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箱庭の余人  作者: 文木-fumiki-
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第2話 それぞれの心境 続3

「……はぁ………」


 重々しいため息をついて俺はまたベンチに座り直した。

 どっと疲れた。

 大学に入ってから色々な女の子と知り合ったが、あんなタイプの女の子は初めてだった。個性が強いというか、一つのことしか目に入っていないというか。こっちの都合なんてお構いなしだ。


 眉間に寄ったしわを手の甲で擦ってまた大きく息を吐く。

 きっと林堂は彼女を嫌っているだろう。あの性格だ、きっと林堂に対しても容赦なく圧していくことだろう。そういった意味では林堂にとって最大の敵とも言えそうだ。

 途中少し同じ思想に引き込まれそうになったが、危なかった。言ってしまえばアイドルの追っかけをしていた友人よりも酷い。


 林堂は静かにしていたいだろうに、ああして質問攻めにあったらと考えただけでも同情する。けれど応援すると言ってしまった手前、どうすればいいのか分からない。


「…すまん。」


 まだ見ぬ林堂の嫌そうな顔に謝って立ち上がる。

 早ければもう山本ができあがってしまっている頃だろう。

 今日の介抱役もきっとまた俺なんだろうなぁと諦めにも似た悲観的な考えをぬぐい切れず歩き出す。


 さっきの松城といい、他人を放っておけない性格は生まれつきだ。今日だってバイトだけの予定で、早く寝るつもりだった。

 しかし昨日次は行くと言ってしまった手前、更に夜に何の予定もなかった為断る理由も思い付けず来てしまったのだ。ちなみに、明日は朝から授業がある。


「…何で俺って不幸体質なんだろう…」


 また大きなため息をついて、引きずるように指定された飲み屋の場所へ歩く。


「おー、一ノ瀬ぇ!おっせーよー!」


「あ、一ノ瀬くーん!」


 わいわいと騒いでいる一角のグループ。大きな声で呼ばれて声の音量を落とすように両手を動かすが、やはりいつも通りそれは通じない。とりあえず山本はまだ大丈夫そうだ。


「で、どうだった?あの子!」


 座るやいなや似たような質問が眼前を飛び交う。女子まで興味津々といった様子で俺を見ていた。


「あー…告白じゃなくて、俺の友達のことについて教えて欲しいって言われて…」


 そこまで言うと、皆一気に肩を落とした。女子を見ればまるで聞いてなかったよとでもいう風にメニューを見ている。現金だよなぁ、と思いながら飲み物を聞きに来た店員にビールを注文する。


 すぐに俺から話題は逸れて、いつも通りの好き勝手な話が飛び交う。

 あの学科の誰に彼氏ができただとか、誰と誰が破局しただとか。他人事だから好き勝手言い放題だ。それを咎めることもせずに笑って流す。ビールの苦みにはまだ慣れない。そう思ってサワーを頼む。


