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Bloodchain  作者: 三井紘
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プロローグ

自分の初めて書いた作品です。

拙い部分も多々ありますでしょうが、一読いただければ幸いです。

 扉の向こうから声がして、五木弘人は目を覚ました。

 静かな闇が支配する部屋の中で、一人変わらずガシガシ鳴ってなっている時計に目を向けてみると時間は午前二時。見回してみると場所はリビング。どうやら寝落ちしてしまったらしい。

 恐らく祖母が掛けてくれたであろうブランケットを剥いでから弘人は扉の前まで移動した。子供は寝る時間と祖母からよく言って聞かされているのを分かってはいたが、だからと言って好奇心を押し込められるほど弘人は大人ではないのだ。

「せめてあの子の顔だけでも見てあげて」

 扉の向こうから年の割に少し皺枯れた声が聞こえてきた。それは弘人の祖母の声。しかし弘人は首を捻った。聞こえてきた祖母の声からは何時もの穏やかさはなく、逆に切羽詰まった必死さのようなモノが伝わってきたのだ。

 不思議に思いながらも聞き耳を立てていると、もう一人別の声が聞こえてきた。

「ごめんなさいお義母さん。でも弘人のためにも行かないとかないと」

 弘人は扉を勢いよく開け放ち、廊下に身を晒した。

 飛び出した廊下の先。玄関で祖母と対面していた人物を、弘人が聞き違う筈も見紛う筈もなかった。

「かぁあ…さん…」

 そこにいたのは半年前、この家に弘人を一人残して姿を消した母の姿だった。

 弘人が現れるなり二人は揃って視線を向ける。そして母だけがすぐに視線を逸らした。

「ごめんなさいね、弘人。ほら真知子さん。挨拶だけでもしてあげて」

 祖母は笑顔で弘人に笑いかけてから、今度はどこか強制力の感じる声で母に向かって言う。母はそんな祖母に大きく口を開けて何かを言い返そうとするも、結局何も言わずに身を翻し玄関のドアノブを握る。祖母は慌ててその手を掴み、弘人に聞こえないくらいの声で何かを囁いた。

「そんな訳ないじゃないですか!だから私達は!」

 何時も不敵な笑みを浮かべていた母からは想像もつかないような鬼気迫る声の迫力に、弘人は一歩後退る。その後退った足が床を軋ませギィと音を鳴らすと、二人は揃って弘人へ振り返った。

「あ…あぁ…」

 母の表情が変わる。ついさっきまで鬼のような形相をしていたのに、今度は今にも泣きだしそうな弱々しい表情を浮かべていた。

 祖母はそんな母を見て「ごめんなさい」と謝ってから優しく抱きしめる。母もその身を委ねるように祖母の胸へ顔を埋めた。

 しばらくして落ち着いた母は祖母の胸から顔を上げる。祖母が「大丈夫?」と聞いてから何かを取り出し差し出すと、母は小さく頷いてそれを受け取った。

 玄関で靴ひもを解いた母が弘人に向かって歩いてくる。弘人も若干の恐怖…と言うには些か幼い、それこそ親に怒られた時に感じる居心地の悪さのようなモノを抱きつつ母へ向かって歩き出した。

「えっと、かあさ―――」

 言いたいことが沢山あるのに何を言えばいいのか分からなくて弘人が口籠っていると、母は何言わずに弘人のことを抱きしめた。

 弘人は一瞬困惑したものの、すぐに身を委ねた。母の腕の中はそれほどまでに温かかったのだ。

 だがふと弘人は母に何か違和感を覚えることに気が付いた。なにに違和感を覚えるのか確かめようと弘人は大きく深呼吸をしてみる。するとすぐに違和感の正体を見つけた。

 香水だ。今日の母からは、いつも欠かさなかった優しい香水の香りがしなかったのだ。

 弘人が疑問に思っていると、母は一層強く弘人を抱きしめた。

「あなたの世界は私が守るわ」

 そして母は真剣な声音でそう呟いた。

 しかし弘人には今の言葉がどうにも自分に言われているような気がしなかった。今の言葉は弘人にと言うよりも、自分に対して誓いを立てているような、はたまた戒めているかのような、そんな色が見えたのだ。

 母はそれから腕を解くと弘人の黒髪を愛おしげに撫で、頬を両手で優しく挟んだ。

「ねぇ、弘人。“人は一人では生きていけない”と言うけれど、あれは実は間違いなの。人はやろうとすれば一人で生きていけてしまう。だけどそれじゃあダメなんだよ。一人で生きていくって言うことは、その人の見ているものだけが世界になってしまうってこと。人は無垢であり続けてはいけないの。例え醜くても辛くても、他人と関わらないといけない。だから正しくは“生きていけない”じゃなくて“生きてはいけない”なんだよ。ふふっ、訳が分からないって顔してるわね。まぁ今はそれでもいいわ。でも弘人?誰かと紡いだ絆は大切にしなさい。唯一それだけがあなたの道を照らしてくれる。これは母さんとの最後の約束。いい?」

 弘人は何も答えることが出来なかった。

 母は元々心の在り方や哲学のようなことをよく言って聞かせる人だったけれど、今母の口から出てきた言葉は明らかに今までのモノとは異なっていた。

 まるで人生の歩き方とでも言うべきそれは母が自ら言った通り、本当に最後の約束になってしまいそうな嫌な予感を孕んでいて、弘人は何も答えることが出来なくなってしまったのだ。

「大丈夫。あなたが考えているようなことにはならないわ。それに仮に私が失敗してもあなたを守ってくれる人はすぐ隣にいる。申し訳ないとは思うけどね。でももし、それでも最悪の状況に陥って、どうしようもないってなった時のためにこれをあげる」

 母は眉を顰める弘人に笑いかけてから首に腕を回す。しばらくして「出来た」と言ってから離れると、弘人の首には綺麗な水晶玉の付いたペンダントが掛けられていた。

「それはお守りよ。もしもの時に選択肢へと導いてくれる。出来ればそんなことにはなって欲しくないのだけど」

 母は腕時計を確認し、一度瞼を閉じてから弘人の額に優しくキスをする。

「ありがとう弘人。お母さん元気出た。だからちょっと頑張ってくるね」

 そう言って玄関へ向かい、靴を履き直す。

「愛してる、弘人」

 弘人は息を飲んだ。見慣れた優しい笑顔を浮かべ、愛していると口にする母の目からは一筋の涙が流れていたのだ。

 何を言えばいいのか分からないけど、何か言わないといけない気がして、弘人は夢中で口を動かした。だが出てくるのは空気だけ。言葉なんて紡げるはずがなかった。

 母が何をしようとしているのかは分からない。分からないけど、母の言葉も、涙も、全て弘人には想像もつかない覚悟の末なような気がして、そんな覚悟に見合った言葉が用意出来る気がしなくて、弘人は言葉を紡ぐことが出来なかった。

 だから弘人は代わりに母の姿を瞳の中に刻み付けることにした。

 扉がゆっくり閉じていき、母の背中が消えていく。弘人は扉の閉まるその最後の時まで、黙って背中を見つけ続けた。

 

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