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箱庭の余人  作者: 文木-fumiki-
6/11

第2話 それぞれの心境 続2


「豪ちゃん…」


 今日も、会えなかったとため息をつく。辺りはもう暗くなっていて、豪ちゃんも帰っている頃かもしれない。

 今日会えたら、ちゃんとお話をしたかったのに。お友達になろうって。駅で待ってたのに。

 この時間は帰る学生が多い。遊んでから帰る学生とか、授業が終わった学生とか。その中にもちろん豪ちゃんはいない。

 その代わり見たことのある人の影を見つけて迷わず声を掛けた。


「ねえ!」


「うわっ!?」


 ぐっと上着を引っ張ると、その人は驚いた顔で振り返った。友達といるみたいだけど、こんなチャンス、二度とないかもしれない。


「豪ちゃんのお友達!?」


「…一ノ瀬、知り合い?」


 一緒にいたらしき人が何か言って、目の前の人はへらへら笑顔を浮かべた。


「いや…知り合いというか、この前見掛けた?」


 そう言うと、他の人たちはあたしを見て笑った。


「頑張れよ!そいつヘタレだけど!」


「へ?ちょっと、及川!」


 何か分からないけど、彼らはいなくなってくれるらしい。良かった!これでお話ができる。そう思ってあたしはスマホを取り出す。色々なマスコットが付いていて、カバンの中でもすぐ見つけられる。


「あの…この前の子、だよね?」


「そう。あたし豪ちゃんとお友達になりたいの。協力して欲しいんだけど…」


 困ったような顔をしているけど、これはあたしにとって絶好のチャンス。お兄さんには悪いけど、逃がすわけにはいかない。


「えっと…林堂と知り合いなの?」


「そう!だから豪ちゃんの連絡先教えて!」


「…そう言われても…本人から貰ったら?俺、知らないんだ。」


「え…」


 途端に悲しくなる。最後の頼みかもしれないのに…

 あたしがうつむくと、彼は慌てたように背をかがめてきて言った。


「えっと…ごめんね?」


 あたしがお友達になりたいのはこの人じゃない。


「何であの日豪ちゃんと一緒にいたの?あたし豪ちゃんとお昼食べようと思って学校来てたのに!」


 そう、あの日この人に邪魔された事実は変わらない!

 あたしが睨み付けると、変わらず困ったような笑顔を浮かべて頬を掻いた。


「あー…あの日、本当に偶然林堂と会って…俺たち、小学校一緒でさ、久しぶりに話そうかって言って一緒に食べに行ったんだ。」


 豪ちゃんはいつもあたしを跳ねのけるのに、この人とは一緒にお昼食べたんだ…。

 その事実が辛くて、視界がじわじわと揺らめく。お腹のところにある大きなリボンが一瞬ぐしゃぐしゃに見えて、ぽたりとスカートに染みを作った。


「えっ!?あの…大丈夫?」


「何であたしじゃないの…?あなた誰よーっ!」


「い、一ノ瀬悟ですっ!」


 何故かぴっと背筋を伸ばして答える彼をまだゆらゆらする視界で捉えて精一杯睨み付ける。一ノ瀬だか何のせだか知らないけど、なんであたしは豪ちゃんに嫌われてるのか分からない。

 あたしだって、好かれてるか嫌われてるかくらい分かる。


「あの、さ…とりあえず飲み物でも飲んで落ち着こう?話なら、俺聞くから…」


 そう言われて、あたしは傍にあったベンチに座った。あんまり頭が回らない。

 ただ目の前にいるこの人が、今まで誰とも交流を持たなかった豪ちゃんとお話しして、お昼を一緒に食べたなんて、信じられない。


「えーと…俺、そこのコンビニで飲み物買って来るけど、オレンジジュースでいいかな?」


 別に何でもいいと頷き、ハンカチを出してメイクが落ちないように目に優しく当てる。ぼんやり霞んでいる地面をただ見つめると、端っこに少しくたびれた靴が見えた。顔を上げれば、優しそうな笑顔でオレンジジュースを差し出してきた。

 あたしはそれを受け取ってストローを突き刺す。

 ええと、彼の名前…


「……一ノ瀬、くん?」


「はい?」


 怯えたような目で見なくても、あたしは何もしないのに。頬を膨らませてストローにかじりつくようにオレンジジュースを口の中に流し入れる。


「豪ちゃんと、付き合ってたとか?」


 じゃなきゃ、あの豪ちゃんが一緒にいる、はずが―――


「いや、そんな訳ないよー。俺は、そんなに好かれてる感じでもないと思うし…」


 また困ったように声を出して笑う一ノ瀬くんを唖然とした目で見つめる。


「う、うそだぁ…なら、なんで豪ちゃんあたしと一緒に、お昼っ、食べてくれないの…?」


 またポロポロと涙がこぼれる。まるでパパに叱られた時のように、どうしようもない悲しみがこみ上げて胸が苦しくなる。


「…林堂に、りんごちゃんて呼んで、って言われなかったの?」


「言われたよ。でも、あたしもっと豪ちゃんと仲良くなりたくて…」


「あー…」


 一ノ瀬くんは何か心当たりでもあるのか、半笑いの顔で虚空を見上げた。


「何か知ってるの?教えて、豪ちゃんについて、何でもいいから!!」


 ぐっと身を乗り出すと、髪が躍るように揺れた。一ノ瀬くんは大きく深呼吸をして少し距離を置くように座り直す。


「えっと、俺の知る限り林堂は小学生の時からずっと皆にりんごちゃんて呼んでって言い回ってたんだ。名字でも名前でも、呼ばれるのは好きじゃないみたいだよ。俺も林堂の前ではりんごちゃんて呼んでるしね。」