「ねぇ、外語の美人、知ってる?」


「外語は美人多いからなー。」


 外語、そういえば林堂は外語だったと思い出す。さっきの松城のことも同時に頭に浮かんできて罪悪感に苛まれるが、今となってはどうしようもない。


「いやいや、あれはほんと、美人!モデル並み!ね、マキ!」


「ま、じ、で、綺麗!可愛い系ではないけど、憧れるやつ!」


「まじー?何年?」


「たぶんタメ!」


「へぇ、学年一緒なんだね。」


 男子が騒ぐのはいつものことだが、女子が騒ぐのは珍しいと俺もサワー片手に耳を傾ける。


「一ノ瀬くんも興味ある?えっとね、黒い服で、髪はアッシュかな?短かったよねー?」


「うん、肩…このくらい?短めのワンレンボブ!顔小っちゃくて目スッてしててね!」


「そーそー!手足長くて!ちょー羨ましいー!なーんか気だるげでかっこよかったし!」


 想像するまでもなく思う。きっと林堂だ…。


「…話しかけたりしなかったの?」


 一応聞いてみると、女子たちは苦笑して首を横に振った。


「まさかー。山本じゃあるまいし。」


「学校近くのカフェで見掛けただけだし。」


 例に出された山本がすかさず大きな声を上げる。


「俺だったら絶対声掛けてるわ!当たり前だろ!くっそー、そこ通おうかなー。」


「うわ、出たよ。」


 ケラケラと女子は笑う。山本はナンパが趣味と言われるほど、出掛けるたびに女子に声を掛ける男だ。ちなみにこの女子メンバーも山本が声を掛けて集まって定着した面々だ。

 しかしそのフットワークの軽さとノリの良さで面白半分承諾されることも多い。打てば当たる、というのは本当らしい。


「でも山本は無理でしょー。」


「100パー、断られるね。」


「イケメンな先輩が断られてたしね。」


「まじかよー!でもさ、俺みたいなのが好みかもよ?」


 話を聞いていると、そのカフェでの待ち時間中に先輩からナンパされたらしく、その時盗み聞いた会話から学年と学部を聞いたようだ。

 助けられた訳でもなくこうして酒のつまみにされる林堂に複雑な気持ちを抱きながら軽くため息をついた。

 何もしない自分が言えることなど何もないが。


「でさ、そのカフェ何て言うの?俺通うわ!」


「え、本気で言ってんの?」


 楽しそうに口を開けて笑う女子たちを見て目を逸らす。表情の豊かな子は可愛いけど、彼女たちの場合そこに蔑みの意味がこもっているのが分かるから、正直苦手だ。


「良いじゃん!連絡先貰うだけ!」


「ま、当たって砕ければ?ね、マキ。そこの店の名前なんだったっけ?」


「待ってー今写真見せる…」


 長い爪をカツカツ画面に当て、こちらに画面を見せた。クリームがたっぷり乗ったそのカップのロゴを見てサワーを吹き出しそうになる。


「なんだ、ここお前のバイト先じゃん!」


 山本の言葉にまた女子が目を輝かせる。


「まじ!?一ノ瀬くんここでバイトしてんの!?」


「割引ないの?友達割り!」


「俺―――ごめん。そういうの、無いんだ。」


 口元を拭って言うと、心底残念そうにため息をつかれた。

 俺は割引の為の友達かよ。

 そう言いかけて口を閉じ、代わりに笑顔を浮かべて謝る。学校の近くだからと思って働き始めたのはいいものの、授業の時間帯によってかなり混雑する時もある人気のカフェだ。


『Green-Garden』世間一般的に、ロゴマークでもあるGGと略称で呼ばれている。

 一年の中頃からだから働き始めて一年にも満たないが、一度も林堂を見たことがない。いつも離れた場所のカフェで買っているはずだが、時間がなかったのだろうか。


「じゃあ一ノ瀬!その美人、見たことあんのか?」


 山本の質問に俺は視線をさまよわせる。


「いやー…忙しいからそんな顔なんて覚えてないし…今日は裏で洗い物してる方が長かったから…」


 その美人に心当たりはあるが、今日は見ていない。

 俺は、嘘はついていない。

 そう自分を納得させて頷く。

 山本はまじかー、とビールを一気に仰いだ。そろそろ目が据わってきた山本を見て、俺は店員に水を頼み上着を羽織る。若干多めの金額を机に置いて皆を見渡した。


「ごめん、俺もう帰るね。課題やんの忘れてたし、朝から授業だし。」


 いつまでも山本の介抱役は嫌だし。

 それに、これ以上林堂の話を続けられるのも変に緊張してしまう。皆は頷いてそれぞれ一言別れの言葉を言ってくれる。それに手を振り、店を出た。

 冷たい風が上着の隙間を縫って入ってきて身震いする。


 引き留められなくて良かった。いや、引き留められるような立ち位置でもないしな。


「一ノ瀬くんって、真面目だよねー。」


「イケメンで真面目、良くない?」


「でも彼氏になったらつまんなそー。」


「何なの、女子って!イケメンで良い奴ってだけじゃ満足できないのかよ!」


 トイレの順番待ちをしていた時に聞こえた会話にうんざりする。


「はぁ…」


 そろそろあのメンバーといるのも限界かも知れない。そんなことを思いながら、月より明るい電灯の下を通り抜けた。


 大学に入ったばかりの時は、もっと精力的だった。可愛い彼女を作って、大学生活を謳歌しようと思っていたのだ。まだ見ぬ大学生活を夢見ていた高校時代の方がよっぽど楽しかった。今や、一番先に彼女ができるだろうと言われていた俺だけが余りものだ。


