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箱庭の余人  作者: 文木-fumiki-
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第2話 それぞれの心境


 固めのベッドに寝転がって、シンプルな白い天井を見つめる。今日はいろいろなことが起こって疲れた。ゴロンと体を横に向けると、まだ湿っている冷たい髪が頬をつついた。


 朝から林堂に遭遇して、よく分からない初対面の女の子に睨まれた。


「…でも課題出せて良かったー…。」


 学部の仲間に誘われた学部混同のカラオケ、来ないかと言われてバイトもないからと曖昧に頷いてしまったが、その後話題に出た課題の提出遅れに気付いて焦った。落合教授は課題の鬼だ。先輩の話では課題を出さなかった為に落とされたと聞く。滑り込みで受け取ってもらえて本当に良かった。


 それにしても、と助けてくれたあの人のことを思い出す。


「経営…イケメン…」


 友達が何か言っていたな。経営にハイスペックなイケメンがいるって。あんな背も高くてかっこよくて優しい人なんて、男の俺でも憧れる。

 名前は教えてくれなかったから、お礼のしようもないけれど。


「悟ー?洗濯物出しておいてね、明日洗濯しちゃうから!」


「んー分かったー。」


 廊下から扉越しに聞こえてきた母の声に返事をしながらスマホを確認すると、何件か連絡が入っていた。きっと今日のカラオケの感想だろう。

 どの子が可愛かったとか連絡先いくつゲットできたとか、大抵そんな話ばかりだ。決して仲が悪い訳ではないし、皆良い奴だけど、なんとなくそりが合わない。


 良かったね、とグループにメッセージを送るとすぐさま、お前も来れば良かったのに、と返ってきた。次は参加するよ、とだけ返してスマホの画面を伏せる。


 高校時代の方が楽しかったと最近強く思う。先生の課題は一緒にやっていたし、バカな話をしては笑っていた。大学になってから急に皆大人びてしまったようで、心から楽しいと笑うことも随分と少なくなった。こうして大人になっていくのかと思うと少し寂しい。


「……ふぅ…。」


 明日は朝からバイトだ。早く寝ておかないと、もし寝不足なんかで行ったら迷惑がかかってしまう。


 ――ストレス抱えて死んじゃいそう。


 …何故、ああ言われたのか理解できない。俺は、自分ができることは精一杯やる性格なだけだ。課題を忘れるとか、そういうことはたまにあるだけで、真面目に生きているつもりだ。


 そう考えていると無性に腹が立ってきた。彼女は他人の意見を聞いて、更に自分の意見もきちんと言う。その意思表示ができる度量がある。俺にはないものだ。

 人の顔色を窺ってばかりで、自分のことは二の次になる。それで何度失敗しようと、俺は同じことを繰り返している。

 心の中では散々愚痴を吐きながら、それでも取り繕って笑顔を浮かべている。


「…かっこわる…。」


 こんな偽善者みたいな性格を見抜いているのか知らないが、とにかく林堂という存在は、憧れでもあり天敵のようでもあるのだ。

 見透かされているようで苦手だ。もう会わないことを願っている。

 でも、彼女について知らないことだらけだ。林堂豪という名前が嫌だからりんごちゃんと呼ばせているのか、豪が男みたいで嫌という訳でもないだろうに。林堂と呼んでも嫌がられるのは何故だろう。


 やっぱり連絡先くらい聞いておけば良かったのかもしれない。


 目覚ましのバイブレーションで目を覚ます。青色のカーテンは閉められたままだが、太陽の光が透けて散らかった部屋を淡く青色に照らしていた。

 脱いだままの着圧ソックスは数回履いただけだが足の浮腫みには良く効くから重宝している。

 そろそろ出しっぱなしの服を畳まなければ、と何度思ったかは忘れたが、一人暮らしなんてこんなものだろう。


「…はーーーあ。」


 ため息ではなく様々な感情を込めた言葉を吐いてベッドに腰掛ける。

 まだ頭がぼうっとしていた。昨夜はあまり眠れなかった。よく眠れるような生活をしている訳ではないが。


 ベッドの上、ぬいぐるみの近くに置いてあるゲーム機を充電ケーブルに繋いで顔を洗いに立ち上がる。


「あー…」


 酷い顔だ。人はこれのどこが良いというのか。


 顔を拭いて、化粧水を塗りたくって、保湿をして、お化粧という仮面を付ける。多少まともになった顔を見て鏡を伏せた。服はどれも黒ばかりだ。選ぶのも面倒だし、何よりファッションとやらがよく分からない。ああいう可愛らしい服を皆どういう気持ちで着ているのだろう。なるべく目立たない黒が落ち着くだろうに。


 またスマホのバイブレーションが頭を刺突する。アラームを止め忘れたか、と眉をしかめて画面を見れば、高校時代の友達ではないか。


「…どした。」


 出ると、数秒遅れて雑音と共に懐かしい声が聞こえた。前まで毎日電話していた仲だ。世間では私のような一人を好む生活をする人を、かわいそう、ともっともらしく言うことがあるが、私はこれで満足している。


