは恐らくオッペンハイマーなる人物で間違いありません。そして、暫定的に彼と呼びますが、彼はそれだけの力を持ち合わせた存在。下手に抵抗しない方がいい」

 七瀬はそう俺に忠告した。

 確かにその通りだ。それにせっかく碧羽が繋げてくれた…いや、この言い方は好きじゃない。とにかくわざわざ自分の命を無駄にすることはない。

そうして俺達は車で警察署を後にした。


改めて見る京都の街は酷いありさまだった。営みを、文化を、尊厳を踏みにじられた光景は世界中から同情を向けられるに違いない。だが昨日の夜中に俺がいた世界から考えればとても心落ち着くものに見えた。

ナイフも無ければ銃も無い。刀も無ければそもそも火薬すらない。殺しとは無縁の緩やかな世界。確かに残された爪痕は大きくも、それは取り戻せるものだ。俺とは違う。

 俺は生き残ってしまった。碧羽を助けることも出来ず、仇を討つことも出来ず、惨めに生き残ってしまった。こういうのをサバイバーギルトと言うのだろうか?ここにただいること自体が大きな罪を犯しているようだ。しかしそれでも生きて行かなくてはいけない。後追いなんてのはエゴの最たるものだ。俺にそんなものを突き通す資格は無い。だからどんなに辛くても生きていかなければならない。ただただ、生きて行かなければならない。


 あれから一か月近く、俺はずっとネットカフェを転々としていた。七瀬は俺の部屋に置いているが別にだからと言うわけではない。そもそも七瀬にそんな感情は抱いていないし、抱くことも一生無いだろうから。

 理由はもっと単純で、そして情けない。あの部屋には碧羽との思い出が嫌と言うほど染みついてしまっているからだ。たった数か月とは言え、あそこにはあいつとの日常が確かにあった。だからそれを思い出すのが嫌で帰れていない。同じ理由で実家にも。ただ服は困らない程度に持ち出しているし、洗濯もコインランドリーで出来る。それほど生活には困りはしなかった。

「…おはよう虎太郎……それに拓」

 正門へ向かう虎太郎と拓に後ろからそう声を掛ける。

 十月初めの今日、俺は久しぶりに大学へ足を運んでいた。

「ん?おぉ弘人!」

 虎太郎は俺を見るなり少し驚くも、すぐに心から安心したように左から肩を組んできた。

「お前何やってたんだよ!夏休み中いくら連絡しても全然でねぇんだもん、心配したわ!」

「あぁ、ちょっとね。それにしてもその右腕、どうしたんだ?」

 左から肩を組むということは右腕を回す必要がある。であるならばあの事件で右腕を失った虎太郎にそれは出来ないはずだ。しかし虎太郎には右腕が付いており、それでいつもと変わらない調子で肩を組んできた。

「いいだろこれ?大学側が東京に着くなり手術の手配してくれて最新の義手をつけてくれたんだよ。本当の腕と大差ないのに加え、簡易的な魔術まで使えるようになってる優れモノだ。どうだ?羨ましいか?」

 そう言いながらガシガシと元の肌より少しだけ黒い右腕を握ったり開いたりして見せる。

 その様子から見るに少なくとも生活には支障はないのだろう。だがそれでもその腕を見ているとなんだか嫌な思い出が蒸し返されるようでどうにも直視出来なかった。虎太郎には悪いがいつもの調子に戻すには当分かかりそうだ。

「全く虎太郎ってば、僕達がどれだけ心配したと思ってるのさ」

 ずっと意識的に視界に入れないようにしていた拓がそう言いながら目の前にやってきた。

俺は咄嗟に斜め下を見て視線を逸らす。そしてすぐに拓に向き直った。

ここで逃げてはダメだ。俺は今日拓に謝るために大学へ来たのだから。

「拓」

「ん?どうしたの弘人?」

「えっと…」

 なんと言えばいいのだろう?ここに来るまで様々選りすぐり、謝罪の言葉を考えたはずなのに、いざ言葉に出そうとするとどうにも違う気がする。言うはずの言葉も、その次の候補も、その更に次も、全てチープで幼稚に思える。口に出せば上っ面になってしまうような気がする。