 いつから間違えたのか…

 そんなことを電車に揺られながら考える。初めての彼女も、その次の彼女も、つまらないと言われて去ってしまった。

 俺はつまらない男なのだろうか…。

 自分でも真面目な性格だとは思うが、つまらないと言われると喉の奥が詰まるような感覚になる。


 ストレス抱えて死んじゃいそう。


 あの日、林堂に言われた言葉が度々耳に蘇る。

 俺は、別に…

 口の中で呟いて、目の前を流れるビルの明かりの中に映る自分の疲れた顔から目を逸らした。


「あー…疲れた。」


 部屋の電気を付け、カバンを放り出してソファ代わりのクッションに勢いよく腰を落とす。バフッと一気に空気が抜ける音がして、厚みのあるクッションが体の線にフィットしていく。


 今日は散々だった。期間限定のフレーバーティーがどうしても気になって、滅多に行かない人気のカフェへ行った。

 無事購入して待っていた時だ。知らない男がカギを落として、それが足元まで滑ってきたものだから拾って渡すと、ペラペラペラペラ…。朝のことでもううんざりしているのに、一日にそれが二回もだ。

 珍しく礼ちゃんがブチ切れている場面にも居合わせてしまうし、ことごとく今日はついていない日だった。


 俺も、お前みたいだったら良かったのかもな…


 あの時、イヤホンには何も流れていなかった。私には感情がない訳ではない。けれど人は私を機械だとか人形だとか言う。

 私は素直に表に出すことを恥ずかしいと思うだけだし、いちいち反応していたらそれだけでかなりの体力を浪費する。そんな気がする。だから、礼ちゃんはすごいと思う。

 私は何事も難しく考えてしまうし、くだらない冗談でも真面目に受け取ってしまう。

 とにかく自分が面倒臭い。

 でも、彼は違う。あの箱庭でしか見たことはないけれど、ちゃんと表の顔と裏の顔を使い分けている。


 電子レンジに適当な冷凍食品を突っ込んでスイッチを押す。ブゥゥン、という少し耳障りな音に顔をしかめた自分がガラスに映った。

 中では冷凍食品がオルゴールのようにくるくる回っている。


 あの箱庭は、私にとっても大事な場所。

 礼ちゃんと私はお互いに干渉しないから気が楽だし、気を遣うこともない。

 それに、あそこは彼の唯一の居場所なんだと思う。夜に彼をあそこで見掛けたことはないし、朝は一限の前にもういるから。


 家が嫌なら、出ればいいのに…私みたいに。

 ピー、と鳴った電子レンジから温まった今日の夕飯を取り出して、ミニテーブルの上に置く。

 今日は疲れたから家で作る気にはなれなかったし、そろそろ冷凍庫を整理したかった。


「…はぁー」


 食欲はあまりなかったが、口に詰め込みなんとか食べ切って大きく息を吐く。お腹がいっぱいになったら多少のストレスはなくなった。


 スマホの真っ暗な画面を見て裏返す。家族からの連絡は三か月に一度あるかないか。それでも毎日スマホを確認するのは、万が一のため。


 一人暮らしを始めてもう一年が過ぎた。家賃は両親がもってくれているが、家の近くのスーパーでバイトをして、そこから自分の生活費や出費に当てている。

 家庭は裕福な方だという自覚はあるが、できるだけ離れたいという願望があった。

 だから留学もした。一度も心配や迷惑を掛けたことはない。されたことがないだけかも知れないが。


 留学までしたのに、自分が求めていたものは見つからなかった。海外に行けば、もっと自分は大人になれると、一人でも平気でいられて、もっと自由になれると思ったのに。


 小さい頃から、自分は誰かにとっての一番ではないことに気付いていた。兄や弟がいるからなおさら。我慢することは多く、また求められることも多かった。

 反発した時期もあったが、人間の成長過程なんてそんなものだろう。それに、私は口が達者な方ではないから、自分の意見を真っ直ぐ言うことなんてまずしない。伝わらないか、話が逸れるかだ。


「…歪んでるなぁ…」


 洗おうと擦ったフォークの先が少し歪んでいて、手触りが悪くなっている。

 使えなくなったら、ゴミ箱。そうやってこの世界は動いている。私も、その一部だ。

 水ですすいだ歪んだフォークの水を切って、そのまま水切りラックへ掛けた。少し歪んでいようとも、まだ使える。


「ふぁ…」


 大きなあくびをして、スマホで音楽を掛ける。ゲームはお預け。お風呂掃除を済ませたら、お湯をはって、ゆっくり浸かって…温かい布団の中で眠るんだ。今日一日よく頑張った。


次話、「招かれた客人」

少しずつ、4人の性格分かってきたんじゃないでしょうか?

そうだと嬉しいです。

ようやく先へ進みだします。

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