「ああ、生きてた?」


 事も無げに言う親友ともいえるべき存在は、私の扱いを熟知している。


「うん、残念ながら。」


「いや、嬉しいよ。何してるの?」


「三時くらいから講義だから、起きた。」


「生活リズム狂ってるねー。直しなよ。病気になるぞ。」


 おかしそうに笑う声が聞こえて、私も苦笑する。簡潔でスムーズな会話が好きだ。恩着せがましくない心配の仕方も。


「今どこにいるの?騒がしいけど。…コウくん?」


「よく分かったね、さすが。今はじめてのおつかいさせてる。」


 嬉しそうに頬を緩ませているのが容易に想像できた。今日はどれを着ようかと懲りずに服を散らかしながら会話を続ける。


「そうなんだ。もう長いね。」


「そー。もう七年よ。」


 晃くんと私の親友は中学からの付き合いだ。彼のことは彼女伝いでしか知らないが、彼女のことなら彼より知っている自信はある。もちろん友人としての面は、だが。

 よく彼の愚痴を言って、泣いたり怒ったりと共有した時間は忘れられない。結婚式では散々いじろうと密かに計画中だ。


「お!おかえりー。」


 少し声が離れて、何度か聞いたことのある低い声が聞こえた。注文の内容は合っていたらしい。大きくなる声に頬が緩む。


「帰ってきた?ちゃんとできたようで何より。」


 皮肉に言ってやると、彼女は楽しそうに笑って言う。


「成長したよ、晃くん。で、どう?大学。あたしやっぱり、りんがいないとつまんないわ。」


 りんはりんごを略したあだ名だ。代わりに彼女もあだ名がある。


「私も、ランちゃんいないとつまんないかな。」


 本名は秋森沙奈。ランなんてかすりもしないあだ名だが、本人も気に入っている。この経緯を離せば長いので、聞かれてもいつも適当に流している。


「今度会おうよ、暇な時。」


「じゃあバイトのシフト送るから決めておいて。基本空いてるから。」


「おっけー。じゃあまたね。アイス溶けちゃうから食べる。」


「うん、じゃ。」


 たった五分程度の会話だが、憂鬱な心が少しだけ晴れた。彼女とは軽い会話だけでいい。会って適当な話をして、それだけで心が晴れる。

 何というか、きっと本当にあるのならば、彼女とは絆があるのだ。

 幼馴染でもない彼女とこれまで心が通うのだから、それ以外例えようがない。だから、友人は彼女くらいでいい。彼氏という存在もいらない。面倒だし飽きた。


「…いってきます。」


 犬のぬいぐるみの茶々丸を枕の隣に並べて、家を出る。

 今日も過ごしやすい気温で何よりだ。太陽の光が目に染みる。

 だからいつも半分しか開いていない。視界も多少ぼやけた方が過ごしやすいから。


 大学近くの駅、そこから歩いて十五分程度のカフェ。チェーン店だが、大学付近の店舗より並ばないし知り合いに会うこともないからよく利用している。


「アイスティーを氷なしで。サイズはMで。」


 紙幣で支払ってお釣りを財布に流すように入れると、ずっしりと重くなった。そろそろ小銭を使わないと、そう思って紅茶を受け取った後すぐ近くのコンビニに入る。


 ああ、ライターは昨日買った。礼ちゃんにあげる棒付きの飴を買った時に一緒に買っていた。あんなヘビースモーカーでもないから煙草も足りている。なら何を買おうか。


 ほとんど無意識に手に取った飴をそのままに、商品棚をうろつく。


「あの、外語の子だよね?」


 突然かかった声にちらりと視線を送る。私か?


「あ、俺も四限からの授業取ってるんだけど知らない?荻っていうんだけど――」


 目の前のいかにもうちの大学の外語という派手な格好をした男は無意味に言葉を吐く。

 ああ、イヤホンしていれば良かった。


「そうですか。どうも。」


 小さく頭を下げてレジに向かう。結局飴しか手にしていない。


「あとそこの煙草を。」


 簡潔に告げて料金を払う。小銭は多少減った。コンビニを出てイヤホンを取り出す。

 カバンの中でいつも絡まっているからそれを丁寧に解いて真っ直ぐにする。

 今時有線のイヤホンをしているのは、私は音楽を聴いている、という主張が目に見えて分かりやすいからだ。本当はノイズキャンセリング機能のついたイヤホンが欲しい。


「ちょ、ちょっと待って!一緒に行こうよ!」


 先程声を掛けられた男が後を追いかけてきた。これではイヤホンをし辛い。面倒だ。本当に面倒だ。でも、あいつより大分マシかもしれない。

 頭に思い浮かんだふわふわした女の子を思い浮かべ、首を傾げる。


「………はあ…。」


 彼は笑顔を浮かべてペラペラと話し始める。興味がない内容を話されてもどうにも頭に入ってこない。言葉を浪費していく隣を歩くのはなんとも不快だ。


「でさ…あ、名前聞いてなかったよね?なんていうの?」

「…りんご。」

「え?ああ、それ、もしかしてあだ名?可愛いね!なんか親しみ湧くなー!」


 湧くなよ。そう言いそうになるが、わざわざ口を開くのも面倒でやめた。


「で、本名はなんていうの?」

「……あ、忘れ物したんで先行ってください。じゃ。」


 間髪入れずにそう言って背を向ける。これ以上会話をする気はないという意思表示だ。時間の無駄だ。そして私のストレスが溜まるばかりだ。とても嫌だ。

 後ろで何か言っているが、ずっと片手でもてあそんでいたイヤホンを耳に入れる。

 雑音が遠のいていく。

 いつもの休憩所に寄って、一服してから行こう。単位を落としてもう一度受けるなんて二度手間だ。


「………ん。」


 今日も相変わらず仏頂面で本を読んでいる礼ちゃんを視界に確認。彼の読書はきっと、私にとってのイヤホンのような感じなのだろう。外界を遮断するための壁。

 私を見て顔をしかめる。挨拶は、礼ちゃんの舌打ちだ。


次回、礼ちゃんの悪態が続きます。

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