 そう言ってふわっと笑ってくれた。

 一ノ瀬くんは、悪い人じゃないのかも知れない。強引なあたしにも優しく教えてくれるし、めんどくさいっていう、あの顔をしない。

 困ったように笑うのは癖なのかな。


「…ふぅん。でも、あたしは豪ちゃんってお名前可愛いと思うし、そう呼びたい。」


「うーん…俺は小学校までしか一緒じゃないからその後は知らないし、その頃から、林堂ひとりでいるの好きそうだったから――」


「そんなことないと思う!ひとりでいても、寂しいだけだもん!あたしは傍にいてあげたいの!そんな風に言う一ノ瀬くんみたいな人が豪ちゃんをひとりにするんだよ!!」


 だって、あたしはひとりにされた時とっても悲しかった。怖かった。辛かった。

 一ノ瀬くんは驚いたようにあたしを見て、言葉を選ぶようにゆっくり言った。


「あ…そう、なのかな…そうだったら悪いと思うけど…。でもそれなら林堂だって友達の一人や二人、いると思うんだけど。」


 最後は少し唇を尖らせて言ってジュースをズズッと吸った。


「そんなのあたし、知らない。聞いてないし。いつも声掛けても忙しそうにどっか行っちゃうから…」


 自信がなくて声が尻すぼみになって消えちゃった。初めて会った時はあんなに優しくしてくれたのに。


「…あんまり力になれなくてごめんね。でも、林堂も、その、好きで避けてる訳じゃないと思うし…君にも他に友達だっているでしょ?」


 友達。

 あたしが友達になりたいと思ったのは豪ちゃんだけだし、一緒に授業受けてくれるトモダチはいても、豪ちゃんとは別ものだ。

 やっぱり、豪ちゃんと仲良くなりたい。


「あたし、諦めないもん。豪ちゃんと絶対仲良くしたい。」


 決意を新たに立ち上がると、座ったままの一ノ瀬くんが不思議そうに首を傾げて聞いてきた。


「何でそんなに林堂にこだわるの?」


「……かっこいいし…好きだと思ったから。知りたいと思ったの。」


 好きだと思ったものは欲しくなるし、その為なら何でもする。


「そう…憧れって意味なら俺も同じかな。林堂は難しい性格してるから苦労するかもしれないけど…応援するよ。」


 一ノ瀬くんも立ち上がってにっこり笑ってくれた。子供みたいな顔をしてるのに、意外と背は高いんだ。


 憧れ。

 その言葉を聞いて納得ができるようなできないような感情に包まれる。でも、同じような感情を豪ちゃんに持っているのなら、お友達になれそう!応援してくれるって言ってくれたし!


「ありがとう!あたし、松城愛輝っていうの!あたしにできることがあるなら、何でも言ってね!今日のお礼!はい、これ!」


 スマホを開いて、ささっと画面を変える。画面には番号とアルファベットが表示されている。


「あ…うん、ありがとう。」


 一ノ瀬くんもズボンのポケットからスマホを取り出して操作する。

 これ?と見せてきたプロフィール画像を確認して認証する。これでいつでも連絡が取れる。それにしても、と一ノ瀬くんを改めて見れば、シャツに上着、ズボンだけでカバンも何も持っていない。


「…それで授業受けてたの?」


 あたしが首を傾げると、一ノ瀬くんはあはっと子供みたいに笑って首を左右に振る。


「違う違う。俺今日バイトで、友達に誘われて来たんだ。これから皆で夕飯…っていうか飲み会になるんだろうけど、来る?」


「いい。あたしママとパパが待ってると思うし。ありがとね、一ノ瀬くん。また豪ちゃんと会った時は絶対教えてね!」


「…うん、じゃあ気を付けてね。」


 そこで一ノ瀬くんとは別れて改札へ向かう。良かった、一ノ瀬くんが良い人で!

 これなら豪ちゃんが一緒にお昼を食べたのも納得がいく。

 

 あたしはるんるんと家に帰る。

 今日のご飯は何だろう?

 オムライスとか、ハンバーグとか?楽しみだなぁ。


お待たせいたしました。

あきちゃん、好き嫌いが別れるかもですね。

大人になりたいけど、子供であることをやんわりと求められる。

そう聞けば少しは共感していただけるのではないでしょうか…

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