「ごめん拓。俺は碧羽を守れなかった」

 頭を深々と下げる。

 あぁ違う、訂正だ。謝ろうとするから言葉が出なかったのだ。そんな俺にしか益のないことはしてはいけない。だって俺が謝ったところであいつが帰ってくる訳でもないのだから。だから謝ると言うのとは違う。これは懺悔。もっと言うなら審判を促す行為に等しい。自らの罪を告白し首を差し出す断頭台の罪人。それこそが今の俺だ。

「弘人…」

 拓がゆっくりと口を開く。

 呼吸を整えただ待つ。俺の審判が下るのを。

 殴られるかもしれない。罵倒されるかもしれない。ただそれでも虫のいい話だが関係だけは断たないでほしい。だって碧羽を失って、虎太郎や拓まで俺の周りからいなくなったら、俺は本当に何のために立ち上がったんだ?何のために死に物狂いで勇気を振り絞ったんだ?だからどうかそれだけは…

「碧羽って誰?」

「………………………………………………………………………………………………………は?」

 拓は申し訳なさげな笑顔を浮かべて頭を掻いてみせる。その表情は決してふざけているようではなく、また気を使っているようでもない。まるで本当に“立川碧羽”と言う人間の存在を知らないような純粋な疑問の顔だった。

「お前…それ、本気で言ってんのか…?」

「えぇっと、ごめん本当に誰?」

へらへらとした腑抜けた笑顔。まるで突然知らないジャンルの話題を振られた時のような困った笑顔。それは決して浮かべてはいけない表情だった。

「ふざけるのもいい加減にしろ!やっていいことと悪いことがあるだろ!」

 そう叫び拓の胸ぐらを掴むと地面に押し倒す。

 あの拓が、憤りと共に激励を送ったあの拓が今浮かべるその表情に、俺の(はらわた)が煮えくり返る思いだった。

冗談にしてもタチが悪すぎる。だってそれは俺だけじゃない。虎太郎にも拓自身にだって、そして何より碧羽を侮辱する行為だ。俺が、俺達が大切にしていたあいつを足蹴にし、踏みにじり、つばを吐き捨てるような行為だ。到底許されるものではないし、拓はそれを一番やってはいけない人物の一人だろうに、拓はそれをし、悪びれも無く笑っていた。

 握る指に力が入る。

 拓にとっての碧羽がその程度の存在であったことが悔しくてたまらない。仮にも自分を救ってくれた人物だろうに、どうしてそうも簡単に見限れる。

 俺の肩に力が加わる。横から見ていた虎太郎が血相変えて割って入ってきていた。

「なにやってんだよ!」

「なにってこいつが碧羽のことを―――」

「碧羽?誰だよそれ。いいから離れろ!」

「は?」

 虎太郎が引き離す前に俺は自分から身をどかしスマホを取り出す。そしてギャラリーより適当な写真をタップして虎太郎達に見せつけた。

「これだよ!ここにいる碧羽だよ!俺達いつも四人一緒だっただろ!?」

「だから誰だよ!俺達は三人だろ!」

「本当にどうしちゃったのさ弘人…」

 二人のおかしな反応に嫌な予感がし、すぐさま自分で画面を確認する。

 それはあの嵐山の広場にて撮られた写真だった。ただし俺の知らない。

 写真に写っていたのは虎太郎、拓、七瀬、そして俺。それだけだった。他には誰もいない、いた形跡すらない。加工でもなければ撮り直したものでもない。ジオタグにあの時刻、あの場所が記されているのが何よりの証拠だ。しかしおかしいのだ。

だって俺はこの四人だけで写真を撮った覚えが無いのだから。

 すぐに他の写真を確認し、言葉を失った。俺の持っている写真から綺麗さっぱり碧羽の姿が消えていた。

「ちょっとスマホ寄越せ!」

「なんで―――」

「いいから寄越せ!」

 俺の声と態度に二人は渋々ながらにスマホを寄越す。俺はそれをひったくるように取り上げるとギャラリーの端から端まで確認した。そして膝から崩れ落ちた。

 そこには碧羽の影も形も存在しなかった。


 世界が色を失っていく。思い出が全て消されていく。

 この日俺の幼馴染み、立川碧羽は本当の意味でこの世界からいなくなった。


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